2「Worm」
ホシに、とある老いた大学教授がやってくる話です。
まだホシに慣れていないウィズやリジーがホシのシステムに
何となく気付いていく感じです。
そこは、遠く離れた宇宙。
とあるフシギなホシに、青年とネコが住んでいた。
直径が30キロ少々しかないそのホシはその時々で姿を変え、
彼らはその度に振り回されながら暮らしていた。
そこに、二人の男女がやってきた。
それは偶然なのか、それとも他の誰かが意図的に行ったことなのかは
誰も知らない。
ただ、時折このホシに降って来る流星は我々の知っているそれとは
いささか違い、たまにホシに何かをもたらすモノの様だった。
そして、時々それと共に見えたりする緑色の光ーーーーーーーー
青年はそれに何処か惹かれていた。
その日、青年プランジとネコは早起きして身の回りの掃除をしていた。
使っているのはホシに建つ高い塔、通称イエの中に無限にある部屋から見つけて
来た掃除機……ではなく、公園で落ち葉を吹き飛ばす様なヤツの強力タイプの送風
機なのだが、一つ一つが広く天井の高いこのイエの部屋では結構有効だった。
それは結構大ざっぱなプランジの性格には合っているものの、後からこのホシに
やって来た男:ウィズや女性:リジーが見たら顔をしかめたことだろう。特にリジ
ーの性格からすると「吹き飛ばしたホコリは何処へ行く訳?」ということになりそ
うな代物だった。
今はまだそんなことまでは知らないプランジは、ふざけてネコに風を送ったりし
て迷惑そうな顔をするネコと戯れていた。
簡素なベッドしかない、白色のキレイな部屋だった。
ウィズは隣の蒼い部屋で目を覚ました
高すぎる天井と殺風景でスペースのありすぎる部屋に一瞬顔をしかめたが、さっ
さと起き上がって元軍人らしくピシッとベッドを整えた。手の届く場所にあるライ
フルやナイフ等の確認も忘れていない。全て問題は無かった。
「よし」
さて、やるかーーウィズは身支度を始めた。
やることはヤマホドあった。まずこのホシの把握。脱出手段の模索、食料・水の
確保等々。まぁ、ラストのはプランジが長年生きていたのだから恐らく大丈夫だろ
うが。
一体、いつまでこのホシにいることになるのやらーー。
リジーが目覚めたのは更に隣の赤い部屋だった。
「……寝覚め悪っ」
見ようによっては血の色っぽい空間に少し悪態をついてから彼女はムクリと起き
出した。
昨晩別れる時に「寂しいなら御一緒しようか?」とウィズが真面目な顔で珍しく
軽口を叩いていたっけ。ここまで広くて寒々としているならそれも良かったか、な
どと思いながら彼女は服を着た。そうそう、服も探さなきゃ。女モノのある部屋、
なんてのもあるんだろうか。
「……」
少し辺りを見回してリジーはふと思った。
まさか起きたら一人っきり、なんてことはないよね?
リジーが部屋を出て行くと、ちょっとしたグランドほどはある廊下にウィズが出
ていて自分の部屋を覗いていた。ライフルや荷物もひとしきり持ち出している。
「おはよ。どうした?」
「いや…」
部屋の中からはプランジのはしゃぐ声と先の掃除機の機械音が聞こえていた。無
理矢理乗り込んで掃除をしているらしい。ライフル等は危ないので持ち出したのだ
ろう。
「……」
普段は使っていなかったという話だったっけ。実はそんなに掃除もしていない部
屋にアタシ達を入れたのか?リジーは少し片眉を上げた。そこに顔を出すプランジ。
「おはよ。そっちも掃除しよっか?」
「……まぁ」
プランジが赤の部屋を掃除している間に、ウィズとリジーは食事の準備をしてい
た。と言っても積んであった缶詰に少々手を加えるだけなのだが。
「眠れたか」
ウィズは手を動かしながら聞いた。
「うん、嘘みたいに」
「俺も……まぁこのホシに来てからはずっとそうだけどな」
「ねぇ」
リジーは言いながら積み上げられた缶詰に目をやった。
「……」
見渡すと、かなり沢山の種類があるようだ。
手に取ると、二人の知らない会社製のも多々ある。
不思議なことに、製造年月日や賞味期限の表示が見当たらなかった。
「これ大丈夫な訳」
「アイツが食ってて大丈夫だからな」
そこは、メインの入り口付近にある巨大な空間で、普段はリビングスペースとし
て使われていた。巨大なアイランドキッチンと側にある真四角で背もたれの無いベ
ンチ以外は何も無く、明るい日が差し込んでいた。
リジーは天井を眺めながら呟く。
「この建物は何だろ」
「さぁ、構造は昔のフネっぽいな」
「…外壁の彫刻とか、観た?」
「あぁ」
「あれプランジが自分で彫ったんだって」
「ほぉ」
芸術方面にはさほど興味が無いウィズは曖昧に答えて天井を見上げた。確かに最
初からこの趣で建てたにしてはヘンに広すぎだし間取りが微妙で全く使い勝手が悪
い。
もっとも、このホシで理屈の通ったことを期待するのもおかしいかーーなどとウ
ィズは考えていた。
やがてプランジとネコもやって来て、食事に加わった。
彼によると、この缶詰はイエの上階にある螺旋状に無限に続く部屋で見つけるの
だと言う。そこにはズラッとドアが並んでいて、プランジは長い時間をかけてそれ
を開けてきたのだが、まだ全てを開けられてはいないらしい。開けて行くと、そこ
