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1.5「青年とホシとネコ」後編

『ヒュー』の序章の後編です。

いよいよホシに降り立つ男女と青年が早速ホシの変化に振り回され

たりします。

三人の名前も此処で決定することになります。

 そこに、緑色の光をまとった青年が現れた。


 それは一瞬のことで、勿論男も女性も、何が起こったのか分からなかった。

 ボウッと一瞬辺りが光り、その緑色の光はそこにあったドス黒い光をかき消した。

その光の中から現れた精悍そうな背中に、二人は釘付けになった。周囲に散った緑

色の光が収まり、スタッと着地した青年は一瞬不思議そうな顔をしていたが、左右

のモヤモヤと二人をササッと見回し、すばやく跳んで両側のモヤモヤに回し蹴りを

入れた。

「蹴った?!」

 もちろん蹴りは空を切ったが、何故かそのモヤモヤは無反応ではなく、蹴られた

辺りが少し凹んだ様に見えた。

「何?何あれ」

「分からん」

 そんな二人の前に、青年は特に恐れるでも無く振り向き、タタッと走って来て笑

顔で両手を差し出した。

「?!」

 その屈託の無い笑顔に、男は気をそがれる。

「………」

 女性もまだ事態を測りかねていた。

 赤毛にも見える茶色の髪に凛とした薄緑色の瞳。ガッシリとした骨太な身体。洗

いざらしの白いシャツがこの空間には不似合いだった。 

 だが、恐らく悪い人間では無い……ホントに人間なのかはともかく。そう感じて

いた。何故か、恐怖は感じなかった。

 背後の蹴られたモヤモヤは既に形が戻っており、巨大な方も、顔らしき辺りが新

たな侵入者に反応している様に見えた。

 青年は笑顔のまま二人に両の手を差し出していた。

 その時、青年が口を開いた。

「大丈夫」

 それは優しい声だった。

「此処は、危ないから」

「……」

 二人は、声が出なかった。

 その後ろでは、青年の出現によってかき消された大小のモヤモヤの間のドス黒い

光が弱々しくも復活しつつあった。それは両方のモヤモヤを気持ち吸い込みつつあ

るようで、両方の邪悪な何かが共通の敵ーーこの場の侵入者に対して、敵意を向け

つつあるようだった。

 と、フネが更に大きく揺れた。

「!!」

 ギリギリまで保たれていた人口重力が切れ、三人はゆっくりと浮き上がった。窓

を観ると、どうやら先ほどのホシの大気圏に突入しつつあるらしい。現在のフネの

状況は分からないが、かなり危険なことは間違い無かった。

「………」

 男は逡巡した。

 こいつは何だ?何処から、どうやって現れた?既に解析してどうやらヒトである

らしいことは分かっている。が、それ以外のことは全く分からなかった。現時点で

は例のモヤモヤ同様、謎の存在でしかない。だがーー先程から感じているこの妙な

安心感は、何なのだ?

 青年が再び口を開いた。

「一緒に、飛ぼう」

「…?」

 ーー何だ。何を言っているのだ?

 その時、女性の手が、浮いている男の腕を掴んだ。目線だけで観ると、女性は今

まで見せたことのない真剣な表情で少し笑んで頷いてみせた。

 男は少し迷ったがーーやがて頷いた。

 二人は、浮いたまま青年の手を取った。

 その後ろでは、大小のモヤモヤが、ドス黒い光を伴いつつ今にも襲いかかろうと

するかの様に身構えつつあった。

 青年は微笑んでーー三人は緑色に光り、そして『飛んだ』。


   *  *


 青年は、光の柱が黄色から緑に変化したのを見た。

 その瞬間、青年は例の緑色の光に包まれた気がした。それはあの隕石にぶつかっ

た時に感じた妙な高揚感、そして安心感。だがその光は外からではなく、自らの中

から出ている様に思えた。そして、青年は『飛んだ』。だがそれは自分でコントロ

ールした訳ではない。

 その跳躍の間は、永遠の様な短い様な不思議な感覚だったがーー次の瞬間、青年

はとある金属に囲まれた見慣れない空間にいた。

 別の場所ーーホシじゃない?!これは、ーー「外」?!

 左右には、初めて見る黒い霧の様にモヤモヤした謎の物体が居た。それが何なの

かは分からない。だが、何かしら邪悪な物なのは何故か分かった。この場所は危険

だ!

 だが青年は、背後に何か暖かさを感じた。ゆっくり振り向くと、そこには二人の

男女がいた。自分より年上に見える二人。映像ではない、生身の人間。一人は女性

だ。褐色の肌に黒髪、瞳は紺色。年上の美人。もう一人は自分より背の高い男性。

白人で、短い金髪に焦げ茶色の瞳だ。二人とも、自分を唖然として見ている。

 そして、二人の奥には窓があり、その向こうに時折黄色い光が流れていた。その

光は、先程まで見ていた光の柱と同じものに見えた。

 だが青年の視線はそれよりも目の前の男女に注がれていた。青年の目には、その

二人はチラチラとした緑の光を纏っているように見えた。そして二人の瞳の奥底に

は、それぞれ深い哀しみが宿っていてーー。

 青年は確信した。この二人は、あの女の子の様に、またホシにやってくる人たち

なのだ。

 ーー守らなきゃ。

 この背後の危険な何かからも。

 瞬時に彼は軽く飛んでそのモヤモヤたちに蹴りを入れると、二人の方に走って行

った。蹴りが空を切った様な気がしたが気にしなかった。

 青年は二人の前で立ち止まり、精一杯の笑顔を作って手を差し出した。何といえ

ば良いか分からなかったので、黙っていた。受け入れてもらえるのか、確信は無い。

また、受け入れてもらったところでどうするのだ?

