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暗転

「大体の話はこれでわかったんだけど、あの時僕が見た白猫は、結局なんだったんだろう?」


 メイサの話しを聞き終えたところで、千秋は浮かんだ疑問を素直に口に出していた。メイサの話す事件の概要の中に、白猫に関するワードは出てこなかった。しかし、白猫をこの事件から無関係と認識するには、何かが引っかかる。女の霊との遭遇や白猫との遭遇には共通点が多い気がするのだ。しかし、その問いに対し、メイサは首を横に振った。


「その事についてはボクもわからないな。だけど、今のボクなら次に遭遇した時に何かがわかるはずさ」


 それよりも、と、メイサが足を止め、自分もそれにならった。今、自分達は歩幅を計ったようなタイミングで先程の公園の前に立ちつくしている。相も変わらず、ここだけが異常に気温が低く感じられ、先程から妙な息苦しさを感じるのだ。左の手の甲で額を拭う。反対の手にはメイサの左手が握られている。先程メイサを見失った時の教訓を活かしたつもりではあるが、なんとも頼りなさげに揺れている。こうして手を繋いでみると、手の位置関係から自分の背の小ささを実感させられる。そしてこんな時にそんな事を気にしている自分がやけにちっぽけで――


「ん? どうしたんだい? ガックリと膝を折って。まるで延長15回にサヨナラ満塁ホームランを打たれた甲子園ピッチャーのような格好だよ?」


 それは、サヨナラホームランだけでいいのではないだろうか、という指摘は置いておくとして、自分で地雷ワードを踏んだとは言いづらい。だから努めて平静な表情を装い、顔前で手を振ってみせる。


「い、いや、なんでもない。それよりメイサちゃん、手、放しちゃだめだからね? 僕も絶対放さないから」


 言われた言葉にメイサはわずかに眉を上げた。驚いた表情をとったのは一瞬で、その顔はすぐに何かを思いついたような含み笑いに変わり、言ったそばから左手を放しポケットに忍ばせる。こちらが呆気にとられている間に小型の無線機のようなものを取り出し、


「あ、ごめん、もう一回言ってくれるかい? 録音するから」


「だから放さないでよ! てか、なんで持ってるの!? ボイスレコーダー!」


 ふむ、とメイサが伸ばしていた腕を引っ込める。録音スイッチを切ると耳に押し当て、再生ボタンを押す。


「ふふん、キミの声はじつにボクの耳に心地良いよ。今度、お昼の校内放送で流してみようかな?」


「いつから録ってたの!? やめようよ! みんなポカンとするから! てか、今まで僕のいないところでやってないよね!?」


 今更ながらに学校が違うことに不安を覚える千秋だが、両手でボイスレコーダーを奪おうとする千秋を、メイサは軽快な身のこなしで躱す。身体を捻り、身を回すと、離れたレコーダーを再び耳に押し当てる。耳で楽しむように目を閉じたメイサの口の端は満足気に吊り上がっている。しかし、それは直ぐにフラットになり、再生が終わる頃にはメイサの顔にいつもの笑みは無かった。


「成政くん」


 呼ぶ声と同時、メイサが千秋を挟んで左手側にボイスレコーダーを放る。怪訝な表情でソレを受け取った成政は、操作ボタンの位置を確認し、再生と共に音量を上げた。ノイズの混じる不鮮明な音質ではあるが、自分達の賑やかなやり取りから背後の風の音までも聴きとることが出来た。


「?」


 しかし、と千秋は一つの違和を覚える。音量を上げた分だけノイズが混じることは千秋も知っている。だがこの風の音はなんだろう。今現在この場所は無風であり、風音などするはずがないのだ。

 薄気味悪さを感じながらも、流れてくる音に耳を澄ませる。


 …………た…………じゃ……か


 風に混じり、何かが聞こえる。

 それは掠れ、籠ったような〝人の声〟であり。


 …………またねって、言ったじゃないかぁぁぁぁぁ。


「っ!!」


 成政が反射的に手に持った機材を耳から遠ざけ、指の先から放った。硬い音を立て、地面の上を跳ねるボイスレコーダーからは今もノイズに混じりおぞましい声が聞こえてくる。それは、風の音ではなく憎悪に満ちた女の鳴き声だった。


