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6「Accident」

今回はホシはずっと続く豪雨で、やって来るのは事故にあった黒人少年です。

彼には守る筈だった妹がいて…って話です。


 遠く離れた宇宙の片隅にあるホシ。

 そこには、青年とネコがたった二人で住んでいた。


 ホシに二人の男女がやって来てから、半年程が経っていた。

 ホシはその時々で姿を変えるが、彼らはその時々でソレに対処しつつ生きていた。


 そして、このホシに降る流星と共に来る謎の緑の光『ヒュー』は

 今日もまた、ホシに誰かを連れて来る。





 その日ーーと言うより既に一週間、直径僅か30キロ程のそのホシは、土砂降り

のままだった。

 気象学的におかしいのは分かっていたが、本当にホシの全てが雲に覆われていた。

 青年:プランジは、雨の中その有り余る体力で何度かホシを一周し、ソレを確か

めていた。

 勿論、同時に確認出来るのはイエとプランジ周りだけで、何処かに晴れ間の一つ

もあったのかもしれないが。

「よく降るねぇ」

 旧インド系の30代の女性リジーは、外で洗濯物が干せないこともあって少し気

分が滅入りガチだった。と言っても、3人とネコが住む巨大な塔:通称イエには広

大な空間が幾つかあり、普通に洗濯物を干す位なら特に困りはしなかったのだが。

 今もリジーと旧ゲルマン系の20後半の男:ウィズはリビングーーと言ってもち

ょっとした運動場位はあるスペースにポツンとあるアイランドキッチンと大きな四

角いベンチが有るだけの場所で、お茶の時間を過ごしていた。

 ウィズは遠く高い天窓を流れる雨を観ながら言った。

「この水は、何処から来て何処へ行くのかな」

「…哲学的だねぇ」

 ウィズは苦笑した。勿論そんなつもりでは無く物理的な話だった。

 確かに、川らしい川が無いこのホシではこういう時の排水系がどうなっているの

かはナゾだった。もっとも、このホシは寝て起きたら様子が変わっているコトがよ

くあって、辺り一面湖なコトも砂漠のコトも有るのでいちいち気にしてはいられな

かった。

 目下のところ、水や食料その他はイエの中にある無限に部屋が連なっている場所

から時々手に入るので問題は無い。イエの中で生活は何とか成り立っている。ホシ

の外からの助けはーー現時点では来ない様だ。

 なのでもしも脱出のキーとなるとしたら…謎の緑の光『ヒュー』と、謎のモヤモ

ヤ『ファントム』の存在といったところだろうか。

「………」

 ウィズはそっとチタンのコップを撫でた。

 ーーウィズとリジーが来るまで、プランジとネコはこのホシで2人だけで住んで

いたらしい。小さい頃の記憶は無い。ある時気づいたら、ココに居たという。

 以前ウィズはこのホシで、プランジの両親らしき人たちと出会っていた。それは

夢とも現実ともつかぬ世界でのコトだったが、その時にプランジの父親(?)が言っ

た言葉の意味は、未だ分かっていない。

 その後プランジにもそのことはそれとなく伝えてはみたが、やはり決定的なコト

は何も覚えていなかった。結局ーー自分たちはこのホシについて何も分かっては

いないのだ。今更ながら、ウィズとリジーは何処か無力感を感じていた。

 とは言え、思いがけず訪れた長い休暇にリラックスした様な、妙な焦燥感の様な、

ドッチつかずな気分もあるのだった。


 プランジは、映写室ーー文字通りプロジェクター的なモノでディスクの映像を観

る場所だったがーーで、古い映画を観ていた。イエにはモニター的なモノは一切無

く、どうしても必要な場所には投影式のモノが備わっていた。

 その日の映画はサスペンスらしく、白黒の暗めの画面内ではホシと同じく雨が降

っている中、ヒロインがナゾの仮面の悪役に襲われていた。

 長年無限の部屋から無記名のディスクを探してきては再生しているのだが、何故

か同じ映画に当たるコトは無かった。

 プランジはソファに腰掛け、ネコは広い肘掛けの上でプランジの腕にアゴを乗せ

て寝付いていた。彼はこうして時間を過ごすのも、彫刻や絵やパルクール(周りにあ

るモノを利用した移動術)に没頭しているのと同じ位好きだった。

 それは、自分の知らない事や場所や世界や言い回しなどに接することが出来るか

らだろうか。

 プランジは時折ネコの頭を撫でたりしながら、画面に見入っていた。

 外は、ずっと土砂降りのままだった。


   *   *


 ーー土砂降りの街の中を、アフリカ系の少年が走っていた。

 年は10代前半と言った所か。裸足で、粗末なTシャツに短パンだった。古い革

のバッグを斜めがけにしていた。 

 少年は、何かに追われていた。

 苦しい呼吸の中、少年は走りながら後ろを振り返る。

