987 賢者の参加
「今帰ってきたんだよ! すごいことって何? 何が起こってるの?!」
「こっから見えるんじゃね? 来てみろよ」
言われて奥の窓に駆け寄ると、なるほど、真夜中のはずなのに、煌々と明かりがつけられ、慌ただしく人が行き交っている。ランプよりも魔法の灯りが多いのが、さすが森人郷だ。
「大騒ぎになってる……けど、何が? 蛇って、もしかして、あの……?」
とても、とても心当たりのある、大きな蛇。
窓を開けて、身を乗り出した時、ぞわり、と静かで大きな気配。
「いた……! やっぱり、ヨルムスケイル……こっちに来ちゃったんだ!」
「みたいだな! 今のところ、大暴れするってわけでもねえけど、森人郷に入りたそうだぜ」
「局所シールド強化と、嫌がらせ魔法で何とかなってるって感じ~?」
どうやら、さっきから蛇は森人郷の周りをうろうろしては、隙を窺っているらしい。そのせいで、なぎ倒された木が森人郷側に倒れ掛かってくるわ、怯えた魔物がリリビアの結界を越えてやってくるわ、それはそれで脅威になっている。
それぞれの対処班が出来上がって、見事に連携している。さすが、長寿種族の以心伝心だと感心していると、ひょいとタクトに抱えられた。
「眺めてないで、行くだろ?」
「行くけど……自分で――っ」
ささやかなオレとラキの悲鳴など、怪獣対応中の喧騒に簡単に紛れてしまったのだった。
「――魔道具を惜しむな、どんどん使え!」
「魔力が切れる前に交代しろ!」
暗い森を立体移動する、最恐タクトコースターが止まったのは、まさに最前線。
悲鳴と怒号響く緊迫した場で、オレとラキは静かにうずくまっていた。
「あ、頭がぐらぐらする……今、地面はじっとしてる……?」
「木々が高いだけに、上下運動が激しすぎる~。過去最低を更新した乗り心地~」
元凶のタクトは、すっかりヨルムスケイルに目を奪われて、オレたちのことなんて眼中にない。タクトは、自分で動いていて酔わないんだろうか。よくもまあ、あんなにめちゃくちゃな軌道で動けるものだ。
『ゆっくりヘタってる場合でもないのよね……』
まふっと揺れたモモが、半ば呆れ顔をする。それはそうなんだけど!
仕方なく気合を入れて回復を施し、ラキによるタクト狙撃を経て、ようやく落ち着いてヨルムスケイルと対峙した。
「改めて、でっかい……!!」
「すごいね~。鱗ひとつでも、それなりに価値がありそうなのに~」
ラキが残念そうなのは、ヨルムスケイル、素材としてはあんまり優れてないってこと。レアっていう価値はあるんだけど、加工師としては魅力的じゃないらしい。
ズ、ズ、と冗談のような大きさの生き物が移動していく。
まとわりつく蟻のように、それにつれて移動していく森人たち。
時折近づきそうになるヨルムスケイルを、主に火魔法とシールド魔法で退けているよう。
ひとまず、火魔法は全然ダメージを受けている様子はないけど、熱そうではある。
なるほど、これが嫌がらせ魔法。
「あ、ユータくん連れて来てくれたんだ」
「プレリィさん! こんなところにいたんだ!」
「酷いよね、僕今は賢者じゃないのに……」
「そんなこと言ってる場合じゃないだろ! 今まで勝手してた分、働きなぁ!」
キルフェさんも揃って、何をしているかと思えば、付近のシールド発生魔道具の要になっているらしい。
最前線のシールド維持係、割と戦局を左右する重要ポジションで、そして危険な役割。うん、適任だから頑張ってほしい。
「オレたちはどうしたらいい?」
「討伐か?!」
ウキウキするタクトに、プレリィさんが苦笑した。
「ここで討伐されちゃうと、結構大変でね。あと、森が怒るかも」
「大暴れされると、森人郷が潰れちまう! 攻撃するならせめて、3樹内あたりまで押し返してからだよ!」
なるほど、だからちびちび暴れない程度に攻撃して、追い払おうとしてるのか。
「その、森が怒るってどういうこと~?」
さっきの発言を聞きとがめたラキが首を傾げ、プレリィさんが頷いた。
「あの蛇もね、『森のお気に入り』だから」
「森の、お気に入り……」
そうか、オレを気に入ってくれたように、人以外だってもちろん森のお気に入りに入るんだ。
