8「Bridge」
今回、ホシは鉄骨が無数に突き刺さった荒れ地です。
やってくるのはアナーキスト。初めてやってくる人目線で描いた話です。
霧の中、オレは落ちていた。
もう何度目になるだろうか。
今まで何度も死にかけた気がする。
ーーただ。
死のうとしてる訳じゃない。
ムシロ生きたい方だと思う。
多分だけど。
側を何本か、太いワイヤーが通過した。
飛び降りた鉄骨は、もう遥か遠い高さだ。
サスガに、この高さは初めてだった。
頬を叩く空気の厚みが凄い。
ソレを体中で受けると、こうなるんだーー。
ホント、ゴーグルをしていて良かった。
ちなみにこのゴーグルは親友の形見だ。
と言っても死んだ訳じゃない。
子供の頃貸してもらって、そのまま返せないでいる。
勿論何度も返そうとしたけどーー会えなくなったんだ。
あの橋のせいで。
オレの街は、霧の多い貧しい地域だった。
オレのウチは大きな川から斜面を少し上がっていった先にあった。
親友は、川の斜め向こうの斜面の上、ちょうどオレのウチと同じ位の高さに住ん
でいた。
オレたちは目が良かった。
結構離れているけど、お互いのコトは窓を見れば何となく分かったんだ。
お互い裕福な家庭では無かったけど、オレたちはよく二人で遊んだ。
だがある時、オレたちのウチの間に、橋が出来た。
それはとても大きな橋で、オレたちのウチ辺りはドチラも通過される地域になり、
ただでさえ貧しい地域がそれ以上にサビれていった。
一番悪かったのは、デカい橋脚のお陰で、お互いのウチが見えなくなったってコ
トだ。
オレたちの間には次第に距離が出来、やがて会わなくなった。
ゴーグルを返す機会も失ったのだ。
全く腹立たしい限りだった。
そして、オレは大きくなるにつれて、少しずつ周りから外れていった。
何度か橋脚の側まで行って、何とかコレを破壊出来ないだろうか、などと考えた
りした。
ーーだが橋は大きすぎた。
だからオレは、壊せる小さな橋を探しては壊す事にした。
小さな木製の橋を2・3コ壊した所で、早くも追っ手がかかった。
次の大き目なターゲットだったコンクリート製の橋で、オレは追いつめられ、そ
こで初めて飛び降りたんだ。
その時は左手を折ったが、運良くオレは死ななかった。
それから、オレは何度か飛び降りるコトになった。
最初は必要に迫られてだったけど、だんだん、そしてどんどんソレに惹かれてい
った。
そりゃあ、いつかはあのデカイ橋をぶっ倒してやろうと思っているさ。
でも今は……あれ?
何で今オレは飛び降りてるんだっけ?
オレはハッとした。
眼下は相変わらず濃い霧が灰色の闇の様に広がっていて、猛速でオレを通り過ぎ
ていた。
ーーオカシイ。
トックに水面が見えても良さそうなのに。
コレはーー?
オレは歯を食いしばった。
何かがーー、何かが、オカシイーーー
突然、何かにブチ当たった様な衝撃を受け、次の瞬間、オレは意識を失った。
* *
気がつくと、オレは底にいた。
いや、何かの底の様に見えていたがーーそこは、巨大な鉄骨が無数に突き立った、
荒廃した大地だった。
空はドンヨリと曇っていて、だから自分がそこを通って落ちて来たのかと思った
んだ。
少し離れたトコロには何かの巨大なクレーターがあり、そこからはモウモウと土
煙が上がっていた。何だ?爆発?隕石でも落ちたのか?
そうそう、オレは大地に仰向けに倒れてて動けない状態だった。
飛び降りた後だ。こんな感じは珍しくは無い。
ーーあれ、死ぬかな?
そりゃあ凄い高さだったモノな。
即死じゃ無かっただけ運があったんだろう。
なんて思った時だった。
「ウィズ、コッチに誰か倒れてる!」
若そうな男の声がした。
と言ってもオレもそんなトシじゃ無いけど。
「生きてるか?」
失礼な。生きてるよ、まだ。
さっきのよりも気持ち年上っぽい、別の男の声だった。
「へぇ、久しぶりじゃない?」
今度は女の声だ。
結構年上っぽいケド。
仰向けのまま動けない視界の中に、オレ位の歳の男のカオが入って来た。多分最
初の声のヌシだ。
「うーん?」
覗き込んで、目が合った。
ーー澄んだ目だった。
俺とはだいぶ違う人生を歩んだのだろうなーーなどと思った。
「えーっと、生きてるみたい」
だから生きてるって。
その男はオレを抱き起こした。
触れた身体は、結構筋肉質だった。
「大丈夫?動ける?」
んー多分ムリかな。最低全身打撲は間違いない。
オレはノロノロとクビを振った。
「しゃべれない?」
あぁーーヤバイかも。
記憶は何とか一度クビを縦に振ったまでだった。
オレは、スウッと意識を失った。
* *
「……そう言えば、こないだの絵本は」
「忘れたママ。あの地下室に」
「じゃあもう見れないのか」
「あの時はソレどころじゃ無かったしね」
「その節はど~も」
何処かで会話してる男女の声がした。
あれ?生きてる?