は服の部屋だったり映像ディスクの部屋だったり缶詰の部屋だったり何も無い部屋
だったりと、その時々で趣の違う部屋が現れる。なので何も無いこのホシでも大抵
の生活は成り立つ訳だ。
ただ、時々配置がひとりでに変わっているのがこのイエ風で、前にあったモノに
たどり着くのが中々難しいらしい。なので見つけた時ごとに必要なものは出来るだ
け持ち出すのがこのイエでは良策なのだった。
缶詰や水の部屋・・というのが生活において最も重要な部屋になる訳だが、勿論、
見つからない日もあるという。蓄えが無くなり、部屋を開けても開けても空っぽだ
った時には流石に死を覚悟することもあるらしい。
そして缶詰も、常に食べ物が入っているとは限らないらしく、空っぽのときも、
スポンジだけ入ってる時も、虫が入ってたりする時もあるようだ。
「ちょっと!ここに積んであるのは大丈夫なの?」
「ああ、それは大丈夫」
今では振ったり叩いたりすれば、中身が何か分かるまでになっているのだという。
「……」
リジーとウィズは、一度聞いていたとは言え、そんなプランジの生活に改めて驚
いていた。
ネコは、そんなこともう普通だよという顔で飲み食いして、既にベンチで丸くな
っていた。
食事を済ませると、ウィズはイエの探検に出かけた。
取り合えず電子機器系が無いか、メインパワーがどういうモノなのか。
プランジが付いて行こうかと言ったが断った。大体の話は聞いたし、後は先入観
ナシでイエを観てみたかったのだ。
永遠にドアが続く廊下、永遠に続くコインランドリーはすぐに見つかった。確か
にどちらもその廊下の先は全く見えない。だが思った程暗くはなく、そこそこの照
明はあった。
「ふむ」
ウィズはランドリースペースを少し入り、渡されたコインを投入してみるとラン
ドリーマシンは普通に動いた。何かしらのパワーソースはありそうだった……が、
それは容易には見つからなかった。ランドリーマシンを一通りバラしてみたが、電
源は無かった。ミスト上の水分が送られて来るダクトと、未知の技術のボックスが
ある程度だった。
「マジかよ」
そう言えば今朝のプランジの送風機もコードレスっぽかったっけ。それを充電す
るようなモノは確か見当たらなかった。
「……」
ウィズは途方に暮れて天井を振り仰いだ。
結局ウィズはイエの探索にほぼ一日を費やしたが、パワーソースは何階あるか分
からない上階部分から、電源コード等ではなくそれぞれ無線的なモノで送られてい
るということ位しか分からなかった。
ウィズが帰って来ると、リビングスペースにある大きな四角いベンチでプランジ
とリジーが親しげに話をしていた。
リジーはもうネコと仲良くなったらしく、膝の上で仰向けになったネコと遊んで
いた。
「あ、おかえりにゃー」
とネコの両手を上げて見せるリジー。
そんなキャラだったっけ?とウィズは思ったが、苦笑するに留めておいた。
フネでムッスリしているよりはずっといい。
「どうだった?」
プランジがいつもの屈託無い笑顔で聞いて来る。
「まぁまぁだな」
なるほど、こんな感じでずっと話しているのだなとウィズは思った。
リジーがすぐに打ち解けるのも頷ける。あまり警戒心が無いタイプーーずっと一
人で生きてきたにしては、妙に人慣れしている。何故なのだろうか。
ウィズは無限の部屋から持って来たウォッカをコンと置いた。
次の日、天気が良かったのでリジーとプランジは洗濯を始めた。
今まで一人分だったのが三人分。ソコソコ大きなドラムがいっぱいになっている
のを観てプランジはフシギな気分だった。
それでもリジーが自分の分を分けて洗うのが少しだけ不満ではあったが。
ネコはいつもの様にドラムのあったかいトコロで丸くなっていた。
「……」
すっかり薄着なロングのワンピースに着替えた彼女をプランジはじっと見つめて
いた。
そのワンピースは例の少女が来た時に探してきたものの結局サイズが合わずに使
わなかったものだった。
「……何」
「いや」
と恥ずかしそうに目線を外すプランジ。
「……」
青少年だねぇ、とリジーは微笑む。
自分の息子が大きくなっていたら、こんな気分なんだろうか。そう言えばこの子
は、性処理はどうしてるんだろう。それなりにいい年頃だろうに。
そうリジーが思った時だった。
「!!」
プランジが突然走り出した。
「どした?」
「また、隕石が落ちる!」
走りつつ肩越しに叫ぶとプランジは更にスピードを上げて走り去った。
元気だねぇ、と思いながらリジーは少し洗濯機を見て逡巡したが、そのままにし
て出て行くことにした。
ネコは丸くなったまま少し目を開けた。
「!」
プランジが外に出ると、隕石が落ちたのは少し先の丘の向こうだった。迷わず走
り出すプランジ。この日の外はちょっとしたイギリスの田舎風な大地で、短めの草
に覆われた丘が幾つか続い向こうはちょっとした森になっていた。
「体力バカだな…」
永遠の部屋の捜索をしていたウィズも遅れて出て来たが、凄まじい早さで丘を登
って行くプランジに舌を巻いた。
「……!」
一心に走るプランジ。
今回は室内に居たので、隕石本体は直接視認出来なかった。
それでもプランジは、それが例の緑色の光を伴ったヤツであることを確信してい
た。
ーーならば、また誰かが来るのか?
