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きっかけ

「取り憑かれていた時、意識はあったんだ。まるで他人の目が見ている映像をディスプレイ越しに見せられているような感じだったよ」


 沈んだ、落ち着いた声音がその場の緩んだ空気を引き締める。硬い地面にあぐらで腰掛けたメイサは千秋が急いで詰め寄ってくるのを確認すると、上がらない右腕を肩で浮かせて見せた。


「なんとか処置できるかい?」


 一瞬、頷き掛けて千秋は慌てて首を左右に振った。


「ちょ、それより病院に行かなきゃ! 応急処置は出来ると思うけど……」


「できるならやっておくれ。病院に行っているヒマは無い。もう賽は投げられ、事態は進行しているのだから」


 言い、更に右肩を差しだしてきた。千秋は迷うように口を真一文字に引き結び、しばらく唸っていたが、やがて観念したように肩をすくめた。巻き込んでしまった友人を怪我のまま連れ回すことに抵抗はある。しかし負い目があり強く言えない所もある。そんな解釈は自分への甘えだろうかと疑問しながら、千秋は近くに転がる看板の骨組を拾い上げる。成政が振り回したことで破砕した骨組は、腐食も相俟ってかちょうどいい長さに折れていた。怪我を負わせたものを利用して添え木とするのは、なんとも皮肉なものだと、千秋は思う。

 折れたことにより刺々しくなった表面をアスファルトに擦りつけ、角をとる。そしてそれが済んだら千秋はあるものを探して視線を動かす。成政が看板を引き剥がす際に弾け飛んだ針金だ。しかし、光量の少ない夜道では、見つけることは至難である。現に見当たらない所を見れば、田んぼの側に飛んでいったのかもしれない。他に手ごろな物は見当たらない。

 仕方が無いと、千秋はジャージの上着を脱ぐ。下に着ているのは吸水性が良く、速乾性がある100%ポリエステルのインナーだ。迷いなくインナーの裾に両手を掛けると、上下逆方向に引き切った。が、


「ん!」


 インナーは伸びるばかりで裂ける気配が無い。再度チャレンジしてみるも、裾がだらしなく伸びた程度の結果に留まった。あまりの気まずさにこめかみから頬にかけて冷や汗が走る。


「あ、あれ? ドラマみたいにはいかない、ね?」


 そうこうしているうちに助け舟が来た。


「使うかい?」


 メイサが反対の手で刃の大きい布切りバサミを差し出してきた。千秋はそれを礼と共に受け取り、自分のインナーに刃を立てる。立てた上で、


「なんで持ってるの?」


「いやいや、こんなこともあろうかと思ってね」


 どんな事態を想定していたのだろうと首を傾げてみるが、今こうして活用できているということは、メイサの読み勝ちなのだろう。あまり深くは考えないことにした。

 千秋は手早く必要な分だけ布を切り取ると、添え木を当ててメイサの右腕に巻きつけていった。


「素人が下手に触らない方が良いと思うんだけど、……仕方ないよね」


 骨折の箇所が関節部でなかったことは僥倖かもしれない。そんな事を考えながら固定部の具合を確かめ、キュッと緩みが無いように布を縛った。伸縮性のある素材のおかげで、絞まり具合はちょうど良いようだ。あとは三角巾の代用としてジャージの上着で腕を首から吊る。骨折しているのは上腕骨であるが、ブラブラとぶら下げているわけにもいかない。痛みに顔を顰めるメイサに詫びながらも、千秋は自分の知る限りの処置を終えた。

 メイサも満足したように頷きを返す。


「キミは良いお嫁さんになれるよ」


「……なりません。男ですから」


 一通り、いつもの流れが戻ってきたところで千秋も切り出した。最初メイサが放った言葉で、


「意識があった、ってことは、あの時も……?」


 千秋の頭に浮かぶのは、メイサが成政に馬乗りになってからの首が180°回転したトラウマ物の光景だ。それ以外にもあり得ない方向に首が向いたりしていたものだが、それをメイサに聞くと、本人もあまりよくわかっていないようだった。


「記憶もある。だけど、特別異常はないよ。少し首が凝っているくらいかな」


 ポキポキと首を鳴らし、傾げる。通常の可動範囲内でだ。


「でも首に限らず、取り憑かれたことによる変化があるとすれば――」


 唐突に途切れた言葉、メイサの目が細められる。それはこちらとの視線を外し、その背後を見据えるような仕草だ。不気味な予感がして千秋も釣られて背後に振り向けば、そこには風によってなびく、まだ青さの残る稲穂が広がっているばかりだ。疑問を抱き向き直れば、メイサは背後を見ていなかった。視線をこちらに向け、気遣うように微笑んでいる。


「気にすることは無いよ。虫が飛んでいただけさ。とにかく話を戻そう」


 メイサが記憶を呼び起こすように目を閉じた。深く空気を吸い込んではゆっくりと吐き出し、気持ちを落ちつけていく。儀式のように深呼吸を繰り返すのは頭の中で話しをまとめているのだろう。だから千秋は待った。そしてそれはそう長くは掛からなかった。メイサがゆっくり目を開ける。そこには普段は見せない真剣な色が見てとれた。


「取り憑かれている間、〝彼女〟の記憶の一部分が、ボクに流れ込んできた」


 メイサは語りだし、千秋は口を閉じる。言葉一つ発することでその流れを切ってしまわぬように。


「まずはなにから話そうか。そうだね。君たちはこの辺りが昔、どんなところであったか知っているかい?」


 唐突な問いに、千秋と成政は顔を見合わせ、互いに首を振る。メイサも答えが帰ってくることを期待してはいなかったようだ。まるで用意していたかのように頷くと、その続きを話し始めた。


