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第一話 悪い流れはそう簡単には断ち切れないらしい、特に俺には。

後々BL要素も混ぜていく予定です。あくまで浅めに。濃密なラブシーンはないのでご留意下さい。


「ほら、立花くん。早く」



花も恥じらう美少女が、俺に何度目かの催促を促す。



「いや、これはさすがにハードル高すぎだろ古川」



そしてその度に俺は美少女の追撃をかわす。

だがそれもそろそろ限界を迎えそうだ。 何とか時間を稼ぎながらも現状の突破口を手探りするが、未だにその取っ掛かりすら見当たらない。このままでは俺は……。



「下手な時間稼ぎはもうやめなさい。私は立花くんがアレを買ってくるまでは諦めないから。それともバラしていいのかしら、立花くんの黒歴史に新たに刻まれた一ページのアノ出来事を。あぁ、明日の朝一から私の口は軽やかに有ること無いこと口走りそうだわ……。自分で自分が怖くなっちゃう」



ぐぬぬぬぅ~!

この性悪女め~!!こんな時だけ饒舌になりやがって~!!だが古川ご所望のアレを買いに行ったら俺は……!



「な、なぁ古川。本当に俺にアレを買ってこいなんて本気じゃないよな?ふざけて俺をからかっているだけだろ?冗談の類いだろ?なら十分に楽しんだはずだ。 だから悪ふざけはここいらで……」



終わりにしよう。 本気でそう願った。


「立花くん」



やんわりと、しかしとてもはっきりした発音で俺の名を呼ぶ古川は、いつも教室で物静かに佇む美少女のはずだ。

これが瓜二つのそっくりさんとか、双子の妹だとかが入れ替わっているなら早くご本人にご登場してもらいたい。



『ごめんごめん、少しからかっただけなの~』



と、おどけてくれれば俺は怒るどころか本心から笑って許せる。

そうであってほしいと今切実に神様やら仏様に祈っていたのだが……。



「私は本当に本気でアレが欲しいの。だからもう一度だけ言ってあげる。これが最後よ。早く、私の為に、アレを、買ってきて」



一言一言わざわざ区切って、はっきりと 伝えられた内容にやはりこれは現実で、古川は本物だと俺に無情に突きつけた。


「……古川。マジで俺にアレを買ってこいと?」



見苦しいとは自分でも分かってはいたが、何とか最後の抵抗を試みる。しかし古川はもはや喋る事はないとばかりに頷き一つで俺の問いに答えた。

これ以上の問答は無用ってか。

これはもう……買ってくるという選択肢しかないのか。

だけど男の俺がアレを買った際の周囲の反応がものすごく怖い。

特に対応するであろう店員の目が一番。男の店員だろうが女の店員だろうがどっちにしても俺に救いはないのだから…。だが従う以外に俺が選べる道は皆無。

古川の為にも、俺自身の為にも、アレは必要なのだ!



決してこれは古川に惚れた弱味とかではない。

本当に弱味を握られたから仕方ないんだ!!

必死に言い訳を並べるが……店員さんの知ったことじゃないですよね~。

羞恥プレイの一環としてとらえてもらうことを願うだけか……。

いやそれも色々な方向でどうかと思うが。

ゴクッと唾を飲み込んだ俺は覚悟を決めて颯爽と……ではなくノロノロと行動を開始する。

成功条件はアレを無事に買って古川に献上する事!

ミッションスタート!!








「いらっしゃいませー」



店内に入ると店員が条件反射のように挨拶する。

女性だ。

男であろうがどっちでもいいが。

今から俺が買う商品はどちらであろうとも関係ない。

ちなみに俺をチラリと見た女店員の視線が、どこか俺を咎めるように見えたのは俺がやましさを感じているせいか!?

気のせいだよね! 誰かそうだと言ってくれ!

……被害妄想でどうにかなりそうだ。



古川め、俺という人間の精神力の限界を見たいが為にこんな鬼畜外道な事を強要しているのか?

