993 出来上がったのは
文字通り弾む足取りのマリーさんに抱えられたまま、館の一室に入った途端、室温が変わった。
熱気だろうか……なんだかむわっと暑く感じる。
「ど、どうしてこんなに集まってるの?」
「それは、かわいいからです!」
う、うん、マリーさんとメイドさんたちの行動原理はそうだろうけども……ついでに激しく床をローリングしているのは、ロクサレン家領主の奥方な気がするけども。
ぎっしり部屋に詰まった人たちで、フェスか何かの会場みたいだ。
でも、料理人さんや兵までいるのは……?
尋ねたマリーさんは、きょとんとオレを見つめ返した。
「え? それはもちろん、ユータ様が『みんな』の形代……ぬいぐるみを、とおっしゃったので……」
「ま、まさか館中の人のぬいぐるみを?!」
「ええ、もちろんです! ですが、ユータ様はそこまで必要ではないでしょうから、館へ保管する分をひと揃い展示しております。ないとは思いますが、もしご入用の者がおれば、お申し付け下さい。……不要とは思いますが。そもそも雇われ人向けには、そこから適宜注文いただくシステムとなっております」
「既に商売になってる?!」
どうやら、自分をかたどったぬいぐるみというのがヒットしたらしい。娘に渡すんだ、と嬉しそうにマイぬいぐるみを抱える微笑ましい髭面おじさんがいるかと思えば、彼女に……なんてそわそわしているけしからん若者も。彼女、喜ぶかな……引かれないといいね?
「あっ、ご安心ください、注文できるのは、各自マイぬいぐるみのみとなっておりますので! そうでなければユータ様ぬいぐるみが世に溢れてしまいます! そんな罰当たりなことはできません」
「そ、そう……確かに、知らない人が持ってるのは複雑かも……」
ある日ゴミ箱に捨てられているのとか見ちゃったら、気落ちしてしまいそうだ。
「とりあえず、オレも見たいんだけど……この長蛇の列、どこが何なの?!」
誰か、列整理をしてくれないだろうか?! こういうのって、最後尾看板とかあるものじゃない?
「ご安心ください! ユータ様の一式は、こちらに大切に保管してあります!」
「本当?! 見たい!」
じゃあ持って来てくれれば良かったのに、と思わないでもないけれど。
うふふ、と零れる笑みをそのままに、マリーさんが得意げに取り出した大きなケース。
上等な布が掛かって、いかにも特別の顔をしている。
「さあ、どうぞご堪能ください!」
「ありがとう!」
そうっと布を避けてみて、思わずわあっと歓声が上がる。
オレの周りから一斉に覗き込んだモモやシロたちからも、一様に弾んだ声が漏れた。
『すごぉおい! 見て、見てゆーた! これ、みんなだよ! あっ、これぼくだ! ぼくがいるよ?!』
『素晴らしいの一言だわ……!! ああ、なんて素敵……!』
『俺様、俺様……あっ、いた!! こ、これは危険! 世界が放っておかないこのプリティキュートの極み!!』
『あえはも、あえはも!!』
大騒ぎするものだから、蘇芳とチャト、そして管狐部隊も次々登場してくる。
――すごいの! ラピスもいるの! 勇ましく部隊を率いてるの!