暖かい気分だった。天国か?
「まぁまたどっかで出てくるかも知れないし?」
「そだね」
「……トコロで、仮説なんだが」
「何?」
「あの地下室って、ココとは別空間にあった、とかじゃないか?」
「どゆこと」
「だから全く探知出来なかったし、プランジも『飛べ』なかった……とか」
プランジ?『飛ぶ』?……何だろう。
「後は、何らかのフィールドが出来てたとか」
「……まぁ、確かめようが無いけどね」
「まぁな」
オレは眼球だけ動かして辺りを見回した。高い天井の、かなり広い空間だった。
オレはそこに有る四角いベンチっぽいトコロに寝かされていた。
柔らかなマクラに軽い毛布。
まだ俺はボウッとしていた。
「起きたか」
長身の旧ゲルマン系の男が近づいて来た。さっき仮説がどうのと言っていた男だ。
「大丈夫そうだね」
と言って入って来たのは、さっきオレを抱き起こした方の男だった。
相変わらず済んだ目だった。
「タダの打ち身だ、数日で良くはなる」
大きい方はスキャン系の機器を備えているらしかった。
左目が時々光っている。
「だって。良かったね」
小さい方ーーと言ってもオレよりは大きくて骨太でガッシリしてはいたがーーは
屈託が無かった。何だ?ココは。このゆったり感は。
「ニャ」
ネコまで居るし。
「つ………」
オレはゆっくりと身体を起こした。
まだ全身が痛い。
「あ、ユックリ」
小さな方がまた手を添えてくれた。
相変わらず筋肉質で、ヤッパリ済んだ目だった。
「スープ位いけそう?」
女性がマグを持って近づいて来た。
旧インド系の、キレイな女性だ。30中くらいかな?
「あ、どうも」
何だか、オレはこういう感じに慣れていなかった。
ただ、ハラは減っている。
だから全身が痛むけど受け取って、ギコチなくスープを流し込んだ。
温度は熱すぎない様調節されていた。
「……!」
オレは目を見張った。
フシギに美味かった。オレの生涯一だ。
「あ……」
「オカワリね、ハイハイ」
女性は手慣れた感じで側のアイランドキッチンへと向かった。
結局スープは3杯タイラゲた。
一息ついたトコロで、質問が始まった。
「ドコから来たの?」
「なんで来たの?」
「名前は?」
ドコって……飛び降りてたらココに来ただけだ。
それに、名前とか地名とかはーー何故か思い出せなかった。
「ま、そうだろうね」
一同はそう口を揃えた。
どういうことだ?
その晩は、一気に詰め込まれた情報で頭がウニになっていたが、まだ全身が痛く
て、そのうち寝てしまった。
そして、モヤモヤした柔らかい暖かさに包まれた夢を見た。
* *
一晩寝て起きたら、もう昼過ぎだった。
あれだけの打ち身が、かなり軽くなっていた。何かされたのだろうか?それとも
やはりココは天国なのか?