だとしたらやっぱりアイツは性悪な悪女だ。

高校二年生にしてその境地とは恐れ入る。

将来が楽しみだよ。 主に昼ドラ展開の男を弄ぶ女の道限定で。



店内には聞き覚えのない音楽が流れており、それとは別に聞き覚えのある声が色々な商品を宣伝している。

……この声はもしかして銀〇の主人公の声の人か?

ちょっとテンション高めだったから分からんかったわ。客層も若者をターゲットにしたものだからか、中高生が目立つ。みんな学生服のままだ。

俺も他人の事は言えないが。

客の男女比は3:7ってところかな?

内装は少し雑多な感じだ。

……この店で年輩の人を見る機会はなさそうだ。



そしてそんな店内のある一角に、古川が俺に買ってこいと指示した例のブツがある。

その一角とは店内のやや奥まった所にあるとの事前情報が、(有りがたくもない、むしろ迷惑だが)古川によってもたらされている。

……厄介な場所にあるな。

一番奥じゃないことが唯一の救いだが、それもほんの少しのスペースだ。

歩数分にしておよそ二歩分。

それだけ。



だがその二歩分が今の俺にはありがたい事この上ない。

あの二歩分はキルゾーンだ。

そのキルゾーンの手前にあるアレは決して遠くない!

……遠くないんだが、近くもない!

やっぱ無理だって!!

俺にはあそこに行く勇気もないし、ましてやアレを買うなんて絶対に無理だ!!やむなく引き返そうとする俺の背中が誰かとドンッとぶつかった。

どんだけ周囲が見えてないんだと、やや慌てながらぶつかった相手に謝ろうと振り返ったら……そこには諸悪の根源がいた。

そんな悪女は真顔でアゴでしゃくり、アレが置いてある場所へと俺を追いつめる。

言葉はない。

だがその目が語っていた。



『早く買ってこい』


と。

……万事休す。

もはやここまでか。 諦めるしかない。

逃げ場など最初からなかったのだ。

潔くアレを買ってくるしか俺に道はない。

重たく感じる足を引きずるように歩く………はずがない!



アレが置いてある場所に近付くのも、アレを手にするのも恥ずかしい!

恥ずかしいが、恥ずかしいなら一分一秒ゼロコンマ単位で一刻も早く終わらせるべきだ!

むしろ俺の心の傷を軽く浅くするにはそれしか方法はない。 ただでさえ今日は予期せず古川に俺の秘密がバレたのだ、これ以上は憤死ものだ。

俺は腹をくくってアレが置いてある場所に向かおうとして、その行き先の途中に見覚えのある学生服を着た一団(というか同じ学校の生徒だし!)を前にして即中止。何気ない動作で一団の手前にある横の通路に移動。

あぶなっ!

むっちゃ焦ったわ!


チラリと確認すると同じ学校の一団が目的地付近にたむろっていた。

しかも全員女子!

最悪なタイミングだ。

……まさか!

古川が居たであろう位置に視線を向けると、悠長にスマホでメールしていた。

いやアレはアプリか?

どっちでもいいけど。

これは古川が手を回したのか?……いや、さすがにないか。あの店のどこら辺でたむろっていて……なんて指示に従う暇な奴などいないだろ。

いかんなマンガの読みすぎか?

いくら俺の悶え苦しむ様子を見たいからと言って古川がここまでするとは思えない。

ならば単純に俺の運のなさか。

こればっかりはどうにもできんな。

しかし厄介だ。

タイミング的にも、場所的にも、あそこにいられるのは厄介すぎる。

とりあえずは店内を適当に歩き回り、あの場所からあの一団が移動するまでは待ちの一手か。



だが、それを良しとしないとばかりに俺のケータイにメールが届く。

送り主?

