3.ノーマ・ルドガーの災難
突然だけれど、マディスト王子からの贈り物は意外にも趣味がいい。
美しい花、美味しいお菓子、巷で人気の書籍、珍しい花を押し花にして作られた栞などなど。
初対面の時の変態さの欠片もなく、私が受け取ることにそこまで抵抗のない品々。
果たして、この事態の真実は何なのか。
贈り物に添えられているマディスト王子からの手紙には、時々変態さが滲んでいる。基本的には、紳士的で勉強にもなる内容が多いのに、そこはかとなく漂う残念さ……。
だから恐らく、初対面時の変態さは幻ではないのだろう。
なにより、王子に暴言を吐き、2回も蹴りを喰らわせた私が未だに処刑されず、それどころか求婚されているのだから。
色々とここ最近の出来事を理解したくなくて、私は無意味に庭先で剣を振っていた。
この国に居る限り、きっと活かすことのない技術。というか、ここ最近の出来事の元凶となったモノかもしれない。
でも幼い頃からの習慣で、無心になりたい時は鍛錬に励んでしまうのだった。
「あっ! ノーマ嬢、良いところにいらっしゃった!」
「ッ!?」
そんな中、近頃馴染みになった声が聞こえて来て、思わず身をすくめる。そして素早く周囲を見回してしまう。
「怯えさせてしまって申し訳ない……。今日は殿下は城ですから、安心してください」
そう告げながら近づいてくるのは、マディスト王子の付き人であるニーフィアスさん。眉をハの字に下げて申し訳なさそうに、小さく頭を下げてくれる。
いつも柔和な笑みか困った表情を浮かべている彼は、マディスト王子の手紙を運んだり、本人に付き従ったりしてこのルドガー邸を訪れていた。
おかげで、彼の声は不幸を告げる鐘のようなイメージが付いていて、無意識で怯えてしまうのだ。
「いいえ、こちらこそ申し訳ありません。ニーフィアスさんもお疲れ様です」
「……本当に、申し訳ない」
「えっ、そんな、謝らないでください!」
いつも以上に深々と頭を下げて謝られ、慌ててニーフィアスさんに駆け寄る。
しかし、ニーフィアスさんはしばらくその体勢のまま動かず、途方に暮れてしまう。
「あの、ニーフィアスさん……」
「ああ、すみません。わたくしまでノーマ嬢を困らせてしまいましたね。さて、さらに困らせてしまうので申し訳ないのですが、こちらを受け取って頂けますでしょうか?」
そう言って困ったような笑顔を向けながらニーフィアスさんが差し出すのは、2通の手紙。
1通はここのところ毎日のように受け取っている、見慣れた封筒に入った手紙。そしてもう1通は、美しい花が金で箔押しされている見慣れない手紙。
「こっちのは殿下からのですので、どうでもいいのですが、こちらは今読んで頂きたいのです」
そう言ってニーフィアスさんが私へ手渡すのは、見慣れない方の手紙だった。
というかニーフィアスさん、マディスト王子の扱いが酷い気がする。主君ではなかったのだろうか……。
とにかく、今すぐ読んで欲しいとニーフィアスさんが差し出す手紙を受け取り、嫌な予感を感じつつ開いてみれば。
「王妃殿下のお茶会、ですか……」
「はい。非公式のものですので、そんなに畏まったものではないのでご安心下さい」
ご安心下さいと言われて、安心出来るわけがない。
お茶会なんて、夜会に次ぐ女の戦場だ。きゃっきゃうふふ、と笑いながら行われるのは言葉の殴り合い。
これは、王妃様を筆頭に貴族の女性たちにタコ殴り(精神)されるのか……。
「ちなみに、辞退とかは……?」
「恐らく無理かと」
ですよねぇぇぇ‼︎
内心で大絶叫しながら、参加のお返事をするのだった。