 二人は、戸惑っている様だった。

 それで「大丈夫」、と言った。そう、あの女の子の時も自分はそう言って、結局

全然大丈夫じゃなかった。だから、今回はーー。

 だが彼は何故だか、今だけは全てを分かっている様な気がした。こうなることは、

決まっていたのだ。そんな気がしていた。

 そこで青年と男女はフワリと浮きーーその無重力の感覚は青年には「落下」の感

覚だったのだがーー青年は、『飛ぼう』と言った。自分でも何故だか分からなかっ

た。未だにそれは自分ではコントロール出来ていない。だが、今は『飛べる』気が

した。

 やがて、青年の手に二人の手が触れた。

 彼は心から満たされた気分になり、そしてあの感じーー『飛ぶ』時の妙な身体の

高揚感が沸き上がってくるのを感じて、男女と共に『飛んだ』のだった。


   *  *


 三人が目を覚ました時、空はちょうど夜が明けたところだった。

 もう緑の光の柱は無くなっていて、どんよりと空を覆っていた雲も姿を消しつつ

あった。 

 三人は、例のホシの裏側のストーンヘンジの様な石の遺跡の中で目を覚ました。

遺跡に絡み付いていた植物たちは姿を消し、いつもの殺風景な風景が広がっていた。

「……」

 青年は状態を起こし、自分の手をじっと見つめた。それから、側にいる二人に目

を向けてそっと微笑んだ。二度続けて『飛んだ』ことは自分でも驚いていたが、そ

れは一緒に来たこの二人のお陰なのだと思っていた。

 男も女性も、少し体のだるさはあるもののゆっくりと身体を起こしつつあった。

 少し薄曇りの夜明け。遺跡の周りは短い草原が取り囲み、辺りはとても静かだっ

た。

「ここは……?」

 最初に口を開いたのは女性だった。

「何処?」

 既に立ち上がって朝日を眺めていた青年は振り返り、一言答えた。

「僕の、ホシ」

「………?」

 女性は何から聞けば良いのか分からないでいた。

「あの時見えたホシには違いないみたいだが」

 男は冷静に微かに残る星空を解析して言った。

「どうやって来たのかは分からんな」

 男も女性も、ライフキットやライフルは無事持ってこられたようだ。男は言いつ

つササッと

装備を確認していた。

「ニャ」

「ん」

 二人が観ると、青年がちょうど足下にやってきたネコを抱き上げたところだった。

「あ、ゴメン。僕とコイツの、だった」

 俺様を忘れるニャ、と言わんばかりにゴロゴロと喉を鳴らすネコ。ネコは地上に

置き去りになっていて、しばらく一人きりで緑色の光の柱と過ごしていたのだった。

「………?」

 女性は、訳が分からなかった。が、どうやら助かったらしいこと、久しぶりの大

地、そして不思議な青年と妙に可愛いネコの雰囲気に、どこか安らぐ部分も感じる

のだった。

 と、どこからか微かな地響きの様な爆発の様な音が聞こえてきた。

「ん……?」

 一同は空を見上げた。

「あそこだ!」

 男が指差すと、遠くの薄い雲の向こうから、かなり破損した状態のフネが現れた。

船尾のカーゴスペースやメインエンジンは吹っ飛び、残った補助エンジンも力尽き

て、あちこちから煙を吐きつつ降下中…というかほぼ落下に近い状態だった。

「?!」

 男は混乱した。彼の感覚では、先ほどのフネでの出来事から数時間が経っていた

筈だったからだ。だがあのフネが自分達の乗っていたものなら……あの時の距離か

らして、あれからたかが数十分というところだった。そもそも、あれほど近くまで

来ているなら起きた時に既に身体のセンサーに反応していた筈。ところがあのフネ

は雲の中から現れるまで全く反応は無く、突然空間から現れた感じだった。

「……?」

 船尾にしっかりと食い込んでいた筈のあの巨大なドス黒いモヤモヤは、跡形も無

かった。明らかにそれに破壊されたらしき痕は船尾に残っていたのだが。

 僅かに残ったジリウム鉱石の赤い火花とともに、微かにチラチラと緑色の光も見

えた。ブリッジ辺りも著しく破損していた。突入に耐えられなかったのだろう。生

存者は居ない様に見えた。

「爺さん……」

「無理そうだな……」

 男の身体のセンサーには、生命反応は無かった。

 一同は、立ち尽くしていた。

 フネは頭上を通過し、やがて少し離れた地表に接触して凄まじい地響きを立てな

がら地平線の方へと向かった。船体から破片が次々に剥がれ飛び、あちこちから吹

き上がる炎と煙は空を焼いた。

 だが男の左目は、その揺れの中で捉えていた。

 剥がれ飛んでいる破片は落下するより前に、チリチリと緑色に光りつつ砂の様に

宙に消えていた。

「?!」

 その光はどんどん大きくなり、青年と女性もやがてそれを視認した。

 やがてフネは地平線の近くで固い岩盤にぶつかったらしく、一際大きな緑色の光

を上げつつ船尾を上にして止まった。もはやほぼ骨組みしか残ってはいなかった。

 夜明けの空いっぱいに広がるその光は、三人と一匹と遺跡を包み込んでいる様だ