丘を越えると見えて来た隕石の落下点からは土煙がモウモウと上がっていたが、
周りには特に誰もいなさそうだった。
「あれ?」
着地点と思われる場所は森に入る手前の地面で、辺りにはまだ土煙が漂っていた。
スピードを緩めながらプランジは丘を下って確認したが、やはり誰もいない様だ
った。
「……?」
プランジは森の方を見た。ならば、居るとすればーー
ウッソウとした森を入ると、すぐに涼し気な空間が広がっていた。
プランジが歩いて行くと、先の倒木の向こうから何やら声がした。
「おかしい」
プランジは思った。やはり、また新しい人がやって来たのだ。
「……」
近づいて行くと、アウトドア系の格好に大きなリュックを背負った初老の男性が、
小さなシャベルを使ってあちこち穴を掘っていた。
「ん~実におかしい」
プランジはゆっくりと近づいていった。胸が高鳴っていた。また緑色の光を伴っ
た流星に連れられて誰かがやって来た。今度は何が起こるのだろうか。
「あの…」
プランジの声に老人は振り返った。
「おぉ、君はこの土地のモノか?」
「あ、はい、まぁ」
老人は立ち上がって近づいて来た。
「キミ、この土地はおかしいぞ。虫が全く見当たらない」
「はい?」
老人は元気に立ち止まり、しばらくプランジの顔を覗き込んだ。
「……」
プランジは少しドギマギした。こんなに年上の人間と実際に接するのは初めてだ
った。
「な、何です?」
「いや、失敬。うたた寝してて起きたら見知らぬ土地にいたのでな。職業柄気にな
ってしまった。時に、ココは何処かな?」
プランジはちょっと戸惑った。なんて言えばいいんだろう。
「えっと……多分遠いトコロ、です」
「ほぉ?」
そこにリジーとウィズが追いついて来た。
「わ、ニューカマー」
「大丈夫か」
「うん、何かココがヘンなんだって」
「それは間違い無い」
ウィズは言いながら立ち止まり、老人を見やった。歳の割には元気そうに見える。
特に危険
物質等は持ってなさそうだった。
「じゃなくて、虫がいないんだって」
「その通り、これは自然界にしてはカナリヘンだぞ。もしかしてココは人工天体か
?」
ウィズとリジーは顔を見合わせた。
「まぁ…」
「正直否定は出来ませんが」
軍隊出身らしく年上には敬語を使ってウィズは言った。
「色々話を聞きたいですね」
夕暮れ時にイエに着いた老人は、話を聞く間もなく眠り込んでしまった。
着く前に聞けたのは、老人は昆虫学の教授であること、その大学はウィズも知ら
ない場所にあること、確かにあの森には植物はあるが動物や昆虫などはいないこと、
位だった。
実はウィズも薄々気が付いてはいた。
砂漠の時も草地の時も、思い返せば虫や鳥の鳴き声は全く聞こえなかった。何度
かスキャンして見ても、確かに3人とネコ以外の生物反応は無かった。それは、や
はりこのホシが何処か他とは違う存在だからなのだろうか?
イエの入り口近くのポーチで横になった老人の側で、ウィズは悪いと思いながら
も持ち物をザッと検査してみた。身元がわかる様なモノは無かった。と言うか、書
いてある住所やホシや大学が、ウィズのデータベースには無い物だった。
そして、何故か名前が書いてあるトコロはちょうど削れていて読めなかった。
「よく分からんな…」
それは、自分たちと同じ状況に見えた。このホシ以外の場所の肝心な記憶や記録
だけが、抜け落ちている。
「……」
「勝手に開けちゃダメでしょ」
いつの間にかリジーが側に来ていた。
「確かにな」
「で、何か分かった?」
リジーがイタズラッっぽく聞いたが、ウィズは首を横に振った。
「…ココが何処かも、相変わらず分からない訳だ」
「そうだな…」
老人は呑気な顔で寝息を起てていた。
「ニャン」
二人が観ると、老人の背中側にネコが来て丸くなった。
「……」
フッと肩の力を抜く二人。
そして二人は、暮れ行く丘の方をじっと眺めた。
「じいさん……本当に、いなかったのかな」
とリジーが言ったのは、フネにいたもう一人の老人のことだ。
「実はいて、無事帰ってくれてればいいが」
ウィズは、その老人の物か自分の物かよく分からないドッグタグを身につけてい
た。
「ね…」
ウィズは軽く微笑んだ。
何らかの方法でココを出られるならーー或いは、元居た世界に戻れるのかも知れ
ない。
だがそれが如何なる方法なのか、今の二人には分からなかった。
夜中に起き出した老人は、辺りを見回してようやく昨日のことを思い出した。
暖かい毛布がかけられていて、側には軽食と飲み物が置いてあった。それを平ら
げ、すっかり身支度を整えた老人はもう一つのポーチでネコと一緒に横になってい
たプランジをつついた。
「んぁ」
プランジは少しして目を覚ました。
「君、ちょっと森に行ってみないかね」
「ふぁい?」
フラフラと起き上がるプランジ。側で丸くなっていたネコは毛布と一緒に落下し
て「ウナッ」と言った。
二人は、夜更けの涼しい空気に当たりながらゆっくりと丘を登った。
運良く、森はまだ丘の向こうにあった。
実はプランジは心配していたのだ。いつもの様に、行ってみてもしも森が無くな
っていたら老人はさぞガッカリしたことだろう。
二人は森に入ってしばらく歩いた。
老人はリュックから暗視ゴーグルの様なモノを取り出して暗い中をズンズンと進
んでいた。
「ライトなど当てると虫がビックリするからな」
「へぇ…」
プランジは暗闇に慣れていたので暗視ゴーグルなど無くても実は大丈夫だった。
ただ、相変わらず虫の気配は無い。
もっとも、プランジは老人に言われるまでそんなことには気づかなかった訳で、
少々自分の感覚に自信が無くなってはいた。「人は認識して始めてソレに気づくー
ー胃のクスリが出来るまで、人は胃痛など知らなかったーー」って、どっかで見つ
けた本に書いてあったっけ。
しばらく歩いて、二人は大きな木を見つけて登った。プランジはパルクールでパ
パッと上がったが、老人は少々時間を要した。プランジが引っ張り上げつつ十数メ