このタイミングでは一人しかいないだろ。

自分でも露骨に嫌そうな顔をしてメールを見ているのが分かる。

送り主はやはり古川だ。

俺の弱味を握ってすぐに番号とアドレスを交換したのはこの時の為かよ。

二手先、三手先を読んでるなぁ~。

腹が立つけどやっぱりアイツは頭がいいと思い知らされる。さすがは学年一位、才色兼備の古川様ってか?ちなみにメールの内容は以下の通り。




『あの集団を突っ切って例の物を購入せよ』



何だそのいくつかの段階をすっ飛ばした要求は!!?

暴走しすぎだ、落ち着け古川!

むしろ落ち着いて下さい!!

……やっぱアイツ頭悪いかも。

天才とバカは紙一重、か?



『イヤイヤイヤイヤ、無理だろ無理だって無理だし不可能だから』



とりあえずは全力で拒否の返信。

反応が怖いので古川のいる方向には視線を向けない。

……数秒後、その返信がきた。

早すぎる。

この時点で嫌な予感しかしない。

内容は……



『買ってこい』




実に簡潔かつシンプルですね、古川さん。

………………………………マジかー。

たむろっているあの集団、あれを突っ切れってか?

……死ねるわぁ~。 けど……行くしかないのか。

弱味を握られている立場としては古川に逆らう=俺の平和な学生生活エンドルート直行だ。

バラされた後は周囲から蔑まされ、それに耐えかねた俺は登校拒否してヒッキーに……。

やばい、容易にそんな未来が想像できるから何ともシャレにならん。



何だって俺はあんな時間に、あんな所で、あんな事をしてしまったんだ?

数時間前の自分にそう問い詰めたいが後の祭りだ。

とにかく今はやるしかない。

今の俺は古川に逆らえないのだから。

そして俺は死地に赴く。

目指すはこの店内のある意味では聖域ともいえるアレが置いてある場所に!

いざ行かん!!

神風だ!

特攻だ!

日本男児よ、後ろを振り返ってはいけない!

人一人が通れるだけの通路に四人の女子高生がたむろっている。

そんなあるかないかの隙間を無言で通過。

通り過ぎる際のあの『何だコイツ』的な視線はスゴく痛いです。

あれは死ねます。

致死レベルです。

俺の残存HPはもうゼロが間近です。



背中に未だそんな視線を感じながらようやく目的地であり、聖域でもある場所に辿り着いた。

遠かった……。

実に遠かったよ。

そして俺には全くその良さが分からない物であり、これまでも、これからも縁がなかったであろうアレを前に立ち止まる。出来れば関わるのはこれが最後である事を切に願う。



……遠目からでも分かっていた事だが数が多いな。

本棚丸々二つ分はこのコーナーか?

この中から更に、古川に指定されたタイトルを探さなくてはいけないのか……。男が少女マンガコーナーに一人でいる時の居心地の悪さを更に三倍化した境地だな、今の俺は。

とにかく古川に指定されたタイトルを探して一刻も早くこの聖域もとい魔界から立ち去りたい!

俺は古川に渡されたメモ用紙でそのタイトルを再度確認した。

ここで間違えたら今までの苦労は水の泡と消える。

慎重にかつ迅速に行動しなくては!

タイトルは



『春夏秋冬~俺とお前の一年~』



タイトルだけならどこにでもありそうだが、その表紙の超絶美男子二人が絡んでいる絵はどこからどう見てもBL本だ。

女が好きそうな綺麗な絵はこれ別に同性にこだわる必要なくない?と言いたいがそれは不粋か。

とにかくこのタイトルを俺は必死に探した。

人生で一番必死に何かを探したのではないかという鬼気迫る勢いに周囲はドン引きだ。

だが幸いと言うべきなのか?そんな事に全く気付くことなく俺は集中していた。 探している間は一秒一秒が数分、もしくは数十分にも感じられた。

むろん体感時間上での事であり、俺がそこにとどまっていたのは時計で確認するとおよそ二分程だった。

だがあそこには二時間位は居た気がしたよ、いや本当に。

そしてようやくの事で古川が指定したブツを見つけて手にした俺はすぐさまその場を離れた。

しかしちゃんと古川が求めていた商品があってよかった。

売り切れで店員さんに聞くハメになってたら流石にこのミッションを投げてたわ。

やや安堵した俺は固かった表情が和らぐのを自覚できた。

そんなタイミングでたむろっていた女子高生の一団の、とある一人と目が合った。



傍目から見た俺は、BL本を手にした男子高校生が少し嬉しそうな顔でレジに持っていく図ってやつか。…………死にたい。何だか目が合った女子高生が俺を見てクスクス笑っている気がする。