 その先にはーー車の様な形をした黒々とした物体がいた。ヘッドランプらしき一

対の光以外はよく分からない。雨しぶきに覆われてよく形は見えなかったが、ピッ

クアップトラック位の大きさはあった。それが、少年に向けてドンドン迫って来て

いた。

 少年は叫び声を上げて、より強く腕を振った。

 周りは、旧アメリカの片田舎と言った感じだった。

 両側には一軒家が建ち並び、各家庭に明かりが灯っているが、誰も外を覗く者は

いない。

 人通りも、走る車も他にはいなかった。

 遠くで、銃声がした様な気がする。それは土砂降りの豪雨にかき消されていてハ

ッキリとは聞こえなかった。

 少年は間近に迫るその物体をスンデの所で横に跳んで避けた。

 その黒い物体は急ブレーキの様なけたたましい音を立てて止まり、素早く起き上

がって走り出した少年をまたも追い始めた。

「!」

 少年はモツレそうになる足を何とか押さえこみ、次の大通りへと向かった。

 雨は相変わらず激しく降っていた。

 信号は赤だったが、止まっている暇は無かった。

 ヘッドライトの航跡は見えなかった。

 少年は大通りに飛び出した。

 途端に、数々の急ブレーキ音が周り中から沸き上がりーー少年はビクッと立ちす

くんだ。

 迫る巨大なライト。

 少年は四方八方からその光に照らされてーー大音響とともに、消えた。


   *   *


「ーー!」

 プランジは映写室でふと振り返った。

 画面では、主人公の女性が先程仮面の男から助けてくれた男性といよいよベッド

インかというトコロだった。

 プランジは手元に浮かんだ画面を触って再生を止めて窓の方へと向かった。

 暗転していた窓を脇にあるパーツで元に戻す。ドシャ降りの外の景色と共に、雨

がイエを叩く音が帰ってきた。

「………」

 外は10メートル先も見えなかった。

「ニャ」

 ネコがポトポトとやって来て、器用にプランジの肩に乗った。

 見ると、ネコの目がまん丸でキレイな緑色のビー玉の様だった。

「ん!」

 プランジはまた外へ目を移した。

 確かに、何かが聞こえた様だった。

 そして、いつものあの感じーー『ヒュー』の感覚も、何処かで感じていた。

「ウィズ!リジー!」

 プランジは肩にネコを乗せたままドアを開け、階下へと向かった。


 十数分後、ウィズとプランジはイエ近くの一本道であるモノを見つけた。

 倒れて気を失っている旧アフリカ系の少年と、衝突して引っ繰り返っている2台

の車だった。

 少年はカスリ傷程度だった。

 大破した車には何故か誰も居ない。他に放り出された人間もいなさそうだった。

「プランジ、こいつを連れて帰るぞ!」

 軍用のポンチョに身を包んだウィズは少年を抱え、声が雨にかき消されない様に

怒鳴った。プランジはいつもの洗いざらしシャツにカーゴパンツだったので既にズ

ブ濡れだったが、辺りをボーッと観察し続けていた。『ヒュー』の気配がある様な

無い様な、不思議な感じだったからだ。辺りは特に隕石が落ちた風では無かった。

そして、プランジにはこの大きめの機械…車は、映像の中でしか観たコトの無いモ

ノだった。

「プランジ!」

「あ…あぁ!」

 プランジは後ろ髪を引かれつつ、雨の中ウィズとイエ路についた。


 イエに戻ったウィズは、まず少年の体を拭いてリビングのベンチに寝かせた。少

年は気を失っていて、肩からかけた革のバッグの肩ひもを固く握りしめたままだっ

た。

 蒼いワンピース姿のリジーが眉をひそめた。

「あーあぁ、床が濡れる」

「ポンチョをカタして来る。そいつを頼む」

「あいよ」

「……何か寒気がする」

 プランジはまだ髪から雫をポタポタ垂らしながら言った。

「そんなに濡れて、バカじゃ無いの」

「オカシイな……今までこんなコト無かったんだけど」

 言いながらプランジは少年の隣に寝そべった。

 濡れるのがイヤでついて行かなかったネコは、散った飛沫に顔をしかめてタタッ

と降りて不満そうな顔をした。

「熱いシャワーでも浴びてくれば?」

 リジーは声をかけながらとりあえず暖かいスープなど作っていた。

「どうだ?」

 ウィズが戻って来て言った。

「気を失ってるだけみたい……何があったの?」

 ウィズは差し出されたコーヒーを受け取ってベンチの前まで行って少年を覗き込

む。

「交通事故って感じかな。観たところ70年型シボレーと90年型ダッジがお互い

コイツをよけようとしてぶつかったーーとか」

「何年型の何って?」

 ウィズが苦笑して答えた。

「まだ車が化石燃料の内燃機関で動いてた頃のヤツ」

「へぇ……それがまた何でココに?」

「このホシで、ソレを聞くか」

「まぁね……」

 ウィズは残ったコーヒーを一口飲み干してから言った。

