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7「LOVE of SNOW」

今回ホシは雪原で、その下の空間にプランジとリジーが閉じ込められる話です。

二人の閉鎖空間でのサバイバルです。

別に書いてあった絵本版も此処で使います。




 その日、青年プランジと女性リジーは、平原の下のとある地下室に居た。

 外は一面の雪。10メートル近くの積雪だった。

 二人は完全に閉じ込められ、数日が経っていた。

 そこは地下室と言ってもイエの様に10数メートルはある高さの天井があり、固

い石の壁で囲まれた空間だった。

 天井の一カ所に天窓があり、数日前まではかろうじて外が見えていたが、今はソ

コも雪で覆われていた。

「……寒っ」

 リジーとプランジは肩をくっつけて隅に座っていた。

「ーーーー」

 プランジは、そっと天窓を見上げてため息をついた。

 何度か天井に這い上がって窓を割ろうとしたが、やはりビクともしなかった。

 持っていた食料はソコをついていた。

 カバンには、もはや持って来た絵本しか入っていない。

 ーーそう、この絵本が、全ての始まりだった。


   *   *


 ホシに雪が降り始めたのは、2週間ほど前だった。

「このホシって季節はあるんだっけ」

 リジーは永遠のコインランドリーで洗濯しながら側のプランジに声をかけた。

「んー、多分関係ないと思う」

 いつもの様に軽くプッシュアップなどしながらプランジは答えた。

 側のドラムの上には猫が丸くなっていた。

「そっか…そりゃそうだよね」

 リジーはこともナゲに答える。

 こないだの夢の中で自分の子供(?)に会ってから、リジーは少し気分が良かった。

 時々鼻歌など出てしまう自分に苦笑したりもしていた。

「ところで、少し変なんだよね」

 プランジは上気した上体を起こしながら言った。

「何が?」

「こないだの豪雨とかさ、今までと何か違う気がする」

「へぇ……それってアタシ達が来たから、とか?」

「う~ん…」

 と言ってプランジは側のドラムをひょいと飛び越えて次から次へとパルクールで

奥へ進み始めた。いつもやっている訓練だった。

 猫が迷惑そうにドラムの上で姿勢を変えたりする。

「……フーン」

 まぁいいか。ここで喋っていても何も結論は出ないんだよね。

 そう思いながらリジーは終わったドラムを開け、洗濯物を取り出し始めた。


 ウィズはイエの側にこの間の大破した車を持って来て、何とか直せないかと格闘

し始めてもう10日以上経っていた。

 チラつき始めた雪は、あっという間にボタ雪になっていた。

 そこは一応ヒサシの下ではあったが、このまま吹雪けば埋まりそうな勢いだった。

「…マズいな」

 このホシのことだ。このパーツ群もいつまでココにあるか、知れたモノでは無か

った。

 ウィズは少しため息をついて作業に戻った。

「……」

 あれからーーこの間の黒人の少年が来たときから、リジーの様子は少し変わった

様だ。

 このホシでも、ずっと生き抜いていくーー何処かそんな強さが見える、そんな感

じだった。

 あの後、一同であの日のコトを話してはみたが、ウィズだけは何か尺然としなか

った。

 何処か自分だけーー感があった。同じ様に夢の中で何処かを彷徨っていた様な気

もするが、自分だけは覚えていなかった。

 あの日、どこか違う場所で、2人とあの少年は会っていたという。勿論、それは

現実ともつかない夢の中かも知れなかったが。

 何故自分だけーーそんな何処か子供の様な感情を、ウィズは御しかねていた。


 洗濯の後、リジーは一瞬、いつもの様に雪を試験管に詰めておこうかーーーと考

えてやめた。

 今までその時々で集めた土はずいぶん溜まったが、雪は溶けて水になってしまう

だけだ。

 そうして、リジーは何となく無限の部屋に来ていた。

 プランジはまた一人で何処かに行ってしまい、ネコだけがトコトコついて来てい

た。今現在は、何かが不足しているという訳では無かった。ただ何と無く、リジー

はフラッとソコにやって来ていた。

 手近なドアを開けると、そこは本棚が並んだ部屋だった。

「へぇ…」

 何となく棚を見回しながら奥へ向かうリジー。

 窓際まで来たリジーは窓の外を眺める。

 外は、既に吹雪になっていた。

「………」

 凍える様な寒々しい光景だったが、イエの中は寒くも暑くもない、一定の温度だ

った。フネで言うライフサポートシステム……みたいなモノは何処かで生きている

のかも知れない。

「ニャ」

 鳴き声に向くと、ネコが空いていた棚でハコを組んだトコロだった。

「…アンタはいいね、自由で」

 リジーは微笑んで近づいて、頭を撫でた。

 ネコは気持ち良さそうに目を閉じてゴロゴロ言っていた。

「………」

 和んでいたリジーは、ふとネコが下敷きにしていた絵本に目をやった。

 何故気になったのかは分からなかった。ただ、何かが引っかかっていた。

「ちょっと、ゴメンよ」

 リジーはネコをどけてその絵本を手に取った。

 ネコは迷惑そうな顔をして飛び降りる。

「これは……」

 結構古いモノの様だった。

 リジーは、側のイスに腰掛けて表紙を開いた。


 プランジはあれからしばらくパルクールに勤しんでいたが、その後外に出て雪の

感じを楽しんでいた。

 既に70センチほど積もったパウダーに飛び込むと、雲に包まれた様な不思議な

感じがした。降り続く雪は、まだまだ積もる気配を感じさせた。

 確かに、これだけ降るのは久しぶりだった。

「フーーッ」

 プランジは雪の中で仰向けになって空を見上げた。

 辺りは雪のスレる音以外、何も聞こえなかった。

 だがプランジは何か感じていた。

 確かにホシの様子が、少しづつ変わってきているみたいだ。

 それはどっち方向へなのかーー?