確かにすごい。ラピスや管狐部隊なんて、ほんの小指サイズなのにちゃんと作られている。ある意味、実寸サイズにとても近い。
そしてオレだろう一体は、全長20センチくらいのぬいぐるみと化してちょこんと真ん中に据えられていた。
「か、かわいい……」
これは……確かに。たとえ自分のぬいぐるみだとしても、なんかかわいい。ほしい。
両手でそっと抱き上げて、真正面で向き合ってみる。
ぐはっ、と隣で銃撃を受けたような声が聞こえたけれど、気にしないでおく。
手に優しい、ふんわり柔らかなぬいぐるみ。
デフォルメが効いた、キャラクターのような全体像。
着ているのは、学校の制服を模しているらしい。
にまにま浮かぶ笑みのまま、ぎゅっとしてみる。
ただの布と綿の塊が、あたたかくて生き物みたいだ。
ぬいぐるみを収集する趣味はなかったけれど、これはかわいい。
ありがとう、ともう一度マリーさんに言おうとして、床に微かな血痕と引きずっていった跡だけが残っていることに気が付いた。
……ま、まあいいか。途中にメイドさんカチューシャが落ちている気もするけど、見なかったことにする。
『ゆーた、ゆーた、ぼくに乗って!』
「え? どうして……ああ、なるほど!」
はしゃぎまわって落ち着かないシロが、ぐいぐいオレを鼻先で押してくる。
「はい、乗ったよ」
『えへへ、ぼく、ゆーたを乗せてるね! えへへ!』
何のことはない、シロぬいぐるみの上に、オレぬいぐるみを乗せただけ。
だけど、シロは光の塊と化しそうなくらい、キラキラして跳ね回っている。ああ、無邪気とピュアの波動に、心が真っ白に洗浄される気がする。
「そっか、ラピスたちをこの大きさで作るから、オレはこの大きさになるんだね」
最初にマリーさんが持っていた、邪神になりそうだったオレ形代。あれは手の平サイズだったから、てっきりそのくらいだと思っていた。
「サイズ感に関しましては! そちらが大サイズ、あと中サイズと小サイズもございます!」
「ですが、お召し物のサイズが大の取り揃えが一番豊富なので……」
サッと取り囲んだメイドさんが、目をぎらつかせながら熱弁してくれる。
一体、何体作ったの……? そして、お召し物とは?
案内されるままに行列をかいくぐって進むと、人だかりの真ん中に、テーブルいっぱいに『お召し物』を並べたブースがあった。
「え、これ着替えられるの?! すごい……!」
「あ、ユータだ! 見てよこれ!」
大笑いするセデス兄さんの手にあるのは……多分、ジフぬいぐるみかな? ……ドレス着てるけど。
セデス兄さん……普段着せ替え人形になってる鬱憤が貯まってるね……?
「アルプロイさんはメイドさんにしてみようかな~」
「やめてあげて?! いくら次期領主だからといってやっていいことと悪いことが――」
「ユータは、リアルアルプロイさんにエプロン着けたじゃない」
そんなことっ……した、かもしれない。
そっと口を噤んで、改めて衣装を眺めた。
これだけでも人気がありそうな、ちまちましたかわいらしい服。
「そっか、着せ替え人形とか子供は好きだもんね。これって、作るの難しい?」
手近にいたメイドさんを見上げてみると、にっこり微笑んで小首を傾げた。
「何と比較するかによりますが……喉笛を正確に裂くくらいでしょうか」
……ちょっと、想定した答えと違うかな。
そうだね、喉は急所の中でも割りと狙いやすくて一撃必殺になって――つまり、割と初心者向けで……なんて通じてしまうのが悲しい。
もう少し、このファンシー空間に相応しい、一般的な比較対象にしてほしかった。
「ひとまず、練習次第で難しくはないってことだよね。だったら、これってお仕事にできたりするかな?」
「既にお仕事になっておりますよ? ユータ様、また新たな事業を興されましたね……おかげでロクサレンはまた、王都の貴族から睨まれそうですよ」
ちょっと呟いただけなのに、すぐそばから返事が返って来て飛び上がった。
「ま、まだ館の中だけだよね?!」
「そうですが、ここだけの事業にするにはあまりに惜しいです」
「でも、睨まれちゃうんでしょう……?」
おずおず見上げた執事さんは、実に爽やかに微笑んだ。
「それは、良いことですよ」
「ええ……?!」
「悪事など働いていただければ、大変助かります」
わあ……部屋の熱気がすうっと引いた気がする。弱みを握っておければ、いつでも、どうとでもできるということ……だろうか。
ほのぼの空間が殺伐とすることに耐えられず、慌てて首を振った。
「えーっと、そういうことじゃなくて! オレが思ったのは、練習したら子どもにも作れるかなってことで……」
「子どもが? それは、繕い物を担う子もおりますから、可能でしょうが……どうしてです?」
大して真剣に考えていたわけでもないオレは、しどろもどろになりつつ説明した。