「とりあえず後で車を調べてみる。使えるパーツもあるかもだし」

 残っていれば、だがーーとウィズは思っていた。


 果たして、それは現実だった。

 雨の中今度は重装備で再び外に出たウィズがいくら探しても、あったハズの2つ

の車体は影も形も無かった。

「……マジかよ」

 破片の一つも見つからず、ウィズはキビスを返した。

 一本道は、雨に叩かれてキレイに飛沫を上げていた。


 帰ってきたウィズは少年が肩にかけていたバッグを漁ってみた。

 少年は相変わらず目を覚ましていないが。

 いない間にリジーが着替えとか予備の枕とか毛布を少年に与えていた。

 荷物の中には、例によって名前や出身地名などを示すモノは無かった。何故か汚

れた女の子の人形がある位だった。

「……ヤッパリ車無くなってた訳?」

洗濯を済ませて来たリジーが言った。

「あぁ」

「よく無いね~、人の荷物漁るのは」

「まぁな…」

 ウィズは悪びれもせずにカバンを元に戻した。

 リジーはサッサと洗濯物を干し始めた。

「でそっちも、いつも通り?」

「残念ながら」

「そっか……」

 リジーは黙って作業に集中することにした。

「ん……」

 そのまま寝込んでいたプランジが横になったまま呻いた。

 ウィズが見ると、少しうなされている様だった。スキャンすると、熱があった。

「おい、ココで寝ない方が良いぞ」

「む~」

「…仕方ないな」

 ウィズはプランジを抱え起こした。

 ネコはいつの間にか少年の方に寄っかかっていて少し目を開けたが、また寝入っ

てしまった。

「結構重いな」

「筋肉結構あるしね」

「んあ…」

 ウィズはプランジの肩を抱え、部屋に向かう。

「あ、コレ噛んどきな」

 行きがけにリジーが例のガム型の風邪薬をプランジの口に押し込んだ。

「寝る前には出しなよ」

「ふぁい」

 まだ意識はある様だった。


「ちゃんと着替えさせた?」

 戻って来たウィズに、リジーは話しかけた。

「脱がせて水気は吹いた」

「へぇ」

 ウィズは少年が寝ている広めのベンチの端に腰掛けた。

「こいつは、起きる気配無いな」

 ウィズは既に自分の左目でスキャンして、致命的な損傷など無いコトを確認して

いた。

 本当に、ただ眠っているだけの様だった。

「……思ったんだけどさ」

 リジーが側に来て座った。

「ん」

「モシモよ?このホシに来た人がこうやって目覚めなかったり、あるいは死んだり

したらーー」

「割と不謹慎だな」

 ウィズは少年の顔を伺いながら苦笑して言った。

 リジーは少し笑ったが小声になりーー

「それは…どうなる訳?」

「どうとは」

「だからさ、それは帰れなくなるの?それとも意識だけ帰るとか?」

「…どうだろ」

「ーー意外と、突破口だと思わない?」

 リジーは割と冗談半分で言ったが、ウィズはその中に少し真剣な部分を感じてい

た。

「……そんなに帰りたいのか」

リジーは後ろに手をついて、雨が流れている天窓を眺めた。

「ーー分かんないけどねーー」

 ウィズは、そんなリジーをそっと見つめる。

 時々こういう表情を見せるリジー。そう言う時、ウィズは何と声をかければ良い

のだろうといつも思っていた。

 少し間を空けて、つぶやく様にウィズは言った。

「そもそも、このホシが別世界とかって言う前提が何なんだが」

「…うん」

 リジーは視線を動かさずに答えた。

「ちょっとした実験、位ならーー出来るかも」

「ーー!?どゆこと」

 流石にリジーは驚いた顔でウィズを向いた。

 その時、ネコがピクリと耳を動かして一瞬目を開けたが、二人は気付かなかった。

 少年は相変わらずピクリともしていない。

「仮死状態になら、出来なくはない」

 ウィズは左手の平を見せた。

 そこには、例の振動波のメタル部分があった。


   *   *


 ーープランジは、悪夢を観ていた。

 そこは、黒い空間だった。

 立っている場所は、ホシだと思う。

 それは何故か分かった。

 だが地面はよく見えなかった。

 空も地平線も見えなかった。

 そして、ソコにはイエすら無かった。

 ネコも、ウィズもリジーも居なかった。

 また、独りなのかーー。

 それはプランジが何処かで恐れていたコトだった。

 プランジは立って居られず、何かを振り切るかの様に走り出した。


 少年もまた、走っていた。

 そこは、白っぽい空間だった。

 少年は裸足で、バッグを背負っていた。何故か見覚えの無い大きなTシャツを着

ていた。

 またしても、少年は追われていた。

 ーー何故だろう?

 その黒っぽいモヤモヤは、車のヘッドライトの様な目の様な、二つの光を放ちな

がら少年に迫ってくる。

 周りには隠れるようなモノは何も無かった。

 ーー追いつかれる!

