985 いつもの人たち
「――そっか、エリーシャ様は出かけてるんだ。忙しいね」
マリーさんしか来なかったなと思ったら、そういう事情らしい。何やら貴族的で領主的なアレコレで、対外的な役に立たないカロルス様の代わりに活躍しているのが、エリーシャ様と執事さんだから。
「お前、俺が忙しくないような言い方じゃねえか」
さっきまで堂々とサボっていると言っていた人が、何を言う。
そもそも、カロルス様が目を離しても問題なければ、多分執事さんも一緒に行っているんじゃないだろうか。
今日はアルプロイさんたちを護衛(?)として一緒に行っているらしい。そうだね、彼らだって日々活躍の場がなければ、きっと落ち込んでしまう。
ちなみに、館内の大体の人はエリーシャ様がどういう人か知っているけれど、兵たちは入れ替わるので、知らない人も多いみたい。
長く勤めて信のある人間しか、ロクサレンの秘密は知らない――とはいえ、大体の人間が相当古くからの付き合いみたいだけど。
「そう言えば、メイドさんたちって……ええと、『普通』の人はいないの?」
若い女性がほとんどだけど、どうして彼女たちはあんなに忍者なのか。普通にメイドさんを募集して集まったわけがないと思うんだけど。
「いねえよ、アレはただの掃除もできる諜報部隊だろ。グレイとマリーがどこかしらから拾ってきた、『見込みある』孤児が主だったんじゃねえか?」
……それ、大丈夫だよね? どこかの暗部を潰して引き取って来た、特殊訓練を受けた子どもとかじゃないよね。
それにしても、そんな不遇な生い立ちがあったのか……あのメイドさんたちに。
あんまり同情心が湧かないのは、今を全力で楽しんでそうだからかな。
「で? 今度は何やらかしたんだ?」
オレを机の上に乗せ、カロルス様がコツンとおでこをぶつけた。
「何もやらかしてないよ?! なんで?!」
「いや……お前が久々に帰ってくるということは……つまりそういうことだろ?」
「どういうこと?!」
そんな顔しないで? 何もしてないよ!
『まだ、多分大丈夫だぜ主ぃ!』
『そう……よね? 多分だけど……』
左右の肩で自信なさげな小さい声がする。
いつもみたいにズケズケ言ってくれていいんだよ?!
「オレ、何もやらかしてないよ! それどころかね、人助け? をしたりしてたんだから!」
「じゃあ、何でそこが疑問風なんだ」
いや、それはオレのせいではなく……相手のせいと言うか。
「あのね、オレたち今森人郷にいるんだよ! そこで……なんというか、ちょっと変わった人もいたりしてね!」
「なんでそんな辺鄙なトコ行ったんだ。また王とか姫とかそういうのか」
目の前にあるブルーの瞳が、胡乱げに細められた。
「違うよ?! あっ、でも賢者はいたよ! お話の賢者じゃなくて、そういう役割だって言ってたけど」
「なんでそんな、厄介そうなモンに関わってんだよ」
厄介じゃ……ないと思うけど。だって、ご近所のごはん屋さんが賢者だなんて思わないじゃない。
「カロルス様だって、英雄じゃない」
胡乱な目をお返しすると、『言うな……』なんてカロルス様がべたっと机に伏せた。どうやらオレの勝ちらしい。
機嫌を直して金色の頭を撫で、本来のお話をしようとお顔を持ち上げた。
「あのね、特に用があったわけじゃないんだけど。ジフにお料理の事を聞くついでに、カロルス様とお話ししようと思ったんだよ!」
「ふうん……俺に会いに来たのか?」
ちょっとだけ不貞腐れていたカロルス様が、小さな手の間でにやっと笑った。
男くさい色気をまともに浴びて、くらっとしそう。オレに向けないでいただきたい。
「そう、だって会いたかったでしょう?」
負けないように、にっこり極上笑顔を浮かべてみせれば、ブルーの目が眩し気に細められた。
「おー、言うじゃねえか。俺にそれ言えるヤツはそういねえぞ?」
高々と抱き上げられて、ふふんと空中で胸を逸らす。
「だってマリーさんもエリーシャ様もそう言うよ?」
「いや……なんつうか……あいつらと一緒にされんのは……」
途端に渋い顔をしたカロルス様が、大事にオレを抱き込んで、とてもちっちゃな声で囁いた。
たぶん、『会いたかったぞ』って言ったと思う。
「声、ちっちゃすぎる!」
「うるせえわ」
みんなもっと堂々と言うよ?! オレなんて毎回言うたびにルーに嫌がられるけど言うよ?!
大笑いしながら、カロルス様の膝に落ち着くと、ようやく森人郷の話を始めた。
ルーよりもしっかりとこちらを見る瞳。
頷いてはいるけど、聞いてるんだか聞いてないんだか。
だって、大きな手が、しきりにオレをいじくりまわすから。
カロルス様って、どうしてオレの顔をオモチャにするんだろうか。
「もう! 話してるのに!」
「悪い。つい」
髪や耳やほっぺはいいけど! 鼻をつまんじゃダメでしょ! どういう『つい』なのか。
「それで、ロクサレンカレーのことをプレリィさんにも教えようと思うんだけど、大丈夫かな?」
「大丈夫も何も、お前が全部仕掛けたことだ。お前の権利だろ」
そんなことはない。だって完成させたのはジフたちだし、広めたのはロクサレンだし。
だったらやっぱり、ジフに聞いた方がいい。
「そんなこと言ってたら、カレーが食いたくなった。お前、そのクマカレーは残ってねえのか」
「イノクマカレー? カレーは残ってないけど、イノクマはいっぱい残ってるよ」
別にイノクマは特別おいしいものじゃないと思うけど。
――明日は朝からカレーがいい、と駄々をこねる領主様からジフへの伝言を言付かって、本来の目的地だった厨房へ向かった。
そういえば、全然お仕事進んでないと思うけど、大丈夫なんだろうか。
「結構遅くなっちゃったから、明日また来ようかな」
今日はもう話し込むのは無理だろう。プレリィさんが聞きたいことだけ伝えて、また明日回答をもらいに来ればいい。
だって、ぬいぐるみも出来上がっているだろうし。
それにほら、エリーシャ様や執事さんにも会わなきゃ、執事さんはともかくエリーシャ様はきっと泣いちゃうから。セデス兄さんは、まあいい。
「ジフ! ただいま」
「おお、帰って来たか! で? 森人郷の品ぞろえは?!」
満面の笑みで振り返った極悪面が、歓迎を示すように両手を広げた。
「あっ……それはまあ、まだなんだけど」
「は? お前じゃあなんで帰ってきやがった。どの面下げて?」
急降下したジフの機嫌と共に、地を掘るような低音ボイスになった。
大歓迎マリーさんたちとの温度差がすごい。
「別に帰ってきたっていいじゃない!」
「よかねえわ、期待するだろが! ちっ、損した気分だ」
いたいけな幼児に向かってなんたる言い草。
そんなこと言うなら、イノクマ提供しないからね! ……と思ったけど、オレもジフの知識提供が必要なんだった。
「よし、じゃあ等価交換しよう。狩って来たものは色々あるから、それとカレーについて交換して」
「分かってるじゃねえか」
にんまり笑ったジフと、応えて悪い笑みを浮かべたオレに、まだ残っていた料理人さんたちがいつものように怯えた顔をしたのだった。
ロクサレンの日を忘れ……6周年記念の日を間違ってたひつじのはねです……
6周年、過ぎました……7/10だったみたいです( ノД`)シクシク…