った。

「ねぇ…不謹慎だけど」

「ん」

「キレイだね……」

 何故だか、女性はつぶやいていた。

「あぁ……」

 男も、哀しそうに空を見上げていた。


 青年は、これもまた例の緑の光の力なのだろうかと思っていた。

「……」

 青年は、空を見上げている二人をそっと見た。

 またこのホシにやってきた、新しい人たち。これから何が起こるのだろうか。

 胸に抱かれたネコはそっと青年を見上げ、気持ち良さそうに一度額を擦りつけた。

 光の塵は、しばらくホシを覆っていた。

 それは、まるで何十億、何百億のホタルが舞踊っている様だった。


   *  *


 その日中はガレキと化したフネの中の捜索だったが、大したものは持ち出せなか

った。奇跡的に残っていたのは男が軍からクスネていたスナイパーライフルの各種

予備弾と女性が隠し持っていたイモジョーチュー位だった。

 やはり、老人の気配は全く無かった。かろうじて残っていた老人の部屋も生活感

や遺品など全く無く、まるで最初からフネにいなかったかの様だった。

「……?」

「まさかね」

 男と女性はそう言いつつも、無い事ではないなと思っていた。ここ数日、あまり

に不思議な事が起こり過ぎていた。


 その日は遺跡で夜を明かした。

 男と女性が持っていた緊急用の食料で腹を満たしつつ、青年は知っている限りの

ことを話した。二人は驚き、呆れ、また不思議に思った。

 男は夜空の星の配置を解析して、やはりここが自分たちの知らない場所であるこ

とは分かっていた。フネからは通信機器等の電子機器は一切持ち出せていない。彼

の身体のセンサーにも、外界からの情報は全く入ってこなかった。文明のある星系

は遠く離れている様だ。このホシに他にフネらしきものがあるとも思えない。何度

スキャンしてみてもそんな反応は全く無かった。

 ということはーー一つあるとしたら、前回このホシに来た女の子の様に、いつか

自分たちもこのホシから消えるのか?それは帰る、ということになるのだろうか。

 分からないことだらけだった。

 そもそもこの若造ーーと言っても男自身もまだ20代後半ではあるのだがーーこ

の青年は、ほぼ一人でこのホシで暮らして来たらしい。オヤはいない。いたのかも

知れないが覚えていないらしかった。

 ーーそんなことがあるのだろうか。男はその話の全ては信用出来ない感じだった。

だが、既に起こりえないことはいくつも経験してしまっている。それだけは否定し

ても仕方がなかった。


 そして次の日、一同が起きるとフネのガレキそのものが消えていた。

「何だこりゃ」

「マジ?!」

 昨日寝る前にあったガレキが、跡形も無くなっていた。男は驚いて辺り中を探し

たが、やはり何も無かった。勿論そんな金属反応はホシ中をスキャンしても全く見

当たらず、何処かに移動したという訳でもなさそうだった。

 女性も、何が何だか分からなかった。

「えっと……」

 振り向くと、青年が肩にネコを乗せて立っていた。

「話したと思うけど、こういうこと割とよくあるんだよね」

「ニャ」

「………」

 すまなそうな顔で苦笑する青年と何気ないネコの声に、女性も男性も苦笑を返す

しか無かった。


 探索は早々に切り上げ、一同は一日歩いて青年の言うイエに向かうことになった。

 その日も、ホシは短い草地のままだった。のどかな風景の中、一同は歩いていた。

女性のライフキットを入れたザックは青年が背負っていて、ネコはその上に陣取っ

ていた。

「ところでさ」

 女性が手ぶらで歩きながら聞いた。

「あんた、名前は?」

「……?」

 青年は立ち止まって、少し考えた。ネコはじっと見ている。

 誰しも、名前が有る。そんなことは本や映画から見て知っていた。だがこのホシ

ではーー?前に何度か、青年は自分で自分の名前を付けてみたことがあった。だが

他にネコしかいないので、結局誰もそれを呼ぶことは無かった。数回やってみた後、

寂しいし意味が無いので止めてしまってからもう何年も経っていた。

 ネコは青年のザックの上で何か言いたげな顔をしていた。勿論、しゃべれはしな

いのだが。

「……」

 同じく立ち止まった男も、意外といい質問だなと思いつつ少し胸がざわつくのを

感じていた。このザワザワする感じは何なのだろうか。

「……プランジ」

 青年はクヨクヨ悩むのが面倒なので、こないだから気になっていた単語を言った。

しばらくはこれで良いだろう。

 青年は澄ました顔でまた歩き出した。

「プランジ……そう、アタシは……」

 と歩きかけて女性はハッと止まった。そう言えば、思い出せなかったんだっけ。

このホシにーーと言うかこの星系に来てから、本当におかしなことばかりだった。

「………」

 女性は改めて思い出そうとしたが、まるで催眠術か何かが記憶にベールをかけて

いる様だった。いい歳をした大人がそんなハズは無いのは重々承知だったが、やは