 少年は既に息絶え絶えだったが、死にものぐるいで走っていた。


   *   *


「あの子は、大丈夫?」

「あぁ、そのうち目を覚ますだろ」

 リジーの赤い部屋に移動して、ウィズはベッドに寝かせたイジーの側に座ってい

た。

「……じゃ」

「もう一回言っておくが」

「何?」

「全く危険が無いとは言えないんだぞ」

「分かってるって。で、ちゃんと戻せるんでしょうね」

「一応、慣れてはいる」

「一応……?」

 ウィズの左手のメタル部分は振動波を発生させるだけではなく、AED的に電気シ

ョックを与える事が出来た。それは勿論自在に調整が効き、救急用にも戦闘中の至

近距離での攻撃にも使えるモノだった。

 ウィズが言った方法とは、それを応用して一度気を失わせて、その後戻そうと言

うモノだった。そう言えば昔の映画でそんなのがあったっけーーあれは過去の自分

と会ったりしたんだったか?だがもし、何処か間違えて戻せなくなったら?いや、

自分のミスでは無くても、このホシでのことだ。何が起こるかは分からない。

 それは全て説明したのだがーーそれでもやるというイジーの感情を、今は優先し

てやりたい気分だった。

 リジー自身も、自分がかなりムチャをしている事は分かっていた。

 それでも、今は何かしなければという思いで一杯だった。この雨の中、ずっと何

かに閉じ込込められているかの様な、この鬱屈を。何も分からないと言うこの状況

を。

 そしてひょっとしたら、久しく会っていないあの子にまたーー。

「……やってみるか」

「了解」

 リジーは正面からウィズの茶色い瞳を観て頷いた。


   *   *


 ーー少年は、いつの間にかとある道端に立っていた。

 それは、かつて見たコトがある風景。土砂降りの中だった。

 少年の傍には、まだ幼い女の子が居た。少年は右手でスーパーの大きな紙袋を抱

え、左手で女の子の手を握っていた。

 これはーー誰だっけ。

 ただ、何か急いでいたような気がする。

 片手で人形を抱えた女の子の手を引いてーーそうだ、彼女は妹だ!

 イヤな予感がした。

 少年と少女は急いでいた。

 二人は角を曲がろうとしていた。

 その様子を上から見ていた少年は、胸騒ぎがしてミゾオチ辺りのシャツをグッと

握る。

 ダメだ、そっちへ行ってはーー。

 少年の息は荒くなっていた。

 走っていた二人は角を曲がって車道を横切ろうとした。

 その瞬間ーー辺りは閃光に包まれ、少年はハッと目を見開いた。

 途端に辺りが暗くなりーー鉄と鉄がぶつかった様な大音響と悲鳴が響いた。

 少年は叫び声を上げながらガクと膝を付き、仰向けに倒れていった。


 …リジーは、誰もいない麦畑を歩いていた。

 穂が風になびいていた。 

 コレはーー何処かで観た風景だった。

 何処か懐かしい、それでいて何処か不安な。

 アレ?それはーーホシで常々感じていることでは無かったか?

 ーー分からない。

 リジーは足元を見つめた。

 揺れる穂の向こうに見える自分の足。何故か素足だった。

 リジーは丈の長い白いワンピースをなびかせて、ゆっくりと歩き出した。


 少年は、気付くと暗い道路に立っていた。

 周りは何も無い暗い空間。

 一本道だけが前後に伸びていた。

「………」

 さっきの光景は、何だったのだろうか。

 アレは、本当に自分に起こった事なのだろうか?

 少年は肩からかけた革のバッグをギュッと握りしめた。

 遠くで、微かにゴォーッと音が聴こえた。

「………?」

 少年は、ユックリと目を凝らした。

 道の遥か向こうから、何かがやってきている様だった。

「……!」

 それは、あのヘッドライトを点けた黒いモヤモヤだった。


「ん!」

 プランジは何かが聴こえた様な気がして立ち止まった。

 まだ息が荒い。

 長い長い、時間が経った様な気がしていた。

 いつの間にか、黒い空間は白い空間へと変貌していた。うっすらと、一本道の様

なものが見えている。

 そして、プランジは実感していた。

 力の限り走る事で、何処か取り戻したモノ。

 絶望的な不安の中で、確かに残っている、自分のモノ。

 それは長年鍛えて来た、自分の身体が自分の意志で動くと言う紛れも無い感覚。

「フンッッ!」

 プランジは、また走り出した。

 誰か、何かがこの先にいるーーそんな気がしていた。


「!」

 麦畑の穂の向こうで、小さな麦わら帽子が一瞬見えて、また消えた。

 あれはーー会いたかった、あの子?

