3「Sand/Bus」
今回ホシは砂漠で、とあるバスの運転手の黒人がやってきます。
『ヒュー』とは別の謎のモヤモヤもやはり出て来ます。
そこは、宇宙の彼方。
青年とネコが、とあるホシに住んでいた。
とても小さなそのホシでは、常々フシギな事が起こる。
青年とネコは、日々の暮らしの中でソレに慣れてしまっていた。
そこにやって来た二人の男女。
何故か、この二人はこのホシから出られないでいた。
このホシに時々降って来る流星は、
時に誰かを、何かを連れてくる。
そして、時々それと共に見えたりする緑色の光ーー
青年はそれに惹かれていた。
それは、砂漠を走る遠距離バスだった。
一晩かけて隣のシティーーと言っても数百キロは離れているのだがーーに向かう、
地方路線だった。
その日、30代の黒人の運転手はいつもより早目に支度をして出たハズだったが、
何故か出発に遅れ少し急ぎ目にバスを走らせていた。乗客は娼婦っぽい格好で不機
嫌そうにしている女性と、一番後ろで帽子を目深にかぶったトレーナーにジーンズ
の男だけだった。
眠いーー昨日は結構寝たハズだったが。そう思いながら黒人はチラリと時計を見
る。
まだ深夜2時だった。夜明けまではまだだいぶある。
砂漠を抜ける一本道を、3人を乗せたバスは疾走していた。黒人にとっては、何
度も行き来来した道のハズだった。だがその日、普段とは何かが違っていた。
それが何かと言われても、黒人自身にもよく分からなかったのだが。
* *
ホシの朝。
青年プランジはいつもの様に男ウィズと手分けして、イエと呼ばれる塔の中にあ
る無限の部屋の捜索をしていた。
果てしなく部屋が続く廊下。二人は次々にドアを開け、使えそうなモノを探す。
この日ウィズはコメを炊くらしい機械とシングルモルトっぽいビンを数本見つけた。
「ラッキー」
廊下に顔を出すと、プランジはかなり先の方に行っているらしく離れた場所のド
アが閉まったところだった。
「……」
ウィズは片眉を上げる。相変わらず大雑把なヤツだ。一つ一つちゃんと見ている
のか?
ウィズが間の部屋の捜索を終えて覗くと、プランジは中で古ぼけた辞書に見入っ
ていた。そこは学級図書レベルの本棚がいくつかある古めかしい部屋だった。
「…他に何か見つかったか?」
「いや…ただ」
プランジは開いていたページのとある単語を見せる。
『ヒューリスティクス:必ず正解が導ける訳では無いが、
ある程度まではソレに近い解を得るコトが出来る方法』
「……何だコレ」
プランジは辞書を眺めたまま答えた。
「何だか、気になる」
プランジと言う名前もソレで付けたんだよ、というコトは黙っていた。
ウィズは今日の戦利品を入れたボックスを差し出した。
「なら、ソレ持っていくか」
プランジは少し考えて、
「いい。また見つかるから」
と言って元の辺りに辞書を置いた。
また、ってコトは前にもそんなコトがあったのか。だが次に必ず見つかるとは限
らないぞ、とウィズは思ったが例によって気にしないコトにした。
「『ヒュー』っていう名前にする」
その日の晩、早速炊飯器を使ってみた食事の席で、プランジは言った。
側ではネコがアングリと口を開けていた。どうやら出典は違う様だし、それ自体
が指し示しているモノも微妙に違う様だがーー自分が名付けたのと同じ、『ヒュー』
という名前をプランジも導き出したのだ!この青年は、何なのだろう。やはり無意
識に何か通ずるものがあるのだろうか?
「え、何?」
やっぱりバーナーと飯ごうで炊くよりも美味しいな、と思いながらリジーは聞い
た。
「あの緑色の光のこと」
「…あぁん?」
リジーは面食らってウィズを見た。昼間のアレはどうせそんなコトだろうと思っ
ていたのでウィズは軽く肩をすくめただけだった。
「…まぁ、いいけどね」
ウィズは缶詰キノコで味のついたコメを置いて、無限の部屋から見つけて来たシ
ングルモルトをストレートで飲んでみた。銘柄も産地も例によって分かりはしなか
ったが、フシギに旨かった。
「…絶品だ」
チタンのグラスを渡されたリジーも味見してみる。
「ホント、美味しい」
ロックならもっといけるかも。製氷機か冷蔵庫を探してこないと。
「プランジ、これ飲んだことは?」
ウィズの声にキョトンと顔を上げるプランジ。クンクンと匂いを嗅いで、
「んー多分ある…、かな」
と一口味見した。
プランジは酒を何度か見つけて飲んだ事はあるが、何しろ教える人間がいないの
でその銘柄や味的なことまではよく知らなかった。勿論記憶が無くなる程飲んだ事
位はあるし、実際その美味しさも分かるといえば分かる。だが常に部屋から見つか
ると言う訳でも無いその嗜好品は、プランジに取ってたまに見つかるご褒美程度の
ことだったのだ。
ちなみに冷蔵庫は?と聞くと、見つけた事はあるが長持ちした事は無い、らしい。
「へぇ~」
「そうか…」
取り合えず、3人は軽くグラスを掲げて乾杯した。
ネコはようやく気を取り直してトコトコ近づいて興味深そうに匂いを嗅いだが、
アルコールの香りに顔をしかめた。
次の日、ホシはなだらかな砂漠だった。
洗濯物を干した後、プランジは外壁に登って彫刻を彫っていた。今回も、特に仕
上がりを決めずにガシガシ彫刻刀を入れる。
「……」
1時間ほど手を入れて、そこからボンヤリとした形が見えて来た様な気がした。
うん、いい感じかも。そう思った時だった。
「!?」
プランジは顔を上げた。いつものあの感じ。緑色の光を伴った流星の感覚だった。
「ウィズ!リジー!『ヒュー』だ!」
プランジは階下に怒鳴ってから飛び出し、数階分飛び降りてから器用にアチコチ
の出っ張り等を利用して地上まで降りた。パルクールと言うらしい。プランジが以
前書籍や映画で見つけた、その場にあるモノを利用した移動方法で、数年の間に彼
はかなり上達していた。
「早速かよ」
「すぐ使えて良かったねぇ」
ウィズはプランジの声を聞いていた。今度何かあった時には一応知らせろ、俺は
大抵の音は聞くーーという話を以前プランジとしていたのだ。
リビングスペースでくつろいでいたウィズとリジーは特に急がず、歩いて外に向
かった。
走ってプランジに追いつくのは至難の技…と言うか正直無理だ。
「あそこだ」
イエの外に出て空を仰ぐと、隕石は少し先の砂丘の向こうに落ちるところだった。
二人は一瞬目で追ったが、プランジの言う緑色の光ーー 『ヒュー』 は、視認出
来なかった。
「見えた?」
「いや」
「プランジには見えてる…んだよね」
「ああ。行くか」
* *
「!?」
黒人は、はっと気がついた。
黒人は一人で、砂漠の中の一本道に立っていた。
ココは何処だ?
