988 森の趣味
ひたすらヨルムスケイルに温冷パックしているヌヌゥさんを見上げ、粛々と帰り支度をしている森人たちを見回した。
あの、さすがに早くない? まだヌヌゥさん戦っているというか、何と言うか。
やれやれ、といった雰囲気のプレリィさんに駆け寄ると、疑問をぶつけた。
「ねえ、ヌヌゥさんだけに任せて大丈夫? いくら賢者でも、一人で何とかできるの?」
「うーん、大丈夫じゃないかな? あの人だし」
確かに大丈夫な気はするけども!
「対処は慣れてるだろうからねえ」
肩を竦めたキルフェさんに、少し首を傾げた。
確かにヨルムスケイルは郷を襲うこともあるって言ってたけど、そんなに高頻度の話だったんだろうか。
「慣れるほど、やってくるの~?」
「慣れるほど、戦ってるのか!」
オレと同じ疑問をもったらしいラキとタクトの声に、プレリィさんが笑った。
「ううん、と、うん、だね」
「えっ? それはどっちがどっち?!」
それによって大分違うんだけど?! くすくす笑うプレリィさんが、ちら、とヌヌゥさんを見上げた。
「ヨルムスケイルが郷まで来るのは、最近はまずない出来事だよ。五樹結界ができ上がる前までは、それなりの頻度があったみたいだけど」
「じゃあ、どうして?」
ますます疑問符の浮かぶオレに、プレリィさんは端的に答える。
「そりゃあ、その頃からずっと賢者だからだよ。あの人が」
「「「えっ……?!」」」
でも、プレリィさんだって、賢者職だったって……。
視線に気づいたキルフェさんが、軽く頷いた。
「もちろん、そうさ。だけど、賢者職は別に一人ってわけじゃないからねえ……。あと、あの人、使えない時が多いから」
そう言って苦笑する二人に、そう言えばオレたちが会った時も魔力スッカラカンだったなと思い出す。
そうか、今日はオレと魔法の練習をするために、きっと貯めていたんだな。
「でも、プレリィさんがあんなに嫌がる賢者職なのに、そんなにずうっと勤めなきゃいけないの?」
だから、郷を出たかったのか……そんな同情に満ちた視線を受け、プレリィさんは慌てて手を振った。
「あ、違うよ! 賢者職は一応、期間が決まってるからね! だけど、該当者がいないと再選出される場合もあるけど……。ちなみにあの人がずっと賢者職なのは、色々やらかす罰則代わりに在職期間の延長が積み重なってるだけだよ」
あー……ものすごく納得できる理由。
それにしたって、そんなにずっと延長されるくらいにやらかしてるの?! いや、絶対やらかしてるな?!
だって、オレたちが会ってからだけでも既に何度もやらかしがあるくらいだ。
『やっぱりあなたに似て……』
『主ぃ、森人郷に生まれなくてよかったな! 一生賢者するところだぜ!』
だから、同じ枠に入れようとするのをやめて?! でもそれはそれとして、森人郷に生まれなくて良かった!!
「つまり~、あれが一番経験豊富で、頼りになる人~?」
「え、ええと……一番頼りになるかというと、そうでもないけれど……。経験豊富さで言ったらそうなっちゃうかもしれないような……」
プレリィさんの歯切れが悪い。森人たちも大変だな……。
「ふーん。一応、あのヌヌゥって人が強いから、大丈夫ってことか?」
強いという一点で、ヌヌゥさんの評価をひっくり返したらしいタクトが、その戦闘(?)をじっと見つめている。
「それもあるし、あと、あの人も『森のお気に入り』だからね」
「「「えっ?!」」」
「色々やらかすし、日替わりで瀕死になるような人だけど、長生きでしょ? 基本、瀕死になるのは自業自得なんだけど」
プレリィさんの苦笑に、思わずヌヌゥさんの綺麗な横顔を見つめた。
お、お気に入り……? この人が?
「『お気に入り』同士でなんとかしてもらうのが一番、安全だからね」
だから、なんかこう緊迫感がないの……? え、でも瀕死にはなるんだよね?!
「森の趣味って、どうなの~? 珍獣的なのが好きな感じ~?」
「えー! ヨルムスケイルはカッコよかったぞ!」
そもそも、人にもお気に入りシステムが適用されるんだ! と思ったら、森人という種族自体がうっすらお気に入り枠になっているからこそ、この森に住めているらしい。
だから、ああいうお迎えなんかがあったんだね。
個別にお気に入りになるのは、相当レアらしいけど、まあそうだよね。あれは相当レアな人だから。
『確か主も……』
『そうね、気に入られていたような……?』
待って?! それは違う! オレはまだお気に入り枠には入ってないはず!
そして、多分ラ・エンの加護があるからで……!!
そうこうするうち、ヨルムスケイルは森人郷から結構離れていた。
だけど、何せあの巨体。『結構離れて』いても割と一瞬で戻って来られるんだよね。
「気配が完全に離れない……くそ、これでは森へ出られないぞ!」
「ヌヌゥはここにいないと郷が危ないし? 誰か行って3樹外まで引っ張って行ってよ」
「できるか!!」
やれやれとばかりに、顔に貼りついていた何かしらの輪切りを剥がすヌヌゥさんは、もうすっかり通常モードだ。
「討伐できねえなら、難しいよなー」
狩って来てくれ、と言われたら喜んで手を挙げそうなタクトだけど、森のお気に入りだと言われてしまえばどうしようもない。
「文字通り引っ張って行けないの~?」
「いやさすがに無理だろ?! 攻撃受けないとしても、デカすぎるわ!」
タクトが無理なら無理だなあ、とぼんやり考えていたところに、悲壮な声が聞こえた。
「……誰かが、囮になるしかないのか」
ギクッとした周囲の森人に、あっけらかんとした声が降ってくる。
「え、無理じゃない? だってこっちにこんなにたくさんいるのに、一人や二人の囮の方に行く?」
どことなく安堵の雰囲気が漂った時、続く発言がやっぱりヌヌゥさんだった。
「だから、何十人かで部隊組んで、さーっと4樹内まで駆け抜けてくれればいいと思うわ!」
「ヨルムスケイルから逃げ切れるわけないだろ!」
「そこは頑張っていただかないと、ただここらに撒き餌しただけってことに……」
うん、囮作戦はダメだね。ここで待っていたらエサが自動排出されるなんて学習されたら、たまったもんじゃない。
「オレなら、シロとチャトがいるから囮になれるんだけど……」
「ユータ一人じゃなあ」
「僕たちがいたところで、前回スルーされた実績があるし~。あの巨体だからねえ~細かいのはいらないんじゃない~?」
クジラのオキアミ的に、ガバーッと食べたいということだろうか。
確かに、ここには群れがある。
「撒き餌かあ……釣りになるくらい、引き寄せられるエサがあればいいんだけど」
「なるほど、それは一理あるね」
オレの呟きに頷いたプレリィさんが、真剣な顔をした。
「ヨルムスケイルが好むものを、4樹内に置ければいいんだけど」
「大量のお肉とか、運んでおく? だけど他の魔物も来ちゃうよね」
「ヨルムスケイルは、あれでいて鼻が利くから、好む匂いのものがあれば……」
そうなんだ?! そういえば蛇って結構匂いに敏感なんだっけ。
強力な匂い、そしてヨルムスケイルが好む匂いであれば!
「……あっ。ヨルムスケイルが好きかどうかは分からないけど……匂いのするものなら」
考え込むプレリィさんに、おずおずと手を挙げた。
寝落ちてましたーすみません!!






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