昨日のキッチンスペースに行くと、女性ーーリジーがコーヒーを入れていた。
筋肉質な方の男、プランジは側のスペースで洗濯物を干していた。側にはネコが
ウロウロしている。
どうやらオレの来ていたモノもスッカリ洗われたらしい。起きたら知らない長T
を来ていた。
で、長身のゲルマン系;ウィズは居なかった。
昨日聞いた無限の部屋とかで、何やら収穫しているのかも知れない。
「よ、大丈夫?」
リジーがマグを差し出してくれた。
「まだアチコチ痛いけど……」
朝のコーヒーなんていつ以来だろう。
ってもう午後か。
ただ……このヘンな心地よさが、何だか気持ち悪かった。
オレは、こんな生活とは縁が無かったハズなのに。
何となく歩いて窓際に行ってみた。
恐らくプランジのモノだろう服は、全て気持ち大き目でヘンな感じだった。
「………」
外は昨日と同じ、どんよりとした空に乾いて荒れた大地。
アチコチに無数の巨大な鉄骨が突き立っていた。
「へぇ……」
面白いホシだな、と思ってからオレは昨日聞かされた事を思いだした。
ーーこのホシは、姿を変えるのだと言う。
今はこういう姿だが、少し前まではまた違っていたらしい。
何故そうなっているのかは分からないという。
ーーオレはそっとプランジを見た。
今は手際よく洗濯物を干し終わり、腕立て伏せなどしていた。
背中にネコが器用に乗って揺れていた。
全ての謎は、この男が握っているらしい。
と言っても本人もあまり覚えていないらしいけど。
ふと、目が合った。
プランジはフッと笑顔を作る。
何の迷いも無く。
ーー何故、あんなに屈託の無い表情が出来るのだろうか。
多分オレはあんな風には笑えない。
今も、ヘンな表情を返してしまった気がする。
突然オレは思い出した。
「ゴーグル!」
思わず声が出た。
「ん?」
「何?」
「ニャ」
二人と一匹は微妙に反応していた。
ゴーグルはどうしたっけ?昨日スープを飲んだ時は無かった。っていうか倒れて
いる時に、既に無かったんじゃないか?
オレはバッと外を見回す。
「どした?」
プランジが近づいて来た。
「昨日倒れてた時、ゴーグル無かった?」
オレは何故か必死だった。
「え~、あった?」
「イヤ……アタシは見てないけど」
オレはまた外を見た。
突き立った鉄骨だらけで右も左も分かりはしない。
「どこ?オレがいたの」
「さぁ……」
言い終わる前に、オレは飛び出した。
「クレーターの近くだ!」
「あ、ちょっとーー」
リジーが何か言いかけたが、オレは聞いていなかった。
クレーターがまだあるかどうかは分からないよーー
多分、リジーが言いかけてたのはソレだ。昨日聞いたがスッカリ忘れていた。
一通り塔の周りを回ったが、既にクレーターも土煙もありはしなかった。あれだ
けの穴が消えて無くなったりするのか?
勿論ゴーグルも見つからなかった。
オレはタメ息を吐いてドカッと座り込んだ。
気がつけばこの場所は、ウッスラと道の様なモノが見えるトコロだった。そうい
えば一本道だけはずっとあるって言っていたっけ。
「………」
ーーこうしてココから見てみると、天空にそびえ立つ塔、通称イエは壮観だった。
この場所で、あの3人はずっと過ごしていたのかーー。
それは、一体どういった生活だったのだろう。
もし自分だったら?
耐えられるかなーー。
などと考えていた時だった。
「やっぱ消えてた?」
プランジの声が上から聞こえて来た。
「ん?」
見上げると、頭上の鉄骨の組み合わさったトコロに、ネコを肩に乗せたプランジ
がしゃがんでいた。
「よっと」
器用に飛び降りたプランジは側に立った。
「よくあるんだ、こういうコト」
ネコがプランジの肩から飛び降りてトコトコとやって来て、オレの足に頭突きを
してまとわりついた。
「あぁ……」
意外と可愛かった。オレの住んでいた辺りでは、痩せこけてて近づくとすぐ「シ
ャー」っていうネコしか居なかったのに。
「大事なモノだった?」
オレは少し考えた。
そりゃあ大事っちゃ大事だろう。
でも、コイツらからしたらガラクタには違いない。
それにーーココにいると、何故かそんなコトはどうでもよくなってくる感覚が、
フシギにあった。
「まぁ……それなりに」
するとプランジはいつもの屈託の無い表情で返した。
「なら、いつか出てくるよ、多分」
「……そう?」
イイカゲンなコトを言うな、と少し思ったがとりあえず黙っておいた。
「…登って見る?」
突然、プランジが鉄骨を見上げて言った。
「え?」
答えを待たずにプランジは器用に側の鉄骨を少し登って手を差し出した。
一瞬、何か思い出したような気がした。
「……大丈夫」
その手を取らずに、オレは鉄骨を登り始めた。