夢か?
黒人は辺りを見回した。
バスは何処だ?
いやーーそもそも、深夜に走っていたハズだが、いつの間に昼間になった?
知らないうちにもう着いていた…のか?
黒人は動揺していた。
辺りには道と砂以外特に何も見えない。
自分が常々通っている道とは少し違う様だ。
黒人は、途方にくれてしゃがみ込んだ。
それにしても、暑いーー。
黒人は手ブラだった。
確かバスには水が1ビンあったハズだが。
勿論バスや乗客の姿は全く無い。
バスに乗った時と同じく、チノにポロシャツのラフな格好で、黒人はポツリと佇
んでいた。
やがて乾きが黒人を襲って来た。
ーー死ぬのか?
何も分からず?
ーーいや!
黒人はフラッと立ち上がった。
一歩ずつ、黒人は歩き出した。
数時間歩いただろうか。
いや、それとも本当はそんなに経っていないのか。
頭がボウッとしていて、もはや時間の感覚も良く分からなかった。
歩みは、少しずつゆっくりになっていった。
照りつける日差しに目蓋もどんどん落ちてくる。
こいつは…ちとマズいかも知れない。
黒人は、力を振り絞ってかすんできた目を開けた。
まっすぐ伸びた道。
左右はなだらかな砂丘だ。
陽炎に揺れる視界の中で、黒人は遠くに揺れる黒い影を見た様な気がした。
それは少しずつ近づいて来てーー
誰かが、走って来ている様だった。
それが何なのかハッキリと見定める前に、黒人は意識を失って道に倒れた。
* *
黒人が目を覚ますと、そこはやけに天井の高いフシギな部屋だった。
「……ココは?」
「あ、起きた?」
見ると、インド系のキレイな女性が側にいた。同い年くらいだろうか。
「軽い脱水症状だから、しばらく寝てて」
その女性:リジーは器用に黒人の頭を起こし、側にあったチタンのコップで水を
飲ませた。
黒人は一息ついて、リジーに尋ねた。
「ありがとう。あの時走って来たのはあなた?」
「?……あぁ、あれはプランジ」
「プランジ?」
「そ。あの子がアンタを見つけて、担いで来たんだよ」
「はぁ……?ところで、ココは何処です?」
「…ソレは、とても答えにくい」
苦笑するリジーに、黒人はキョトンとする。
「じゃあさ、アンタの名前は?ホシは?何処から来たの?」
「え、それは……」
と言いかけて黒人はハッとする。
アレ?何だっけ?
リジーは軽く笑った。
「…だと思った」
「いや、そんなハズは」
そう言えばサイフに社員証がーーと思って腰に手をやるが、そう言えばあの砂漠
で気がついた時点で何故か何も持っていなかったのを思い出した。
「……」
「大丈夫、アタシたちもそうだから」
「え?」
「ゆっくり休んでて。夕方には二人も帰ってくるし」
リジーは立ち上がってかなり離れたドアに向かって歩き出した。
二人って?まあ一人はそのプランジって人ってことか。
黒人はそんなことを考えながら、すぐにまた眠りについた。
夕方、プランジたちは製氷器……ではなく、巨大な氷の塊を持って帰って来た。
「マジ?」
「いや、ホントは部屋いっぱいの氷の塊だった」
「コレでも、持てるサイズにしたんだよ」
いやいや、ソレでもかなり大きいよ、と思ったがまぁ仕方が無い。これでとりあ
えず今日はロックが飲めるな、とリジーは思った。
「あぁ、あの人起きたよ。大丈夫みたい」
「…で?」
「やっぱり、名前とか分からないって」
「そうか」
ウィズも何となく予想はしていた。
このホシに来る人間は、大体そんな感じらしい。それでも、人によっては自分は
大学教授だとか親がいるとかその程度の記憶はある訳だ。
……ったく、このホシは……。
ウィズは後ろで巨大な氷を担いでいるプランジを見やった。
「……?何?」
プランジは氷からの雫をポタポタ垂らしながら能天気な感じで答えた。
「ほほぅ、バスドライバー」
「えぇ」
夜の酒宴で、ロックグラスを掲げた黒人は饒舌に言った。ゲルマン系の男ウィズ
と助けてくれたアメリカ系の青年プランジとは既に自己紹介を済ませていた。
4人とも、かなりの数を開けていた。
広いキッチンスペースーーと言ってもだだっ広い中にポツンと置かれたアイラン
ドキッチンと側の四角く広いベンチに一同はそれぞれ腰掛けて過ごしていた。
ネコは昨日に続いてアルコールの匂いがするので遠く離れてハコを組んでいた。
それでも時折一同をじっと眺めたりしている。
「それで皆さんは、どれくらいココに?」
「俺らは40日くらいです。こいつはかなり長く」
「そそ、かなーり長く」
着替えて頭にタオルをかけたままのプランジも、久しぶりに酔っていた。
「そっかぁ、それも何かいいですね」
黒人も奇妙な開放感に包まれていた。
毎日の様に生活の為にバスに乗っていて、いつしかこのまま何処かへ行けたらな
