ドアの向こう
照明を付けたまま寝るものではない。まぶたの裏に眩しさを感じ、少年が目を覚ましたのは深夜2時を過ぎた頃だった。夜の静けさの中で時計の針の動く音だけが妙に大きく聞こえている。少年は眠気の残る半覚醒な身体を布団から無理矢理引き剥がした。
電気を消さないと。第一に思ったのがソレであり、少年は這うようにベッドから抜けだすと、ヨタヨタと鈍い歩みで部屋の入口に足を運んだ。霞みがかった頭の中では「電気を消して再び布団に潜る」そんな単純な指令だけが行き交っており、キシキシと床を軋ませ、部屋のドアの前に辿りついた少年は手を伸ばす。しかし、
「あれ?」
照明のスイッチはドアの横だ。そこで少年は一つの違和感に気付いた。部屋のドアが、手前側に向かって僅かに開いているのだ。部屋に入る時にしっかり閉めた記憶がある。だが事実として開いているドアが目の前にある。怪訝な顔で首を傾げ見つめる隙間の向こう、僅かに覗く廊下には、人の気配を感じさせぬ静寂が広がっていた。住人が寝静まり、全ての明かりが消えた廊下は当たり前ながらに薄暗い。黒色の向こうは何も見えないが、時間が時間なだけに視線を留めておくのは気が引けた。なるべくドアの向こうを見ないように視線を逸らしつつも、少年は一つの推論を導き出した。
「姉さんかな」
電気を点けっぱなしだったから様子を見に来たのかもしれない。そう思い、同時に、それなら電気も消してくれればいいのにとも思う。少年はスイッチに伸びた右手をドアの取っ手に掛けようとした。
その瞬間、部屋の照明がボタンに触れてもいないままに、落ちた。
突如奪われた視界に、感情が追い付くよりも早く少年は照明のスイッチに手を掛ける。感触だけでわかる事がある。それはスイッチは〝ON〟に入ったままであること。気味が悪い。そう思い少年は指を弾き、照明を一度オフに戻し、改めて照明のスイッチを入れ直した。短い明滅と共に視界が戻り、一瞬で下がった体温が幾分戻ってきた感覚を得た。息を深く肺に溜め、履き出す事で呼吸を整える。突然の事にすっかり目が覚めてしまったと、少年は再び大きく呼吸した。口から漏れる息が溜息の音を作る。
瞬間――。
白い何かが少年の手を掴んだ。
掴んだ、という事はそれは人の手なのだろう。恐ろしく冷たい感触が腕から身体全体を駆け巡った瞬間、少年は思わず声にならない声を挙げて手を引いた。意外なほどあっさりと青白い手は剥れ、自由になった右腕を胸に抱くようにしながら、少年は反射的にドアを蹴り閉めていた。跳ね上がるような胸の鼓動を制御できず、少年は茫然と掴まれた腕を見つめた。なにが起こったのか理解が追い付かない。しかし、目の前にある自分の腕には確かに冷たい感触と共に紫色の痣が残っていた。
まるで「覚えていろ」と、そう語りかけているようだった。