いや気のせいじゃないな、きっと。

…………死にたい。


うわあああぁぁ!!と叫びながら全力でこの場から走り去りたいが、商品を手にしたままで金を払わずに店の外に出れば立派な犯罪行為、万引きだ。

逃げ切れれば何の問題もないだろうが…………。

もし俺が万引きしたと学校にバレれば良くて停学。

最悪の場合、退学処分だ。

よしんば停学で済んでも、古川が俺の秘密をバラすまでもなく、盗んだ物がBL本だと学校内に広まれば、やはり俺の学生生活は荒れる。

日本海も真っ青なほどに荒れ狂うだろう。

漂流教室だ。

……意味分からん。 テンパってるな、俺。

落ち着け。



早くこれを買って、古川に渡して、家に帰ろう。

そしてさっさと寝るんだ。

そうしてこの出来事を過去にするんだ。 昨日はあんな事があったなぁ~って笑い話にでもすればいい。

他人には話さんが。 そうやって精神バランスを何とか平常に保とうと努力しながら、俺は足早にレジへと向かう。

……ここからが最も難関だ。

いや別にやる事はない。

あとはこれを精算して金を払うだけなのだから。

心を無にするんだ。 大丈夫、後は耐えるだけ。

あと一回、好奇の視線に耐えるだけだ。店員さんだっていちいち、一人一人の客がどんな物を買っていったかなんてすぐに忘れる。

忘我の果てだ。

きっと。

……多分。

…………すぐに忘れるよね?

むしろ忘れて下さい。

エロ本買うときでもこんなに切に願う事はなかったぞ。

いや買ったことないけど。

……本当だよ。



落ち着け、落ち着くんだ俺!自己暗示しながらもレジに並ぶ。

俺の前には一人の女子高生が精算している。

次は俺だ。

ちなみに女子高生は国民的大ヒットの某少年マンガをお買い上げ。

うんうん、それ面白いよね~と勝手に心の中で共感。

そして遂に来た、俺の番だ。

その時、後ろに人の気配。

古川かと思ってチラリと後ろを確認するが、全く知らん顔の女子高生だった。

……入店した時も思ったけど女性が多いね、この店は。

そんな見ず知らずの女子高生に願うことはただ一つ。

俺の買う商品を見ないで下さい。

チラ見もダメです。


そして俺はさりげなく後ろからは見えにくいような立ち位置を確保、手に持っていた商品をレジに置く。

数は一つのみ。

タイトルは……まぁいいか。

精算は一瞬だ。



「588円です」



女店員は無関心な様子で事務的に金額を告げる。

普段の俺なら無愛想な店員だな~と思っただろう。だが今の俺にはその無関心さがすごくありがたい!

無関心を装っているだけだとしてもだ。 本心では



『こいつ男なのにBL本買ってるよキモイwwww』



とか思っていようが表面に出さないだけで俺の受ける精神的ダメージは幾分か減る。

全くのゼロにはならんが。

ありがとう、お姉さん。

貴女は店員の鑑だ。買う商品が商品だったので、男だろうが女だろうが居たたまれないはずだった俺にとっては、お姉さんが今日一番のMVPだ。

何のMVPは知らんが。とにかくありがとう。

お姉さんの事はさっさと忘れるから、お姉さんも忘れてね。さっさと金を払って、商品を手にして、釣り銭を受け取る。 あ、レシートはいりません。

むしろさっさと捨てて下さい。

俺の記憶と共にキレイサッパリと。



出入口に向かう際に、後ろに並んでいた女子高生と目が合った。

気まずそうに目をそらす女子高生。

……見たのか。

これを。

せっかく見えないように絶妙な立ち位置で視界をガードしたのに…………すぐに忘れて!