「なんだそれ? お気に入りだったら、どうなるんだ?」
唇を尖らせたタクトが、そびえ立つ壁のようなヨルムスケイルをちらりと見て、不服そうな顔をする。
「んー、何が起こるかはわからないけど、『森の助け』が入る可能性が高いね」
「森の助け?!」
「そう、何かしら妨害が入って、たとえ討伐間際までいっても、逃げられる。下手な助けが入って、森人郷の方に害があったら困るんだよね」
過去に、あったらしい。突然の雷雨に見舞われたり、棚茸が崩れたり、『不運』が起こるのだとか。
「森って、そんな能動的なんだ……?! 不運なら、こっちには幸運がいるけど……でも、寝てるね」
出てこない蘇芳は、オレの中でぐっすりだ
『あの子はあなたのやらかしを、悪運でなんとかする担当だから、無理じゃない?』
……うん、じゃあそのまま頑張っていただいて。
だけど、思いのほかしつこく侵入を試みているヨルムスケイルに、何かこちら側も決め手が必要なんじゃないだろうか。
そう思った時。
「賢者が来たぞ! 前線、引け!」
「まさか、今日は使えるのか?!」
ざわり、とざわめく森人たちの中、高らかに聞こえた声。
「私が来たからには、もう心配ない! 皆の者、よくぞ耐えた!」
今代の、賢者……! ひらり、ひと際高い棚茸の上に舞い降りた人影を振り仰ぐ。
ふわり、とはためいたネグリジェと、こんもり膨らんだナイトキャップ。顔に貼りついたままの、よくわからない輪切りの何か。
「よくも、このヌヌゥの大事な睡眠を削ったな……! 万死に値する!!」
えー……。
「まさか、今日は使える状態なのか?!」
「聞いて驚け、まさかの魔力満タンだ!」
おお、とどよめいて喜色を浮かべる森人たち。
「賢者……だったの? ヌヌゥさん……」
「ねえ、その呼称もうやめない~? ああいう対極にいるような人を抜擢するならさ~」
「……俺の中の賢者が……」
プレリィさんなら、許容できたのに!
ただでさえ、国唯一のSランクはああいうのだし、国を護る風の精霊はああだし、オレたちの中でどんどん伝説系の人たちのイメージが塗り替えられていってしまう。
だけど、それはそれとして、絶大な魔力量を持っていることに間違いはないようで。
「睡眠不足はお肌の大敵! チャッとやってパッと帰るから!!」
渦巻く魔力は、さすがの迫力。
「森の奥へ、帰りなさい! 温熱パック療法! 温ッ!!」
シュババッとカッコイイ手さばきをしたかと思うと、ヌヌゥさんの両手から魔力の奔流が迸った。
機敏に避けようとしたヨルムスケイルに微かに笑みを浮かべ、ぐいっと放出した魔力を操作する。
え、普通に凄い。
完全に避けたと思った角度から、見事顔面にぶち当たった魔力の塊が、まるで質量を持つかのようにヨルムスケイルの顔にまとわりついた。
危ない、のたうち回るようなことになれば……!
「ふっ、どうかしら? 効く、でしょう?」
一瞬きょとんとしたヨルムスケイルが、ぶんぶん首を振って、巨木に顔をなすりつけて、それを取ろうとしている。
「……熱いんじゃないの?」
ぼそっと漏れた声に、キッと視線と声が飛んできた。
「そんなことはないわ! 温熱は、あくまで心地よい温度に調整する必要があるのよ! さあ、味わいなさい、冷ッ!!」
再び飛んだ魔力が、困っているヨルムスケイルに再び貼り付いた。
ビクっと飛び上がったものの……暴れはしない。ダメージは感じられないけど。
「開いた毛穴をキュッと締める、冷の効果……耐えられるかしら?」
『あなた並みのダサネームと使い方……侮れないわね』
やめて?! オレを同類にしないで?!
「これでいいのか……? なんか、納得いかねえ」
「奇遇だね~僕もそう思うよ~」
イヤイヤするヨルムスケイルが、明らかに体を引いている。
オレも、納得いかない。だけど、多分一番納得いかないのはヨルムスケイル……でもなく、この場で頑張ってた森人たちだったり……?
どことなく歓喜よりも疲れを感じる周囲の表情に、オレは同情を禁じ得ないのだった。






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