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7・工具を揃えて道具を造る


『道具があればものを作れるのだから、工具を揃えてみるか』

 雨があがった夜、お父さんと外に出た。

 黒猫さんがお父さん。僕の新しいお父さん。魔法のようにいろいろなものを出してくれるお父さん。

 とても頼もしい猫のお父さん。

 

 雲が晴れて月を見ながら夜の町を歩く。

『少し遠い。かなり歩くことになる』

「大丈夫ですよ」

 小学生のころは夕刊配達で走っていたから。歩くことも走ることも嫌いじゃないし。


「お父さんはいろんなことを知ってますよね。どこで勉強したんですか?」

『長く生きているだけだ。どういうわけか尻尾が2本になってから寿命というものを忘れたらしい』

「いったい何歳なんですか?」

『百からは数えてないからわからん』

 百歳を越えていた。

『あとは飼われていた家で家族とテレビを見たり、家族が仕事や学校でいない隙にインターネットを見たりとかだな。人に化けて映画館や図書館に行くこともあった』

「人になれるんですか?」

『いつのまにかできるようになってたな。人に化けて人の真似事をして、就職したこともある。だが猫の方が気楽なことに気がついてからはあまり化けてはいない』

 お父さんはやっぱりすごい猫なんだ。


 話しながら歩いて目的地に到着した。

 住宅街の中、一軒家のとなりにガレージのような建物。

『裏に回ってカギを開けろ。さっさと盗んでずらかろう』

 裏口に回って使いなれたピッキングツールを使ってカギを開けて入る。

『口と鼻にタオルを巻いておけ』

 言われたとうりにタオルを巻く。

 いつもの侵入のように手には軍手を着けて頭にはタオルを巻いているんだけど、もうひとつタオルを出して口と鼻にかぶせて首のうしろで縛る。

「ここはなんですか? 危ないものがあるんですか?」

『ここは年よりのじいさんが一人でやってる工場だ。水銀があるから触るなよ』


 懐中電灯を着けて見てみるとドリルやノコギリや使い方のわからない機械がいろいろある。

「水銀ってこれですか?」

 机の上にボトル容器があって銀色の液体が入っている。プラスチックのスポイトが刺さっている。

「蓋がしてないですね」

『ここのじいさんは容器の蓋を無くしてから、何年も水銀の入った容器に蓋をしたことがない』

「危ないんじゃないんですか?」

『危ないだろうな。そのじいさんは腎臓を悪くして透析をしながら仕事をしている』

 水銀の入った容器はよく見るとコンビニとかで売っている粒ガムのボトルだった。蓋は千切れて無くなっている。

『年よりが手を震えさせながら仕事をしてるから、足元にも落ちている。必用なものだけもらってさっさと帰ろう』


「危険なものってもっとちゃんと管理されているのかと思ってました」

『危険なものだからって扱ってる奴等がそれに詳しいわけじゃない。ここのじいさんを下請けにしてる奴から見れば、知識が無く詳しく無いから安く作らせることができるからな』

 そういうものかもしれない。

 僕も仕事で人を殺したり拐ったりしていた。それが悪いと知っていても、なにが悪いのか、どうして悪いのか、どれぐらい許されないことなのかまでは知らない。

 法律とか刑法とか詳しく知らない。

 なにも知らないままでいれば、仕事を続けることも苦しくないのかも知れない。

 かつて、あの派遣会社でいっしょに仕事をしたおじさん達を思い出す。

 自分がなにをしているかもわからない。ときには自分が右手に持っているのが何かもわからないおじさん。

 あれは、その方が都合がいい、知らない方が使い勝手がいい、そんな環境に慣らされてしまった結果なのかもしれない。

 僕もそうなってしまっていたのかもしれないと思うと身震いする。


『安全基準を作ってそれをばらまいたところで、現場で安く使われる人間にはわからない。ひらがなもカタカナも読めない人間の目の前に安全基準と作業手順を難しく書いた紙を置いて安心できる。その心理がわからない』

「とりあえず用意しておけばいいってこと、なんじゃないんですか?」

『字の読めない奴には頭でっかちの書いた紙がわからない。字の読める奴は字の読めない奴の苦労がわからない。誰も得をしない、優しくない。そうやって人を働かせた結果、被害を受けるのは未来の子孫なのにな』