ートル登ると、周りの木々の上に出た。そこは開けていて、月明かりが差し込んで
いた。
「ふぅ、やれやれ」
「いい夜ですね」
プランジと老人は星空を見上げる。静かな夜だった。
やはり、ムシの気配は無い。
老人は珍しくーーと言ってもまだ会ってから一日だがーー無口になった。
「……」
プランジは何かを話しかけようとしたが、言葉が見つからなかった。
老人のその哀し気な瞳は、虫のことだけでない、別の何かを感じさせていた。
「実はな」
しばらくして、老人は夜空を見上げたまま静かに語り始めた。
「今はもう教授では無いんだ」
「………」
老人は哀しげに笑んでプランジを向いた。
「今は何モノでもない」
と言って老人はまた夜空を見上げた。
「ココに来て、思い出したことがある」
それが何を意味しているのか、プランジには分からなかった。
「……」
その瞳の中の深い哀しみに、プランジは戸惑っていた。
だがその時、彼は別の何かを感じ取った。
「!!」
ゾワッとする感覚。
それは、あの日『飛んだ』先の金属に囲まれた空間でアレを観た時に感じた気が
する。
このホシには無かったモノが、いるーー。
プランジはザッと立ち上がって、木々の間の闇に目を凝らした。
何も見えなかったが、彼はハッキリとその気配を感じていた。
「降りましょう」
「ん?どうした」
「分かりませんけど!」
バッと老人を抱え一気に木を駆け降りたプランジは、注意深く辺りを見回した。
「おいおい、びっくりさせるな」
「シッ」
確かに、何かがいるーーその時。
「…羽音?」
老人が呟いた。プランジも気づいた。
微かに虫のモノらしき羽音がしている。だが方向は不確かで、怪しい気配と同一
のモノなのかは分からなかった。
「プランジ!」
遠くからウィズの声がした。
観ると、ウィズとリジーが走って来ていた。
ウィズはスナイパーライフルを手にしていた。リジーも一応自分のリボルバーを
抜いてはいた。
「大丈夫?」
合流した一同はまだ警戒を解かなかった。謎の羽音はまだ微かに聞こえていた。
「どうしてココが」
「起きたらいないし、森に何か気配がな」
ライフルを低く構えたままウィズは言った。
気配ーーそれはデータには全く現れるものでは無かったが、彼も確信していた。
何かが、間違いなくいるーーそしてそれはーー。
「なぁ、とりあえずあの羽音の主を探さんか、物騒なモノは仕舞って」
老人は勿論例のモヤモヤのことなど知らない。
説明しようとしたプランジはその老人の肩越しに、奥で横切る小さなモヤモヤの
様なモノを見た。それは一瞬だったが、とても小さな、カナブンサイズの虫の様に
も見えた。
「ウィズ!」
プランジが声を上げるより早くウィズは発砲していた。
「おいっ!」
とたんに羽音は止み、辺りには静寂が訪れた。…老人の声以外は。
「何故撃つ?」
「まぁまぁ」
「当たった?」
「いや……それに」
「それに?」
例のモヤモヤであるなら、ライフル弾など効きはしない。
あれが例のモヤモヤであるのか、違うのか、そもそも全く違うモノなのか、現時
点では分からなかった。
「……」
しばらく闇が続き、やがてウィズは構えを解いた。
もはや気配は感じなかった。逃げたのか、それとも見逃してくれたのか?
ウィズとプランジは顔を見合わせた。
「…ったく、貴重な虫を撃つなど、最近の若いモンは」
「まぁまぁ、危険かも知れなかったんで」
老人はブツクサ言っていたが、一同はとりあえずイエに戻ることにした。
「さっきのヤツだが」
気を利かせて距離を取って後から付いてくるリジーと老人に聞こえない様にウィ
ズは尋ねる。
「フネで会ったヤツか?」
「うん、多分」
「前にこのホシで見たことは?」
「多分無い」
「多分ばっかだな」
そっと一度後ろを確認してから、ウィズは言った。
「後で話がある」
「あ!洗濯物!」
イエに帰るとすぐ、リジーは今朝から洗濯機を放り出しっぱなしなことに気づい
て永遠のコインランドリーに向かった。
「じゃあ手伝って」
「何故私も?」
「ついでに色々洗ってあげるから」
リジーは察して、老人を引っ張っていった。
ポーチに腰掛けて、ウィズとプランジは話をした。ネコは何故か側にいて話を聞
いている様だった。
ウィズは、フネであのモヤモヤと会った時のこと、それ以前のスナイパー時代に
も出会っていることをプランジに伝えた。リジーもひょっとしたら昔出会っている
かも、ということも。
あの時、恐れは無かったのか?と聞いたが、プランジの答えは「二人がいたから
大丈夫」だった。実際あの時あのモヤモヤに直接触れたのはプランジ一人な訳だが、
いくら聞いても結局アレが何だったのかは分からないままだった。
洗濯から帰ってきたリジーと老人は、洗濯物をササッと干すと早々に寝てしまっ
た。
プランジとウィズは一応、一人づつ見張りとして起きてはいた。と言ってももう
夜明けも近かったので、お互い一時間ほど寝ただけだった。ソレでも割と安心感の
ある眠りで、ウィズは目覚めた時少し驚いたものだ。
ちなみにその時起きているハズのプランジも側で爆睡してはいたが。
次の日、彼らのブランチはパンとスクランブルエッグとハムだった。
缶詰にパンはあるとしても、卵は?とリジーは思ったが余り考えない様にして作
っていた。
「……」
相変わらず無造作に広い空間に広すぎるアイランドキッチンが、落ち着かない様
で落ち着く、妙な気分だった。
ネコと二人っきりの時は、プランジはココでどうしていたのだろうか。
「今日こそは何かしら虫の痕跡なり手がかりなりを見つけたいモンだ」
朝食の席で、老人は張り切っていた。
ウィズ達は昨日のことがあるので少し敬遠気味だった。
「一応危険もあるとみておいた方が」
「何がかね」
「俺たちがこのホシに来る時に、結構危険なヤツと遭遇しています」
「それが昨日居たと?」
「ええ」
「あの小さな虫がそうだと?!」
老人はガンとして聞かなかった。
プランジは昨日の老人の表情を見ていたので、ムゲに反対はしなかった。