り何も思い出せなかった。

「…?」

 青年は再び立ち止まって不思議そうな顔をしている。

 女性は男を振り返った。助け舟を求めたのだが、男の微妙なトボケた表情に愕然

とした。

「…アンタも?!」

 男は苦笑しつつ頷く。男も同じくフネにいた時から、名前とか元いたホシの名前

とかは思い出せないままだった。前夜に荷物を漁って何か自分の名前か何か分かる

ものが無いか探したが、何故かそういったものは一切無くなっていた。

「さてーーどうするか」

「どうって……」

「じゃあさ」

 青年はスタスタと近づいて来てパパッと二人を見回した。

「あなたはリジー」

 彼女の腰のリボルバーに刻印された往年の銃器会社の名前を指差していた。

「あなたはウィズ」

 男の背の軍用ライフルの銃床にあるマークだった。

「ダメかな?」

「……」

 男と女性はしばし顔を見合わせた後、仕方ないか、と肩をすくめた。

「良かった」

 青年はーープランジは、屈託の無い笑顔を見せた。

 そしてまた三人は歩き出す。

「そうそう」

「え?」

「そのネコは?」

 女性ーーリジーは一応忘れていなかった。

「さぁ、今まで特に呼んでなかったけど……何がいい?」

 プランジは肩越しにザックの上のネコを振り返る。

 ネコは一瞬ピクリと顔を上げたが、面倒だ、という風に目を閉じた。

「まだ、いいってさ」

「……」

 男ーーウィズは少し眉を上げた。


 一同は一日歩いたが、一向にイエには着かなかった。

「あれ」

 プランジは少し焦っていた。

 イエが無い?違う方に歩いているのか?いや、今までこんなことは無かった。

 形が時々変わるとはいえ、自分がこのホシで方向を見失うなんて。

 やがて草地は少なくなっていき、サバンナになり、ついには砂漠になった。

「方向はこれで合ってるのか?」

 ウィズはライフキットの残りを計算しながら言った。

「うん、多分」

「多分かよ」

 ウィズのセンサーには特に建物らしき反応は無かった。

 時刻は夕方になりつつあった。

「お腹空いたね」

 リジーもそれなりに疲れてはいたが、少なくとも呼吸は出来、水も食料もそこそ

こはあるのだ。フネの中でいつ死ぬか分からない状況よりはかなりましだった。そ

れにプランジはこんな状況でずっと生き残って来たのだ。ーーうん、大丈夫。そう

自分に言い聞かせていた。

 そう思わせる何かが、このホシにはあった。

「……」

 辺りを見回したウィズの目が丘の向こうの小さなオアシスを捉えた。

「一晩泊まりだな」


 ディナーは、残り少ないウィズの食料で少なめに澄ませた。代わりと言っては何

だが、昨日はそれどころではなく飲まなかったリジーのイモジョーチューを開けて

みた。

「お前、一応成人してるよな」

「式とかはしてないけど、多分ね」

 プランジも一応成年と未成年という概念は知っていた。遺跡で気がついた時が十

歳前後だとして、二十歳辺りは越えているだろう、という計算だった。

「って言うかたまにビールとかワインとか部屋で見つけたら飲んでるよ」

「へぇー」

「じゃあ一杯」

 一同は、一杯しかないチタンのコップで軽く乾杯した。

「くー」

「いい」

「これは飲んだ事無いな」

「結構高かったんだからね」

 成る程、中々染みる味の酒だった。そう言えば、ウィズもリジーもしばらくアル

コールなど口にしていなかったのだ。

「……」

 ウィズは、こんな状況なのにこの妙な安心感は何だろう、と思っていた。それは

このホシのせいなのだろうか。そう思わせる何かが、ここにはある。   

 その日もひとしきりホシの話をした後、リジーは眠りについた。

 ウィズはしばらく夜空の星から何か情報が得られないか解析していたが、特に新

しい情報は手に入らなかった。星空はクッキリと見えていたが、全くデータベース

に無い星系だしまるでプラネタリウムの様に球面に張り込まれた風にも見えるか不

自然さが妙な感じだった。

「……」

 プランジは、申し訳なさそうにたき火を観ていた。

 ーーせっかく二人にイエを見せようとしていたのに。これはまたこのホシが、も

しくはあの緑色の光が、自分たちに何かしようとしているのだろうか。

 ネコは側でそんなプランジの様子をしばらく観ていたが、やがて眠りについた。

「何か、ゴメンね」

 プランジはつぶやく様に言った。

「大丈夫だろ……水が尽きる前に着けばな」

 ウィズも特に優しくという訳でもなく返す。久しぶりのアルコールが効いて少し

気だるい感じだった。

 プランジはたき火に顔を向けたまま黙った。

 ウィズはそっと彼を観る。ーーずっとほぼ独りで生きて来たにしては、どこか世

間慣れしている様な気もする。本や映像ディスクは観ていたと言っていたっけ。TV

やネットは無いらしい。自分がガキの頃とはだいぶ違う様だな、とウィズは思った。