 そういうもの、なんだろうか。

『ここのじいさんも、こぼれた水銀はホウキとチリトリで集めて燃えないゴミに出している』

「それって逮捕されたりしないんですか?」

『じいさん一人の小さい工場に、行政が検査に来るわけがない。この程度は問題無いと人間の法律は言っている』

「そうなんですか?」

『行政が動くのは被害者が大勢出てからだ』


 僕は社会っていうのはもっとちゃんとしてるものだと思っていた。

 僕がそれからこぼれてしまっただけで。

 だけど世の中というのは案外、いいかげんなものみたいだ。

 懐中電灯の光りを受けて足元でキラキラしてるのは、金属の粉なのか水銀なのか見分けがつかない。

『長居しないでさっさと用事を済ますぞ』


 プラスとマイナスのドライバー。レンチ。ハンドドリル。ノコギリ。軍手の入った袋。ボルトとナット。ヤスリ。その他名前のわからない工具をお父さんの言うとうりにバッグに入れていく。

「こんなに持っていったら、ここの人は仕事で困るんじゃ」

『ここのじいさんはこんな仕事を辞めた方が身体にはいいんだ』

 お父さんはここの人のことを知っているんだろうか?

 もしかして昔はここに飼われていたことがあってここに詳しいのかもしれない。

『見つかる前に行くぞ』

「はい」

 重くなったバッグを肩に担いで工場を後にする。


 てくてくと歩きながら、

「この工具でなにが作れるんですか?」

『さあな。それを考えるのはお前だ』

 僕が考えるのか。干物ボックスみたいに?

『壊れたネズミ捕りがあったから、まずはそいつを修理してみるか』

「はい。工具の使い方とか、いろいろ教えてください」

 できることが増える。それはなんだか未来が広がるようで、可能性が広がっていくようでワクワクする。


 そうか、ネズミ捕りの罠を上手く仕掛けることができれば僕でもネズミが捕まえられる。

 食糧を得る手段が増えるんだ。

『よっ、と』

 お父さんが肩に担いでるバッグの上に飛び乗る。僕の右肩に頭を乗せるようにうしろから顔を出す。

『少し疲れた。運んでくれ』

「はい、お父さん」


 夜の町を、月の明かりの中を歩く。

 バッグの中から金属のあたるカチャカチャという音がする。

 右肩にお父さんがいて、お父さんの左の耳が僕の右の耳にときどき触れるのがくすぐったい。

「お父さん」

『なんだ?』

「ずっと、僕といっしょにいてくれませんか?」

『ずっと、は無理だが、しばらくは付き合ってやる』

 お父さんは仕方ないという感じで息を吐く。


 帰り道で畑からレタスを拾って帰った。


『音が響かないようにゆっくりやるか』

 一斗缶を缶切りで開ける。

『缶切りで開けたところは鋭いから、指を切らないように気をつけろ』

 鋭く尖ったところで指を切らないようにヤスリをかけて丸くする。

 終わったところで一斗缶の中をパーツクリーナーをスプレーして綺麗にする。

『七輪の上に立てられるようにするんだ』

 工場から持ってきた真鍮のパイプを四本、同じ長さになるようにノコギリで切る。

 パイプにバッテリー式のハンドドリルで穴を開けようとしたら、ドリルの先が滑って上手くいかない。

『これを使ってからだ』

 金属の棒の先を鉛筆のように尖らせたもの、ポンチと言うらしい。

 これと金槌でパイプの穴を開けたいところに印をつける。

『もう少し強く打って凹みを作れ。そこにドリルの先端を当てるんだ』

 ポンチで凹ませたところにドリルを当てると簡単に穴が開いた。

『金属の切り屑が目に入らないように気をつけろ』

 同じ要領で一斗缶にも穴を開ける。

 真鍮のパイプを一斗缶の中に入れてネジとナットで固定する。プラスのドライバーとモンキーレンチでぐいぐい閉める。

 四本足の一斗缶ができた。

 一斗缶の下に七輪を置く。

 これで燻製が作れるらしい。

『なかなか器用なものじゃないか』

 お父さんが誉めてくれた。うれしい。

 夜中から懐中電灯とお父さんが持ってきたランプの明かりで作業をしてて、外は朝日が登ってきたみたいだ。


 新しい朝、今日も1日が始まる。

 はやくこの道具で燻製肉を作ってみたい。

 いろいろ作ってみたいな。

 だけど、徹夜になってしまって眠いから今は少し眠りたい。




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