「メイサちゃん!? 成政!?」


 反射的に千秋は周囲に視線を走らせた。

 〝アレ〟は近くにいる。確実に近くにおり、こちらを認識している。

 視界の端に成政が身構えるの捉え、しかしその視線はこちらを観ていない。

 メイサだ。

 ハッと気づき、千秋もメイサの姿を探した。

 いた。

 しかしメイサはこの状況にも関わらずうつむいた姿勢を崩していない。嫌な予感がせり上がってくる。千秋は硬い唾を呑みこみ、メイサの肩に手を乗せる。湿った布越しに伝わる感触は硬く冷たい。と、


「!」


 突如メイサが顔を上げた。バネ仕掛けが弾けるような突発的な動きだった。濡れた前髪に隠れ瞳は見えない。が、血の気の失せた顔色に、紫色に変色した唇が早口に何かをまくし立てている。それは呼気が連続するだけだった音の作りが、徐々に言葉として意味を持ち、叫びとなってほとばしった。


 ――またねって言ったじゃないかまたねって言ったじゃないかまたねって言ったじゃないか殺してやる殺してやる殺してやる。


 ソレは、しっかりとこちらを見ていた。

 黒い空白ではない。ドブ川に浸してきたかのような濁りきった死人の目が、確かにこちらを見据えていた。


「う、わ……!」


 身体が恐怖に硬直し、どこをどう動かせばいいのかわからない。千秋が行動に移せないでいる間にも、メイサが、動いた。

 危険を感じた成政がすぐさま割り込もうとするも、メイサは何気ない動作で左手を振るう。裏拳が成政の側頭部を穿ち、


「ぐっ!!」


 成政の長身が弾き飛ばされる。成政は肩から地面に倒れると直ぐ様に立ちあがる。しかし――


「!?」


 立ちあがった成政が膝から崩れた。膝を着いた本人も何が起こったのかわからない。何度も立とうと試みるも、膝が震え、視界が霞む感覚がそれを拒んだ。

 頭に受けた強打が脳震盪のうしんとうを引き起こしているのだ。そしてそうしている間にも、メイサは動いていた。

 折れている筈の右腕が、三角巾代わりに巻き付けていたジャージを振り払う。吊っていた右腕が支えを失い、だらりとぶら下がる。


「ダメだ、メイサちゃん!」


 しかしメイサは止まらない。ぶら下がり、上げることなど不可能な筈の右腕を強引に持ち上げ、左手と共にこちらの首に伸ばしてくる。反射的に振り払うもその力は強く、防げない。だから千秋は地面を蹴り、身体を後ろに飛ばす。硬いアスファルトに尻から転ぶが、痛みに動きを止める暇も無い。千秋はメイサから目を離さないまま距離を置く。幸い、今のメイサの動きはゾンビのように緩慢だ。しかし油断も許されないことは先程の動きをみれば明らかである。千秋はパニックになりかけた意識を必死でつなぎ留め、メイサと対峙する。

 いまだ妙な唸りを挙げるメイサは、口の端から涎が零れており、千秋は震える声を抑えつけ、平静を装いながらも呼びかけた。


「ねぇ、キミは誰?」


 応じる言葉は無い。

 が、しかし、次に千秋が口にした言葉に、メイサが劇的な反応を見せた。


「キミは、藤篠ふじしのハナヱさん?」


 ――――!!


 メイサの動きが止まり、その首が限界まで傾げられた。怪しい呻きも止み、何を考えているかもわからない瞳がこちらを執拗に睨んでいる。

 初めてまじまじ眺める形相に、千秋は現実感を持てないでいた。ハリウッドの特殊メイクのような、原型をとどめない禍々しい顔つきは怨念そのものといっていいだろう。千秋は詰まりそうになる息をゆっくり吐きだす。鼻に纏わりつく腐臭がとてつもなく不快だった。

 メイサの首がグラグラと右へ左へと不安定に揺れ、口の中で何度も何度も同じ言葉を呪文のように繰り返す。そして繰り返すうちに身体の揺れも大きくなる。


 ……シュウ、ジ?