 夢ーーウィズは、夢を見る方ではなかった。

 いつでもすぐに眠りにつけたし、またその眠りは浅く、ちょっとした気配で素早

く起きて行動に移れた。それは長年の軍生活のせいでもあったろう。

 ただ、男は今のこの状況が、自分の観ている夢なのではないかと感じていた。も

はや元の自分のものは残っていないこの目が、死んだ後に見せている夢ーーそんな

妄想が頭をもたげた。だが、それでも悪くはないか、などと思っていた。

 そう思わせるのは、奇妙なこのホシの安心感ーーそれが逆に少し気にはなってい

たが。


 リジーは夢を観ていた。

 それは遠い昔のこと。木々に囲まれたどこかの家のポーチで微かに鳥の鳴く声が

聞こえていて、側には子供がいて、ゆったりとしたまどろみが辺りを包んでいて…

自分が最も幸せだった頃だった。薄いベールがかかっているかの様にハッキリとは

見えないが、暖かくて穏やかな気分、感触が自分を包んでいた。

 誰かに、笑いかけた様な気がする。

 リジーは身体を丸くして、寝息を立てていた。


 プランジも、いつの間にか眠りに落ちていた。

 周りに年上が居て、その中で寝るのは恐らく初めてだったろう。いや、かつてオ

ヤがいたなら、自分も経験した事もあるのだろうか。

 言いようの無い安心感とヘンな緊張感と、真逆の感情が同時にあった。ーーでも、

いいもんだな。素直にそう思った。

 ーー早くイエに着かなくちゃ。いっぱい、見せたいものがあるーー


 ネコは丸くなっていたが、フニャフニャ言いながらノビをした。

 パーフェクトに静かな、素敵な夜だった。

 突然、ネコはムクリと起き上がって、空を見上げた。

 ネコの黒目はあり得ないくらいに広がっていた。

 何一つ見逃すまいとする様に。

 その時、三人が飛び起きた。

 ネコは流石にびっくりして四本足のまま二センチくらい飛び上がったが、それを

認識した者はいない。

 三人とも、それぞれが次に観ていた夢に愕然として息が荒いままだった。


 ウィズは、自分が不覚にも寝落ちていたことにまず驚いた。

 そして直前で観ていたあのイメージーーかつてあの謎のモヤモヤに襲われ、左目

を抉られた時のあの全身が逆立つ気分ーーにゾッとしていた。そして、薄れ行く意

識の中で見た、目の前に迫り来るそのモヤモヤの中に、一瞬浮かんだ別のイメージ

ーー

 それは、何故か年老いてもなお走るプランジの姿だった。


 リジーも、眠りについた時のあの安心感は消えていた。

 夢の中で幸せだった瞬間、彼女はあの『目眩』の感覚に襲われ、ゾワッとした。

 そして自分は目眩を起こして倒れた自分を側で見つめていてーー横を通り過ぎる

ドス黒いモヤモヤを感じてハッとなった。

 それが向かった先はリジーの子供が寝ていた筈の場所でーーボンヤリとしたその

視界の先にいたのはーー

 それは幼い頃と思われる、プランジだった。


 プランジは、走っていた。

 いつもの夢。霧の中を、躍動感いっぱいで走っていた。

 だがいつもと違う気配にゾクっとして振り返ると、そこには大小様々な形のドス

黒いモヤモヤが彼を追う様に取り巻いていた。

 彼は叫び声を上げ、目を閉じてスピードを上げた。

 そのまま力の限り走って、ずいぶん経った様な気がして振り向くと、周りには幾

分色のキレイなモヤモヤっぽい人型が二体だけいて、その姿が一瞬誰かに見えた様

な気がした。

 それは、リジーとウィズだった。


 三人は、肩を上下させたまま、お互いを見つめ合っていた。

 夢ではあるが、今まで観たことの無いイメージに、全員絶句していた。

 ネコは、まん丸な目で一同を見比べていた。

「な、何……?」

「何だろうな…」

「えっと……」

 3人とも、たき火を中心にしたまま動けないでいた。


 ーーその時ウィズは、一つのことを思い出した。

 それは兵士時代に聞いた、伝承の様なもの。辺境にあるその星系は、何故だか分

からないがヒトの邪念や恐れ、負の感情を具現化してしまうと言う。そこに迷い込

んだ者は、自らのそれにさらされて二度と出られはしない。だからその星系には決

っして近づくな…。

 何故それを今思い出したのだろうかーー

「!!」

 ウィズはハッとして左目に手をかけた。この左目を抉られた場所とは、実はそこ

だったのではないか?あの時のモヤモヤとは、実は?今まで全く思いもしなかった

がーー。

 ということは、フネで見たモヤモヤもーーそして今いる此処も、やはり……?


 リジーも同時に思い出していた。

 自分たちが乗っていたフネは、船団の中の一隻ではなかったか?そして調査に応

募した時の契約書に、その船団の目的の一つとして謎の星系の調査をすること、と

いうのが無かったか?その見慣れない星系の名前に、何故か一抹の不安を抱かなか

ったか?

 そしてフネはその船団からはぐれたんじゃなかったか?ーーそうして、いつの間

にか辿り着いたこの星系は……?