ぁ……などと最近は毎日の様に考えていたのだ。
「ってことは、そのうち私も帰るのかなぁ」
「きっかけとかは、全くもって分からないんだけどね」
「まぁ……いつでもいいですよ、とりあえず」
「ん?」
「そなの?」
二人の声は既に聴こえていない様だった。黒人はベンチで横になり、スウッと眠
りに落ちた。
前日見つけた数本のシングルモルトは、見事に空いていた。
次の日もホシは、砂漠と一本道だけの姿を見せていた。
とは言え、イエの住人たちは見事に二日酔いで、その朝はほぼ全員がトイレに篭
っていた。
イエのトイレは独特で、永遠の部屋とまでは行かないが一カ所にかなりの数が並
んでいた。いわゆる男子トイレは無く、広目の個室が並んでいるのだがその中側が
外壁に面していて目の前のほぼ全面が窓になっていた。上層階で用を足すと、かな
り気持ちが良いモノだった。
そして水洗ではなく、ジェル状のモノ+空洗という体だった。どうやらこのイエ
はなるべく水分を無駄にしない様に出来ているらしかった。
そう言えば隣接しているバスルームもシャワーのみで、キッチンもシンクはある
が水道は無かった。流石に永遠のコインランドリーはミスト状の水を使っている様
だが、それも完全リサイクルっぽかった。
ウィズの言う何処かフネっぽい、というのもその辺りのコトがあったのだろう。
「何かココ、誰かに観られている様で落ち着かないですね」
既に吐くだけ吐いて少し落ち着いた黒人は外を眺めながら言った。
「開放感……あるでしょ」
少し離れたトコロからプランジは息絶え絶えで言った。
「そうですね……」
流す音がしてリジーとウィズがそれぞれ出て行った。
「お先ー」
「クスリってあったかな」
「ガム型のがいくつかね」
「オェ」
ラストのはプランジだった。どうやらプランジと黒人が一番やられている様だっ
た。
「……」
気がつくと、窓の外の作りかけのプランジの彫刻の側には「ったく」とでも言い
たげな顔をしてネコが佇んでいた。
そのまた次の日も、ホシはずっと砂漠と一本道の状態だった。
黒人が「誰か通る可能性は無いのか?」と言うので、一同はちょっとしたピクニ
ックがてら、外に出かけて来ていた。勿論、水と食糧はちゃんと用意して。
「……」
見渡す限りの砂漠は、前日、前々日と何も変わっていない様に見えた。
「いやっほーい」
「!?」
黒人が見上げると、背後の斜面からプランジが器用に板の上に乗って砂丘を滑り
降りていた。
「……」
プランジは黒人の近くまで滑り降りてくると、パパっと板に固定されていたブー
ツを外して、板を担ぐとまたガシガシと斜面を登り始めた。スノーボードの用具一
式らしかった。
「それ、どうしたんですか」
聞こえなかったのか、プランジは一心に登っていた。
「前に部屋から見つけて来てたんだってさ」
リジーの声に見ると、彼女はいつの間にかビーチパラソルの下にコットを敷いて
水着にサングラスで寝そべっていた。側にはネコもダラリと伸びていた。
「……?」
あの、あなたは?と黒人は思ったが黙っておいた。
「………」
雲一つ無い青空に、プランジがはしゃぐ音以外は何もしなかった。誰かが来る気
配は全く無かった。黒人はゆっくり辺りを見回して、しゃがみ込んだ。
自分は帰りたいのか、それともずっとこのままゆっくりしていたいのか、よく分
からなくなっていた。
やがて辺りを散策して来たウィズが帰って来て、ボウっとしていた黒人に麦わら
帽をかぶせた。
「そのままだと危ないんで」
「あ、ありがとう」
ウィズはそのまま横に座った。
「…能天気な人たちですね」
黒人はプランジたちの方を見やって言った。
「あぁ……あれでも、お互い苦労はしてるんですが」
ウィズは苦笑しながら、何故自分が言い訳しているのだろう、などと思っていた。
「あの…帰る時って、前もって分かるんですかね」
「あぁ、結構突然みたいですが、前の老人の時は本人は理解している様でした」
「そっか……」
黒人は空を見上げる。
「私は、まだ何も分からない、かなぁ」
「………」
ウィズも空を見上げた。
「俺にもまだ分からない……俺たちとあなたと、何が違うのか」
結局、次の日から一週間もずっとホシは砂漠だった。
そして、黒人は相変わらずホシにいた。
つまるトコロ、プランジの言う『ヒュー』が来る時以外は誰も来ないのではない
か?というコトになり、しばらくはピクニックもお預けになった。
ウィズたち3人は彫刻を続けたり洗濯したり無限の部屋を捜索したりとそれぞれ
普段の生活に戻ったが、黒人はイエを一通り見て回ると特にするコトが無くなった。
「すぐ帰るって訳じゃないんですね」
とある朝食時に黒人は言った。
「……すいません」
プランジはパンをかじりながらスマなそうにしていた。