そう叫びたいが我慢する。

そんな強い印象に残るような事をしたら、脳が嫌でも俺という人物を記憶してしまう。

このままひっそり、目立たずにこの店を去ろう。そうして長かったようで短い俺の冒険は終わった。

紆余曲折あったが結果よければ全て良し、だ。

あとはこれを古川に直接手渡せばミッションコンプリート! これで俺は自由の身に……



「あれ、お兄ちゃん?」



……なんでこんな所にいるんだ我が妹よ!?

さっさと家に帰るんだ!

そんな俺の心からの絶叫など聞こえもしない妹、美乃里はフレンドリーに喋りかけてくる。

年が一つしか離れてないから自然と話題も合う。

ちなみに通う学校は俺と一緒だ。



「珍しいね、お兄ちゃんが寄り道なんて。しかもここから出てきたって事はマンガか何かでも買ったの?」



小首を傾げると肩まで切り揃えられた美乃里の髪が、その動きに合わせてサラリと流れる。

うん、実に自然な動作で小首を傾げるとは我が妹ながら末恐ろしいな。

こんな状況でもなければ頭の一つや二つも撫でたかったところだが、今この状態ではそれも許されない事。

こんな兄を許せ。



「お前一人か?」



とりあえずは話題をズラさないとな。



「そうだよ~。お兄ちゃんも?」



「あぁ、まぁ……」


一人みたいなもんだよな?

古川は完全に別行動だし。



「何か歯切れが悪いな~……もしかしてデート中とか?」



そうだと言えば美乃里はさっさとこの場から離れていくだろうかと考えたが……やめておこう。

この場は誤魔化せても後々バレそうだ。


「んなわけあるか」


「だよね~」



すぐに肯定された。 やっぱウソつかなくて良かった。

コイツはすぐに俺のウソを見破るからな。



「それで何か買ったの?」



「あ、いや…参考書を買いに」



「このお店には参考書なんて売ってないよ。お兄ちゃんは相変わらずウソが下手だね」



すぐにバレた。

はい、ごめんなさい。

ウソつきました。

ってか我ながら本当にウソが下手だな。そりゃあバレるよな、俺が今出てきたのはアニ〇イトだし。 参考書は売ってないですよねー。

ならば残された手段はただ一つ!



「そういう美乃里も寄り道か?俺はもうこれから帰るけど、あんまり遅くなるなよ」



「もう!私はそんな子供じゃないよ!」


よし、計算通り!

こうやって美乃里を子供扱いすればムキになるのはいつもの流れだ。

……体だけは立派な大人だが。

その制服のスカート丈、短すぎないか美乃里?

ついつい親父視点で心配してしまうのは、やっぱり兄だからか?



「そう言っている間はまだ子供だ」




「もう!お兄ちゃんとは一つしか離れてないのに自分ばっかり大人ぶって!」



ふははっ年上には違いないのだよ、美乃里。

しかし高校一年にもなって頬を膨らますのは如何なものかと思うぞ、美乃里。

まぁ可愛いから許されるが、それはそろそろ卒業してくれ。しかし……これをこのまま隠し続けるのは難しいな。

いつも通りを装いながら会話しているが、内心はいつバレてしまうかとヒヤヒヤしている。

何せ好奇心旺盛な美乃里の事だ。

これに気付いたら間違いなく



『何を買ったの?何のマンガ?新作?見して見して』



という流れになるであろうは確実。

今はまだ気付いていないがいずれは……。

くそ、こんな事になるならさっさとカバンの中にしまえば良かった!

焦って店から出たばかりに、未だBL本は俺の掌中。

唯一の救いは中身の見えない袋に入っている事だけだ。

かと言ってこのままずっと同じ体勢だと怪しまれる……



「……お兄ちゃんどうしたの?何かいつもと違って口数少ないけど」



まずい、早速怪しまれてる!?