 メイサの口の端から零れるように、繰り返し漏れる言葉はそう形作られていた。千秋は言葉の意味を思う。


 ……シュウジ?


 人の名前だろうか。そうであるとすればメイサの話の中に出てきた、自分と重ねている男性とはその〝シュウジ〟の事だろうか。気が緩んだわけではない。しかし考えに没頭しすぎた。


「千秋!」


 成政の声が思考を中止させ、意識を覚まさせる。気が付けばメイサは再び動いていた。

 折れていない左手がこちらの首に伸び、千秋は咄嗟に右腕を差し入れる。


「――っ!」


 首の代わりにとばかりに右手首が掴まれる。血流をせき止めるように、その細い身体のどこにそんな力があるのか、不思議なくらいに強く締め上げられ、千秋は思わず顔をしかめた。

 鈍い痛みが右腕をジワジワと圧迫する中、折れているメイサの右腕が妙な角度で迫る。強張る身体を叱咤し、上半身を反らす事でそれを回避し、しかしそれも長く続かないことは状況的にも明らかだ。よって千秋は二択を迫られることになる。捕まるか抵抗するかだ。容赦無く流れる状況の波に、千秋の判断は一瞬だった。


「メイサちゃん、ごめん!」


 上半身を左に振り、戻る勢いで額をメイサの額に全力で打ちつける。杭打ち機のような勢いだ。火花が散るように視界が明滅し、意識が遠のく感覚を得るが、グッと堪える。メイサもそれは一緒だろう。メイサが天を仰ぐように大きく仰け反り、右手の束縛が一瞬緩んだ。

 千秋はすかさず右手を引き抜くと、背後へと身を転がし距離を空ける。ズキズキと痛む額を手で押さえ震える息を吐き出した。


「痛っつぅ~……。ごめんねメイサちゃん、でも痛いのは僕も一緒だから……」


 だからこそ頭突きを選んだのだが、


「…………」


 メイサは反応しない。背を限界まで仰け反り、ビデオの一時停止のように静止している。


「メイサ、ちゃん?」


 不自然な格好で固まっているメイサに、千秋は小首を傾げた。打ちどころが悪かったのだろうか、嫌な汗がダラダラと額や頬を伝い落ちる。一瞬の間、千秋達は何をするでもなく沈黙した。どう動けばいいのかまったく見当もつかないのだ。こちらの心配をよそに、メイサは天を仰いだままピクリともしない。

 一歩、メイサに向かって足を踏み出す。

 フラフラと立ちあがった成政が制止するように手を伸ばすが、千秋はそれを手で制した。動かないメイサに対し、慎重に言葉を掛ける。


「藤篠ハナヱさん? 60年前の大嵐で、アナタに何があったの?」


 メイサの調べによる会話の中で出て来たのが、この約60年ほど前に起きた災害による死亡事故だった。川は氾濫し、幾本もの木々が風と雨に薙ぎ倒されるほどのひどい災害があったのだ。何件もの家が全壊とはいかないまでも、屋根が飛んだりと飛来物により窓ガラスや壁を損傷するなど、大きな被害を被ったにも関わらず、死傷者はただ一人だった。

 メイサの推論が正しければ、今、メイサの体にとり憑いているモノはその災害の被害者である藤篠ハナヱその人だ。


 ……どう?


