986 外はお祭り?
「へぇ、培養液を……なるほどな、ある程度肉を漬け込めば食感も変わる」
「そうなんだけどね……そこに入っちゃう変な人もいて」
「……それは変ってレべルじゃねえな」
そうだね、ヌヌゥさんは変を軽く越えられる稀有な人材だね。
ついでに彼女と魔法を教え合いする約束を思い出し、ちょっぴり憂鬱になる。だって、きっと明日あたり朝一番から来るでしょう?
プレリィさんの質問を書き出しながら、イノクマを解体するジフに最近得たばかりの森人郷知識を披露する。もちろん、料理方面で。
「それで、プレリィさんはこの先100年分くらいの保存食を作る勢いで、ご飯も食べずに日々頑張っててね……。そんなことするより、3年に1回くらい森人郷に帰る方が、よっぽど楽だと思うんだけど」
「違いねえ。けど、その保存食には興味あるな。つまり、100年もつってことか……?」
そこなの?! じっとりした視線を向けると、3体のイノクマを解体し終えた血濡れの山賊が、ガランと刃物を流しに放り込んだ。
「おい、洗浄してくれ。あと、カレー手伝え」
「ええ?! 今から作るの? オレもう帰るつもりだったのに!」
「しょうがねえだろ、カロルス様が朝からカレーだっつうんだから」
「それ、オレが手伝う必要なくない?」
「いや、あるな。カレーだぞ? ついでだ、大量に作る。報酬として、お前も持って行っていいぞ」
ええ……助かるけども。でも、オレたち今日食べたばっかりだから、しばらくいらないけど。
ひとまず不承不承洗浄魔法をかけて、管狐お料理部隊にお手伝いをお願いする。ほら、みんな眠そうじゃない!
「大丈夫かな……手元を狂わせて、ジフをみじん切りしたりしないでね?!」
「きゅ……」
ちょっと自信ないです、みたいな反応でお目目こするのやめて?!
「しょうがねえな、チビ共が目ぇ覚ますような何か……ああ、こいつはどうだ」
棚の中を漁っていたジフが、ドン、と大きな瓶を取り出した。
「わあ、これ何?! 食べるもの?!」
「当たり前だろが。そう美味いもんじゃねえが……女子供には人気だな」
そりゃそうだろうな。だって、宝石みたいだもの! しょぼしょぼお目目だった管狐部隊が、一気にシャキンとお耳もしっぽも真上を向いている。
透明な広口瓶の中に入った、色とりどりの透明な結晶のようなもの。
「飴……なのかな?」
食っていいぞと言われたので、期待に満ちた小さな視線の中、代表としてひとつ取り出した。
カラリと軽くて、固いけれど飴のように詰まった感じがしない。
小さな欠片をつまんで、カリっと齧ってみた。
「甘い……けど、飴じゃない!」
「ピッカだ」
そう言われても全く分からないけど、感触的には琥珀糖……かな? 外側が固くて、中は柔らかい。
きゅっきゅと催促で周囲が湧いているので、ジフの許可をもらって、宝石の粒をザララッとお盆に出して広げた。
「ジフが、これをあげるからカレーを手伝ってって。頑張れる?」
「「「きゅうっ!」」」
――綺麗なの! ラピスもお手伝いして食べるの!
う、うーーん。ラピスは現場監督にしようか。張り切って厨房ごと料理されたらたまらない。
一斉にお盆に群がった管狐たちが、思い思いの色を選ぶと、喜びにくるくる空中を舞っている。
「綺麗だなあ。オレにも作り方教えて!」
「等価交換、だな。こいつは簡単に量産できて便利だぞ?」
にやぁ、と笑う悪人面にケチ、と頬を膨らませ、明日さっそく交換できそうな情報をもらって来ようと画策する。
ひとまず、さっさと100人カレーを作ってしまおう! オレが寝ちゃう前に!
お目目キラキラ、やる気に満ち溢れた管狐部隊がいれば、きっとあっと言う間だ。
「よし、野郎どもぉ、とっとと始末すんぞ! ケツの穴締めて行けやぁ!」
「「「きゅーっ!」」」
あっ、と思った時既に遅し。
――いいの、それ素晴らしいの。ラピスも使うの。
大きなお耳で、しっかり汚い言葉を捉えてしまったラピスが、群青のピュアな瞳を輝かせている。
あああ……やめて?! ちょっとジフ、頼むからラピスの前でそういう言葉遣いしないで?!