 プランジにはよく分からなかった。


「風邪ヒクなよ」

 鉄が擦れる音と共に、ウィズの声がした。

「んあ」

 雪にホボ埋まっていたプランジが顔を上げると、ウィズが例の車のザンガイをガ

レージーーと言うか、一同が物置きとして使っているスペースに押し込んでいるト

コロだった。

「よく分かったねーー手伝おうか?」

「いや……相変わらずそんな薄着でムチャするな」

 プランジは透湿素材ではあるモノのただの長Tに薄いシャツにカーゴパンツと言

った格好だった。

「まぁ……サスガに冷たくなって来たけど」


 プランジは雪から出てガレージスペースに入った。

 そこにはドアとかシャッター的なモノは無かったので、ウィズは車の残骸をなる

べく奥に押し込んで、見つけておいたビニールシートみたいなモノで覆っていた。

「そんなんで大丈夫?」

「さぁ……まぁコレがずっとあるかどうかの方がアヤしいな」

「ん、確かに」

 ウィズは更にロープで縛り付ける作業をしていた。

 やがて、ウィズは独り言の様に言った。

「リジー……少し変わったな」

「うん……でも、今の方がイイかも」

「………」

 ウィズはそれ以上言わなかった。

 プランジも、黙って縛るのを手伝い始めた。

 雪はどんどん強くなってきていた。

「プランジ……ちょっと」

 いつの間にか、リジーとネコが奥のドア前に来ていた。

 プランジはウィズと顔を見合わせてから、歩いて行った。

「何?」

「これ……見つけたんだけど」

 リジーはちょっと言い淀み、黙って絵本を見せた。

「?絵本?」

「………」

 何故かリジーはそれ以上話そうとしなかった。

「こっちはしばらくかかるから、見てていいぞ」

 ウィズは何か変だなと思いつつも気を利かせた。この間のこともあるし。

「うんーー後で」

 そう言ってリジーはプランジを廊下に連れ出した。

 何故そうしたのかは分からなかった。特にウィズに何かある訳ではなかったのだ

が。


「これ……見覚えある?」

 廊下と言っても天井が高くかなり広いスペースでリジーが差し出した古い絵本。

 タイトルは汚れていてよく見えなかった。

「いやーー無いけど」

「ホントに?」

 リジーはじいっとプランジを見つめた。

「うんーー何々?何が書いてあるの?」

 絵本に手を伸ばそうとするプランジをリジーはサッと避けた。

「あ、ちょっと待って」

「えー、何?」

 リジーは取り敢えずウィズに先に見せようとガレージに戻ろうとしたが、プラン

ジはクネクネとついて来た。

「あ、ウィズ、ちょっと」

「ん?」

 残骸を縛り終えて片付けをしていたウィズはドアからのリジーの声にキョトンと

振り返った。

 プランジもすぐ追いついてくる。

「ね~、何って」

「あ、ちょっともう」

 リジーは苦笑しつつウィズに向かって絵本と自分の部屋を指差して逃げた。

 ウィズはフッと笑んで、ゆっくり廊下に向かう。

 呆れた様に見ていたネコも続いた。


 階上に向かう途中で、リジーはプランジを巻く為に自分の部屋ではなく、絵本を

見つけた無限の部屋方向へ向かった。

 階段で一度はプランジをやり過ごしたが、プランジも喜んで戻って来た。 

「もう、だから後でっ」

「今~」

 笑いながら近づくプランジに、リジーは一番近くの部屋に飛び込んだ。

「あっ?」

 意外なリジーの声に、プランジはハッとして駆け出したが、目の前でその扉は急

速に閉まった。

「あれ?!リジー?」

 ドアは何故か開かなかった。

 何度かドアを叩いたが返事は無い。

 妙な胸騒ぎがして、プランジはドアを渾身の力で蹴り、やがて肩から全体重をか

けてブツかった。

 バンッッ!

