俺と福田とドジっ子と和装。
顔だと言い切った福田に対し盛大なため息だけお見舞いして俺はとりあえず三村と木下に連絡を取ることにした。
メッセージアプリで簡潔に「30分後駅前の通りのカラオケ。」とだけ書いて送信ボタンを押す。とにかくこいつらメンバーに危機的現状だということを理解して貰わねば、実行委員に掛け合いサークル代表で文化祭のステージ枠を貰った身としてはいたたまれない。アプリに既読マークと了解の文字が並んだところを確認し、目の前にいる福田へと声をかけた。
「とりあえず、問題がどれくらい酷いかはわからないが………ボーカルの予定聞いて空いてるなら連れて来いよ。素人ボイトレでどうにかなるなら、俺がボイトレとかしてやるから。」
こういう時に高校時代まで歌手になりたいなどと夢見がちで、中学生になってからボイストレーニングに通っていた自分を褒めてやりたくなる。夢半ばで自分の馬鹿さ加減に呆れ、高校2年終わりくらいには辞めてしまったけれども。
「30分後にそこの駅前通りのカラオケ屋に集合。」
そう言い残し席を立った。
後ろでは福田が何処かへ連絡してる様子だったがそのまま俺は外へと出た。怒鳴った為か喉が酷く渇いており近くのコンビニで水を買おうと思い足をコンビニへと向けた。
その時だった。
「わっ!っとっとっとー………セーフ!!」
携帯電話を片手で耳にあて、おさげを揺らしながら年下の少女がバランスをとっている。ぶつかったのかとも思ったが、それにしては離れ過ぎており、違うと確信した。そのまま足元を見ると気付きにくい段差があり、そこに躓いたのだと想定する。
少女は電話の相手と話しながらこちらを見る。するとこちらには気付いてなかったのか恥ずかしそうにぺこりと頭を下げ、ハニカミつつ俺が今出てきたファーストフードに入って行った。
ふと俺は我に返りコンビニへと向かう。
胸中は複雑な感情や様々な想像、想いが沢山あり、その中でも一番強いものが不安であった。
新しいボーカルはどんな子なのだろうか、それほどまでに酷い音痴なのだろうか、いっそ俺が歌うべきか………いや、それはないな。文化祭までに歌は間に合うのだろうか、間に合わないならば代理でステージを埋めるメンバーを選出すべきだろうか
そんなことを長々と考えていたらまた足が止まってしまっていた。
「おにーさんっ!」
とりあえず水だけ買おう、そうしよう。そう思い何も考えないようにした。足は自然と動いていた。
「あ!ちょっと!おにーさんっ!落し物ですよう!!………おにーさん!!待ってくださいな!!おにーさーんっ!!」
後ろから走ってくる足音が止まり袖を引かれる。
「おにーさん、携帯、落としてましたよう、これ………おにーさんの、ですよねえ?」
袖を引いたのは俺よりも背が低く和装の女性だった。和装だが、年齢は俺と同じくらいか?思ったよりも若そうだ。肩から掛けた布を左手で直しつつ、右手には俺の携帯を握っている。………俺の携帯?
「………あ、俺の携帯。」
「………ふふっ、そうですよう。おにーさんの携帯ですよう。私が拾わなきゃ、誰か悪ういお人に持って行かれてしまったかもしれない携帯ですよう。」
くすくすと笑いながら携帯を俺の手の平に乗せてくる。白い手に握られた携帯がとても大きく見えた。
「おにーさん、全く止まってくれないから追いつけないかと思いましたよう。追いついてよかった…。」
「す、すみません!ありがとうございます!!落としていたのに全く気が付かなくて………助かりました。」
携帯を確認して頭を下げる。携帯を落としていたことすら気が付かなかったとは…。
それに走り辛い和装なのに走って追いかけて来たと言うことは、呼びかけをそれなりにしていてくれた筈だ。つくづく考えごとをしていた俺が情けない…。
「いえいえ、携帯落としたのすら気が付かないくらい考えごとをしていたのでしょう?私が拾っていたのでよかったですねえ。」
「本当に、ありがとうございます…おっしゃる通り考えごとをしていて………おそらく呼びかけにも気付かず…全くお恥ずかしい限りです。走り辛かったですよね、本当に本当にすみません。」
「ふふふ、次から気を付ければ良いのですよう。私のことはお気になさらず。それでは!」
にこやかに穏やかに。彼女は笑いながら特徴的な話し方で別れを告げた。きちんとまとめ上げられた後ろ髪に、不覚にもときめきを感じた。見送った彼女に御礼をするために名前や連絡先を聞けばよかったと思うのは後の祭りだろうか。そんなことを思いながらコンビニへと向かった。もう、喉は渇いていなかったけれど。