プランジは少し肩をすくめたが、黙って登った。
ネコもトコトコ付いて来た。
その鉄骨は、そんなに高くは無かった。10数メートル位だろうか。
地面に埋まっている部分はもっと長いのだろう、オレたちが登って行っても、ビ
クともしなかった。
そして登っている間に気づいた。
この鉄骨の感じはーーあの憎っくき橋の感じと、そしてあの時霧の中で飛び降り
た鉄骨と、よく似ているなと。
どうりで何処か気分がドンヨリする訳だ。
上からの眺めは、奇妙だった。
大小様々な鉄骨が色んな角度で地表から張り出し、まるで鉄の地面みたいだった。
後ろを振り向くと、その中からイエだけが空に伸びていた。
「これで空が青かったらもっとキレイなのにね……」
プランジは心底楽しんでいる様だった。
オレには、くすんだ鉄と空の、オレが居た街の陰気な雰囲気の延長にしか見えな
かったのだが。
「…昨日聞いた『飛ぶ』ってやつだけど」
オレは聞いた中で引っかかってた話を聞く事にした。
「え?」
「その、どうやって『飛ぶ』んだ?」
「どうって……自分で『飛んだ』事は無いよ」
「へぇ……で、『飛んだ』時ってどんな感じ?」
やっぱりオレの『飛び降りる』のとは違うのだろうか。
「う~ん……一瞬だからなぁ……ギュッてきてバッって感じ?」
なんだそりゃ。全然分からない。
「………」
オレは自分の『飛び降りる』時の事を思った。
体感的には恐らくジェットコースターとかと変わりはしないんだろう。乗ったコ
ト無いけど。
ただ、それとは違うーー死ぬんじゃないか?みたいなのに惹かれてしまう気がす
る。
ヒネくれてるんだろうか。
ホントに死にたい訳じゃないんだけど。
あと、うまく言えないけど、あの解放感は他の何モノとも違う。
でも、今はーー。
オレは鉄骨から、はるか下の地面を眺めた。
「オレもよく、こういうところから飛んだよ」
「……へぇ!」
「大体下は水だったけど」
「そりゃまあ、ね」
「何か、……良かったんだよな……」
「……うん」
オレはそこで少し考えた。
言ってもいいんだろうか?
オレは、今までこういうことを他人に話した事が無かった。
ただ、このホシはとても居心地が良くて、そして妙に居心地が悪くてーー。
今は多分、『飛び降りる』コトも、だった。
「ーーでも、そのうち何かが変わっていって」
「……うん」
「最後にしようと、思ったのかな……」
そっとプランジの様子をうかがった。
プランジはまっすぐ真剣な顔でこっちを見ていた。
オレは全てを見透かされそうで、目をそらした。
そらした先でまたマン丸な目をしたネコと目が合って、またビックリしたりした。
「……」
再び目をやると、プランジは鉄骨の広がる地平線を見ていた。
そして、ポツリと言った。
「飛んでる時は、良かった?」
「……!」
少し意外だった。てっきり正論だけを吐くタイプかなと思っていた。
オレは少し考えてから言った。
「多分ーーで、気がついたらココに居た」
「そっかぁ」
「最初は地獄かと思ったよ」
「ヒドいな」
プランジは笑った。
ーー少し見直した、というか意外と話せるな、という印象だった。
「んじゃ、一度戻ろうか」
プランジはやがて立ち上がって言った。
「もうじき日が暮れる。ウィズと相談して、ゴーグルは明日探そう」
実はもうソコまでこだわるモノではないのだが……と思いつつ、オレは頷いた。
「じゃ、先行くね」
とプランジは走り出し、地表まで降りる前に跳んで、周りの鉄骨から鉄骨へとヒ
ュンヒュン移動しながら進んでいった。
「……サルかよ」
見事なモンだ。なるほど、あれがパルクールというヤツか。
出来たら楽しいだろうな。
オレはナナメになった鉄骨を普通に歩きながら降りた。
「お前、置いてかれたのか?」
ネコは置き去りなのか自分で残ったのか、オレの後をチョボチョボついて来てい
た。
何処か気を使われたのだろうか。
* *
夜、ウィズは無限の部屋からジンを持って来ていた。
オレもその部屋は行ってみたかったが、まぁそのうち機会もあるだろう。
その日は、チョットしたパーティーっぽくなった。
オレも久しぶりの酒だった。
ツマミがほぼカンヅメっていうのが何だが、予想外に美味かったし。
思えば、こういった楽しい飲み会はそんなにしたことが無かった。やっぱりオレ、
独りが多かったのだな。
「で、何か思い出した?」
リジーが軽やかに聞いて来た。既にホンノリ赤くなっている。
「いやぁ……あまり」
オレはそっとプランジをうかがったが、特に話す様子も無くグラスを開けていた。
「そういやゴーグルだけど」
ウィズが聞いて来た。
「ハイ?」
「素材は?何か特徴的なモノ使ってるか?」
「え」