 更に二人は同時に考えていた。

 『もしもそうなら、この場所で育ったというプランジという青年は、一体ーー?』


 一同は、微動だにしなかった。

 ネコはまだ息の荒さの残る三人を見比べていたがーーやがて夜空の異常に気がつ

いて声を上げた。三人も、ハッとネコの方に目をやり、やがて上空を見上げた。

「…流星だ」

 流れ星ーーそれも一つや二つじゃないーーが、どんどん夜空に現れては消えてい

る。流星群。それはネコもプランジも初めて見る現象だった。

 その数はどんどん増え、やがて夜空を覆い尽くした。

「わぁ…」

「コレ、そのうち落ちて来たりしないよね」

「取り合えず、大丈夫だ」

 ウィズは解析して言った。

 三六十度見渡す限りの流星。流れては消え、また現れて。

 プランジたちは、巨大な自然の神秘の中でゆっくりと立ち上がった。

「……」

 三人の気分は、少しずつ晴れてきていた。

 お互い言いたいことも聞きたいことも色々ある。だが今は、そんなことはどうで

も良かった。

 その光のシャワーの下で、三人と一匹は立ちつくしていた。

「…落ちる!」

 プランジがいち早く気づいて声を上げた。ウィズもそれはすぐに解析出来た。

「確かに」

「えー、大丈夫って言ったじゃん」

 前方に大きめの光が消えずに瞬いていた。

「えっと……あれ避ける訳?」

 既に話を聞いていたリジーは少し訝しげだった。

「いや、これなら当たらない」

 プランジは自信たっぷりに言った。

「……確かに大丈夫そうだが」

 ウィズが辺りを見回して解析して言った。流星を感じて避けられる、という話は

嘘ではなさそうだった。

「…あの二つも同じ辺りに落ちそうだ」

「え?」

 ウィズが指し示した方を二人が振り返ると、確かに別方向に二つ、大き目の光が

視認出来た。

「本当だ…」

 プランジは呟いた。しかも今度のは、ハッキリと感じ取ることが出来た。あの例

の緑の光を伴ったヤツだ。それが二つ?!

「同じ辺りと言うかーーほぼ正確に同じとこだな」

 ウィズが瞬時に落下点をはじき出した。それは、自然界ではありえないことだっ

た。

「コッチだ!」

 着地点の分かった一同は、予想される被害を避けて移動し丘の向こうに陣取った。

 その上空を二つの流星が抜けて行ったのはすぐだった。

 数キロ先で前方からの一つとぶつかり、凄まじい衝撃が辺りを包んだ。

「!!」

 だが彼らは目撃した。

 ぶつかった瞬間、緑色の光が、フネの破壊の時の様にバーッと四方に散ったのを。

「……」

 プランジは少し笑んだ。その光で、何かが分かった様な気がした。

 普段なら地表に長く伸びる軌道が、今回は全く無かった。正確にその場一点で吹

き上がる巨大な土煙と爆煙。三つの流星は、本当に同時にその場所でぶつかってい

た。

 多少砂を被ったが、三人と一匹は無事だった。

 夜空の流星群は、その数をだんだん減らしていた。

「ねえ、あれ!」

 リジーが指差した。

 二人が観ると、晴れつつある煙の中に、高い塔が見えて来た。

 それは白くてゴツゴツしたバベルの塔を思わせる天高く伸びた塔で、勿論さっき

までは無かった筈のものだ。

「えーっと、あれは……まさかとは思うが」

 ウィズは呆れてプランジを見る。

「よ、ようこそ」

 三人の視線の先にはある筈のクレーターは無く、噴煙の向こうに白亜の塔が何事

も無かったかの様に建っていた。

 プランジはニッコリと笑顔を見せた。ようやく、何かが始まる気がしていた。

「僕のイエへ」

「………」

 三人は、ゆっくりと立ち上がった。


 プランジは思った。

 ーーまだ何も始まっていない。この二人とも会ったばかりだ。この先何が起こる

か分からない。そしてまた、何時いなくなるかも分からない。

 だから、今は一緒に居よう。今度は後悔しない様に。

 そしてちゃんと「大丈夫」って言える様に。


 リジーは、まだよく分かっていなかった。

 さっきの夢のことは気になっている。でも、目の前のプランジが、それである筈

が……。

 そしてさっきの謎の星系、という曖昧な記憶。このホシは、やはりそれなのだろ

うか?