「まぁ、俺たちにもシステムはハッキリとはね」
「大体システムってのがあるのかどうかもねぇ……っていうか帰ったら何がある訳
?」
何となくリジーが発した言葉に一同は黙った。
「………」
それは、ウィズやリジー自身にも当てはまるコトだったからだ。
ーーだからなのか?自分たちにはその何かが無いから、ずっとこのホシにいるの
か?一同は咀嚼しながらしばし考え込んでいた。
「………」
黒人はどこかで焦りを感じ始めていた。戻れば何があるのかは分からなかったが、
とにかくそろそろ帰らなければいけないんじゃないか、そんな思いでザワついてい
た。
「………少し、散歩して来ます」
黒人は、何と無く立ち上がって歩き出した。
その日も空は雲一つ無く、見渡す限りの砂漠だった。
黒人は一応空いたシングルモルトのビンに水を入れて持ち、例の一本道を歩き出
した。
プランジによると、ホシの裏側まで走ると半日だそうだ。まぁあんなバケモノじ
みた体力は持ち合わせていないので、大体一日歩けば反対側の遺跡とやらに着くハ
ズだ。唯一の心配は、「時々距離が…ホシの大きさが変わるかも?」ってことだが
…それは仕方無いか。
黒人は、ゆっくりと足を踏みしめながら歩く。一応、ウィズに貰った麦わら帽は
被っていた。
遺跡に着けば、何かが変わるのか?ーーそんな確信は無かった。
ただ、自分がやるべきなのはコレだと、今の黒人は何故か感じていた。
「ちょっと冷たかったかな」
今回はウィズと無限の部屋の捜索をしに来たリジーは、缶詰の山に遭遇して圧倒
されつつ言った。コレはプランジに選別させないとエラい事になりそうだった。
「まぁな……」
リジーはチラリとウィズの方を窺った。
特に気にするでも無くいつも通り淡々と缶詰をザックに詰めていくウィズ。
あぁ、この男はこうやって踏み込まないから楽なんだっけ。
リジーは缶詰は諦めて側の木箱を開くと、中にはワインらしきビンが数本入って
いた。
「ラッキー」
ビンを持ち上げてウィズの方を向くと、彼も生ハムらしき固まりを見つけたトコ
ロだった。
「ちょっとしたディナーかな」
「フンッ」
プランジは途中だった彫刻の前でしばらく佇んでいたが前には何と無く見えてい
た仕上がりが今日は何故か全く見えなかったので、諦めてパルクールの練習を始め
ていた。
2階の外壁からアチコチの出っ張りを使ってピョンピョンと器用にジャンプを重
ね、驚くべき早さでイエを登っていった。
「…フゥ」
ある程度登ったところで、プランジは外壁に腰掛けて休憩した。日差しがキツか
ったが、プランジはもう慣れたモノだった。
しばらく佇んで、立ち上がろうとした時に彼は気付いた。
…ネコは何処だ?いつもならその辺にいそうなのだが。
プランジは考え込んだ。
ーー朝食の時は居た。その後はーー?
そこでプランジは思い出した。
フラっとキッチンスペースを出て行った黒人の後を、ピンと立ったシッポがチョ
コチョコ追いかけて行かなかったか?
プランジはバッと立ち上がり、辺りを見回した。
散歩と言っていたが何処まで行ったのだろう?
プランジの視力はウィズ程までとは行かないが旧地球のアフリカ人並みには良か
った。
その場から見える範囲にいないコトを確かめると、イエの外周をタタッと走って
別角度から何か見えないか探した。
そして見つけた。遠くにチラリと見えた砂漠の一本道に、人とネコらしき足跡。
「ハッ!」
プランジは空中に飛び出し、一挙に2階分位飛び降りて、そのまま地表へと向か
った。
「ん」
無限の部屋で物資を調達中のウィズは、窓付近の壁に当たったコンコンという小
さな音を聞き逃さなかった。プランジらしき生命反応が凄まじい勢いで外壁を降り
ていくのも分かった。
無限の部屋の窓は大抵フネの様な小さな丸型で、それも時々見える方向が変わる
というオマケ付きの物だった。そこに素早く駆け寄ったウィズは、既に砂丘をガシ
ガシ走っているプランジを視認した。
側のリジーが声をかけた。
「何?」
「プランジがまた走ってる」
「ってことは」
「誰か来たのか、それとも帰るのか」
「…行こう」
ネコがついて来ているのに気づいた時、黒人は正直驚いた。
この一週間、特にネコと関わった覚えが無かったからだ。
とは言え、スマした顔で歩いて行くネコに思わず吹き出してしまったのだから仕
方ない。
「じゃ、行きますか」
二人は砂漠の一本道を、静かに歩いていった。
その行く手には、土煙の様な雲が少しづつ近づいていた。
ーー数時間後。
ずいぶんと走った筈だが、プランジは未だにネコと黒人には追いつかなかった。
「……?」
一応一本道なので、見逃す訳は無いのだが。
ひょっとして二人が道から外れた?