「それによってはスキャン出来るけど」
オレは少し考えた。
ーーウィズとプランジなら、どちらかと言うと年齢はウィズの方が近いだろうか。
だがプランジと違って、ウィズは何となくしっかりしていると言うか、ちゃんと
社会を生きて来たと言うか、そういった雰囲気を醸し出していた。
勿論オレは苦手なタイプだった。
「さぁ……ただのプラスチックだと思うんで」
「そっか、…じゃあ明日は手分けして探すか」
オレはあわてて言った。
「いや、実はそこまでコダワリのあるモノでも無いですよ」
「え」
「そなの?」
「いやまぁ……そこまでしてもらうのも悪いっていうか」
何でこんなに言い訳してるんだろう。
「ーーホントに」
ダメだ。
何かヘンな感じになっている。
「まぁ、明日起きてみて、かな」
リジーが助け舟を出してくれた感じだった。
「………」
そう言えばこの手の女性も、オレはあまり縁が無かった。
口うるさい母親クラスとか、同い年かそれ以下でワガママを絵に書いた様なタイ
プとかそういうのしか見たコトが無かった。
まぁオレの乏しい人生経験じゃあ仕方ない。
ーーにしてもキレイだな。
などと、オレはアルコールの回った頭でボンヤリと考えていた。
「……まぁ、そういうことで」
ウィズは特に気にしなかった様だ。
とりあえず助かったみたいだった。
フト見ると、プランジは黙ってネコと遊んでいた。
見ていると目が合った。
プランジは、黙ってグラスを掲げた。
オレも、合わせて上げた。
酔っていたせいか、ちゃんと笑えた様な気がした。
ホントのトコロは分からないが。
* *
次の日、オレは早めに目が覚めたので、少し外に出てブラブラしていた。
既に体の痛みは消えていた。予想外に早い。…やはりココは、何処か別世界なの
かも知れないなと思った。
外は相変わらず荒れ地に鉄骨のママだった。
昨日、誰かが言ってたっけ。
「ココに来る人間は、何かを見つけたり思い出したりして帰っていく」
ーーオレのソレは、何なのだろうか。
軽く朝食を食べた後、オレたちは早速ゴーグルの捜索を開始した。
何だか申し訳ない感じではあったが、昼食時にはイエに集まるコトにして、オレ
たちは散らばった。
このホシに来た時に来ていた服は乾いていたので、ようやく元の服に着替えたオ
レは少し自分を取り戻した感じだった。
で、少し歩いていると上空でヒュンヒュン音がして、見るとプランジが追いつい
て来ていた。
「自分の持ち分は?」
プランジはザッと降りて来て言った。
「ん~多分大丈夫」
何が大丈夫なんだか。
そうして、オレたちは歩き出した。
と言っても、プランジは鉄骨に登ったり飛び移ったりしながらだったので、あま
り一緒では無かったけど。
そうそう、相変わらずネコもトコトコついてきていた。やっぱりプランジが一番
良いのだろうか。
それともまたオレに何か?と思って時折見下ろすが、ネコはスマした顔で歩いて
いた。
まいっか。
しばらく探したが、相変わらずゴーグルは見つからなかった。
ウィズがイエからの大体の距離と方向は出してくれていたが、このホシの事だ、
そんなのはアテにならないーーだそうだ。
オレはこの鉄骨の森の先が、気になっていた。
「コレ、ずっと行くと何が有るんだ?」
上空のプランジが答える。
「ずっと鉄骨だったよ。反対側にはちょっとした遺跡があるんだけど、そこも鉄骨
だらけだった」
行ってみたらしい。
何でも、このホシは直径30キロ程、半周が50キロ程度ーーなので、プランジ
が走れば半日で着くそうだ。
他に何も無いのでイマイチスケール感が無いが、そんなサイズでこの重力とかこ
の大気は普通ではあり得ないそうだ。ウィズによれば。
そしてそのホシにいる、体力だけはありあまっているこの男。
ーーココは、一体何なのだ?
そう思いながらオレは何気なく後ろを振り返った。
「あれ……プランジ」
「ん?」
あるハズのイエーー先程までは見えていた高い塔が無かった。
「あらーー」
プランジはコトモナゲだった。
「え、どういうコト」
「そりゃあ、ホシだから」
鉄骨に立ったままユルリと立っているプランジ。
「そ……そうか」
そう言うコトなら仕方ない、…のか?
「フーッッ!」
突然、側のネコが威嚇音を発した。
「?!」
見ると、ネコは上空に向かって身を逆立てている。
視線の方を見上げたが、特に何もなかった。
「ーー何か来る」
何故かプランジも気配を察している様だった。
オレにはさっぱり感じ取れなかったが。
ーーだがそれはやがて、オレにも見える様になって来た。
それは無数の針の様な棒状のモノがこちらに向かって落ちて来ていてーーー
「!!」
オレは目を見開いた。
鉄骨!
