光り浮かぶ、空。
目を覚ますと、そこには成政の顔があった。おそらくはメイサも近くにいるだろう。千秋は身体が妙な気だるさに包まれていることを思いながらも、身体を起こす。
「二人は、上手くいった?」
ああ、と成政が短く答えた。その表情はようやく気が抜けたというような柔らかいものであり、自分も同じ顔をしているのだろうと、自然と苦笑が漏れる。なにはともあれ、
「これにて一件落着、か」
右腕に付けたデジタル式の腕時計を確認すれば、青白い光でAM12:00と表示されていた。集合したのが10時であったから、2時間の間に起きた出来事と考えれば長かったのか短かったのか。とにかく色んな感情を纏めて言葉にするならば。
「……疲れたぁ」
それに尽きた。クツクツとした笑い声が隣りで聞こえ、振り向けばメイサが身を起こしている。
「メイサちゃん、大丈夫なの?」
「あぁ、なんだか、痛みが少しずつだけど、引けてきた気がするね」
言って、お腹を摩る。それでもまだ痛みが残るのか、メイサは仕切りに顔をしかめていたが、これも、ハナヱの影響なのだろう。メイサが取り憑かれた時、首が180°回転したりしていたが、憑依が解けた後はなんともなかった。身体の傷も、少し時間が立てば癒えてくるだろう。
千秋はボロボロで水浸しなメイサを眺め、ふと、思ったことを口に出した。
「ねぇ、メイサちゃん」
「なんだい?」
「結婚しよう」
ブハッと吹き出すと共に、メイサが腹を抱えてうずくまった。完全に不意打ちだったのだろう、メイサは息もできないと言った風に痛みに涙を浮かべ、珍しく混乱したように返答する。
「な、なんだい突然に!? ハナヱさん達に当てられたかい?」
千秋は首を振った。その目はメイサの右腕や腹部、顔を順々に見回していて、それに気付いたメイサが苦笑を洩らした。
「もしかして、責任をとろうとか、考えているかい?」
千秋の表情が曇った。分かりやすい性格であるとメイサは更に笑みを濃くした。
「その言い分だと、ボクは成政くんにも結婚してもらわなくてはならないな」
「断固拒否だ」
「躊躇い無しかね!?」
ぐっと、腹部を押さえて、再び仰向けに身体を倒すと、メイサは夜空に目を細める。
「ボクも女の子だからね、そういうの抜きにムードを大事にしてもらいたいと思うよ」
そういうものか、と千秋はメイサにならって空を見上げる。街灯の光も無い、真っ暗だからこそ、今日は星の光りが強く感じられた。夏の時より距離が近く感じるようになった夜空は雲も無く、無数の星々が競う様に輝いている。
その中でもひと際強い輝きを放つ星が二つ、隣り合わせで寄り添っていた。
目を細めた千秋は自然と呟いていた。
「ばいばい、またね」
一夜経って、メイサの身体は骨折した右腕をのぞいて完治していた。はじめから何事もなかったかのような健康体であると、笑っていた。右腕の骨折に関しては、夜に蛍を採りに行って川に落ちたと周囲の人間には話してあるらしい。たまに虚空を見つめてはぶつぶつと独り言をするようになったのは、割と本気で心配している。
成政についてはいつも通りに登校し、寝不足なのか授業中に居眠りが目立った。相変わらず背中には〝四面楚歌〟と本気なのかネタなのか良く分からない文字が浮かんでいた。
放課後、千秋は静かに墓標の前に立つ。長い年月の中で艶を失った黒い墓標は古びてもなおその立派な風格を露わにしていた。それだけでも充分に家柄の良さが窺える。そこには藤篠家と刻まれていた。
千秋の立つ墓標の前には枯れた花や線香の灰が散らばっていた。今となっては線香や花を供える者はいても片付ける者がいないのだ。
祖母の話によれば、藤篠ハナヱの家は名家であり、幼いころから許嫁が決まっていたという。当時は親同士が結婚を決めることも多かっただけに、農家の生まれである周治との結婚をハナヱがほのめかした時には反対の声が強かったと聞く。現にあの日、待ち合わせの晩、周治は反対する藤篠家と許嫁の親族の手により軟禁に近い状態だったそうだ。
携帯電話の無い時代、ハナヱに連絡を取る手段はない。やがて、雨が嵐となり周治がハナヱとの駆け落ちの計画を打ち明け、待ち合わせの現場に向かった時、既にハナヱは無惨な姿へと変貌していたという。ここまでで先夜、周治に憑依された時に流れて来た記憶に齟齬はない。周治はその後、ハナヱの後を追う様に自ら命を絶っているがその結果は昨夜のあの姿に至るというわけだ。自ら命を絶った者に対するペナルティでもあったのだろうと、千秋は思う。
気になるのはハナヱの一族がどうなったのかだが、ハナヱが亡くなった後、母親が精神を病み、遠くの病院への入院が決まり、家族もそれに合わせて引っ越していったらしい。
結局、この一件は誰も報われていないまま60年の月日が経ったのだ。
千秋は墓前で手を合わせる。ここにハナヱが眠っているかは分からない。それでも、祈らずにはいられなかった。好きな者と結ばれなかった無念、裏切られたという気持ちを抱えて彷徨った悲恋。せめて死後の世界では、と千秋は墓前に向かって手を合わせ目を伏せていた。
その日の晩、千秋は夢を見た。
色とりどりの花が咲き乱れる草原で、若い男女が寝ころびじゃれあう風景を。我ながらベタな発想だなと思いながらも、千秋はその男女の幸せそうな表情をいつまでも、夢から覚めるまで見送り続けた。
ここまで読んでくださった方々、ありがとうございます。
自分が書いた長編作品の中で一番上手くまとまったかなぁとか思いつつ、時間が経てばまた未熟な点が色々と見えてくるのだろうなぁ、とも思います。現に今回も色々書き直す所が出てきました。
それでも、私の今までの作品の中で一番と言って良いほどの、とても愛着のある作品になっております。
これを読んでくれた方が、ふとした時に、こんな作品があったなぁ、とか思いだしていただけたなら幸いです。また、気まぐれに作品を投稿したいと思いますので、よろしくお願い致します。
……改まった文章というのは書き慣れないものですねぇ。