 ーーただ。もしそうだったとしても。今までとは違った、希望の一歩にはなる様

な気がした。

 もう絶望はいい。そう思わせてくれる何かが、このホシにはあった。


 ウィズは、先ほどの夢自体はさほど重要視はしていなかった。夢は夢だ。

 それよりも例の危険な星系、ということの方が少し気になってはいた。もしも全

てが自分たちの邪念であったならーー?だが、今はもうそのホシの中にいるのだ。

そして今は何故か身の危険を感じず、代わりにこの奇妙な安心感に包まれている。

 ウィズは、今は解析出来ないこの世界を、そして今はもう自分のものは残ってい

ないこの目で見ている世界を、理解したいと思う様になっていた。


 ネコは、三人を見比べていた。

 ネコには、この三人にはーーとりわけプランジには知られていない、あることが

あった。


   *  *


 それは、あの時ミドリの光の柱が教えてくれたこと。


 ーーネコにも、子猫時代があった。プランジと同じく、気がついたらこのホシの

例の遺跡にいた。見知らぬ場所で自分が何者なのかも分からず、ネコはとても不安

だった。

 その時、ネコは地平線にチラリと光る緑色の光を見た。それは遠くで優しく輝い

ていて、それを見ているとネコは何処か安心感を覚えた。その光はじきに消えてし

まったが、その数時間後にその方角から人間がーープランジが走って来た。プラン

ジはまっすぐ遺跡にやって来て、ゼエゼエ言いながら立ち止まり、やがてネコに気

づいた。ネコは初めて見る人間が恐ろしくて仕方がなかった。プランジは最初驚い

ていた様だったが、やがて屈託の無い笑顔を見せた。まだ子ネコの頃の自分を優し

く抱きあげてくれたその暖かい手の感触を、ネコは今でもハッキリと覚えている。

それから何年も、ネコはプランジと一緒にいた。時に無茶をして死にそうになった

りはするが、それでもネコはプランジをずっと見守って来た。

 そしてこのホシの何処かに、あの緑色の光はいるーーネコはずっと、そう思って

きた。ホシが姿を変える度、何か不思議な事が起きる度、その何かの存在を感じて

いた。

 あの日流星と共に現れたあの緑色の光は、子猫の頃以来目にするそれだった。あ

の時の様に優しい光ではある。だが大人になったネコは、それに少し違和感を覚え

た。何が違うのかは分からない。ただ、優しいだけの光ではないなーーという感覚

だった。しかもプランジはそれに引きつけられる様に出て行き、直撃コースに入っ

た。ネコは驚いたが、見ているしかなかった。

 そしてプランジが緑色の光に包まれた時、ネコは見た。その光が一瞬男の子ーー

まるでプランジの幼児版の様な姿になり、そっとプランジに触れたのを。そしてそ

れは一瞬驚いた様にハッとして口笛を吹く様な口になり、ヒューッと鋭く息を吐く

様な仕草をした。そのせいなのかどうかは分からないが、その瞬間プランジと光の

幼いプランジの形をした何かはより強く光った緑色の光の中に消えた。

 ネコは何が起こったのか分からなかった。後でプランジが『飛んだ』と言ってい

た現象だったのだがーー一日近くしてから、プランジは帰って来た。おそらく、ホ

シの反対側の遺跡に飛ばされていたのだろう。プランジにとってもあそこは救済地

の様な場所だ。わざわざそこに飛んだというのは、プランジの力なのか、それとも

あの小さな光の方のプランジが何かしたということなのか?

 プランジは、その緑色の小さな光のプランジの姿は全く見えていなかった様だっ

た。

 ネコは、それを、ホシの意思みたいなものだと感じていた。今回の事は、今まで

チラチラとした緑色の光だった何かが、初めて自分自身を認識したという事ではな

いだろうか?ネコはその小さな緑の光のプランジのことを、『飛ぶ』時のあの口の

感じから『ヒュー』と名付けた。それから、ネコは度々それに出会うことになった。

 しばらくして、また緑色の光を伴った流星が来た。

 地表に落ちたその流星は、今度は女の子を連れて来た。それは初めて「外」の世

界から来た人間だった。理由は分からない。理由など無いのかも知れない。まだ意

思の無さそうなあの小さな光の『ヒュー』が、他の何者かとシンクロしたのだろう

か。それともまた別の何かがそうさせたのか?