足跡は、いつの間にか消えていた。どうやら砂嵐が通過したらしかった。
だがプランジは思ったーーこれは、いつものホシのアレかも知れない。
「………」
プランジは走りながら呼びかけようとして、例によって未だに名前を聞いてなか
ったことに気付いた。勿論、聞いたとしても覚えは無かったろうが。…まぁとりあ
えず、今は走るしか無いか。
プランジは再びスピードを上げて走り始めた。
リジーとウィズは軽装備でネコと二人分の足跡を追っていた。
「ヘリとか車とかは無いんだっけ」
「ホシは一通り探したが無い」
「毎回徒歩だとキツいよね」
やがてその足跡はネコのモノが消え、黒人のモノが消え、プランジのだけになっ
た。
「えーっと?」
リジーは目をパチクリとさせた。
ウィズは脇の砂丘に上がって、辺りを見回した。ウィズの目は地平線辺りの通り
過ぎつつある砂嵐の雲を捉えた。
「足跡が消えた理由は分かった」
ネコの方の足跡が消えたのは、恐らく黒人が抱き上げでもしたのだろう。その後、
砂嵐が足跡を消した。その後プランジはーーあの体力で何処まで走ったのだろうか。
「さて…どうするか」
砂丘を降りかけたウィズの高性能な耳に、微かなネコのカスれた鳴き声が聞こえ
た。
「ん?」
リジーが下から声をかける。
「どうしたー?」
「こっちだ!」
丘の反対側に降りるウィズ。道から二つほど砂丘を入った影に、黒人は居た。
「おい!」
黒人は何かを抱きかかえる様にうつぶせで丸くなって砂に半分埋もれ、気を失っ
ていた。ウィズが引っぱり起こすと、抱きかかえていたのはウィズが渡した麦わら
帽だった。その中ではネコが震えて鳴いていた。
「おぉ、よしよし」
やってきたリジーがネコの介抱をしている間に、ウィズは黒人の様子を観た。ど
うやら気を失っているだけの様だ。
「無茶をする」
「まぁ、ネコを守ってたのはエラいよね」
その時、黒人は目を覚ました。
「あ?あぁ……」
「死ぬとこだったぞ」
「あぁ、すいません…」
話を聞くと、歩いているうちにネコは早々にへバッたらしい。抱き上げてしばら
くしたところで砂嵐が来て、ココに避難したのだと言う。
ネコは水を飲んで既に落ち着いた様で、逆さにした麦ワラ帽の中で丸くなってゴ
ロゴロ言っていた。その姿にニコリとしつつ、リジーは尋ねた。
「プランジは?」
「いや……見てませんが」
気づかずに通過したのだろうか。
「一人で砂漠は危険だ」
ウィズは立ち上がりながら静かに言った。
「ホントすいません……何かしなくちゃと思って」
黒人はつぶやくと、丸くなったネコの方に視線を落とした。
ウィズは丘の上まで上がってため息を吐いた。
「さて……戻れるかな」
イエの先端は既に見えなくなっていた。
ウィズは早くも次の砂嵐を視線の端に捉えていた。
時間も午後の中頃。普通に戻れば、イエに着くのは夜中だった。
黒人の持っていたビンの水は、既に底をついていた。
軽装備だったのでライフルの他の水食料はほんの僅かしか無い。
フル装備で来るべきだったーーウィズは少々後悔した。
夜中になった。
プランジは流石に疲れ、一本道に大の字になっていた。
「……おかしい」
とっくに反対側の遺跡に着いてもいい頃だった。やはりホシが何かしたのかーー
と思ったがどうしようもない。今までにもこんなことは何度となくあったのだ。
それよりも、プランジが思っていたのはーーこれは、待ち構えていたんじゃない
か?ということだった。今回の黒人の時の『ヒュー』が落ちて以来、そう言えば自
分たちはそんなにイエから離れなかった。何も起きなかったのは、起きる場所に自
分たちがいなかったからじゃないのか?
プランジはそう感じていた。
ならば、この場所で起きようとしている何かとは、何なのだ?そして、起こすの
はーー『ヒュー』か?それとも時々現れてはゾワッとするあのモヤモヤかーー。
分からないことだらけだった。だが、それすら今までホシで過ごしてきた状況の
一つでしかないという事実がプランジを少しザワつかせていた。
「…!」
やがて、次の砂嵐がやってきた。それは、暗く大きな、ゾワッとする感覚を伴っ
ていた。
プランジは腰のタオルを顔に巻き付けて、だが何も見逃すまいとするかの様に目
の部分だけ開けた。
砂嵐はかなり長い間吹き荒れた。
ウィズたちは広げたタープを被って砂を凌いでいた。
ネコが不安そうな声を上げる。
「大丈夫だよ」
リジーはそっと抱きしめて背中を撫でてやった。
「……」
黒人は、ジッと息を潜めていた。何かを感じているかの様な表情が、ウィズは少
し気になっていた。
数時間経って砂嵐が抜けた後、移動しようとしてウィズ達はアッケに取られた。
側にあったハズの一本道が無くなっていたからだ。
「……マジかよ」
そこは、見渡す限り一面の砂漠だった。月明かりに照らされてはいるものの、全
く前後感覚が無い。ウィズのセンサーもイエを発見出来ないでいた。
「やはり…」
黒人は、呟く様に言った。
「まぁ、いつものことだけどな」
「そうそう」
ウィズとリジーは、努めて明るく振る舞った。
まだ夜明け前だったが、早急に水を探した方が良い、ということになった。この
まま日が昇っても、すぐにイエに戻れる保証は無かった。一同はそれぞれを見失わ
ない程度に広がり、オアシス的なモノが無いか探し始めた。
「ニャア」
水が入っているらしいタンクを見つけたのは、休んで元気を取り戻したネコだっ
た。
ニャアニャア鳴くネコの元に駆けつけた一同は、円柱型の数メートルのタンクを
目にした。
叩いてみると、中々ブ厚そうだが中は確かに空洞で、液体が入っている様だった。
ちょうどフネの補給用のタンクに似ていた。
「とりあえず助かるかな」
ウィズは左手のレーザーと右手の振動波を器用に使ってタンクに穴を開けた。
やはり中は水だった。
「助かった」
黒人が空のビンを突っ込んで満たそうとしたその時。
「…何か来る!」
リジーが叫んだ。
微かな地鳴りと共に、大量の砂が擦れる音。
「え?何ですか?」
黒人が戸惑いながら一歩下がった時、ドンと言う音と共に地中から砂の柱が立ち
上がり、3人とネコの方に向かって来た。
「!?」
「散れ!」
ウィズは黒人を、リジーはネコを連れて左右に飛んだ。砂の柱は一同をカスめて
奥へ向かい、再び砂の中に沈んだ。黒人の麦わら帽が真っ二つになっていた。
「何あれ!」
「分からん」
砂の中を這い回り獲物を補食する生物ーーウィズのデータベースには幾つか該当
するモノはあったが、今のはそれとは違う様だった。ウィズには砂だけで実体が無
く見えた。
「また来ました!」
黒人が指差す方を観ると、また砂を巻き上げつつ何者かが向かってきていた。
ウィズは素早く肩のライフルを構え、一発撃った。
弾は砂の柱の根元当たりを貫いたが、予想通り手応えが無かった。
「ちっ」
更に砂を巻き上げつつ、その何かはウィズ達をカスめ、そのまま直進して水のタ
ンクにブチ当たり、その場でタンクの周りに噴水のように砂を巻き上げた。
「……?!」
その奇妙な光景に、一同は固まったままだった。
その数十分前。
いつしか寝入ってしまっていたプランジは、サラサラとした砂の流れる音に目を
覚ました。
「ん…?」
まだ夢の中の様だった。先ほどの砂嵐はーーかつて出会ったものよりも暗くて強
大で、プランジの体を震わせた。そこには底知れぬ恐怖があった気がする。そう、
それはあのゾワッとするアイツのーー
「!!」
プランジはハッと目を開けた。
驚いたことに、そこは砂嵐が来る前にいた一本道では無かった。砂漠のど真ん中
で、彼の体は流れる砂の中に埋没しつつあった。
「流砂……!」
それは、キケンなモノだった。遠い昔、それに飲まれて死にかけたことがあった
っけ。あの時は……どうやって助かったんだっけ?