巨大な鉄骨群だ!
それも無数の!
「そっかぁ、ああやって降って来てたんだ」
プランジはノンキに感想など述べていた。
「お…おい、大丈夫なのかココ」
「いやーーヤバいね」
「逃げようぜ」
オレはネコを抱き上げてプランジに放った。
ネコはプランジに抱きとめられて「フギャ」と言った。
「了解ーーアッチ!」
言うが早いかプランジはネコを片手で抱えたままヒュンヒュンとパルクールで移
動を開始した。
オレは地上を走って追いかけたが、追いつけそうには無かった。
さっきいた場所辺りにはすぐに鉄骨が突き刺さっている様だった。コレはヤバそ
うだ。
背後から轟音と地響きが追いかけて来る。
振り向きたかったが、そんな暇は無かった。実際、周りはアチコチに鉄骨が入り
組んでいて、もし振り向いたらその瞬間鉄骨に激突しそうだった。
そうしてズイブン走って、
「そ、そろそろ大丈夫じゃね?」
息も絶え絶えで上空に向かって俺は怒鳴った。
だが土煙越しに見えるプランジの軽やかな影は、スピードをゆるめる感じは無か
った。
「いやーーホラ!」
プランジが立ち止まって指差す先を見ると、微かに上空にシャープペンの芯の様
なモノが見えた。
ーーまた?!
「今度はコッチ!」
プランジは急激に右に進路を取った。
「うわっ…と!」
走り出しでズザッと少し滑ったが、オレも続いた。
何だ?コレは。
この状況は?!
曲がる前にいた場所も、早速鉄骨の洗礼を受けていた。
鉄と鉄がブツかる音が響いた。
地響きの中、オレたちは走った。
「……一体、何なんだよ」
鉄骨の雨が少し止んだ。
遠くの方ではまだ降っているみたいだったが。
オレは鉄骨の上に上がっていった。
プランジは、ネコを肩に乗せて空を見上げていた。
「大丈夫だった?」
「こんなに走ったのは久しぶりだ」
オレは登り切って一息ついた。
地平線まで、鉄骨でいっぱいだった。
かなりの量が降ったハズだが、元々いっぱいだったのでよくは分からない。
グルリと見渡したが相変わらずイエは見えなかった。
アチコチで鉄骨が降ったであろう土煙が上がっていた。
「……で、何コレ」
「コレって?」
オレは鉄骨の森を指差した。
「コレだよ!絶対誰かが意志を持ってやってるだろ」
「……」
プランジは少し目を見開いてオレを見たが、また空を見上げた。
「やってるとしたらーー」
「『ヒュー』、ってヤツ?」
オレは前夜聞いていた単語を口にした。
「うん」
「それってーー」
オレは言いかけたが、プランジがあまりに澄んだ瞳で空を見ていたので口をつぐ
んだ。
肩のネコも同じく見上げてて、兄弟か?的な感じだったんだ。
だが二人とも瞳は穏やかではなく、深い孤独をタタえた、少し触れがたい様な感
じだった。
オレはしばし、二人の雰囲気に飲まれたと言うか、近寄りがたいモノを感じてい
た。
「ーーもしかしたら、『ファントム』かも」
プランジがボソッと言った。
それも、昨日聞いた単語だ。このホシで、導くモノと邪魔をするモノ。オレには
そのどちらの存在も、意味がよく分からなかった。だがその感じは、その表情はー
ープランジにとって、そこまでの存在だと言う事なのだろう。
「………」
オレは、今更ながら何処か自分の軽さを自覚していた。
今までオレがやってきたことはーー
そこまでのモノだったかーー?
とその時、鉄骨がーー地面が揺れた。
「!?」
よろけたオレは、プランジに支えられてあやうく落ちるのを逃れた。
見渡すと、どうやらこのホシ全体が揺れているようだった。
今度は何だーー。
一際地鳴りが大きくなり、鉄骨が下から持ち上げられた。
それは凄まじい勢いで、オレたちは一瞬鉄骨に押し付けられ、バランスを崩して
落ちかけた。
「うあっ」
「!!」
落ちるーー!