俺のウソなんか容易く見破る美乃里だ、本気で俺を観察すればこのBL本の存在なんてすぐにバレる!古川!

早く来てこれを持っていけ!!



そんな俺の心の叫びが聞こえたのか、古川がタイミングを見計らったように店から出てきた。

当然、店先で美乃里と出くわした俺の姿は視界に入ったはず。

なのに……当たり前のように古川は俺をスルーして通り過ぎる。

ってあれ?

ちょっ古川さん!? 何を自然な動きで帰ろうとしている!

帰るんならこれ!

これを持って帰って!

俺いらないよBL本なんか!!

だが古川は一切振り返りもしない。

チラ見もなし。

前だけ見てる。

マジかー…。

これどうしろってんだよ?



「お兄ちゃん、今のってもしかして同じクラスの古川先輩?」



「あ、あぁ」



だが幸運な事に、美乃里の意識が古川の方へと移り変わる。というか顔見ただけでよく分かったな……と思ったがそれだけで気付くわけないよな。

うちの学校は他校と違って特徴ある制服だから、そのおかげか。

何せ男女共に赤を基調とした制服だ。

遠くからでもどこの生徒か一目瞭然、目立つ目立つ。

特に女子の制服は可愛いと近隣では評判で、あの制服を着たいが為に受験する女子も多い。



「いつ見ても綺麗な人だよね~。まるでアイドルみたい」



……確かに古川は美乃里が絶賛するとおり、整った美人な顔立ちに下手なアイドル顔負けのルックスをもっている。

長くて綺麗な黒髪のおかげもあって実に愛らしい古き良き日本美人そのものだ。日本の美人の見本として出すならコイツしかいないだろと言っても過言ではない。美乃里が古川を知っていたのも単に俺のクラスメートだからじゃなく、学園のアイドルとして有名だからだ。

……外見はともかく中身は最悪だが。



「古川先輩、今ここから出てきたよね?先輩もマンガとか読むのかな?」



「キャラじゃないってか?」



「う~ん……なんていうかイメージの問題?すごく一方的で勝手だけど」



「幻滅したか?」



「ううん、何か親近感がわいた。あの古川先輩もマンガとか読むんだなぁーって」


「そりゃあ読むだろ。古川だって一年365日、常に勉強してるわけでもないだろうし」



何せ直接話したことなんて数えるくらいしかなかった俺に、弱味を握るや即日にBL本を買ってこいなんて言う奴だ。本人もあれはあれで周りの勝手なイメージに辟易しているのかもな。変に真面目な奴は力の抜き所を知らないから。



「もう!だから分かってるよ。あくまでそういうイメージだって話!」



「はいはい」



おざなりに対応する俺にムッとした美乃里が



「同じクラスでもお兄ちゃんとは共通点が全くないから話し相手にもされないね」



と口撃してきた。

普段の俺なら



『うっせえ、あんな高飛車そうな女はこっちからお断りだ』



とか返すが、生憎と俺はもう古川の性悪さを知っているし、今は話し相手どころか、互いの秘密を共有するまでの仲だ。 だがら迂闊な事を口走らないように、



「そうだな」



と短く返答した。

だがこれがいけなかった。

張り合いのない俺を見て美乃里は胡乱うろんげな目で見つめている。

やべっ、対処法を間違えたか!?



