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2.マディスト・メル・ネーベリアの幸福

私、マディストは歓喜していた。

ついに、理想の女性を見つけることができたのだから!


あの日――ノーマに出会った日は、私の乳兄弟であり従者であるニーフィアスの勧めでルドガー伯爵邸へと赴いていた。ニーフィアスに、会わせたい人が居ると言われたからだ。

そして庭先で、ルドガー伯爵邸に忍び込んだ不審者を追っていたノーマの飛び蹴りが、私の顔面に炸裂したのだった。


あの飛び蹴りは、物理的な痛みだけでなく、胸を撃ち抜く衝撃を私に与えたのだ。

嗚呼、正に運命!!

今あのノーマの蹴りを思い出すだけで、胸が打ち震える。


「殿下、鼻息荒いですよ」

「あぁ、すまない。ノーマのことを思い出していてつい、な」


呆れたような声を掛けて来たニーフィアスは、少し遠い目をする。


「そこまでお気に召しましたか……」

「ノーマは理想だよ」


綺麗に結った国民の8割と同じ茶色の髪に、質素なドレスに身を包んだ小柄な体。くりっとしていて愛らしい、髪同様国民の8割と同じ茶色の瞳。

そんな平凡で、小動物のような印象の娘からは想像できない強烈な飛び蹴り、回し蹴り。

彼女の生家、ルドガー家は昔から優秀な騎士を排出する家系であり、彼女も幼い頃からルドガー家特有の修練を積んでいたようだ。おかげで非常に素晴らしい蹴りだった!


しかし、我が国では女性は騎士になれない。女性は守られる存在である我が国では、侍女以外では女性の働き口はないのだ。

そのせいで、私はノーマという存在を今まで知ることができなかったとは。何たる不覚……。改革を検討しなくてはならない。


色々と考え込んでいると、ニーフィアスが手元の資料を捲りながらサラリと卑劣な事を言い出した。


「ノーマ嬢のルドガー伯爵家は、古くからある家ですが、現在は借金が多くかなり困窮しているとのこと。援助を申し出れば、縁談も早くまとまるかと」

「そんな卑劣な事を行えば、ニーフィアスといえども許さないよ」


私よりも少し低い位置にあるニーフィアスの顔を冷たく見下ろす。

この男は、人畜無害そうな顔をしているくせに、冷徹な事をあっさりとやってのけるのだ。しっかり釘を差しておかなくてはならない。


「私は、無理強いはしない。やっと運命の女性(ひと)に出会えたんだ。私も愛して貰えるようにならなければ、意味がない」

「……それなら、殿下の性癖を直せば早いのに…………」


あらぬ方向を向いたニーフィアスが何やら呟いていたが、何事やら。


「とりあえず、やっと殿下が愛せる女性に出会えたというのならば、ノーマ嬢に逃げられないようにして下さい。今まで愛せる女性が居ない、といって縁談から逃げ続けていたのですから。それに殿下はもう27歳なんです。いい加減、独り身では困ります」

「ははは。分かっているさ」

「笑いごとではないです! 幸い、陛下も王妃殿下も、宰相や大臣方も、もう殿下が妃を迎えてくれるのならば何とでもする、と仰ってますから。何としてでも、ノーマ嬢の心を掴んで下さい」


嗚呼、本当に私は恵まれている。

10代の頃は色々煩く妃について言われていたが、ここまで貫き通していたら、皆に協力してもらえるのだから!


歓喜に震えつつ、ノーマの心を得るために頭を切り替える。


「さて、それではノーマへの贈り物を準備しようか」

「そうですね、明日は殿下が訪問する時間は取れませんからね」

「ああ、実に残念だ……! 少しでも私を思い出してもらえるように、鞭を贈るのはどうかな?」

「意味が分からないです、ドン引きです、やめてください、ノーマ嬢にこれ以上嫌われたいのですか!?」


ニーフィアスはノンブレスで一気に言い切ると、額を抑えてため息を吐いた。

そして、下を向いて何やら小さく呟くのだった。


「……ノーマ嬢、すみません。被害は、最小限になるよう、尽力します…………」

残念王子のイメージアップキャンペーンの予定だったんですが、書き上がってみればより残念な気が⋯⋯。


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