と思った時、オレの身体はガクッと落下を止めた。
見上げると、プランジがオレの左手を支えていた。
プランジのもう片方の手には彫刻刀が握られていて、何とか鉄骨にささっていた。
ネコは爪を立ててプランジの背中にしがみついている。
「あ、ありがとう」
「大丈夫?」
「あぁ」
危なかったーー。
ちょうどこの辺りはツルツルした面で、他に手がかりはなさそうだった。
そう言えば、彫刻が趣味だと言っていたっけ。
にしても、よく鉄骨に刺さったな。何で出来てるんだろう。
そう思いながら、オレたちは何とか鉄骨の張り出した部分に上がった。
まだ振動は続いている。見ると、その辺り一帯の地面が隆起している様だった。
だがそれは全体が一方向という訳でもなく、埋まっていた鉄骨が今までのバラン
スを崩してアチコチから倒れて来ていた。
そしてその一本が、また直撃コースに入った。
「ヤバいっ!」
「コッチ!」
プランジはオレとネコを掴んで隣に飛んだ。
間一髪、先ほどの鉄骨は他の鉄骨を受け見事に曲がっていた。
ドンドン倒れ、折れては落ちてくる鉄骨。
オレたちは避け続けていた。
しかしーー限界があった。
「!!」
四方から鉄骨が迫って来た。
逃げ場は無かった。
死ぬーーー?
と、プランジが俺の肩を握った。
フと見ると、プランジがザッと身を屈め、クアッと口を開くのが見えた。
その瞬間ーーオレとネコとプランジは、『飛んだ』。
一瞬、何が起こったのか分からなかった。
あぁ、コレが例の『飛ぶ』ってヤツなのかーー。
光のトンネルが見えた様な気がするが、ほんの一瞬だった。
オレたちは、少し離れた鉄骨の上にいた。
「……!」
ネコも初めてだったのか、少し驚いて毛が逆立っている様だった。
プランジはーー心なしか、力がミナギっている様にも見えた。
まだ揺れは続いている。
「……行こう!」
プランジが力強く言った。
「……あぁ!」
オレも何だか知らないが、何かがやれるような気がしていた。
休む間もなく上に伸びていく鉄骨。
次々に倒れては落ちてくる鉄の固まり。
そんな中、オレたちは移動を続けた。
ーーよく死なないな、と思った。
勿論プランジがいるからだが。
コイツはいつも、こんな中を切り抜けているのか?
なのにどうして、あんな表情が出来るのだ?
オレはあんな小さな街程度でこんなにヒネクレているのに。
ーーやがて地鳴りは収まっていた。
俺たちがいる辺りの鉄骨は、他の箇所よりも幾分高い様だった。
「これはーー。」
見下ろすと、ホシ全体で地殻変動でもあったかの様に、あちこちで煙が上がって
いて、地表辺りは霧の様に霞んでほぼ見えなくなっていた。
オレたちは立ち尽くして、その異様な光景を眺めていた。
「あれ……」
プランジがつぶやく様に言って指差した。
それは遠くにまた上がった土煙だったが、その中に火線らしきモノが見えた。
遠くて、微かな音が遅れて聴こえてくる。
「ウィズかな……多分リジーも一緒だ」
オレにはよく分からなかったが、プランジが言うならそうなのだろう。
「………」
そこは地面が少し湾曲していて、その火線や土煙辺りとコチラの間には、まるで
谷の様に凹んだ鉄骨の斜面が見えていた。
そうか、あのーー川のコチラと向こうの、あの景色に似ているのだなーーと思っ
た時だった。
地面が再び揺れた。
「!!」
また周りの鉄骨が隆起し始めーー目の前に立ちふさがる鉄骨で、瞬く間にウィズ
たちがいるという辺りは見えなくなった。
ーーオレはカッとした。
目の前の光景が、親友を、あの景色を、ーーオレの人生を奪ったあの橋のイメー
ジと重なったからだ。
辺り中が揺れる中、オレはガクと膝をつき、叫んだ。
「うあああああああ!」
叫んだってどうしようも無いコトは分かっていた。
プランジとネコは驚いた様に見ていたがどうしようも無かった。
ひとしきり叫んで、オレはゼエゼエ言いながら顔を上げた。
まだ揺れは続いている。
周りには壁の様に鉄骨が無数に立ちはだかり、それぞれ隆起を続けていた。
全く、よく叫んでいる間に鉄骨がぶつかってこなかったモノだ。
「………」
オレは振り返った。
ソコにはプランジとネコがいてーーとても優しい、でも力強い表情をしていた。
「……行こっか」
プランジは軽く手を差し出した。
そして、鉄骨を見上げて言った。
「何かあるよ」
何の事を言っているのかは分からなかった。
ただーープランジがそう言うのなら。何故だか、そう思った。
「…あぁ!」
オレはプランジの手を取り、立ち上がった。