 何度目かの衝突でドアが砕け、プランジは中にゴロゴロと転がった。  

「!!」

 途端にドア付近の天井が崩れ、巨大な石の固まりたちが入り口付近を塞いだ。

 プランジは、咄嗟に奥に跳んで難を逃れた。

「ふい~……あれ?」

 まだ土埃が舞う中、プランジは辺りを見回した。

 そこは、今まで見た無限の部屋の感じとは全く違う、間取りすら変わった丸い空

間だった。

 かなり天井が高く、中央に天窓らしきモノが見えた。

「ね……何かヘンでしょ」

「ホントだ」

「でーーアンタが入り口をこうしちゃったんで、この後どうしよっか?」

「へ?」

 プランジは改めて後ろを確認した。自分が入って来た入り口は崩れた巨大な石た

ちで完全に塞がれていた。崩れた天井も穴は開いてなく、他に出入り口は無かった。

「……何か、ゴメンね」

「まぁ……ウィズが何とかしてくれるといいけど」


 その頃、音を聴きつけて無限の部屋の廊下に入って来たウィズは、アッケに取ら

れていた。

 ドアなり壁なりが崩れたゲな音がハデにしたのだが、そこは全くいつも通りの整

然としたドアが並んでいた。

「……マジかよ」

 ササッと辺りをスキャンしてみたが、生命反応は無い。

 いや、一つだけあったが、それは後から付いて来たネコのモノだった。

 微かな音声反応すら感じ取れない。

 幾つかドアを開けては見たが、いつも通りーーと言うかいつも開ける度に違う部

屋ではあるのだがーー何も特別なモノは無かった。

「ニャウ?」

 ネコもフシギそうに声を上げる。

 リジーとプランジ、二人の反応は全く無かった。

「さて……どうするか」

 ウィズはしばし、途方に暮れた。


 *   *


 ーーこうして二人は、その地下室らしき空間に閉じ込められたのだった。

 まずプランジは、崩れた入り口付近の岩クレをどうにかしようとした。

 流石に巨大なモノはどうにも出来なかったが、小さめのモノをどけたり砕いたり

して何とか壁までは到達することが出来た。

 しかしーー驚いた事に、壁には開けたハズの穴が無かった。

 と言うか、ドア自体が全く無い、他と同じ壁が広がっていた。

「げ」

「どゆこと」

 勿論、壁自体はとても固く、チョットやソットで抜けるモノでは無かった。


 次にプランジは天窓まで苦労して登って、先ほどの岩クレで割ろうとしたが、傷

すら付かなかった。

「……」

 覗いてみると、外は一面の雪景色で、ドンドン雪は強くなっている様だった。空

と雪以外、何も見えなかった。

 無限の部屋たちはイエの中階だったので、天窓があって外が見えるのはおかしい

ハズなのだが。

「う~ん」

「ダメそう?」

 諦めて降りて来たプランジは何か無いかと辺りを見回した。

 空調的なモノは無い。勿論暖房も無かった。

 広いが特に何もない、石の様なセラミックの様な床と壁に囲まれた、閉鎖空間だ

った。

 カーゴポケットの中を探すと、小さな水パックとガム型の携行食が数個あった。

「さて……どうすっか」

 プランジはリジーの側に座って、あるだけの水と食料を見せた。

「これでどの位生きられる?」

「さぁ……数日かな」

「ーー仕方ないね」

 リジーはタメ息をついた。


 夜が来た。

 一応辺りは暗くなったが、雪が降り積もった天窓からはまだ中よりは明るい柔ら

かな光が差し込んでいた。外は吹雪になっている様だった。

 プランジとリジーは身を寄せ合っていた。


 ウィズはその頃、イエでネコと二人だった。

 リビングスペースでの、二人だけでの食事。

 色々捜索はしてみたが、どうやらプランジとリジーはイエ内には居ない様だった。

 ウィズの左目の生体センサーはホシ自体をカバー出来るハズだったが、今の吹雪

は磁気嵐的な側面もあるらしく、ずっと効かないままだった。

「吹雪が収まったら、外に探しに行くか」

 何となく隣でゴハンをがっついているネコに話しかけてみる。

 ネコは一瞬目をやったが、すぐに食に戻った。

「………」

 ウィズは外に目をやった。

 吹雪は当分止みそうに無かった。


 プランジとリジーは、地下室のドアがあった所辺りのガレキの中に居た。

 隙間を石で塞ぐと気持ちカマクラっぽく、睡眠程度なら何とかなりそうだった。

 それでも二人は、身体を寄せて温め合っていた。

「プランジ……まだ起きてる?」

「うん」

「言い忘れてたけどーーこれ」

 と言って差し出したのは、例の古ぼけた絵本だった。

「ああーー中は何だった?」

「それがねぇ……」

 プランジは、絵本を開いた。

 手書き風な絵と字で、今まで見た覚えは無かった。

中はこうだったーーー




 ーーーーーとあるところに、とあるふしぎなホシがありました。


 そこには、とある青年と、小さなネコが住んでいました。


 そこは走れば一日で一周できるほどの小さなホシで、

 彼らは気づいたときからそこに住んでいました。




 そこにはたかい塔が建っていて、中には数えきれないほどの部屋が

 ありました。


 中にはたまに食料があったり、服や本や映像でぃすくがあったり、

 からっぽだったりするのです。



 青年は、なんどか部屋の数を数えようとしたのですが、何日歩いて

 も走ってもいっこうに先が見えないので、けっきょくまだ数えきれ

 ていません。


 なので、ふだんはその中のひとつを使ってくらしています。




 青年はものを作るのが好きでした。


 ネコのねどこだったり、絵だったり、彫りものだったり。



 あと、青年は体を動かすのが好きでした。


 飛んだり跳ねたり、かけっこしたり。


 ホシを走ってどれだけ早く一周できるか、ためしたことも何度かある

 のです。



 いっしょにいるネコはアメリカンショートヘア。

 このホシで青年にひろわれ、以来なついています。


 と言ってもネコなので常にベッタリというわけではありませんが。



 そんな感じで、

 時にケンカしたりなかなおりしたりしながら、二人はくらしていました。




 ところで、このホシには、ときどきいんせきが落ちて来ます。


