カワウソとキノコ探し
友達のカワウソがキノコを見つけたので、掘るのを手伝ってほしいという。カワウソというのは川で鮭をとるのは得意でも、土をかき分けてキノコを掘り出すのはからっきしなのだ。
りん子はおにぎりと水筒を持って出かけた。カワウソは森の入り口で待っていて、りん子を見ると鼻を突き出して駆け寄ってきた。小さな目をきらきらさせている。
「弁当か?」
「まだよ。今から食べてどうするの」
りん子はおにぎりの包みを高く上げ、カワウソから遠ざけた。カワウソはりん子の体をよじ登ろうとしたが、本来の目的を思い出したらしく、森に向き直った。
「早く行こう。お前、ずっとそうやって歩くつもりか?」
「そうよ」
りん子は頭の上に包みを乗せたまま歩き始めたが、すぐにずり落ち、直すそばからまた落ち、あきらめて小脇に抱えた。
「ところで、本当に大丈夫なの?」
「何が」
「キノコよ。毒じゃないんでしょうね」
もちろんだ、とカワウソは胸を張る。図鑑で調べた結果、正体不明のキノコだということがわかったらしい。ちっとも安全じゃないわ、とりん子はため息をつく。
森は深く、赤や黄色に染まった葉が頭上を覆っている。奥へ進むほどひんやりとした空気に包まれ、上着を羽織っていても腕や襟元が寒くなってくる。
「おかしいな。このへんだったんだが」
カワウソはイチョウの木の間を行ったり来たりし、鼻をひくひくとさせた。
「道、間違えたんじゃないの?」
「いや、確かにここだったぞ」
りん子は落ち葉をかき分けて探したが、キノコどころかコケすらも生えていなかった。歩き回っているうちに、すっかりお腹がすいてしまった。
「仕方ないわ、お昼にしましょう」
柔らかい葉を集めてクッションを作り、白っぽい木の根元に腰を下ろした。おにぎりの包みを開けると、すかさずカワウソが一番大きなのを取った。ちょうどいい具合に海苔がしっとりとし、朝炊いたばかりのご飯はまだつやつやとしている。りん子は自分の分を食べながら、辺りを注意深く見た。
「埋もれちゃったのかしら」
「それはないと思うぞ。相当大きかったからな」
かつおぶしと昆布の塩辛さがご飯にしみ、冷たい緑茶がさっぱりとおいしく感じられる。食べ終わると、カワウソはまた鼻を動かし始めた。
「やっぱりキノコのにおいがするぞ!」
ひげをぴんと伸ばし、首をあちこちに向けた後、寄りかかっていた木の幹に鼻を押し当てた。
「これだ! 俺が見つけたキノコだ」
「え? どこよ」
りん子はぐるりと見て回ったが、どこにもキノコは生えていない。幹に手を触れ、ようやく気がついた。これは木ではない。見上げると、丸くて大きな傘があった。葉の影だと思っていたのは、巨大なキノコの傘だったのだ。
「待って。あの形って……」
平たい傘の内側に、細かいひだがいくつもついている。外側の模様は見えないが、ベニテングダケに似ている。となり町でやっていたキノコ展で見たばかりなので、間違いない。
「猛毒じゃないの!」
りん子はカワウソの首根っこをつかみ、キノコから離した。キノコの毒は根元に集まると聞いたことがある。ひょっとしたら、もう手遅れかもしれない。踊るのだったか、笑うのだったか、トカゲに変身するのだったか、とにかく大変なことになるのだ。
「あれは毒じゃないぞ」
カワウソは慌てもせずに言った。キノコに近づき、根元を掘り始める。しかし水かきの手では、一向にはかどらない。
「ぼさっとしてないで手伝えよ」
「本当に大丈夫なの?」
「ああ。この大きさになれば十分だ」
わけがわからなかったが、カワウソが真剣なので、りん子も隣にしゃがんで土を掘った。キノコの根元は太く、掘っても掘ってもびくともしない。どこまで続くのか、ひょっとしたら地球の中心から生えているんじゃないかと思った時、ようやく終わりが見えた。
「せーの、で引き抜くわよ」
「おう! せーの!」
りん子とカワウソはキノコにしがみつき、勢いよく引っ張った。少しの抵抗の後、するりと根元が土から抜けてきた。
やった、と思う暇もなく、りん子は自分の体が浮き上がるのを感じた。足が地面を離れ、さっきまで見上げていた木の枝を追い越し、てっぺんの梢を鼻先に見て、あっという間に森を抜けてしまった。
「飛んでるわ!」
「思った通りだ。これはキキュウタケだったんだ」
「キキュウタケ?」
りん子はキノコに手足を絡め、カワウソを探した。カワウソはりん子の頭の上に乗っていたので、顔を合わせることはできなかった。
「地下から養分を集めて大きくなる。そして飛ぶ」
「聞いたことないわ」
「これだから人間は。ほら、見てみろ」
りん子はキノコにしっかりつかまったまま、首を下に向けてみた。森が見える。カエデやイチョウ、サクラの木が色づいている。その間に、ぽつぽつと白や茶色の傘が開いていた。歩いている時は、あまりにも大きくて木と見分けがつかなかったが、上から見ると一目でキノコだとわかった。
「あれがみんな、キキュウタケ?」
「この森は大きなターミナルだったみたいだな。お仲間も飛んでるぞ」
空中に目線を戻すと、同じようにキノコにつかまったカラスやコウモリが漂っていた。自分で飛んだほうが速いのに、とりん子は思ったが、これも一つの娯楽なのだろう。
冷たい風が頬をなで、下に見える風景は森から街に変わっていた。車は色とりどりのドミノのよう、家やマンションは子どもが積み上げたブロックのようだ。
次のターミナルはどこかしら、とりん子は行く手を見やる。ふわふわと揺れているだけなので、どこへ向かっているのかわからない。
心配ないさ、とカワウソが言った。
「燃料が尽きたら勝手に止まってくれる」
「それっていつよ。帰って洗濯物取り込んで、晩ご飯の支度もしないと」
「いいじゃないか、たまにはこんな旅も」
カワウソの言う通り、ゆったりと飛ぶキキュウタケの旅は景色もよく、観光にはうってつけだ。
しかし、ずっとしがみついた姿勢でいるのはさすがに疲れる。
「まったく、キノコでも食べないとやってられないわ」
りん子はキキュウタケの根元を一口、ためしにかじってみた。甘みが強く、炊き込みご飯に入れたしめじのような香りがした。悪くないが、やはり生ではあまりおいしくない。
自分の家の鍋の中に落ちてくれたらいいんだけど、と思いながら、りん子はやわらかな揺れに身をまかせた。このまま眠ったら、自分もキノコになってしまうかもしれない。そして地球を一周して元の森へ帰り、しっとりと土に埋まって過ごすのだろう。