結局、老人とプランジで出かけ、ウィズとリジーはイエで待機ということになっ
た。
と言うのも、この日、森は丘の一つ二つ向こうに移動していたからだった。
「何と」
「よくあるんですよね、これ…」
イエとあれだけ離れてはキケン、と言うのがウィズの意見だった。
もっとも、プランジなら何とかするだろう…ホントにキケンが迫ればイエの上階
から狙えるかもだし、退路を確保する意味でも後ろに居た方が良い。ウィズはそう
言っていた。
ネコも最初は行きたそうな顔をしていたが、リジーが抱っこするとそっちの方が
いいらしく目を細めてゴロゴロ言っていた。
「……」
森までは徒歩で一時間程度だった。
老人は少し思い詰めた様な表情で歩いていた。
プランジも特に会話を切り出そうとはしなかった。
ホシのせいで、無駄に歩かせて申し訳なくも思っていた。
一応ウィズとリジーはイエのある程度高い場所に登り、二人を視認していた。
「結局」
「ん?」
「あの老人の名前、まだ聞いてないな」
「そうだね」
「どこのホシの人間かも、分からないままだ」
「まぁね…でも」
「ん」
ウィズはライフルのスコープから目を離してリジーを見る。
「どうせ分からない気がする」
リジーは達観した様に地平線の方を見つめたまま言った。
「何となくさ」
スコープに目を戻したウィズは少し間を空けて、
「そうかもな……ただ」
「ただ?」
「帰れる方法、何とかこの先見つけなきゃな」
「そうだね…」
スコープの先では、プランジと老人が歩いていた。
もっとも、ウィズの左目は実はスコープ無しでもそれなりに遠くを見る事が出来
たのだが。
側ではネコも、周囲が明るさで縦に細くなった黒目で、行く末をじっと見守って
いた。
二人が最後の丘を越えると森…のハズが、越えるとまた遠くになっていた。
「?!」
「こりゃあ……着けるのかね」
プランジは苦笑するしか無かった。
「……難しいかも」
同様にウィズ達も驚いていた。
「今の見たか?!」
「見た……と言うか見えなかった」
「イキナリだな」
ウィズの目はまだ二人をしっかりと捉えてはいたが、その背景の突然の変化は予
想外だった。
プランジの話では光の輪が広がってホシが変わる……んじゃなかったか?
「こいつは手強い」
「まだまだ、知らないことだらけってことね」
「ああ」
その時、ウィズの目は森から微かに湧き上がる何かを確認した。
「上等だ」
それは、小さな黒っぽい点の様だったが、数が尋常では無かった。
まるでイナゴの大軍か何かの様に、ドンドン森から湧き上がっていた。
「あれは・・虫か?!」
老人とプランジも気づいていた。
だがより近くにいるプランジの目には、虫の形はしているがその一つ一つは例の
モヤモヤで出来ている様に見えた。
…昨日のヤツか?ゾワッとする感じは同じモノだった。
「イナゴなら」
老人は言った。
「逃げた方がいいのだが……あれは」
「まだよく分かんないですね」
プランジは考えた。戻るか?それとも森まで走るか?
……キケンは分かっていたが、それでも森の方が近い。
「走りましょう」
と言うより早くプランジは器用に老人を持ち上げ、走り出した。
「!?おいおい」
走りながらこれまた器用に老人を背に移動させ、スピードを上げた。
「走ってるよ」
「マジか…だがいい判断かな」
ウィズはライフルの弾を特殊爆裂弾に変え、虫達の先頭集団に向けて放った。
ネコがフーッとうなり声を上げる。
ドウッ!
その特殊弾は虫の集団の先頭当たりで爆発した。
大して効いたとも思えなかったが、集団の速度は気持ち削がれ、多少は集団が散
った様だった。
下では老人が驚いて空を見上げていた。
「な、何じゃ」
「ウィズの援護でしょ」
何度かの爆発の中、プランジは驚くべき体力でスピードを落とさず森へ駆け込ん
だ。草木の密集している辺りでしばらくやり過ごしてから、二人は森の中心へと歩
き出した。
微かに羽音は何処かから聞こえている様だったが、あのモヤモヤ虫の気配は感じ
なかった。
「危なかったな。まぁ、ああ見えても触れば意外と大丈夫だったかも知れんが」
いや、ヤバかったと思いますよ、とプランジは思ったが黙っておいた。
森の中心部に近づくにつれ、ドンドン木々は深くなっていった。
だが相変わらず虫の気配は無い。先ほどのモヤモヤたちの気配が嘘の様だった。
老人はまた口数が少なくなって行った。
「……」
プランジもそれ以上突っ込みはしなかったが、時々プランジに目を向けて何か言
いたげな顔をする老人に時折微笑を返したりはしていた。
やがて森の中心と思われる場所に、そこそこ広い湖が現れた。そこは開けた場所
で光が溢れていたが、水は緑に濁っていた。
「これは……」
老人は驚いて辺りを見回していた。プランジは声をかける。
「……知ってる場所ですか?」
老人は答えず、湖のフチをスタスタと歩き始めた。
何かを探している様だった。
「……?」
結局湖の周囲を半周ほど歩いて、湖を見下ろす小さな丘に着いた。
ソコには枝を四方に広げた大きな木が立っていて、心地良い影と風が二人を迎え
た。
「驚いた」
木陰にどっかと腰を下ろして老人は言った。
「ココは故郷とそっくりだ」
「故郷?!」
この人のホシ?プランジはすぐには飲み込めなかったが、老人に促されて側にし
ゃがんだ。
「子供の頃しか居なかったんだが」
老人は懐かしそうに視線を巡らせた。
「そこで、キミに出会った」
「ハイ?」
「あれはまだ夏になるだいぶ前の頃、季節外れに出て来たセミの幼虫を見つけてな」
「は、はぁ」
「ワシは辺りを見回したが勿論仲間達は土の中だ。完全に早く出過ぎてしまってい
た」
「そうですね」
プランジは一応虫の図鑑でセミのことは知っていた。7年以上も幼虫のまま土の
中にいて、
成虫になって外に出たら一週間で死ぬ虫だ。
「そりゃあ不安だったし訳が分からなかったろうな。キミの様な目をしていた」
「へ?」
「勿論ワシは土を掘って埋めてやったよ。その後どうなったかは知らないが」