 くうちゅうでもえつきる、キレイなながれ星のときもありますが、

 たまに地面まで落ちてくることもあります。



 青年はそれらを時によけたり、パンチでくだこうとして大ケガを

 おってみたり、せっかく作った彫刻をこわされてがっかりしたり

 しながら、それでもめげずにくらしているのです。




 ところでもう一つ、このホシにはふしぎなことがありました。


 二人がくらしている塔はふだんはとある平原に建っているのですが、

 寝て起きると、たまに崖の上に建っていたりするのです。


 また次の時は砂漠のどまん中。

 また次の時は真っ白な雪山の中。

 ふかい海の底だったり、たかい雲の上だったこともあります。



 その時々でたいへんはたいへんなのですが、

 もう二人にはなれっこなのでした。




 ある時、二人は遠くに落ちるいんせきを見ました。


 行ってみると、じめんにあいた穴のそばに、一人の女の子がたおれ

 ていました。



 二人とも、今までそんなことは無かったのでびっくりです。


 でも青年は、女の子のことは本や映像でぃすくで見たことがあるの

 で、声をかけました。


「こんにちは」


 女の子は答えました。「こんにちは。ここはどこ?」


 青年は答えます。「う~ん、ぼくのホシ・・かな」


「そうなんだ・・パパとママは?」


「えっと・・今はいない、かな」


「いや、あたしの」


「あ、そっか・・・やっぱいない、かな」


「そうなんだ」




 その後なんにちかのあいだ、青年と少女はホシで遊びました。


 雪山で雪合戦したり、山林で虫を取ったり、海辺で泳いだり、キャンプ

 したり。




 そんなことは初めてで、青年はとても楽しかったのです。




 ところがある日、青年と女の子が遊んでいると、

 突然女の子の体が光りはじめました。


 青年はおどろきましたが、どうすることも出来ません。


 女の子もふしぎそうな顔をしていましたが、

 女の子の体は、そのまま消えてしまったのです。


 辺りじゅう探しましたが、女の子はもちろんどこにもいません。


 あまりに突然のことだったので、青年はさよならも言えませんでした。




 青年は少し変なきぶんでした。


 今まではネコと二人、普通に楽しくくらしていたのに、

 とたんに寂しい気がしてきたのです。




 そんな青年を見て、ネコは少し心配でした。


 側によりそって、指をなめてあげます。


「(ボクがいるよ)」




 なんにちか落ちこんでから、青年はすこしだけ元気になりました。


 何かしたかったので、ひさしぶりに数えきれない部屋を数えにいく

 ことにしました。

 今度は、一週間ぶん以上の水と食べ物をもって出かけました。


 もちろんネコもいっしょです。




 おもったとおり、なんにちも走りましたが、いっこうに先は見えません。

 ネコもはじめはいっしょに走っていましたが、そのうち疲れて青年

 のリュックにもぐりこんでしまいました。


 そのうち食べ物もなくなり、トボトボと歩きはじめた青年に、ネコは

 声をかけました。


「もう帰ろうよ」




 青年は、こんどだけは先を見たかったのですが、

 仕方ありません。


 だけど、もう帰りの分の食べ物も食べてしまい、

 今引き返してももどれるかどうか分からないのです。


 あるていど来てからはどの部屋も空っぽなのは

 今までのことで分かっているので、

 ふだんのように食べ物の部屋を見つけられる可能性もありません。



 青年は少し後悔しました。


 自分だけならまだしも、ネコまでつれて来てしまった。


 せめてこいつだけは助けなきゃ。


 青年は疲れた体を引きずって、元来た方へ歩きはじめました。




 その時です。


 すごい音とともに、そばの壁がばくはつするようにこわれ、

 青年とネコは危うくがれきに飲まれそうになりました。


 ゆれが収まってからおそるおそる顔をあげると、

 おそらくいんせきがあけたであろう穴が、外にまで続いていました。


 青年は、いつもはめいわくな存在だったいんせきに感謝しました。


「ありがとう」





 こうして二人は助かりました。


 外に出てみると、とてもいい天気でした。



 壁にあいた穴は、なぜかまた次の日には消えていました。


 このホシではそんなことはもうなれっこだったので、

 もう二人とも気にはしません。




 それよりも、青年はいんせきのことを考えていました。


 助けてくれたのもそうだし、

 考えてみれば、女の子に会わせてくれたのもいんせきだったのです。


 そりゃあ今までもたいへんだったけど、

 実はその時々で、何かしてくれていたんじゃないか?



 いやそれよりも、このホシじたいが、

 ずっと自分たちに何かしてくれていたんじゃないか?




 そうしてしばらく、時がたちました。


 その後、いんせきが落ちた後には、時々

 色んな人がホシにやってくるようになりました。

 

 時に男の子だったり、女性だったり、虫や魚だったり、

 モヤモヤとした得体の知れないものだったり。



 仲よくなったり、遊んだり、ケンカしたり、触れ合ったり。




 みんな青年に何か今までとは違うかんかくをもたらしては

 帰って行きます。


 さびしさはあるけれど、青年はそんな出会いが

 だんだん楽しくなってきました。



 そんなようすを、

 ネコは今日も目を細めて見ているのでした。



         お し ま い 。






「これ……」

 プランジは目を見張った。

「ね。プランジの事かな」

「さぁ……リジー達が来る前に、女の子は一人来てたけどーーだいぶ年齢が違うね」

「無限の部屋で遭難っていうのは?」

「何度か死にかけたことはあるけど、隕石で穴って言うのは覚えてない……と思う」

「フーン……」

 そしてリジーは黙った。

「………」

 プランジはそっと絵本を閉じて眺めた。

 この絵本は……手書きの様だが、誰が描いたのか?

 まさか自分で描いていて忘れてる、なんてことがあるのだろうか?