記憶がボンヤリとしていて思い出せないが、今はそれどころでは無い。
プランジはモガいた。こういう時はモガけばモガくほど沈むーーと頭では分かっ
ていたが。
これは、ヤバいーー久しぶりに、プランジは肌がヒリつく感じを味わった。
「あぁーー!」
だが彼の体は、為す術も無く見る間に砂の中へと消えて行った。
タンクを中心に巻き上がったままの砂は、タンク諸共そこを中心に段々沈み始め
ていた。
「?!逃げろ!」
散っていた一同は斜面を上がり始めたが、黒人は出遅れていた。
斜面の砂はスリバチ状に広がり、どんどん中心に向けて流れ始めた。ちょうどア
リジゴクの様な形だった。
「うあっ」
倒れ込んだ黒人は水のビンを取り落とした。それは斜面を滑り、瞬く間にタンク
の下に吸い込まれて行った。倒れ込んだ黒人も流れ落ち始める。
「おい!」
ウィズはスリバチ状の流砂のフチまで走ってライフルの先を持って黒人の方へ延
ばしたが、間一髪間に合わなかった。
「……!」
ライフルのストックを掴み損ねた黒人は、「あなたのせいじゃない」という様に
軽く頷いて、砂の中に消えて行った。
「………」
プランジはーーーーーーー
フシギな空間に浮いていた。
体は確かに砂の中の様な圧迫感はあったが、重力は感じなかった。
無限の暗闇の中で、彼は脱力したまま浮かんでいた。
冷静に考えれば、呼吸など出来ない筈だった。
だが今はそんなことは考えられなかった。
五感をほぼ奪われた状態で、ただプランジは浮いていた。
ーー死ぬのか?
黒人は流れる砂の中で、そう思った。
こんなところで。
帰れないまま。
ーー帰る?何処に?
相変わらず、何かが引っかかっていた。
何かがーー。
そう、それはあの砂嵐の中で突然思い出した感覚ーー
プランジは、自分の肩辺りに何かが軽く当たるのを感じた。
暗闇の中、砂の圧力を感じながらゆっくりと手探りで探し当てたのはーー
丸いガラス?いや、円柱の様なーービン?
これはーー?
どこかで触った様なーー。
その時、ゆっくりとプランジの上方から大きな人型の何かが、降りて来ていた。
黒人だった。
お互い、気付いてはいない。
その謎の空間で、二人はすれ違おうとしていた。
触れ合わないまま、通り過ぎるかに見えたその時ーー黒人の手が、プランジが持
っていたビンの先に触れた。
目を閉じたまま、ハッとするプランジ。
黒人も、僅かに反応した様だった。
フラッシュバック。
それは、プランジが子供の頃。
そこはホシでは無い様だった。何故か、そんな気がした。
何処かの砂漠でプランジは今と同じ様に砂に溺れ、意識を失いつつあった。
と、突然腕を掴まれ、強引に引き上げられる感覚。
胃液と砂を相当吐いた気がする。
そして側には大きな人が居て、プランジの背中をさすっていた。
その優しく、大きな手の感触は覚えていた。
ーー誰?
プランジは薄く目を開ける。
ゆっくりと見上げた視線のその先に居るのは、逆光で影になっていてよく見えな
い、誰かの笑顔だった。
黒人は、砂漠の一本道を戻っていた。
何かの早回しの様な、空を飛んでいる様な、不思議な感覚の視点だった。
どんどん道を戻って行くその風景は、やがて町に着き、郊外へ抜け、とあるトレ
ーラーハウスーー古くなったバスを改造した家に寄って行った。
その視点はその前の小さな庭を抜け、裏手にある高床式になった給水タンクの上
へとーーソレは古い宇宙船から持って来たモノだったがーーそこには、幼い少年が
座っていて、彼に気づいて、笑いかけた様だった。
逆光で顔はよく見えなかったがーー黒人は確信した。
ココが、帰るべきトコロなのだと。
なのに自分はーー。
プランジはハッと目を見開いた。黒人も、意識を取り戻した。
プランジはググっと力を入れながら右手をビンに沿って滑らせ、黒人の手を握っ
た。黒人も、強く握り返した。
何故かは分からなかった。ただプランジは確信していた。
今、アレ以来久しぶりに、『飛べる』ことを。
忘れようがない、あの体内から何かが湧き上がる様な感覚。
それが彼の全身をズワッと包む。
自然に口が口笛を吹く様な形になり、ヒュッと鋭く息を吐いた。
「!!」
その瞬間、暗闇の空間から彼と黒人の姿ははかき消す様に消えた。
地上では辛うじて流砂に飲まれずに済んだウィズが、リジーを引っ張りあげたト
コロだった。
「ありがと」
「ニャ」
頭にしがみ付いていたネコも一応お礼を言った様だった。
「しかし……」
ウィズは全身の機器をフル稼働させて砂の中を把握しようとした。だが相変わら
ず黒人の姿も、砂の柱の実体も見えはしなかった。
と、地面が大きく揺れて、水タンクが砂の勢いで大きく吹き上がった。
「!!」
砂の噴水の様な奇妙な光景に圧倒される二人。
「あれ!」
とリジーが指差すと、そのタンクの上方に一瞬の光と共にプランジと黒人が現れ
た。
「あぁ?」
ウィズは流石に呆れた。
それはあの時、ウィズ達とフネで初めて会った時と同じではあった。その姿は緑
色の光に包まれて現れ、そして光は柔らかく散っていった。
「……?」
だが考える間も無く、ネコがシャーッと威嚇した。
砂の噴水は突然勢いが弱まり、タンクは落下し始めた。流砂も止まりつつある様
だ。
「と!」
プランジは空中で器用に黒人を抱えてタンクを蹴り、更に宙へ飛んだ。
タンクは砂地に激突し、周りの砂が生き物の様に吹き上がってタンクの上部を襲
った。
「何?」
黒人と共に着地したプランジもハッキリと見た。
タンクの上部でブツかった砂が、チリチリと生き物の様に融合し、まるで例のー
ー船で会ったモヤモヤに近い形に変貌していくのを。
「クッ」
ウィズはライフルを爆裂弾に変えて構えた。だが、それが効く保証は無い。
「……」
ウィズは逡巡した。砂の固まりはずっとチラチラしている。
「待って!」
「!?」
一同が見ると、黒人が一歩前に出ていた。
「これは、……私が標的なのでは?」
「え…」
プランジは黒人を見つめた。そして思った。あのフラッシュバック。あの大きな
人は、今のこの人ではーー?