 リジーは、早足でソチラへと向かう。

 麦畑を抜けると、ソコには一本道があった。

 緩やかに風が吹いていた。

 リジーはゆっくりと左右を見渡す。

 誰の気配も無かった。

 でもーー。

 いつか、こんな日があった様な気がする。

 それは穏やかな日で。

 リジーは、何故か笑んでいた。

 あぁ、こんな日々が、かつて自分にもあったハズ。 

 リジーは気配にゆっくり振り向いた。

 道端の稲穂の中から、麦わら帽子を被った男の子が顔を出してリジーに笑いかけ

た。

 その顔は陰に隠れてよく見えなかったが、リジーは確信していた。


 少年は追われていた。

 一本道以外の場所は暗く落ち込み、何故か透明なバリヤでもあるかの様にそれ以

上は行けなかった。

 黒いモヤモヤの目はランランと輝き、今にも少年を飲み込もうとしていた。

 走りながら、少年は思った。

 これはーーそう、罰だ。

 妹を巻き込んで、救えなかった自分へ。

 ノウノウと生きながらえてしまった自分への。

 なのに何故ーー自分はこうして走っているのだろう。

 あの事故の場面が何度もフラッシュバックした。

 宙に舞った妹の人形の映像が焼き付いて離れない。

 ーーそうだ、せめてこの人形を、母親に届けなければ。

 少年は泣きじゃくっていた。

 涙と鼻水でグシャグシャになりながら、息も絶え絶えだったが人形が入っている

カバンは離さなかった。


 プランジの視界は、ハッキリとしていた。

 先程とは何かが違った。

 白い一本道だけの空間をドンドン走って行くと、その先に得体の知れないモヤモ

ヤが見えて来た。

 ーー『ファントム』か?!

 だがそのモヤモヤは、こちらに向かって来るでも無くその場に停滞している様だ

った。

 プランジはやがて気づいた。

 いやーー、一本道を同じ方向に走っている?!

 プランジはキッと行く先を見据え、十歩ほど三段跳びの要領で大股で跳躍して呼

吸を整えてからトップスピードで走り出した。

 いいだろう。今日こそは、その正体をーー。

 走るに連れ、風景にどんどん色が着いていくようだった。


 リジーは、麦わら帽子の少年に笑って手を振った。

 何時の間にか周りの麦畑は消え、一本道だけが残っていた。

 少年の顔はヤッパリよくは見えなかったが、笑って何か言葉を発した様な気がし

た。

「え?何?」

 麦わら帽子の少年は答えずーーユックリと、後ろを振り返る。

 リジーが視線を上げると、遠くで、走っている少年の様な影がうっすらと見えた。

 かなり遠くだが、こちらに向かって走って来ている様だった。

 あれはーープランジ?

 それともあのアフリカ系の少年?