 いやいや、見たトコロ自分の絵や文字ではなさそうだ。

 ーーならば誰かがーー?

 自分の事を、見ていた人が居る?

 それとも、自分と同じ様な経験をした誰かが居た?

 ーーそれでもやはり、これは自分の忘れた幼少時代のことなのだろうか?


「……寒っ」

 肩に頭を乗っけていたリジーがブルッと震えた。

 プランジはリジーの後ろに回って、縮こまっている身体を包み込んだ。

「ありがと、温かい」

「うん」

 背中と胸が密着して、先ほどよりはましだった。

 プランジは、今更ながらリジーっていい匂いだな、などと思った。

 リジー達が来る前に一度会った女の子とはだいぶ違う。

 まぁ違う年代と言うか、違う種類のモノなのだとは思うが。

「……ちょっと」

 リジーが低い声を出した。

「何?」

「当たってる」

 プランジはハッとして意識すると、確かにその通りだった。

「ご、ゴメン」

 プランジは赤面して離れようとしたが、リジーは背中で押さえつけた。

「寒いって」

「は、はぁ」

「ま……男の子だからね」

 そう言ってリジーはクスクス笑った。

 プランジは少々釈然としなかったが、救われた様なコッぱずかしい様な、ヘンな

気分だった。

 リジーは思った。

 そっかーー昔のことを忘れてるってことは、既に色々済ませてるのかも知れない

な。


 やがて、リジーは寝入った。

 プランジはしばらく起きていた。

 本当はアチコチ触ってみたかったが、止めておいた。

「………」

 ーー実はプランジは、出る方法を一つ考えついていた。

 『飛ぶ』ことが出来ればーーー。

 だが今まで、それが自分の意志で自在に出来た事は無い。

 いつも、『ヒュー』…あの不思議な緑色の光が何かした時だったと思う。

 絵本が言う様に、これも何かの試練なのだろうか。

 ならば何かを達成した時ーー?