「お兄ちゃん、大丈夫?」



俺の様子が普段とは何かが違うと察知した美乃里を相手に俺は誤魔化すように



「なんだよいきなり?オツムはまだ正常だぞ」



おどけて普段通りの兄だとアピールする。

だが、一つ間違えた計算は正しい答えに行き着かない。



「……ならいいけど」



明らかに納得していない美乃里だが問い詰めるほどではないと判断したようだ。 正直助かった。

ウソが下手な俺じゃあ、美乃里を相手にどこまで誤魔化せたか……いやむしろ誤魔化す以前の問題か。

美乃里は俺限定ならウソを直感で看破するからな。

そして恐ろしいのはそれだけではないのだ。たまにその天然さを狙ったように発揮して計算外な事ばかりやらかしてくれる。

例えばこんなタイミングで。



「ねぇ、ちょうど一緒になったし私の買い物に付き合ってよ」



「えぇ~今からか?」



当然だが俺はしぶる。

これから古川の後を追いかけてBL本を渡そうと考えていたからだ。

これはあまり手元に置いてはいけないと、あまりアテにならない俺の直感が珍しく囁くからだ。

だがそんなことは美乃里の知ったことじゃないし、関係ない。



「いいじゃん別に。後は帰るだけなんでしょ?なら可愛い妹の買い物に付き合ってよ。暗くなってもお兄ちゃんと一緒なら安心だし」



「はぁ~……」



深い深~いため息を吐く。

確かにこのまま美乃里を放置して何かあったら目覚めが悪い。

最近は何かと物騒だし、身内の欲目かもしれないが美乃里は可愛い部類だ。

万一にでも暗い夜道を暴漢にでも襲われたら……。

仕方ない、か。



「分かった付き合うよ。美乃里に何かあったら困るからな。主に親父が泣き叫ぶ事で」



親父は美乃里に甘いからな。



「そういうお兄ちゃんも私に甘いけどね~。お兄ちゃんってシスコン?」



「やかましい」



減らず口を叩く美乃里にとりあえず行き先を聞いてみる。



「暗くなるのが前提ってことは目的地は遠いのか?」



「ううん、目と鼻の先」



「なら何で?」



日が沈むにはまだ早い。

すぐそこが目的地ならまだ暗くなる前に帰宅できるはずだが?



「お兄ちゃん、女の子の買い物は男みたいにアッサリしたもんじゃないの。色々見て回るだけで女は楽しめるんだから」


「さようで」



お前が女の生態を語るとは……。

これが成長ってやつかな。



「それに欲しい物はよく吟味してから買わないと。後悔はしたくないしね」



「それで?どこにあるんだ、その店は?」



お前のこだわりは理解したから、いい加減このアニ〇イトの店先から移動しようぜ。



「だから目と鼻の先だってば」



「だからそれがどこだって………」



聞いている、と最後まで言わなくても分かった。

いくら鈍い俺でも美乃里の行きたい店がどこなのかを分かってしまった!



「まさか…」



「うん、ここ」



美乃里が指先で示すのは俺がさっき苦心の末に脱出した店、アニ〇イトだった。 ……前言撤回していいですか?

美乃里、知ってるか?

お前の兄ちゃんはさっきここでBL本を買ったんだぞ。

男なのに。

やべ、何か目からしょっぱい何かが流れ落ちそうだ!



あ~~~…今日は兄妹の絆が木っ端微塵になるかも。

むしろ家庭崩壊の危機か?

どちらにしろ、今日はまだまだ長くなりそうだ。

簡単なキャラ紹介をしておきます。



立花有紀



物語の主人公。

高校二年生だが身長、体重どちらも同年代の女子を下回る。 更に女のコのような顔立ちのせいで私服だとよく女に間違われる。

その反動か口調だけは男らしくなるように心掛けている。

でもやっぱり間違われる。

他人には言えない秘密の趣味がある。



古川結衣



主人公のクラスメート。学校でもトップクラスの成績優秀者。外見も下手なアイドルより可愛いとあって学校認定のアイドル扱い。

才色兼備だがそれは本人の努力の賜物。 主人公の秘密の趣味を知り、黙っているかわりに前々から欲しかったBL本を対価に要求した。

普段は品行方正だが地は自由勝手気ままな性格。

だが根は真面目。



立花美乃里



主人公の妹。高校一年生。目下の悩みは兄より高い身長と重い体重。

休日に二人で街中を歩くとよく姉妹に間違われる。

ちなみに姉の方として誤解される。


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