揺れがまた大きくなった。
再び大きな鉄骨が倒れて来た。
「行こう!!」
オレたちは、隣の鉄骨へ飛び移った。
ネコはいつの間にかオレの背中にしがみついていた。
ギリギリで先ほどいた場所は直撃を受けた。
「!!」
「ハイ、次!」
鉄骨は次々に倒れて来た。
プランジは冷静に判断を続けていた。
オレたちはドンドン登った。
ドンドン地表が遠ざかって行った。
何故か、先ほどの様なピンチは無かった。
そのうち、オレは気がついた。
プランジはその場その場で判断しているのでは無かった。
オレたちが走るその先にーー天使のハシゴーー雲間から差す一条の光があり、そ
の中に小さな緑色の光が、行く末を指し示す様にうっすらと輝いていた。
「プランジ!あれ!」
「ああ!行こう!」
それはとてもキレイな風景でーーどんよりと荒廃した世界に、凛とした存在感を
放っていた。
いつの間にか、オレは笑んでいた。
その光はとてもキレイで、何処か懐かしくーー
あぁ、オレの世界にもあんなモノがあれば、オレはーー。
やがて、オレたちは最後に残った鉄骨の上の、T字状になったトコロにいた。
ソコは周りから一本だけ突き出ていて、霧に包まれた場所だった。
とても遠くでゴンゴンと鉄のぶつかる様な音はしているが、揺れはもう無かった。
いつの間にか『ヒュー』の光は消えていたが、天使のハシゴは更に増えて辺りは
とても静かでーー霧の中の、幻想的な風景だった。
「キレイだね…」
呟くプランジの背に、ネコがヒョイと飛び乗った。
「………」
オレは黙っていた。
何かが引っかかっていた。
そして、ようやく、オレは思い出したんだ。
ココはーーあの日、飛び降りた場所だと。
あの日、あの橋の橋脚に、オレは登ったんだ。
長い時間かけて登ってーーこうして上に立った。
そうしたら、ココと同じく、向こう側には何も無かったんだ。
ーー最初から無かった。
川の向こう側には、何も無かったんだ。
ってコトは、親友もーー?
橋は、建設途中で見捨てられていた様だった。
オレの街といっしょに。
ソコでオレは生まれて育ち、橋を憎んで大きくなった。
でもーー。
オレは後ずさりした。
一歩下がったところで、プランジがオレの腕を掴んだ。
が、同時にオレはカカトに当たる何かを感じていた。
「……?」
観ると、それはーーーゴーグルだった。
親友から貰った。
いやーーー本当は自分で何処かから盗んできたモノだったのかも知れない。
「ああ……」
オレはしゃがんで、ゆっくりとゴーグルを拾い上げた。
間違い無い。
飛び降りる時につけていたモノだ。
……何だか、妙に懐かしかった。
あの街での日々を、コイツは一緒に過ごしている。
「………」
オレはそっとゴーグルを額につけた。
「ホラ」
プランジが声を出した。
「見つかったでしょ」
オレは、ゆっくりとプランジを見た。
いつもの、屈託の無いプランジの表情だった。
でも、今なら分かる。
その表情になるまでに、コイツがどれだけ苦労して来たかが。
やっと、全てを話せそうな気がした。
ーーでも。
イザそうなったら、特に話す事は無かった。
話さなくても、お互い分かり合える様な気がした。
「…やっぱり、行っちゃう?」
プランジには、分かっているようだ。
「……ああ」
オレたちは、黙ってコブシを付き合わせた。
「お前にも、世話になった」
オレはそっとプランジの肩のネコを撫でた。
ネコは気持ち良さそうにしていた。
オレはゆっくりとゴーグルを目に装着した。
「今までの人は、ある時突然身体が光って帰るみたいだけど」
「ん?」
「いや、だからそんなに急がなくてもーーとか、ね」
プランジはイタズラっぽく言ったが、多分分かっていただろう。
オレもただ笑んで返した。
オレにしてはいい笑顔だったハズだ。
今飛び降りるのは、やっぱり死にたいからじゃない。
跳躍ーー、だ。
オレは、最初に飛び降りたときのコトを思い出していた。
あの時も、ただ逃げる為だけじゃなかった。
身体を震わせる解放感。そしてーー。
オレは前を向いた。
「ありがとう」
オレはそう言って、思い切り踏み込んでから宙に飛び出した。
もう後ろは観なかった。
でも、プランジとネコは、笑んでいるのは背中で分かった。
たくさんの光のハシゴの中、オレは落ちて行った。
ずいぶん落ちてーー
誰かの声を、聞いた様な気がした。
オレは、ゆっくりと顔を上げた。
ちゃんとした、笑顔が自然に出た。
あぁ、ゴーグル、やっと返すよーー。
オレは、体中に風圧を感じながら、ゆっくりと目を閉じた。