「ちょ、ちょっと待って」
老人は気にせずに話し続けた。
「そして夏が過ぎ、秋に差し掛かった頃に、また出会った」
「…えっと、ホントに虫の話ですか」
「それが同じセミとは限らない。多分違うじゃろう」
「そりゃ、まぁ」
「だがな……やっぱり今のキミの様な目をしていた」
「え、やっぱり俺が虫?」
閉口したプランジに老人は優しく笑みを見せた。
「このホシに来て最初に会った君の瞳で、それを思い出したのだ」
「……」
老人は側の地面に触れ、優しく撫でた。
「そして、ココにもう一度埋めてやった。その後の事は知らん。ワシもこの場所を
離れ、長らくそのことも忘れていた」
どうやらホントにプランジに会った訳ではない?らしかった。
老人は木漏れ日を見上げる。
「ココはーー何なのだろうな」
「ウィズとリジーも、そう言います」
「不思議な場所だ……だが妙に心地良い」
「ええ…ただ、ココはココで大変なんですよ」
プランジは爽やかに笑った。
「で、何か動きは?」
「無い」
イエのリジーたちはしばらく放っておかれたままだった。
二人とネコは数階上に上がり、先程よりは視界が開けていた。前には見えなかっ
た湖が見え、
二人の反応はその辺りに留まっていた。
ネコは側で丸くなっていた。
「通信機とかは無い訳?」
「それは結構探したが」
モチロンまだ探し始めて数日だが、恐らくこのホシには無いだろう。
相手に機器さえあれば、実はウィズは単体で連絡は取れるのだがこのホシではそ
の手の反応が全くなかった。
「…アレ?」
リジーがふと声を上げた。
見ると、ネコも顔を上げてジッと見ていた。
「どうした」
「地面が」
ウィズは地面を見たが、特に変わった様子は感じなかった。
「…少し色変わってない?」
リジーはつぶやく様に言った。
「ーー?」
ウィズには認識出来なかったが、確かに何かが起きようとしている様だった。
湖に、さざ波が立っていた。
爽やかでは無い微風。
老人とプランジは立ち上がっていた。
「何か」
プランジは辺りを警戒しつつ言った。
「ヤバげですね」
微かに地面も揺れ始めた。
「ああ…じゃが」
老人には何か思うトコロがある様だった。
やがて揺れは大きくなり、湖に巨大な波紋が出来始めた。
「!」
「今回は、放っておくまい」
プランジはよく分からなかった。
だが考えるより早く、水面から巨大な節くれだった棒が突き上がった。
「!」
やがてその付け根辺りもカオを出し、それは水シブキを上げながら孤を描いて湖
のフチに突き立つと、また次の巨大な棒が突き出した。
それは巨大な虫の足の様に見えた。
カブトの様な、セミの様な、カナブンの様な。
やがてすっかり水から上がったその身体は、足の途中辺りからはどんどんモヤモ
ヤになっていき、頭部と思しき部分は判然としなかった。
「あぁ…」
プランジはその巨大さに驚いたが、フネで出会った巨大なモヤモヤとは何かが違
った。ゾワッとする感じはしない。むしろキレイで穏やかささえ感じさせた。
何だーーこれは。
老人は雨の様に滴る水を浴びていたが、それでも微動だにしなかった。
プランジは老人の様子を窺う。一緒に逃げようかとも考えたが老人は動く気配は
無かった。
何か覚悟がある…そういう表情をしていた。思えばずっと老人はそうだった。
「今度こそはな…」
ハッキリと、老人はその巨大なモヤモヤ虫を見据えて言った。
プランジも覚悟を決めた。老人には想うトコロが有るのだろう。ただ、もしもの
時は自分が盾になろうーーココは、自分のホシなのだから。そう思った。
やがて老人は、恐る恐る近づいて、その巨大な節くれ立った足にそっと触れた。
モヤモヤの部分が、一瞬ビュワッと揺れた様な気がした。
「……!」
やはりあのドス黒い邪悪なヤツとは少し違う様だった。あれよりも幾分透明で、
ユラユラとした水の柱の様だった。そして老人が触った所から、どんどんその透明
度は上がっている様に見えた。
やがてその虫らしき巨体はググッと少し屈み込み始めた。
「!」
前に出ようとしたプランジを制して、老人は懐かしそうに見上げた。
「あの夏の前に出会った時、もしまた間違えることがあったら、またワシが埋めて
やるよと言ったんだ」
老人は振り向いて、プランジにもう片方の手を差し出した。プランジは少し考え
てから、その手をゆっくりと握った。
「だから、秋近くになってまた会えた時には驚いた」
老人はプランジの手を太い足先に持っていって一緒に触らせた。
「モチロン頭では別の個体だと思ってはいたよ。だが何処かで自分は約束を果たし
たのだと思いたかった。だから、もう一度約束して埋めたのだ」
「ソレが…、コイツ?」
プランジも見上げて言った。
「さぁどうじゃろう。そう思いたいが」
老人は少し涙ぐんでいた。
「二回目に埋めた後、森を出る時にワシは振り返った。誰かがいた様な気がしてな。
ーー思い出した。ソレは、君じゃ」
「え?」
プランジはその唐突さ加減にビックリして老人を見つめた。
「……」
老人の深くシワの刻まれた瞳には涙がキラキラと光っていた。その瞳を見ている
と、プランジは自分の疑問などどうでも良いことに思えて来た。このホシでは、そ
れもありえることかも。そう感じ始めていた。
老人は続けた。
「じゃがそれっきりワシはそこには行けなかった。アイツがまた間違えて出て来て
いたらーーちゃんと戻れただろうか、ちゃんと仲間に出会えただろうか。それが、
ずっと気になっていてな」
老人のシワだらけの瞳からスーッと一筋、涙がこぼれた。
プランジは、虫を触っていた手にそっと力を込め、優しく声をかけた。
「……多分」
老人は涙に濡れた目でプランジを見やる。
「大丈夫でしたよ」
プランジは精一杯の笑顔を作って言った。何故かプランジの目にも涙が浮かんで
いた。
プランジは思っていた。
ーー老人が見たのが自分かどうかは分からない。勿論そんな記憶はプランジには
無かった。
でもーーもしも俺の知らないトコロで「飛んだ」りしていたら?