 それはこの場合、何なのだろうか。


「限界かな」

 次の朝。相変わらず外は吹雪いていたが、ウィズは捜索に出る事にした。

「付いてくるか?」

 装備を整えたウィズは冗談めかしてネコに尋ねた。

 ネコはクシャッとくしゃみをしてトコトコと三階の方に上がって行った。

 ウィズは笑って、そして踵を返す。

 二人が見つかるかどうかは分からない。

 だがまぁ、探さなきゃなーーもう少し一緒に、このホシで過ごしても良かった筈

だ。

 ウィズは雪原に踏み出していった。


 リジーは、目を覚ました。

 側にプランジは居なくて、プランジの長Tシャツにカーゴパンツまで掛けられて

いた。

「あれ?」

 そう言えば石の擦れる様な音がしている。

 リジーが石のカマクラから出て行くと、プランジが反対側の隅っこに半円状に石

を積み上げ、その中で石を擦っていた。

「あぁ、おはよ」

 リジーに気づいて声をかけるプランジ。

「……何そのカッコ」

 シャツを羽織ったまま近づくリジー。

 プランジは当然ながら上半身裸で、下半身もパンツにシューズのみだった。

上気した肌からはウッスラと湯気が上がっていて、リジーは少し見とれた。

「あ、お気になさらず」

 プランジは一心に岩を擦っていた。

「何してるの」

「うーん、簡易トイレ、かな」

 見ると、結構な量の砂が中には溜まっていた。

「ネコトイレだ」

「そそ」

 プランジは笑った。


 ウィズは雪原を歩いていた。

 相変わらず生体センサーは半径数メートルしか効きはしない。

 ウィズは当初イエの周りを少しづつ周り、次第に半径を広げて行ったが、ラチが

あかなかった。

 積雪は数メートルに達していた。

 雪崩に巻き込まれた人間の救助でも、ビーコンで取り合えずの場所を確認してか

らでないと無理だ。

 それにーー本当に雪に埋れていたのなら、数時間で人間は息絶える。恐らく体力

自慢のプランジであっても。

 その日、ウィズはイエの周り数キロを探索したが、収穫は無かった。


 ……一日が終わった。

 プランジとリジーはずっと地下室にいた。

 簡易トイレが出来ると、プランジは時々プッシュアップやパルクールで身体を温

めてはリジーを抱きしめたりした。

 そして、二人は色々話をした。

 まず先ほど見たプランジの上半身、大きめの傷がいっぱいあったのに、リジーは

気付いていた。

「これはーー隕石を砕こうとした時のかな」

「あぁ、前に聞いたヤツ」

「身体で跳ね返そうとしたこともあるよ」

「よく死ななかったねぇ」

「ホントにね……」

 傷を触りながら、リジーはプランジの過去を想った。

「ところで、学校は行ってたの?」

 それは、前々から気になっていた質問だった。

「う~ん、ある程度の勉強はしたのかなぁ」

 プランジによると、何故か中高程度の学力はあるらしい。

 記憶が無いので分からないが、学校なりオヤなり独学なり、子供の頃には何かし

らはしていたのだろう。

「謎だらけの男だね」

「そだね……」

 笑ってはいたが、徐々にリジーの体力は落ちている様だった。

 今のうちに何とかしなければーープランジはそう思った。


 次の日、ウィズは反対側の遺跡を目指した。

 直径僅か30キロ程度のホシとは言っても、数メートルの積雪の中、全表面を捜

索するのはムリだ。

 何かあるなら例の遺跡ーーウィズはそう考えていた。

 相変わらず吹雪は収まる気配がなかった。

 部屋で見つけておいた広めのスキーで、クロスカントリー気味に雪原を進むウィ

ズ。

 ネコは例の三階のバルコニーに面した部屋で留守番だった。

 勿論、帰れない時の事も考えて水とゴハンは多めに出してあった。 

「二人を連れて帰るからーー多分」

 出かける前、ウィズは装備を背負ってそうネコに声をかけた。

 ネコは無関心そうだが、ココ数日ははしゃぎ回る事もせずにバルコニーの窓際で

ジッとしていることが多かった。

「………」

 このホシに来るまで、ウィズはペットなど飼ったことは無かった。このホシに来

てからもそんなに相手はしていなかったがーーそうか、みんながハマると言ってい

たのはこういうことか、などとウィズは思った。


 ーーだが、一日かけて着いたモノの、雪に埋もれた遺跡には何も無かった。

 ウィズはソコに一泊して、次の日一日辺りを探したが、何も発見出来なかった。

 途方に暮れたウィズは……トボトボとイエ方向へと、歩き出した。


 ーーあれから、数日が経った。

 食料と水は底をついた。

 リジーは体力の消耗が激しかった。

 プランジは何とか出られる方法が無いかと探しまわったが、徒労に終わった。

 だが、リジーの前では努めて明るく振る舞っていた。

「プランジ……」

「何、リジー」

「今、夜?朝?」

「どうだろうーー多分夜かな」

 天窓は既に雪で塞がり、外の様子は分からなくなっていた。

 今もプランジはリジーを背中から抱きしめて暖めていた。

 既に小水まで使っていたので、もはや簡易トイレは必要なかった。

「ゴメンね、リジー」

「何ーー?」

「何か、全部俺のせいでさ」

「子供が何言ってんの」

「……」

 プランジは寂しそうに笑んだ。

 リジーは身体に力が入らなそうだった。

「もし、このまま死んだとしても……」

「止めてよ」

「男に抱きしめられながらなら、悪くは無いね」

 リジーはそっと微笑んだ。

 それは自嘲でも何でもない、リジーの生来の気風だったろうか。

「………」

 敵わないな、とプランジは思った。

「あ……」

「どした?」

「心残りが、一つあった」

 それは、居なくなった子供の事だろうか。

「ーーそれは?」

「あのモヤモヤーー『ファントム』って……何だろうね?」

 それは、少し意外な答えだった。

「それ?……何だろうねーー」

 リジーは身体をズラして、真近でプランジを見た。

「じゃあ『ヒュー』は?何?……誰?」

「分からないーーでも、多分いるよ」

 プランジも、まっすぐリジーの瞳を見つめて行った。

「……何処かで、会ったことあるの?」

「様な気もする」

 プランジは雪に埋もれてもう外は見えない天窓を見上げた。

「多分、見てるよ」

 なのに、今回は助けてくれない。

 それは何故なのだろうかーー。

 いやソモソモ、その『ヒュー』の行動は、本当にあの絵本の様に、自分を助ける

為のモノだったのか?

 ーー『ヒュー』を認識したのは、ここ半年程の話だった。

 恐らくソレ以前も、自分の事を観ていたーーのだと思う。

 ただそれはーー本当に自分の為では無かったのかも知れない。それはもっと別の

ーー個人の感情とかでは無い何かなのではーー?今更ながら、プランジはそう考え

ていた。


 ウィズは、イエへの帰り道で、ロストした。

「マジかよ」

 この自分が。たった直径30キロ程度のホシで。

 …あり得なかった。

 正しい方向と距離を進んだはずだが、一向にイエは見えなかった。

「……」

 ウィズは立ち止まり、辺りを見回した。

 星も見えない、ドンヨリとした空。 

 相変わらず吹雪いたままだった。

 ただウィズは、微かな違和感を感じていた。

 『………ココは本当にホシなのか?』

 その疑問に行き着いた時、ウィズはハッとした。

 それは、このホシに来て以来初めて感じる感覚だった。

 そう、あのプランジのオヤに会った時ですら、これ程の感覚は無かった。

 身体の計器には全く反応は無い。

 ただ、何かが違うーーウィズの感覚は、そう告げていた。


「リジー!」

 プランジは、呼吸が止まったリジーを抱きかかえて絶叫していた。

「ダメだ!」

 プランジはリジーを寝かせ、心臓マッサージを試みた。

 何処かでやったことがあるのか、何故か妙に手慣れた感覚なのが不思議だったが

今はソレどころでは無かった。

 つい先ほどまで話していたのに。

 いなくなるなんて。

 こんな所で!

 プランジは一心に掌で押し続けた。

 だがーーーリジーの心臓は、動きはしなかった。

「ーーーーーーーーーーーーーーーーーー!」

 プランジは、声にならない叫び声を上げた。

 止めどなく、涙が溢れた。


 イエでは、ネコが何かを感じて丸くなっていた所から起き上がっていた。

 ネコは、まだ吹雪いている外を、瞬きもせず見つめていた。


「?!」

 吹雪が晴れた。

 晴れた、と言うより、吹雪いていた景色が一瞬にして雲一つ無い青空と一面の雪

景色に変わったのだ。

「何だ?」

 ウィズは焦って辺りを見回した。

 朝起きたら変わっていた、なら既に何度も経験しているが、目の前で瞬間に変わ

るのを観たのは初めてだった。

 これはーー?