 リジーがふと目を落とすとーー麦わら帽子の少年は消えていた。

「……?」

 辺りを見回すが、やはりもう何処にも、自分の子供と思しき少年はいなかった。

「………」

 だが、やがてリジーの表情は晴れていった。

 リジーはもう絶望したりはしなかった。

 ーーちゃんと何処かで、生きている。

 そして、いつか。

 そう思えるのだった。

 だからもう、大丈夫。

「……!」

 リジーは、ゆっくりと顔を上げた。


   *   *


 ザーッと降る雨の音が戻って来た。

 少年は、イエのダイニングの四角く広いベンチで目を覚ました。

「……?」

 少年は辺りを見回した。ベンチとアイランドキッチンがある広い空間。勿論見覚

えは無かった。そして見慣れないーー先程まで来ていた大きなTシャツを来ていた。

側にはネコがハコを組んでいて、チラリとこちらに目をやった。

「………」

 少し離れた所には白いシーツが干してあった。自分の服もあるようだ。

「………?」

 ココはどこだろう?だが、誰かが少年に暖かい枕と毛布を与えてくれている。

 少年は毛布を被ったまま立ち上がり、窓の外を眺めた。

 外は、一面の雨。

 土砂降りで何も見えなかった。

「………」

 だが、何かが呼んでいる様な気がした。

 少年は、干してあった自分の服に着替え、ベンチに置いてあった鞄を取って、フ

ラッと外へ歩いて行った。ハラリと毛布が落ちた。

 ネコはその様子をじっと観ていた。


 雨の中、少年はフラフラと歩いた。

 周り中水浸しだったが、口の中はカラカラだった。

 暗くて、もはや昼なのか夜なのか分からなかった。

 やがて少年は、イエの側にある一本道に気付いた。

 ソコに近づくにつれ、少年の鼓動はドンドン早くなった。

 これは、仕方が無い事なのだ。

 今度は、自分がーー。

 激しい雨音の中、ブレーキの軋む音が聴こえた様な気がした。

 見ると、遠くでヘッドライトらしき二つの光が近づいて来ている。

「………」

 歩きながら逆方向を見ると、同じ様に二つの光が近づいて来ていた。

 少年は尚も歩く。

 よろめきつつも、足がようやく一本道にかかった。

 近づいてくる車らしきモノ……それは両方とも、追いかけて来ていた黒いモヤモ

ヤの様だった。

 ああ、やはりーー。

 少年は確信した。

 荒い息のまま、一本道の真ん中で立ち止まった。

 左右はもう見なかった。

 カバンに震える手を突っ込んで、中でグッと人形を握る。

 もうエンジン音の様な轟音もハッキリと聴こえて来た。

 少年はゆっくりと目を閉じた。


「!?」

 プランジは、ハッと目覚めた。

 ソコは、イエの自分の白い部屋。

 毛布だけ被った、素裸だった。

 何故裸なのかーー?いや、今はソレどころでは無かった。

 あの一本道でモヤモヤに追いつこうとして…何があったのだろう?何かあって、

『飛んだ』感覚はあった。

 キッと窓の外を見るプランジ。

 彼は外の気配を感じていた。

 これはーー『ファントム』?もしくは『ヒュー』?雨のせいか、よく分からなか

った。

 ただ、これだけは何故か分かった。

 あの少年が、危ない!

 例の体の中から沸き上がってくる様な感覚が体にメキメキと走る。

 ーーそして、プランジは側のカーゴパンツを掴んでベッドから飛び出た瞬間ーー

『飛んだ』。

 戸口にやって来たネコは、プランジが『飛んだ』光を目撃してハッとした。


 少年は、目を閉じて最後の瞬間を待っていた。

 両側から迫る轟音と物体の気配。

 あぁ、今度こそ行くよーー。

 ゴメンなさい、母さんーー少年はハッとした。

 母さん?!

 そうだーー人形を、届けないと!

 だが、もう間に合わないーーー

 その時、目を閉じた少年の目に閃光の様な光が見えーー少年はバッと目を開けた。

 目の前の空中に、見慣れぬ青年が裸に布を掴んだだけの状態で緑色の光を纏いつ

つ降りてきていた。

「え?!」


「!!」

 プランジは久しぶりに『飛べた』コトに驚いていた。

 だが目の前の状況を素早く判断し、アフリカ系の少年の側に舞い降りるが早いか、

彼を抱きかかえてジャンプした。

「クッ!」

 二つのモヤモヤがその場で激突したのは、その直後のコトだった。

 大音響と共にその二つのモヤモヤは四散ーーはせずに、その場で一つの塊になっ

て蠢いていた。

 道の脇に転がったプランジと少年は、雨の中ゼエゼエ言いながらそれを見つめて

いた。


 リジーとウィズは、リジーの赤い部屋でハッと気がついた。

「………」

 お互い自分がどうしていたのかすぐには思い出せなかった。

「えっとーーウィズが戻してくれたの?」

 リジーが先に思い出した。

「あーー多分、いや違うかな」

 とウィズは半信半疑で答えた。何故自分も気を失っているのだろうか。そう言え

ばショックを与える時、いつもと違う気がしたがーーそして、何かフワッとした、

それでいて不安な夢を観ていた気がする。

 その時、外で大音響がした。それは車同士がぶつかった様な金属音で、明らかに

イエの前の一本道の、あの少年を見つけた辺りからだった。

 ウィズとリジーはハッと顔を見合わせ、外へと飛び出した。


 ネコは、3階の眺めのいい部屋に陣取って外の様子を見守っていた。

 雨は弱くなりつつあり、対峙しているモヤモヤとプランジ達が視認出来た。

 大きくなったその黒目は、何も見逃さぬ様微動だにしていなかった。


 プランジは、少年を背中側に回し、身構えた。

 流石にカーゴパンツはもう履いていた。

 一つになったモヤモヤは、落ち着きを取り戻した様に見えた。ランランと光るヘ

ッドランプらしきモノは、二対あった。それがモヤモヤの中で不気味に動き、辺り

を照らし出していた。

 それが今、プランジ達を威嚇する様にジリジリと近づきつつあった。

「……」

 少年は、グッとプランジの手を握った。

「どした?」

 プランジはモヤモヤから目を離さずに言った。

「……」

 少年は、自分を守ろうとしている目の前の青年が誰なのかは分からなかった。

 ただ、自分はそこまで守られるべき人間じゃないーーでも、助けて欲しいーーそ

んな相反する思いが渦巻いていたが、何故かうまく言葉に出来なかった。

 だから、一生懸命首を振って表情で訴えた。

「……?」 

 プランジは少年を見つめーーフッと笑顔を作った。

「大丈夫」

 プランジに自信は無かった。

 さて、このモヤモヤとこれだけ相対して、生き残れるかーー。

 だが、ココは何とかしなきゃ。

 このホシは、自分の世界なのだからーーー。

 アレ?自分の世界って?