そして「飛んだ」時に別の場所に現れたりしていたら?
「ニャオン」
ネコは何かを察した様に鳴いた。
「何か見える?」
ウィズはスコープを覗いたまま答えた。
「でっかい、何か透明なムシの様なモノが見える」
「…そりゃまた正確な情報で」
ウィズは苦笑した。だがプランジと同じく、そこからゾワッとする例の悪寒は感
じなかった。
何だーーあのモヤモヤとは、別の存在なのか?
何か言おうとしてスコープから目を離しかけた時、彼は気付いた。
「隕石?!」
ソレは、常人にはまだ到底気付けないハズの高さにあるモノだった。
気がつくと、ネコは既に上空を見上げていた。
勿論プランジも気付いていた。
そして、今回もまた例の緑色の光を伴った隕石で有ることも。
その軌道は恐らく真っ直ぐコチラ方向だ。
プランジは涙を拭いて横の老人に声をかけた。
「あの、もうすぐ隕石が落ちて来るんで、移動しませんか」
老人も涙を拭い、清々しい表情で顔を上げた。
「コイツはーーと言うか、この世界はーーココで終わりかな」
「え?」
「ワシらにとってはだが」
「………」
プランジはよく分からなかった。だが、老人の表情にはちゃんと年月を重ねたモ
ノだけが持つ哀しみと豊かさがあり、それは自分には無いモノなのだ、と感じてい
た。
「何故か、そんな気がするんじゃ」
そして老人は虫を見上げた。大きな虫状のモヤモヤも、何かを理解した様に後ろ
を見上げる動きをした。ソレは少し頭をもたげ、ググッとかがみ込んだ。
「!」
その背中部分が破れる様に巨大な翼が現れ、バッと広がった。そしてその虫状の
モヤモヤは地響きを立てて飛び上がった。
「あぁ!」
ソレは飛び上がるに連れて足先の方までモヤモヤが広がりーー更に透明度が上が
っている様だった。
その刹那、流星がソレの下を掠めて通過した。
「それた?!」
プランジは自分の目測がズレたことに驚いていた。
ウィズはその軌道の変化をより正確に感じ取っていた。
数値的に明らかにずれたーーまるであの虫が元々の目標で、その飛翔に合わせて
それたかの様に。
掠めた流星は森の外れに激突し、巨大な噴煙をあげた。
だが一同が目にしていたのは、掠めたトコロで緑色の光を放ちながらチリジリに
分解していく、ムシの姿だった。それはあの時、落下したフネが吹き上げた光と同
じだった。
その分解されたツブは、更に小さくなって徐々に消えていっている様だった。
ウィズの目は、その中に一瞬、ドス黒いモヤモヤの小さな粒をとらえた。
「!!」
だがそれはほんの一瞬のことで、すぐに見えなくなった。
「ーー!」
ウィズはスコープから目を離した。確かに、あれはーー?