「この村は昔、川と川が交わる場所だった。昔は小舟が停まる停泊所があったそうだよ。今となっては想像もつかないがね」


 あ、と千秋は思い至る。この村の名前は〝落合〟

 つまりは川と川が落ち合う場所だ。言われてみればそんな話を聞いたことがあるような気もするものだ。教えてくれたのは祖母だったか、それとも祖父だったか定かではない。そしてメイサが落ちた幅の広い用水路がその名残であることも、祖父母のどちらからか聞いた。

 千秋は目で問いかける。しかしそれがどうしたのかと。


「〝彼女〟はね。その時代の女性だったのさ」


 メイサが〝彼女〟と呼ぶ女性、いきなり明かされた幽霊の正体に関わる情報に、千秋達は息を呑む。


「彼女の頭の中は常にノイズ混じりでね、流れ込む記憶は断片ばかりだった。でも混濁した意識の中、〝彼女〟の頭の中を占めるのは、深い悲しみと憎しみ、水音、そして一つの言葉だった」


「それは……?」


 反射的に、千秋は聞き返していた。その言葉こそが大きなキーワードとなっているのではないかと直感したからだ。メイサは勿体ぶる様子も無く言葉を続ける。


「『ばいばい、またね』……そんな言葉さ。ボクの推測ではあるけども、きっと、彼女の恨みの根源は失恋だったのではないかね?」


「!」


 メイサから与えられた答えに、千秋は息を詰める。


『ばいばい、またね』


 頭の中でなにかが噛み合った。噛み合った歯車はグルグルと回転を始め、千秋に一つの〝解〟を導き出す。


「あの言葉、だったんだ……」


 この一連の騒動の引き金は、その言葉だ。

 ジョギングの途中で白猫を見つけた自分は最後になんと言ったであろうか。顔が青くなる千秋にメイサが全てを察したように頷いた。


「キミはあの言葉を言ったんだね?」


「ち、違うよ! あれは野良猫に対してであって――」


 途中まで言いかけて、千秋は肩を落とす。ここで弁明していてもしょうがない事に気が付いたからだ。自然と零れる吐息が大気を湿らせる。そんな千秋の様子に、メイサが苦笑する。


「運が悪かった。それだけさ。とにかくまとめると、千秋君が一昨日の晩に野良猫に放った『バイバイ、またね』という言葉が引き金に、彼女が付いて来てしまったと。いやこの場合は憑いて来てしまったというべきかな?」


 そして。


「彼女はキミに〝誰か〟を重ねている。もしくは、キミを〝誰か〟と思いこんでいるのかもしれない。この辺をなんとかしない限り、千秋くんはずっと彼女の恨みの対象として憑かれ続けることになる」


「なんとか、な」


 道路に散らばった看板の破片を片付けていた成政が、振り向きと共に呟く。〝なんとか〟とは何をすればいいのかと、そんな意味を含んだ呟きだ。

 千秋もそれに頷き思案する。

 今までの大体の経緯、どうして自分が狙われているのかは分かった。しかし、それだけでは情報不足感は否めない。問題はこれからどう行動するかではあるが、それには今以上の深い情報が必要となる。死んだ女性の心情や事情、なにが心残りなのか、それらを知ることが出来たなら、何かしら対策を練ることは可能だろう。自分には無理かもしれないが、メイサや成政がいる。

 再び訪れた何度目かの沈黙。周囲が改めて虫や風のざわめきに包まれる中、先に口を開いたのはやはり、メイサだった。


「待ち合わせに向かう前、ボクはこの辺りで、不可解な死に方をした女性がいないかを調べていた。なにかしら、この件に関する解決の糸口が見つけられるのではないかと思ってね。相手が幽霊だとすれば、幽霊になるような惨い死に方をした者が必ずいる筈だ、てね。この村の名前の由来を知ったのもその時さ。そのぐらいさかのぼってみれば何件か気になる死亡事件が浮かび上がったよ。そしてそのうち、女性が死亡した事件は一件だけだった」


 その事件に例の女性が関係している可能性は非常に大きい、というのがメイサの見解だ。千秋も概ね異論は無い。だからというように話しの続きを促す。それは、自分が抱いた疑問や違和感も含めた言葉であり、


「死亡事件?」


 メイサの言では〝殺人〟ではなく、あくまで〝死亡〟事件だ。しかし、と千秋は思う。直接彼女と向き合い、憎悪や殺意を向けられた身ではあるが、あれほどの憎悪をどの段階で抱いていたのだろうと。

 その疑問の答えに関しては先程メイサが口にしていた。「彼女の恨みの根源は失恋だったのではないかね?」と。それでいて殺人でないとすれば考えられる死因は――


「自殺、かな?」


 確認をとるような問いに対して、メイサは頷きも否定もしなかった。あぐらの姿勢から窮屈そうに立ちあがり、「尻が冷えた」と左手でスカートの上から埃を払う。


「これからその事件も込みで詳しく話そう。そうだね、まずは歩きながらだ」


 そう言うと、メイサは踵を返して歩き出した。靴にはまだ水気が残るのか、歩くたびに靴底と足が擦れて滑稽な音を立てる。その足が向かう先はさきほど千秋達が逃げて来た方角であり、例の祠がある方向だった。



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