「……この何かの為に、私はココに来たのでは?」
黒人は何かを確信していた。
「ならば、私はどうなってもいい……それで、帰らなきゃ。何としてでも」
「……?」
ウィズもリジーも、黒人が何を言っているのか理解出来なかった。だがプランジ
は、分かる様な気がしていた。
プランジはモヤモヤした砂の塊に目をやる。これと、砂嵐。今回このホシは、何
をーー。だが同時に思った。あの『飛んだ』時に、全てがハッキリと見えた気がし
た。
「ーーいや」
プランジは黒人の肩に手を置いて言った。
「もう、あなたは大丈夫」
「でも……」
「こいつは…これは、俺たちの問題です」
「そうだな……」
ウィズも覚悟を決めた様にリジーを後ろにやってライフルを構え直した。聞かな
ければ、左右の手や体に秘めた力を全開するつもりだった。
「オーケー」
リジーもリボルバーを抜いていた。ただ恐れるだけじゃ、女がスタるというモノ
だ。
「……」
黒人は、何も言えなかった。キリリとしたプランジたちの表情は、確信に満ちて
いた。
プランジはウィズとリジーに頷いて、側の岩クレをザッと掴んだ。
「フンッッ」
そして振りかぶって凄まじい勢いで投げた。
「!!」
それはあまりに豪速で砂のモヤモヤを爆発的に散らせたが、またすぐにその砂粒
たちは引き寄せ合い始めた。
「ウィズ、タンクを!」
「?!いい手だ」
ウィズは迷うこと無くタンクの穴めがけて爆裂弾を放った。
「伏せろ!」
タンクは爆発し、四方八方に大量の水が飛び散った。
その勢いで砂はかなり広範に飛び散り、ウィズはその中心に小さな粒ーーモヤモ
ヤの素の様な小さな物体を一瞬見た。それはとても小さく、だがゾワッとする恐ろ
しさを秘めている様に見えたがーー。
「『ヒュー』だ!」
プランジの声にハッとするウィズ。確かに例の隕石が向かって来ているのが感じ
取れた。
急いでスコープから目を離して探したが、さっき見た小さなモヤモヤはいなくな
っていた。
「……!」
一瞬プランジとウィズは目を合わせたが、ウィズは素早く隕石の軌道を計算して
いた。
「チッ…離れろ!」
「え?ココに?」
「あのタンクの辺り!」
「こっちだ!」
ウィズはリジーの手を引いて走った。到達とは直角方向に。
プランジも同じく黒人と走っていた。
だがプランジは走りながら向かってくる隕石の向こう側の緑の光を視認していた。
これは……タイミングが良過ぎるんじゃないのか?
やっぱり『ヒュー』は、自分たちに何かをしようとしているーー?
プランジがチラリと思った直後、背後で隕石は落下した。正確にタンクのあった
場所を直撃した様だった。
「クッ!」
一同は地面に伏せて、凄まじい爆風に耐えた。
「……今のはヤバかった」
やがて地響きが収まった中、上体を起こしたウィズは言った。
「ホント、近かったね」
リジーも辺りの地面を見回して言った。一同はちょっとした地面の窪みにいたが、
ソコはかなり端の方とは言え、一応クレーターの中だった。
まだパラパラと巻き上げられた砂が降ってきていた。
「ウィズ、さっきのは」
「あぁ、見たか」
プランジが言ったのはあの小さなモヤモヤのことだった。やはりプランジにも見
えていたかーー。
「もう、いない様だ」
こないだもいたアイツ。どうやら、このホシのどこかには潜んでいると言うこと
か。
一同は立ち上がった。
「あの、すみませんでした」
黒人が何処か晴れやかな表情で水のビンを差し出した。
「いやいや、ホント大丈夫ですよ?」
プランジは率直に笑いかけて、一口飲んだ。
「じゃあ、私は何の為にここに……?」
「このホシでそんなこと、気にしちゃダメ」
リジーも笑いながらビンを受け取り、喉を潤した。
「……」
黒人は少し目を見開いて、やがて微笑んだ。
「まぁ、そういうことだな」
ウィズもビンを手にして、クレーターの方を見やった。
もう水のタンクは跡形も無い。
そしてその向こうには、例の一本道が復活していた。
「…ほらな」
「ホントだ」
「ヒドいよね」
「ヒドいはヒドいでしょ」
プランジは少しフクレて見せた。
「ねえ、あれ!」
とリジーが指差すと、ちょうど地平線から太陽が顔を見せたトコロだった。
そして道の先の地平線辺りには、朝日に照らされて輝くイエの先が見えていた。
「……キレイだね」
「あぁ」
「本当に……」
一同は、その荘厳な景色に見入っていた。
側では、ネコがプランジの顔を見上げていた。
今回も、ネコは見ていた。砂漠の中から現れた黒人は、プランジと『ヒュー』…
ネコが名付けたその小さな光の幼児版プランジ…に導かれてイエにやってきた。相
変わらず『ヒュー』の姿はネコ以外には見えていない様だった。今回も黒人を珍し
そうに見ていた『ヒュー』は何をするでも無く、楽しげにしていた。一同の酒盛り
の場でも、キャッキャと笑っていた。砂漠のピクニックの時も、『ヒュー』は一同
の側にいた。