「相変わらず…」
横のリジーは勿論気づいてはいない。ネコは僅かに反応した様だったが。
「訳分かんないけど、キレイだね…」
ウィズは少しリジーのうっとりした顔を眺めてから、フッと散って行く光に目を
戻す。
「あぁ…悪くはないよな」
ネコのまん丸な目にも、映った緑の光がまたたいていた。
「………」
プランジと老人は、上空でチリチリと光が消えて行くのを立ち尽くして見ていた。
プランジも、先程一瞬見えたドス黒い何かに気付いてはいた。
ーーまた、このホシで何かが起こった。そしてあの緑の光が、また何かしたのだ
ろうか。
プランジには、「今回も、自分は何も出来なかった?」との思いがあった。でも
同時に今はーー、仕方がないのかな、とも感じていた。それが、このホシでずっと
生きて来た彼なりの考え方だった。
何より、満たされた表情の老人の表情にプランジ自身もどこか心躍るモノがある
のだった。
夕暮れ時、プランジと老人は森から帰って来つつあった。
イエでは、ウィズとリジーとネコが出迎えに降りて来ていた。
老人は歩きながら晴れ晴れとした表情でプランジに話しかけた。
「色々、世話になったな」
「いえいえ、ホント何もしてないですよ…ホント」
老人はすっかり元気を取り戻した様だった。
「しかしフシギなホシだな、ココは」
「えぇ、自分でも分からない事だらけで」
「はは…だが、この妙な心地良さはどうだ」
その言葉で、少し救われた気分になるプランジだった。
「このホシは……昔は、誰でも持っていたんだろうが……大事にするんだな」
「…はい?」
プランジは、何と返せば良いのか分からなかった。誰でも持っている…どういう
意味だろうか。よく分からないので、プランジは少し少し目を落として歩いていた。
「ニャア」
見ると、いつの間にか足元にネコがやって来ていて一緒にトコトコ歩いていた。
「やぁ。ゴハンは貰った?」
マダだよ、って言うかそれどころじゃ無かったよ、と言わんばかりにネコはプラ
ンジを見上げて一声鳴いた。
「プランジ!」
呼ばれてハッと前を見ると、ウィズとリジーがこちらに走って来ていた。
その視線の先ーー隣を見ると、老人が居なかった。プランジは驚いて立ち止まり、
振り向くとーー老人は少し前に立ち止まったらしく、少し後ろで立ち尽くして自分
の体を不思議そうに見つめていた。その身体は淡く緑色に発光していた。
その光は、プランジは観たことがあるモノだった。かつて同じ様にこのホシに来
た女の子。その子が居なくなった時と同じだった。
老人は光る自分の身体を見ていたが、やがてプランジの方を向いて言った。
「どうやら、ココまでの様かな」
プランジは驚いて駆け寄ってきた。
「ありがとう。とても楽しかったよ」
優しく手を出す老人に、プランジは呟いた。
「…まだ…」
何も繋がっていないのに、とプランジは言いかけて口をつぐんだ。老人はそんな
プランジの様子をゆったりと見ていた。
ウィズが走って来た。
「え、ホントに今帰ろうとしてます?」
リジーもやって来つつあった。
「まだ、色々と聞くことがあったんですけど」
老人は優しく頷いた。
「ワシにもよくは分からん……が、そう言うことらしいな」
老人は目を細めてプランジとウィズ、そしてまだ走ってるリジーを眺めた。
「…君たちは、マダの様かな」
ウィズはとりあえず手を差し出して、老人はソレを固く握った。
「……お元気で」
「あぁ」
老人は深く笑んでーー次の瞬間、光と共に消えた。
「え?マジ?!アタシ達は?」
リジーはゼエゼエ言いつつやって来たが、もう老人の姿は無かった。
「プランジが言っていた通り」
ウィズは老人の手を握っていた形の手を見つめながら言った。
「俺も触っていたが、老人は消えた」
「……」
「一緒に帰ることは、出来ないらしい」
「そっか……」
リジーはそっと立ち尽くしているプランジの方を見る。
プランジは少し落ち込んでいる様だったが、やがて顔を上げて切ない笑顔を見せ
た。
「また、3人だね……と」
プランジは足元に目をやる。側にいたネコがシッポでビシと足を叩いたのだった。
「4人だね」
イエに戻った遅い夕食の席で。
「で、あの老人、名前は何だって?」
リジーがフランスパンを切ってヨソいながら言った。その日のディナーは有り合
わせで作った小エビのアヒージョだった。
「あ、聞かなかった」
やっぱりか、と顔を見合わせるウィズとリジー。だが恐らく聞いても本人も覚え
ていなかったことだろう。
ネコは素知らぬ顔で側の容器のカリカリをパクついていた。
「まぁ、しばらくは」
ピンと聞き耳を立てる様にネコが一瞬顔を向けた。
「このホシに居るしか無いってことだな」
ウィズはウォッカを飲みながら言った。
ソレは意外にいける味で、その時のウィズはまぁそれでも良いか、と思ってはい
た。
「………」
リジーはちと眉を上げたが、何も言わなかった。
プランジは、ニッコリしながらパンをアヒージョに浸してかじっていた。
それにしても、何故ヒトが作ってくれたメシはこう美味いのだろうか、などと思
いながら。
と同時に、彼は考えていた。
あの老人が言っていた様に、自分が覚えていないトコロで、自分が何かしている
なんてコトがあるのだろうか?
ソレは非常に恐ろしいコトなのだが……だがこのホシでなら、あり得なくも無い。
いつか、何とかして突き止めたいモノだが。でもムリかな。
……ま、いっか。
とプランジはいつもの様にサラリと難しいことは振り払って目の前の食事に集中
した。
ゴハンを済ませたネコは、そんなプランジの様子を手にアゴを乗せて眺めていた。
ネコは今回も、ネコだけの目線で色々見ていた。
この間の小さな光のプランジーー『ヒュー』は、皆の側で興味深そうにあの老人
を見ていた。ウィズもリジーも老人も、『ヒュー』のことはやはり見えないらしい。
あの巨大なモヤモヤの虫が出て来た時も、『ヒュー』は恐らく驚き、そして面白
がっていたに違いない。あの緑色の光を伴った隕石があのモヤモヤを散らせた時ー
ーそれは『ヒュー』自身がやったのかどうかは分からないがーーそれはあのモヤモ
ヤの中に小さなドス黒い何かが現れ浸食しようとしたのを、緑の光が防いだという
ことのではないだろうか?その散っていく光の中で、『ヒュー』は笑っていた様だ
った。
そして、またあの老人は消えた。それは多分『ヒュー』自身の力ではどうしよう
もないことだったのだろう。その時も『ヒュー』はプランジと同じ様に寂しそうな
顔をしていた。でもプランジが顔を上げてウィズたちに切ない笑顔を見せた時、『
ヒュー』もまた切ない笑顔を見せて消えた。ネコはそれをずっと見ていたのだ。
ああ、自分も喋れたらな……とネコは思ったが、仕方無いので目を閉じた。
明日からはまた4人の生活が始まる。
次にやって来るのはどんな人間だろうか。
優しい匂いのする人間がいいなーーと思いながら、ネコは眠りについた。