ある元文芸部部長の闘争記録
文芸部部長がサ行妨害同好会と戦い、みっともない敗北に至った後、本人が書き溜めていた記録。
吾輩は“元”文芸部部長である。
吾輩は文芸部部長の名をかけて、あの憎きサ行妨害同好会の面々と長く、短い間奮戦していた。しかし気がついたときには吾輩は文芸部部長の職をリコールされ、更には文芸部から追放された。
吾輩は宙に浮いてしまったので、仕方がなく日本文学研究会、純文学研究会、SF小説研究会、言語学研究会、ノンフィクション研究会で発表及びサ行妨害同好会との交戦を続けようと考え、入部希望を出したが、それらを統括する文学文芸部連盟から却下されてしまった。サ行妨害同好会の魔の手はここまで広がっていたのだと知り、吾輩は戦慄した。
名誉と歴史ある文芸部の部長になり、クビになるまでわずか二か月。思えば速かった。一から再び立ちあがるのに相当の努力と苦労が必要であった。
ある日、一つの提案が吾輩の脳内会議で出された。
“実験小説研究会”の設立である。
我が学園は部員が居なくても同好会、研究会、愛好会が設立できるという何やら不思議な仕組みとなっている(部に昇格するには十年以上の活動、更に活動実績が無いと生徒会の審査すら行われない)。吾輩は生徒会本部に研究会設立の申請を行い、当日のうちに受理された。
新生の研究会に部室という大切な空間は割り当てられない。気品あり、栄誉あり、優秀であり、健全であり、裕福なはずの生徒会からは一銭も部費は配られない。
個人的な活動を行うしかない。だが、吾輩には部室など必要ではない。紙とペンさえあればどこでも活動できる。場所に困った場合は、体育館の空手部の部室の一部を強引に借りればよい。我が親友であり、ゴワゴワした見た目に反し、大天使のような性格である三浦はきっと全てを許容し、包み込んでくれるだろう。
しかし、文芸部の連中は困っているであろう。吾輩のしくじりで文化棟最上階の、名誉と歴史が有り余る部室を謎の怪集団サ行妨害同好会に乗っとられたのだから、参っているに違いない。いつか吾輩がこの実験小説研究会で大成したときには、見物にでも行きたいところ。
今のところ、部員は必要になっていない。部長だけで十分の状態。まずサ行妨害同好会と争うための会であるため、何も知らずに入った部員に危害は加えたくもないし、辛い思もさせたくない。この辛い思いは吾輩だけで満足なのだ。……これは、表向きの言い訳であり、実際のところ吾輩は実験小説の知識はゼロに等しい。自動記述やシュルレアリスムなど恐ろしくて触れることもできない。安部公房の小説は大の苦手である。なので、実験小説に浸った、実験小説人間が現れ、実験小説研究会に入った場合、吾輩はたちまち消え入るほど小さくなるだろう。恐ろしくてしようがないのだ。
さて、準備は整った。吾輩はこれから反サ行妨害活動を行う。この訳の分からぬ集団に正義の鉄槌を下すのだ。どんなことをしても「実験である」と言えば済むのが、実験小説研究会の強み。理系のクラブから苦情が来るかもしれないが、知ったことか!
手始めに、奴らの出している「サ行妨害の道」というふざけた同人誌の文章を、徹底的に一文字飛ばしで黒く塗りつぶす。新たな芸術だ。この実験のために「サ行妨害の道」を五十部買い占めたのだから、奴らも戸惑うであろう。
この活動には一部につき、十日かかった。無駄に二〇〇Pもあるのだから、骨が折れるものであった。陽の出る前から起き、学校にいる間にも行い、真夜中までやり、遂げた。
この間、彼らとは全く会わなかった。おかげで吾輩の活動は捗った。
やるなら、立派に派手にゲリラ活動を行いたい。この本をばら撒き、彼らの動揺を眺めたい。ならば学校の屋根に登って、華麗にオーバーにやってやろうではないか。
ついに行うときがきた。吾輩はこれから、この本を抱え、煌びやかにばら撒く。吾輩の生きたアートである。ノベルである。試みである……。