黒人が一人で一本道を歩き出した時、ネコはついて行った。それはこのホシが、
『ヒュー』が何をするのか、見ておきたかったからだった。果たして、砂嵐がやっ
て来た。ネコは黒人と二人で不安だったが、その様子も、恐らく『ヒュー』は見て
いたのだろう。あの砂嵐は、中でゾワッとするような邪気が渦巻く特別なものだっ
た。その中で黒人はネコを守り、そして『ヒュー』は黒人を守っている様だった。
プランジも、そして自分たちと合流したウィズやリジーたちも、同じ様な砂嵐を
経験した。それはドス黒い何らかの意思が見え隠れする、危険な存在だった。だが
『ヒュー』はその全員を守ったのだとネコは思っていた。
そしてプランジが何処かに飛ばされた時も、あの砂の柱ーー恐らくあのモヤモヤ
がまた中にいたーーが襲ってきた時も、黒人が砂に飲まれた時も、『ヒュー』は何
かを強く感じている様だった。そしてあの水タンクの前で、『ヒュー』は口笛を吹
く様にヒューっと鋭く息を吹いた。そのタイミングで、プランジと黒人は『飛んだ』
のだろう。
その後、『ヒュー』はプランジ達の戦いを見ていた。塵りゆく水と砂の中で、そ
の中心に現れた小さなゾワッとする何かが微かな気配を残して消えた時も、真剣な
眼差しで見ていた。
あのモヤモヤが消えたのは、プランジたちが撃退したのか、『ヒュー』が何かし
たからなのか、それともあの流星ーープランジが言う『ヒュー』のせいなのか、ネ
コには分からなかった。
そして今、小さな光の『ヒュー』はプランジと黒人の間で無邪気に笑っているー
ー。
ネコは、この存在は何なのだろうと目を細めて見ていた。
「ちょ、ちょっと!」
プランジが声を上げた。ウィズとリジーが振り返ると、黒人の体が光り始めてい
た。
「え」
「マジかよ」
「起きるべきコトはもう起きたってコト?」
ウィズとリジーはもう驚かなかった。
「コレは……例の?」
黒人はフシギな気分だった。聞いていた通り、体から何かが湧き上がってくる様
な、それでいて何もかも理解した様な安らかな感じ。
「……」
黒人はプランジたちの方を見やった。確かに、自分の役目はいつの間にか終わっ
ている様だった。何故か、それを感じていた。
一同も、名残惜しそうに見つめ返した。
「……元気で」
ウィズは半分くらい水の残ったビンにコルクで栓をして差し出した。
「何か、色々ありがとう」
「………」
黒人はビンを受け取って頷いた。
「ーーー」
プランジは、また行ってしまう人間に、何と声をかければ良いのか分からなかっ
た。何処かやるせないーー自分ではどうすることも出来ないことに、流されている
自分が悔しかった。でも、何処かやり切ったーーやるだけやった感はあった。
「待ってる子がいるから」
黒人はビンを握りしめ、もう片方の手をプランジに差し出した。
「………」
プランジは、笑顔を作った。
その姿に、黒人は微笑む。
「……じゃあ」
「あ……」
そして、黒人は光に包まれて消えた。
最後にプランジが差し出した手は届かなかったが、その笑顔はプランジの目に焼
き付いていた。
それは静かな、砂漠の夜明けでのコトだった。
* *
黒人は、ハッと目を覚ました。
そこは夜の砂漠の一本道。
目の前には大きめの砂丘が迫っていた。
「!!」
黒人は反射的にブレーキを踏み込んだ。
タイヤが軋む凄まじい音と衝撃。
黒人の体はハンドルに押し付けられたが、ブレーキは全力で踏み込んだままだっ
た。
バスはドリフトしながら横に半回転し、ギリギリ砂丘にブツかる手前で停止した。
「……!」
黒人は肩で息をしながら運転席の外を見上げた。
すぐ側まで砂の壁が迫っていた。
「おい、大丈夫か」
声に向くと、後ろにいた男と女性が側に来ていた。
「す、すいません。そちらこそ大丈夫ですか」
「大丈夫だけどよ…」
「ちゃんと運転してよね」
女性はインド系、男はゲルマン系だった。
黒人は素早く計器を見回した。
「ホントにすみませんでした。車は大丈夫そうなんで」
「マジかよ……」
ブツクサ言いながら席に戻る男。
黒人はため息をついた。
その前に、水の入ったビンが差し出された。
「?!」
見ると、女性がビンを持っていた。
「落ちてたから、これ」
「……ありがとうございます」
ビンを受け取り、席に戻る女性を見ながら、黒人は何かを感じた様な気がしてい
た。
「ーーーーー」
黒人は、手に持ったビンを眺めた。
……こんなに傷だらけだったっけ?
「……」
正面を見ると、元来た道が見えていた。
あの向こうには、自分達が出発した街がある。
そしてその先にはーー。
その地平線の向こうは、もう夜が明けつつあった。
黒人は思った。
客を送り届けて、早く帰ろう。
あそこにーー待っている子がいるのだから。
そう思いながら黒人はコルクを開け、水を一口含んで飲み干した。
「さて、行くか」
黒人はギアをローに入れてアクセルを踏み、ハンドルを切った。