「――ふぁ……ねむ……すっかり遅くなっちゃった」
『あなたはあんまり、何もしてないわよね?』
何もしなくても眠いのは一緒だよ! いつも通り肩で弾むモモはともかく、オレが頑張って起きているというのに、チュー助は既に短剣の中でお休み中。そりゃあ、アゲハを寝かしつけなきゃいけないんだけども。そして蘇芳もバッチリ寝ている気配がする。
しっかり張り切った管狐部隊のおかげで、大量のカレーは思ったよりも早く完成、あとは食べる時にもう少し煮込みを追加すればいいかな。
あと、どうしてもラピスが汚い言葉を忘れてくれないので、あれは人間用だと教えておいた。
管狐バージョンは『しっぽ上げて行けやぁ!』で納得してくれたらしい。うん、許容範囲。
止まらないあくびをやり過ごし、まだ煮込んでいるジフに手を振った。
このままロクサレンで寝てしまおうかという誘惑を振り切り、さっさと森人郷まで転移する。
そういえば、森人郷に転移で戻れるんだろうか……。無理だったら、チャトで上空から戻るか、シロで突っ切るか……どっちにしろ、背中で寝てしまうこと間違いなしだ。
ぼやぼやそんなことを考えつつ転移してみたのだけど、案外問題なく転移できたよう。これも、森の許可あってこそなのかな?
「ただいま……」
きっと二人も寝ているだろうと小さな声で告げ、ぱふん、と念願の布団に着地した。
ああ……至福。その柔らかな感触に頬をすりつける。
さあ、いざ眠りの園へ、と笑みを浮かべた時、微かな違和感を覚えた。
ラキはともかく、タクトはこういう時必ず起きて『おかえり』と言うのだけど……今日はその声が聞こえない。
さすがに寝ちゃって起きなかったのかな、と思ったのだけど。
『部屋には誰もいない』
夜の方が元気なチャトが、そう言いながら枕の横で丸くなった。
そうなの? どこ行ったんだろ……
もはや8割がた寝ている頭が、不思議だな、と思う。
こんな夜中にオレを置いて、行っちゃうなんて。
『ねえゆーた、みんなお外にいるけど、ゆーたも行く?』
『なんでのうのうと寝ようとしてるのかしら? 結構騒がしいと思うのだけど』
モモに起きろ、と言われている気がする。
――ゆーた、多分お祭りなの! みんなお外で集まってるの! 賑やかなの!
ええ……こんな時間に? 興味は引かれるものの、まぶたは落ちる。
お祭りだったら、教えておいてほしかったな。そしたら、今日は出かけなかったのに。
ほっぺの上で弾むモモと、シロの濡れた鼻がオレの鼻をつついたのを感じる。
『お祭りかなあ……? 大きい蛇さんがいるけど、そういうお祭り?』
『お祭りのわけないでしょ! ちょっと! ほら!! 怪獣の襲来よ、起きて!!』
落ちかかった意識が、かろうじて踏みとどまった。
怪獣……蛇……お祭りじゃなくて……。
「え゛っ?!」
がばっと起き上がったオレの耳に、外の喧騒が聞こえてくる。
「火を絶やすな!」
「魔力に余裕あるものはシールド担当にまわれ!!」
「イケる、いけるぞ、追い返せ!!」
な、なにごと?! 急激に起こされた脳が混乱して、ただただ胸がどきどきする。
タクト、ラキ……どこ?! こういう時、一緒じゃなきゃ……
不安を抱えて立ち上がった時、外から覚えのある声がした。
「見つけたぞ! 連れてきた!! 魔力満タンだ!」
「でかしたぁ!!」
「えーーん、ええーーん、いやいやぁ、せっかく魔力貯めたのにぃー! 明日の美容に使う予定だって――」
「「そんな場合か!!」」
…………スン、と不安が手のひらから転げ落ちて行った。
なんか……あの人がいるだけで、なんか危機感が逃げて行ってしまう。
ただ、危機感は逃げても危機的状況には変わりないだろう、と外へ出ようとした時、部屋の扉が開いた。
「やっぱいた! ユータ、すげえことになってるぞ!」
「ホントにいた~。なんで帰ってきたって分かるの~?」
ラキを小脇に駆け込んできたタクトが、オレを見て、いつもの顔でにっと笑う。
途端に、早鐘を打っていたオレの心臓は鎮まっていく気がしたのだった。
皆さまお祝いのお言葉ありがとうございます!
6周年だけでなく、エピソード1000だったんですね! 応援していただく皆様のお陰で、ここまで来られましたよ!! ありがとうございます!! 大感謝!!!