想いは突然込み上げてくる
それはネット上で流れていたニュース画像だった。たまたま居合わせた通行人が携帯電話で動画撮影したものらしい。
一人の男が刃物を振り回している。二十代くらいの若い男だ。周りにいる人々が悲鳴を上げながら逃げ回っている。ちょうどそこへカラオケ店から数人の高校生が出て来た。彼らは男の存在に気が付いていない。楽しそうに談笑している。
男は彼らに向かって突っ込んで行った。そして、一人の女子高生の腹にナイフを突き刺した。女子高生は腹を押さえてうずくまる。他の連中は悲鳴を上げながら一目散に逃げ出した。そんな中、もう一人の女子高生が彼女をかばう様に男の前に立ち塞がった。何かを叫んでいる。何を叫んでいるのかは聞き取れない。けれど、彼女の顔を見て僕は声を出した。
「百合子!」
百合子とは大学で知り合った。付き合い始めてから5年になる。今では何となく惰性で付き合っているような関係になっている。
今、男の前に立ち塞がっている女子高生は百合子にそっくりだった。そっくりと言うより、百合子そのものだった。
男が何か叫び声を上げながら、その女子高生にナイフを向けて突進して行く。女子高生は男の手元を押さえたように見えたが防ぎきれなかったようだ。次第に腹部が血で染まって行く。それでも彼女は手を離さなかった。男は身動きが取れず、もがいている。そこへ駆けつけた二人の警察官に取り押さえられた。
画像はそこで終わっていた。それがいつ撮影されたもので、その後彼女たちがどうなったのかは判らない。
僕はしばらく息もできなかった。あまりの衝撃に心臓はドキドキと波打っている。そして僕の中に抑えようのない想いが込み上げてきた。すぐに百合子に電話をした。
「どうしたの?」
「会いたい」
「いいわよ」
僕はすぐに車に飛び乗り、彼女が住むアパートへ行った。
「いらっしゃい」
彼女はいつもの様に優しく微笑んで迎えてくれた。僕は思いっ切り彼女を抱きしめた。
部屋に入ってからはずっと彼女を見ていた。彼女はキッチンでお茶をいれている。
「どうぞ」
そう言って僕の前にマグカップを置いた。そして僕の横に座った。彼女は両手で自分のマグカップを持つと、一口お茶をすすった。僕はそんな彼女の横顔を黙って見ている。
「そんなに見られたら恥ずかしいよ」
「百合子…」
僕はネットで見たニュース画像のことを話した。
「百合子のお腹には傷があったよね」
「そうよ。盲腸の手術をした時のね」
「僕にはあの女子高生がどうしても百合子に思えて仕方がないんだ」
「私、もう25よ」
「でも、あの画像は最近のものではないかもしれないし」
「仮にそうだとしても、私はこうして生きているじゃない」
「やっぱり、そうだったの?」
「だったらどうなの?」
「これからは僕が百合子を守る。一生、百合子のそばに居るよ」
「そんなの無理よ…」
「無理じゃないさ。結婚しよう」
「えっ?」
「結婚しよう」
「本当?私でいいの?」
「僕には百合子だけだよ」
「うれしい!」
そう言って僕に抱きついてきた百合子が舌を出して笑ったのを僕は知らない。
僕たちは間もなく結婚した。僕は親父の後を継いで会社の社長に就任した。百合子には何不自由のない生活をさせている。そして、後継ぎとなる男の子が生まれた。僕が社長になってからも会社は順調に業績を伸ばし、家族三人で幸せに暮らしている。
ある日の休日。息子が寝室で遊んでいた。ドレッサーの引き出しを引っ張り出して百合子の化粧品を散らかしている。僕はハッとして息子を抱き上げた。そして、散らかされた化粧品を片付けていると1枚のCDを見つけた。こんなところにあるのを不思議に思った僕はそのCDを自分の部屋に持って行きパソコンで再生してみた。
「これは…」
そこに映し出されたのはあの時ネットで見たニュース画像だった。あの女子高生は百合子と全く違う顔をしていた。