 そう思った時だった。

 プランジは何かの気配を感じ、ハッと空を見上げた。

 それは、プランジが今までに感じた事のある様な、何か。

 『ヒュー』か?それとも別のーー。

 と、突然空から光の柱が舞い降りた。

 それは緑の『ヒュー』の光ではなく、黄色の様な白い様なフシギな色をした柔ら

かい光だった。

 そう、それはーープランジがリジーやウィズと初めて会った日に、このホシの草

原で見た光の柱に見えた。

「ニャーーーー」

 ネコは、3階のバルコニーで、その光に一人吠えた。

 その光の柱は、正確にプランジ達の目の前の黒いモヤモヤを撃ち抜いていた。

「何あれ!」

 一本道に向かっていたウィズとリジーも、ソレを目撃した。

「!」

 ウィズは持っていたライフルを構えたが、その光はそのまま消えつつある様だっ

た。

「………」

 プランジは、両手で身体を守りつつ、眩しさに目を細めていた。

 少年も、その光の美しさに見入っていた。

 コレは、何かの希望なのか、それともーー。

 その光の中で、モヤモヤは唸り声を上げつつ、やがて消えて行った。

「ーーこれはーー?」

 やがて光の柱も消え、プランジが見ると辺りには少年が現れた時と同じ様に、衝

突したと思しき2台の車が転がっていた。

 プランジは、しゃがみこんでいる少年に目をやった。もう『ファントム』の気配

はしない。

 『ヒュー』の気配も。

 雨は、弱くなってきていた。

「…もう大丈夫だよ」

 少年は、ユックリとプランジを見上げた。

 見知らぬ人だが、助けようとしてくれた。こんな自分を。

 だがヤハリ声が出なかった。

「俺も、昔いっぱい無くしたよ……多分」

 少年はハッとした。

「………」

 少年は涙ぐんで、それでも笑みを作る。

 プランジは、自分でも何故そう言ったのか分からなかった。

 ただ、少年の哀しみは、何故か理解出来た。

「プランジ、今のは?」

 ウィズとリジーがやって来た。

 雨は小降りになりつつあった。

「まさかお前じゃないよな」

「ううん」

 プランジは二人を向いて言った。

「あれは『ヒュー』かーーもしかしたら違うかも」

「何だよソレ」

「あーあ、またそんなに濡れて」

「リジー達もでしょ」

 裸足にカーゴパンツで上半身裸のプランジは屈託無く笑った。

「でももう大丈夫ーー多分」

「ほぅ?」

 苦笑してリジーを見るウィズ。

 リジーは、また少し成長したかのようなプランジの姿を、目を細めて見ていた。


 少年はふと、カバンの中の人形に気付いた。

 取り出して見ると、人形はアチコチ千切れたり破けたりしていた。

 ココまでの状態では無かったハズなのだがーー?

「………?」

 少年は、人形を見つめていた。

 自分のイメージの中で空中に舞った人形は、千切れたりはして無かったハズ。

 ーー何かが引っかかっていた。

 これはーー?