 そしてその時、ウィズの尋常ならざる耳は、絶叫するプランジの微かな音を捕え

た。

「プランジ!」

 咄嗟にスキャンすると、あれだけ無効だった全身の機能が回復していて、ウィズ

の真下10数メートルのところに生命反応を一つ、そして非常に微弱なもう一つを

捕えた。

 それはーー?!

「リジー!」

 ウィズは素早く背負っていたライフルを爆裂弾に替え、下に向かって連射した。

4発で辺りに大穴が開き、大理石風の石の床に小さな窓があるのが見てとれた。

 駆け降りて覗き込むと、階下にグッタリしているリジーを抱きかかえたプランジ

が居た。

「下がってろ!」

 ウィズは「避けろ」とジェスチャーをしてから左手の掌を当てて振動波で天窓を

破壊した。

 降りようと覗いたがーーその瞬間、何故か下に居たハズのプランジ達が居なくな

っていた。

「?!」

 と、その時ウィズの側に一瞬爽やかな風が吹いたーーそんな気がした。

 ウィズがゆっくりと顔を上げるとーーソコには光を纏ったプランジがリジーを抱

きかかえて、舞い降りていた。

「プランジ……!?」

 それは、フネの中で初めてプランジに会った時と同じ現象だった。

 穴のフチに降り立ったプランジはグシャグシャの顔で言った。

「ウィズ……リジーが」

 ウィズはハッとしてフチまで飛んで、リジーをスキャンした。

「動かないんだーー心臓が」

 確かに心臓は動いていなかったが、ウィズは微かな希望を見いだしていた。

「まだ、可能性はある」

 ウィズは着ていたコートを脱いだ。

 階下の空間はかなり気温が低い。ちょうど仮死状態に近い状態になっていて蘇生

可能かも知れない。何しろ、ココはホシだーー先程までの違和感は何時の間にか消

えうせていた。

 ウィズは敷いたコートにリジーを寝かせ、プランジに手足を擦らせた。

「やるぞ、離れろ!」

 ウィズは左手を当てて、電気ショックを与えた。

 リジーの体がビクンと跳ね上がる。

「ーー?」

 反応は無い。

「ウィズ……!」

 プランジは顔をクシャクシャにしていた。

「もう一度だ!」

 バシッッ。

 リジーの身体が再び跳ねた。

「ーーー」

 ウィズはかがんで呼吸を確かめる。

 まだ、呼吸は戻らなかった。

「ーーー!」

 もう一度試したが、結果は同じだった。

「ーーーーー」

 流石に、ウィズはフッと力が抜けた。

 ガクリと腰を落とす。

 ダメなのかーーー。

 リジーのカオは、冷たく微笑んだままで止まっていた。

 ウィズは恐る恐る、プランジを見た。

「………」

 プランジは、責めたりしなかった。

 この責任は、自分に有るのだと思っていた。

 プランジはリジーを抱き起こし、ゆっくりと抱きしめた。

「ゴメンよ……」

 それは、つぶやく様な声だった。

「………」

 ウィズは、何も言えなかった。

 ただ、救えなかった自分に、失望していた。

 空は、絶望的に青かった。

 その青と白の世界で、二人の男は微動だにしなかった。


「げほっ」

 リジーが小さな咳をした。

「!!」

「リジー!」

 プランジは驚いた。

 先ほどまで冷たかった身体に、温もりが戻りつつあった。

 ウィズも、スキャンしていて突然心拍が戻ったのに心底驚いた。

 完全に死んでいたハズなのに。

「おい!リジー!」

 やがて、リジーはゆっくりと目を開けた。

「あれ……」

 そして自分を抱いているプランジと側のウィズを視認して言った。

「やぁ………死ぬ時には一人だったけど」

「え?」

「生き返ったら二人の男かぁ………こりゃコッチがいいね……」

 まだ力が入らないながら、リジーはフッと笑んだ。

「ったくーーー心配させやがって」

「ホントだよ」

 男二人はようやく笑みが戻った。

「はは……二人ともヒドイカオ」

 プランジはグシャグシャの顔で微笑んだ。

 一応ウィズに確認する。

「ウィズ、リジーもう大丈夫なの」

「あぁ、多分」

「多分かぃ」

 と言ったのはリジーだった。

 いつものリジーとウィズの受け答えだった。

「その様子なら、大丈夫だ」

「ねぇ……あれ」

 リジーがゆっくりと手を挙げた。

「ん……」

「え」

 二人が見上げるとーーそこには、いつの間にかイエが見えていた。

 3人が居た場所は、いつものイエの前の一本道辺りだった。

「マジかよ……」

 ウィズがふと穴の下を観ると、先ほどあった天窓は跡形も無く消えていた。

 ただ、大理石風の床ーー一本道の地面が見えているだけだった。

「これはーー?」

 ウィズは一瞬混乱したが、いつものホシの所作だなと妙に納得した。

「………」

 ウィズは、フッとタメ息をついた。

「ま……これで帰れるな」

「ね…」

「あ!」

 プランジが声を上げた。

「ネコは?」

「………?」

 リジーもウィズを見る。

 ウィズは苦笑して言った。

「一週間分くらい水食糧は置いて来たが……さて、何日経ってるかな」

「えー」

「動物は強いんだ、そう簡単に死にはしないさ」

「まぁ…、実は俺と一緒にその位断食になったコトもあるけどね」

 プランジはコトモナゲに言った。

「マジかよ」

「へぇ……ところで、アタシもお腹空いたな」

