俺と福田でファーストフード
それは、とあるバンドのドラムの一言から始まった。
「ボーカルに、逃げられた。」
俺、こと高橋健斗は、しがない運動部員である。今日は部活が休みの為に友人である福田太一と一緒に遊ぶことにして今は有名なファーストフード店にて休憩中だ。
俺がコーラを啜った瞬間に福田が言った一言が今の「ボーカルに逃げられた」だった。
「どういうことだよ」
「ほら、うちのサークルで文化祭用にバンド作ることになった話はしただろ。で、バンドのボーカルがめちゃくちゃ可愛いって話もしたよな?」
「ああ。なんというか、確かに可愛かった。歌も上手かったしな。」
俺としてはもう少し胸がデカくて甘え下手なくらいがよかったけれど、それを言うと話が進まないので今回は口には出さないことにする。
「そのボーカル………真由香って言うんだけどよ、三村と付き合ってたらしいんだよ」
「え。」
ポテトを持つ手が止まる。
「なんだよ」
「いや、俺の知ってる限りは木下と付き合っていたような気がするんだが………」
お互いに気まずい思いをしつつ、何故俺までもがこんな思いをしなければならないんだと心の中で舌打ちをした。
「そうなんだよ!!」
手元のハンバーガーのゴミを握りながら福田は言う。それはそうと知っていたのか。てっきり俺は福田は知らないものだと思っていたぞ。
「それとボーカル脱退とどう関係しているんだ?」
「あいつ、3股掛けてたんだよ!!」
「………3股?数が合わなくないか?」
俺がそう言うと福田は苦い顔をしながら顔を逸らした。
「………3人目はお前か。」
「3人目じゃねえよ!多分2人目だよ!」
多分と言葉が小さく聞こえてきた。ツッコミどころが多過ぎるが、とりあえずその先の話がはっきり見えないのでスルーした。
「そうか。福田はその3股が原因で喧嘩でもしたのか?」
「そのつもりだったんだけどさ。知ったのがバンド練習中で、オレら真由香にキレちまったんだわ。お前どういうことだ!って。」
「まあ、それは味方も居ないところだし彼女気まずいだろう。それが原因で辞めた、と。」
相手が悪いにしろ女一人に対してその人数で詰め寄るのは少し罪悪感を感じる構図である。だが曲がりなりにも同じバンドのメンバー3人と付き合うということは、だ。バレた時のことを考えていない彼女もなんというか…頭が悪い。
「いや、それに対しては泣き落としされて有耶無耶にされた。」
俺の耳はとうとう悪くなったのか?今、有耶無耶になったと聞こえたぞ。気のせいではないよな?泣き落とし?彼女に詰め寄って泣き落としされたと?
「………お前本当に美人に甘いな」
「うるせえ自覚してるって。………まあ泣き落としされて、その後に『本当に好きな人が出来た。貴方達とは遊びだったし、今の好きな人に勘違いされたくないからバンド辞める。』ってメールだけ寄越して音信不通で今に至るんだよ。」
これは笑うべき話だろうか。正直俺は凄く笑いたい。福田達とは遊び!!本当の好きな人!!勘違い!!
俺の腹筋、この話が終わる頃には笑い過ぎで痙攣してる気がするよ。6パックには既に割れているからな。
「それで今はボーカル不在なのか。誰か代理とかは居るのか?」
気になったことを聞いた俺は悪くない。傷を抉る気もしたが、まあ福田なら大丈夫だろう。
「いや、代理と言うか…控えがいるんだけどさ、なんというか…うん…」
「なんだよ煮え切らないな。何か問題があるのか?」
福田が最後のポテトを咀嚼してしばらくして。
「声は良いのにさ、音痴なんだよ…」
大声を出してしまったことを周りの客に謝る心構えをして、俺は息を吸い込んだ。
「致命傷じゃねえか!!!!」