「どした?」

 プランジがしゃがみ込んで優しく話しかけた。

「ーー?」

 やがて、少年は笑みを浮かべた。

「コレーー妹のじゃ無かった」

「あぁ?」

「ん?」

 ポカンとする一同。

「代わりに、引き受けてくれたんだ」

 人形を差し出して見せる少年。

 笑いながら、涙ぐんでいた。

 ウィズとリジーは顔を見合わせる。

「えっとーーどゆこと?」

「誰か通訳」

「………」

 プランジだけは、分かっている様だった。

 イブかる一同を置いて、少年は人形を見つめたまま立ち上がった。

 もう、死のうとは思っていなかった。

 何と無く少年は理解していた。

 ーーまだ、妹なんて居なかったのだ。

 恐らく、コレから生まれて来るのかも。

 でも、母親はいる。

 自分を心配しているハズ。

 会って姿を見せなきゃーーたとえどんな姿であっても。

 少年は、目の前の3人を見た。

 雨の中自分を助け出してくれた男性二人は、何と無く分かった。

 自分に優しく枕と毛布を与えてくれた女の人のコトも多分。

 そして、目の前の青年は、自分を守ろうとしてくれたーー

「ありがとう」

 やっと、声が出た。

「…あぁ」

 プランジは、優しく答えた。もし自分に弟がいたら、こんな感じなのだろうと思

った。

「ちょっと!」

 リジーが声を上げた。

 少年の体が、例によってまた光り始めたからだ。

「……マジかよ」

「え、もう?」

「………」

 プランジは、立ち上がって少年の頭を撫でた。

「……またな」

 少年はプランジを見上げ、力強く頷いた。

「ーーーー」

 リジーは何か言おうとしたが止めておき、一人笑んだ。

 ウィズはそれを見つめていた。

 雨はすっかり止んで、雲の切れ目から天使のハシゴがキレイに伸びていた。

 そして、少年は消えたーー。

 プランジの手には、壊れた人形が残されていた。

 また、3人はホシに取り残されていた。

 ネコは、そんな一同をバルコニーの窓からずっと見つめていた。


 ネコは、今回も『ヒュー』と『ファントム』に出会っていた。

 最初にプランジの肩に乗って映写室の窓から観たのは、『ヒュー』…小さな光の

プランジの姿だった。その向こうで、走っているアフリカ系の少年と2台の車の衝

突が起きた。少年は激突寸前に消え、少し離れた所で倒れていた。一瞬少年も『飛

んだ』のか?とネコは目を凝らしたが、土砂降りの雨に隠れて見えなかった。何よ

り、聴こえる筈の大音響は聴こえず、プランジにも何も見えていない様だったのだ。

だがプランジは気配だけは感じている様で、ウィズと二人で出て行って、その少年

を連れて来た。いつの間にか車両が消えているのも、ネコは目撃していた。

 『ヒュー』も、リビングでその様子を見ていた。ネコは少年の側で観ていたが、

特に怪しい気配も無く寝入っていた。プランジは珍しく風邪を引いた様で、ウィズ

とリジーは何やら実験をしようとしていた。『ヒュー』はその全てを興味深げに観

ていた。

 全員が寝入った時、イエは、ホシは、土砂降りの雨の中で暗く落ちていく様だっ

た。全員が悪夢を観ていた。ネコは『ヒュー』の力なのか、その全てを体感するこ

とが出来た。…この悪夢は、『ファントム』の仕業なのだろうか?ネコは不安そう

にイエを見上げていた。『ヒュー』はそれでもジッと全員を見つめていた。それを

突破するきっかけは、やはりプランジだった。ただ、走っていた。それだけで、プ

ランジは落ち込んでいく気分をプラスに変えていた。あぁ、やはりプランジはいつ

もそうやって何かを突き破っていくのだーーネコは誇らしく思った。

 少年は起きるとすぐに、外へ出ていった。『ファントム』に引かれていく様だっ

た。知らせようとプランジの元へ向かったネコは、起きるなり『飛んだ』プランジ

を観た。外には『ファントム』の気配が充満している。また、あの交通事故の場面

が再現されるのだーー何故かネコには分かった。それも今度は少年が自分の悪意に

飲み込まれてーー!急いで駆け上がったネコがバルコニーから覗いた時既に事故は

起きていて、衝突した二つの車が融合して『ファントム』があの二対の目を持った

モヤモヤとして実体化し、プランジと少年の前にいた。どうなることかとネコは『

ヒュー』と共に観ていたがーー今回は、あの黄色い光の柱が土砂降りの空から降り

立った。初めてこのホシの姿が変わるのを観た時の光の柱。それはーーあの時と同

じ外からの衝撃、だったのだろうか。その時『ヒュー』は一瞬身構える様にしたが、

特に何もしなかった様に見えた。黄色い光のせいか、『ファントム』は姿を消した。

『ヒュー』も、じっとそれを興味深そうに観ていた。

 その後、プランジが一声かけて、少年は帰っていった。たった一晩しかこのホシ

にはいなかったが、二人はちゃんと分かり合えている様だった。全員が、悪夢の後

で何らかの希望を見つけていた。『ヒュー』も、嬉しそうに無邪気な顔を見せてい

た。そして少年が消えた後、口笛を吹く様な形の口になってヒュッ、とやった時ー

ーホシ全体が緑色に光った様な気がして、『ヒュー』は消えたのだ。

 ネコは…やはり『ヒュー』は希望、導くモノ、みたいな感じなのだと思った。

 同時に、あの黄色い光の先もいつか観てみたいものだーーそう思いながら、ネコ

は目を閉じた。



 朝、プランジは白い部屋のベッドで目を覚ました。

「……?」

 プランジはほぼ裸だった。

 足の先に脱ぎかけたカーゴパンツが引っかかっていたが、先の方はまだ濡れてい

た。

 少し頭がボウッとしている。

「あれ……?」

 何か、大事な事があった様なーー。

 側にはネコが居て、丸くなって寝ていた。


 リジーとウィズは、リジーの赤い部屋で目を覚ました。

 先に起きたリジーは、ベッドの脇に突っ伏しているウィズを見つけた。

 一瞬戸惑って胸に手を当てたりしたが、やがてウィズに手を触れて揺らしてみる。

「ん……」

 少しあってからウィズはハッと身を起こした。

 一瞬自分の部屋ではなくて驚きーーココまで深く寝入っていたことにまた驚いた。

「あ……何だ?」

 自分の格好など眺めたりしてから、ようやくウィズは実験とその後の事を思い出

してリジーと顔を見合わせた。

「えっと…?」

「俺が起こしたんじゃない……よな」

「良かった、そこまではホントなんだ」

 リジーもウィズも、どこまでが夢なのかよく分からなかった。


 リビングスペースに出た二人は、佇むプランジを見つけた。

 プランジはアイランドキッチンの側の広いベンチを見つめていたがーー二人に気

がついて、ベンチを指差した。

 二人が近づいてみるとーーー

 そこには、壊れた女の子の人形が置いてあった。

 それは少し汚れていたが千切れては居なくて、ポツンとノスタルジックな佇まい

を見せていた。

 3人はーーそれを観て微笑み合った。

 側のキッチンの上では、いつの間にかやって来ていたネコが、そんな一同を観な

がら気持ち良さそうに丸くなっていた。




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