「あ、そうか」

 ウィズはわずかに残っていた固形食料と水を渡してやった。

「………」

 ゆっくりと咀嚼するリジー。その様子を、プランジもウィズも、暖かい気持ちで

見つめていた。いなくならなくて、本当に良かったーー。

 やがて、ウィズとプランジは立ち上がった。

「さて、帰るか」

「うん」

「ン」

 ウィズはまだモグモグしているリジーを抱え上げ、歩き出した。

 プランジも残った荷物をまとめて歩き出す。

 白と青とイエの世界は、もう絶望の景色では無かった。


 イエの3階では、少し痩せたネコが、3人の帰りを待っていた。 既に積雪は2

階辺りまで来ていて、逆光の中、歩いてくる3人のシルエットは水平線上にキレイ

に見えていた。


 ーーネコは、ウィズが最後に捜索に出てからしばらく、イエに一人でいた。ゴハ

ンが無いのは少し困ったが、自分一人分の水程度なら雪原から何とか確保出来てい

た。

 それよりもネコは、プランジとリジーのことがずっと気になっていた。あの時ー

ーリジーが自分の下からあの絵本を取り上げた時ーーネコにしか見えないあの小さ

な光のプランジ、『ヒュー』はいつの間にか現れて、興味深そうに眺めていた。そ

してプランジとリジーがイエから突然消えた時は、少し驚いた様子を見せていた。

ネコが見ると、『ヒュー』はあらぬ方に目をやり、すっと壁から離れていつものバ

ルコニーへと向かった。そうして窓からイエの外を探している様だった。ついて来

たネコも同じ様に外を覗いたが、これまでと違い『ヒュー』が側にいてもこのホシ

の何処かにいるであろうプランジたちの気配が感じ取れなかった。今回に限って何

故なのだろうか?それでも『ヒュー』は何かを感じている様だった。ネコはその様

子から、プランジとリジーがとりあえず無事なのだと理解した。

 数日経っても、様子は変わらなかった。相変わらず外は吹雪いていて、何度か探

しに出たウィズも空振りで戻って来ていた。ネコは思った。こうして自分には感じ

取れないと言うことはーープランジたちはこのホシにはいないということではない

だろうか?このホシでは無い別世界…そこにいるのを、『ヒュー』は分かっている

のだーー。なのに何もしないと言うことは、『ヒュー』にもどうにも出来ない場所

だということなのか?

 そして今日、ネコは、またバルコニーの窓際でじっと『ヒュー』を見つめていた。

それほどの場所に、プランジたちはいるーー出来れば『ヒュー』に何とかして欲し

かった。そうしてずっと見つめていると、そのうちに『ヒュー』はフッとネコと目

を合わせたーーネコは、その瞳がプランジと同じ様に緑色をしているのに今更なが

ら気がついた。…その時、『ヒュー』はハッと顔を上げた。ネコも同時に、何かを

感じた。雪原を歩いているウィズの気配が突然消えたーーいや、消えたのではなく、

ホシが別世界と繋がって違う反応になった感じだった。同時に微かなプランジとリ

ジーの気配が感じられた。しかもリジーの感覚は消えつつあった。あぁウィズ、そ

のすぐ近くにプランジたちがいるのにーーとネコが思った時、ハッキリと聴こえた

プランジの咆哮。ネコがハッと見ると、『ヒュー』はそれに合わせていつものよう

にキッとした表情で口笛を吹く様な口になっていた。ヒュッ、と息を吐くのに合わ

せてホシは一瞬緑色に光った。それは前に光の柱から出る輪でホシが姿を変えた時

と同じ感覚だった。それによって吹雪は一瞬にして取り払われ、キレイな青空が広

がった。そしてホシはーープランジたちがいた別世界と統合され、プランジたちの

気配はハッキリと感じ取れる様になったのだった。

 そして『ヒュー』はもう一度ヒュッ、とやった。その時、プランジはリジーを抱

えて『飛び』、3人は再会出来たのだ。リジーを蘇生させる時も、『ヒュー』はそ

の様子をじっと観ていた。ネコは本当にリジーが死んだのかと思ってハラハラして

いたが、『ヒュー』は期待を込めた感じで観ていた。そして、リジーはようやく蘇

生したのだった。

 …ネコは、不思議に思っていた。『ヒュー』にも出来ないことがある。それは分

かる。そして、今回プランジたちが行った別世界とは何なのだーー。ネコは、この

ホシをプランジの世界だと思っていた。そこから出るということは、一体どういう

ことなのだろうか?それはまだ、今のネコには想像出来ないことだった。

 やがて『ヒュー』は笑顔で消えた。また新たな謎を残して。


 ネコは、窓の外に目を向けた。そのまん丸な緑色の目には、キラキラとしたダイ

ヤモンドダストが映って輝いていた。

 プランジたちは、ゆっくりと戻って来つつあった。

 プランジとウィズが両側からリジーを支え、その顔には笑顔も見えている。

 ネコは、色々あったけど、ようやくまた日常が戻ってくるかなーーなどと思って

いた。

 ーーでもまずは、ゴハン。

 そう思いながら、ネコは眩しそうに目を閉じて丸くなった。



ーーその頃、何処かに有る、とある地下室で。

 置き忘れられた絵本は、そっと佇んでいた。

 遠くで、雪が落ちる音が聴こえていた。



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