 言葉が通じたかは分からない。しかし何かしらの反応はあるだろう。反応があればそこから次の行動を判断できるはずだ。

 再び訪れた沈黙。

 しかし、その沈黙が破られるのには、そう時間は掛からなかった。

 天を仰ぎ、蝋人形のように佇んでいたメイサが突然首を下ろし、千秋を見たのだ。突然の動作に反応できないでいる千秋に対し、メイサが叫ぶ。


「近づいちゃダメだ〝千秋くん〟!」


 名を呼ばれ、え?と疑問が脳裏をよぎる。そして次の瞬間には強い力で胸を押されていた。受け身も防御姿勢もなく、軽い千秋の身体は一歩二歩と後方に押し出され、地面のくぼみに足を取られる。


「わ」


「むん」


 いち早く反応していた成政により背を支えられ、両足がしっかりと地面を噛む。そして我に返るようにしてメイサを見れば、メイサは一人奇怪な動きを取っていた。

 左腕を振り乱し、なにかに抵抗するような、そんな動きだ。やがてメイサの後ろ髪が後方に引っ張られ、メイサ自身もそれに引き摺りこまれるように、祠のある茂みに向かい、地面に背中を擦りつけるような動きで進んでいく。決して人間一人でできるような動きではなかった。まるで見えない何者かに引き摺りこまれるような、そんな動きだった。

 と、そこまで脳が状況を呑み込むと、千秋と成政は走りだしていた。

 メイサへと。

 成政がアスファルトの道路にかろうじて飛び出している両足を掴む。バタバタと抵抗するように足は何度も成政の顎や胸を打った。それでも暴れる両足を両脇に挟み、固くホールドする頃には、千秋はメイサの横に片膝を着き、髪に触れていた。ゾッとすることに、髪は今もナニかに引っ張られるようにピンと張りつめ、このまま成政が足を固定していると、頭皮が剥がれてしまうことも考えられた。

 千秋は髪の引っ張られている何も無い空間を手で払う。しかし、手は空を切るばかりで、メイサは更に絶叫に近い悲鳴を上げた。


「くっ!」


 ならばと、引っ張られている髪を後頭部へと必死に抑えつけようとする。どういう仕組みか、抑える右手を押し返すように髪が押し返してくる。押さえきれない。そう判断した千秋は片膝をメイサの頭の下に滑り込ませ、身体全体で押さえにかかる。すると――


 ――――――っ!!


 メイサの身体がエビのように跳ね、反りかえった。身体の内側からボコ、ボコ、と嫌な音が聞こえ、メイサの口から血の塊が水泡のように浮き上がり破裂する。あっという間に口の周りを赤く染めたメイサに、千秋は目を大きく見開き、声にならない叫びを上げた。 


「――!! メイサちゃん!? メイサちゃん!!」


 千秋は動転した。この状況では誰もがそうなるだろう。日頃から感情の起伏に乏しい成政でさえも、焦燥が顔に張り付き、目の前の状況に茫然としていた。まるで現実味のない悪夢のような光景が目の前にあり、何かが頭の中で焼き切れ、真っ白になるような感覚さえある。

 しかし、それらを振り切るように千秋は叫んでいた。


「なんでだよ!? 違うでしょ!? こうなるべきは僕なんだ! 僕の身体が欲しかったんでしょう? 僕を殺したかったんでしょう!? だったら僕にとり憑くべきだよ! メイサちゃんの身体から放れてよ!!」


 メイサの体に覆いかぶさるように、血が溢れる口を己の胸で塞ぐように、千秋はメイサにしがみついた。仰け反ったまま痙攣を起こしているメイサの身体は冷たく、身体が跳ねるたびに千秋の胸まで赤く染める。止まれ、止まれと千秋は念じる。巻き込んでしまった自分の後悔と共に叫ぶ。


「来なよ! 僕はここにいるよ!? だから――、……っ!!」


 千秋の叫びは最後まで言葉にならなかった。何かがメイサの身体を伝い、自分の腕を這い上がってきたのだ。ゾワリとする感覚に身を震わせ、しかし千秋はメイサから離れなかった。身体をなぞるように上昇してくる感覚と共に、何かが自分の頭に流れ込んでくる。

 これがメイサの言っていた、記憶が流れ込んできた、という感覚なのだろうか。

 こちらに向かって何事かを叫ぶ成政の声が遠くに感じる。

 自分の意識がどこまでも薄く、他者との境界が曖昧になる感覚の中、千秋は記憶を見た。明らかに自分の物ではない、この村の古い情景が頭に浮かんでいた。


「これは……」


サブタイトル、いつも思いつかない。

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