 とにかく、その事によってプランジは恐らく初めての他人、初めての異性に触れ

た。その様子を、ネコはずっと側で見ていた。

 女の子がいなくなった時、絶望したプランジの側で『ヒュー』もまた泣いていた。

ネコは思った。あぁ、女の子を連れて来たのは、やはり意思では無かったのだ。思

いがけず連れて来てしまい、消えてしまったのも意図したものでないーー。精神的

には、赤ん坊の様な存在なのだろうか。壊れてしまったオモチャを前に泣いている

幼児の様だった。

 それからしばらく、プランジは落ち込んでいた。ネコは何とか元気を出してあげ

たいと思ったが、何しろネコなので出来ることは少なかった。

 そしてあのホシがオレンジ色に染まった日、イエの外壁で眠り込んだプランジの

前に『ヒュー』は再び現れた。それは空間にフワッと現れ、しばらくプランジを不

思議そうに眺めた後、側にいたネコと初めて目を合わせた。ネコは、近くで見る『

ヒュー』の雰囲気に不思議な何かを感じていた。しばらく見つめあった後……ソレ

はそっとプランジとネコに触れ、あの時の様にヒューッと息を吐いた。そしてその

瞬間、ネコとプランジはイエの屋上へと『飛んだ』のだ。それはネコにとって始め

ての経験だった。だが『ヒュー』には、恐らくそれが数回目かの跳躍なのだろう。

自分でアチコチ飛んで、女の子のことも経験して、もっともっと「外」の何かに触

れたいとドキドキワクワクしている純粋な思い。ネコは光に包まれて『飛んで』い

る間、それを感じた。

 イエの屋上に着いたネコは、目を見張った。そこは地続きとはいえ、ほぼホシの

「外」だった。見渡す限り広がる星空。『ヒュー』は得意げにしばらく星の海を眺

めていた。ネコはそっそっと近づいて、その不思議な存在に声をかけた。

「ニャー?」

 『ヒュー』はフッと反応した様にも見えたが、やがて微笑んでヒュインと上空へ

飛んで消えていった。ネコはハッとして辺りを見回したが、もはや『ヒュー』の姿

は見えなかった。だが特に身の危険は感じなかった。なのでネコはまだ寝ているプ

ランジの側で、ゆっくりと横になった。そして思った。此処は、そしてこのホシは、

何なのだろう。そしてあの『ヒュー』は、一体どういう存在なのだろう。

 その後目を冷ましたプランジはネコと同じようにその光景に驚いていたが、その

後サッサとネコの側で横になって寝てしまった。こないだの女の子のことがまだ気

になっているのだな、とネコは思った。だが、この「外」を認識したという事実は、

確実にプランジを、ホシを変えていた。

 それから『ヒュー』はまたやって来た。実は目を冷ましたプランジの姿も何処か

でずっと見ていたのかも知れない。『ヒュー』は優しくプランジを眺めてから無邪

気に笑い、再びネコとプランジに触れ、また口を少しすぼめてヒューッとやった。

ネコは感じた。それは『飛ばそう』という直接的な意思ではなく、もっと無垢な感

じの思いの様だった。そしてネコはプランジと共にイエの白の部屋へと『飛んだ』。

まだ赤ん坊の様な、無邪気な精神状態のそれが、少しづつ何かを知りたいと思って

いるーーそして自分自身をどんどん知りつつあるのだーーネコはそう思った。

 そしてあの遺跡でのこと。草原に黄色い光の柱が降りた時、『ヒュー』もその場

にいた。それは口を開け、咆哮していた。あの黄色い光はーー「外からの衝撃」み

たいなものなのだとネコは感じた。思えば、流星もそうだ。時々落ちて来ては、こ

のホシに何かを与え、壊し、また再生させる。この黄色い光もまた、このホシを変

える、その時々の衝撃の様なものなのだろう。そしてその度に、ホシは姿を変えて

いたのだ。更にその時、同時にホシの側の拒否感、嫌悪感みたいなものもあちこち

に発生していた。ネコは目撃していた。どんよりとした雲の上の空間に、ドス黒い

モヤモヤの様なものが出来始めていたのを。それは悪意、恐れ、邪なものが形にな

ったものだったろうか。それとも、変わりたくない、変えられたくない、というホ

シ自身ーーというより、プランジ側の拒否感の姿だったのだろうか。それは雲の中

に急速に広がりつつ、ホシ全体を覆おうとしていた。いや、更にもっと、頂上に行

った時に見たあの星空全体を覆うまでになろうとしていた。

 ネコは、どうすればよいのか分からなかった。プランジにはそのドス黒いモヤモ

ヤも、小さな光のプランジの姿もやはり見えてはいない様だった。ただ、外の世界

からの圧力、みたいなものは感じている様だ。だがその時、プランジは『ヒュー』

と同じく口笛を吹く様に口をすぼめ、息をするどくヒューッと吐き出した。叫んだ、

と言うよりは何か気を発した様だった。それは側にいる『ヒュー』も同様だった。

二人で何かを発し、やがて二人は重なる様に同化して、プランジの身体自体が光り

始めた。それは一瞬のことだった。その影響か、目の前の黄色い光の柱は、突然緑

色に変わった。それと共に雲の中に蠢いていた黒いモヤモヤは、その勢いを少し削

がれた様に見えた。ネコは感じた。緑の光ーーそして『ヒュー』のことは今までホ

シの意思の様なものだと思っていたが、実はプランジのーーこの世界のスイッチの

様なものだったのではないだろうか。時に閉塞し、ねじれ、暗く沈んでしまいそう

な時ーー例えばあんなドス黒い何かに包まれてしまいそうな時に、それを変えるス

イッチ。それは全てを変えたり解決したりはしないが、少しだけ方向を変えられる

もの、そして「外」の世界への扉を開くものーー。そして今それが、自分を壊そう

とする黄色い光を受け入れ、逆に「外」へ飛び出そうとする緑の光へと変えたーー。

 そしてネコの前で、プランジは『飛んだ』。自分の意志でだったかは分からない。

ただ、今ホシに衝撃を与える何かへ、黄色い光の元へ。そしてその光を発したやつ

がいる、この間イエの屋上で見た様な「外」の世界へ出たい、知りたい、そして触

れたいーーそんな思いが入り交じった跳躍だったのだろう。『飛んだ』瞬間のプラ

ンジの満ち足りた笑顔を、ネコははっきりと覚えている。

 そしてしばらくしてプランジは二人の男女ーーリジーとウィズを連れて来た。

「外」で何があったのかネコは知らない。それは女の子の時の様に、「外」の何か

とこのホシがまたリンクしたということなのだろうか。それともプランジーーもし

くは『ヒュー』と彼らに何か、通ずるものがあったと言うのか。それともあのドス

黒い何かから、プランジもしくは『ヒュー』が彼らを助けたのか?

 ーー三人は緑色の光を纏ってホシに戻って来た瞬間、気を失っていた。緑色の光

はフワッと一度散り、また纏まって『ヒュー』になった。それはキッと上空を見上

げ、そして飛び上がる様にして消えた。ネコはその行方を目で追った。まだ緑の光

の柱はまだそこに存在していて、その上方の雲の中では何かが起きていた。その先

にあったのがウィズとリジーの乗っていたフネだということは後で知った。だがネ

コは感じ取っていた。雲の中で、落ちて来る固まりに取り付いた何かーー恐らくあ

のドス黒い何かと、緑の光たちが戦っている。そこに、あの『ヒュー』もいるのだ

ーー。

 やがて、ドス黒いモヤモヤの感覚は消えた。光の柱も、『ヒュー』の感覚も。

 明け方が近づく中、三人が目を覚ますまでネコはまんじりともせず空を見上げて

いた。

 やがて、ネコは思った。このホシは、プランジの見ている世界なのではないだろ

うか。だがそれは外界とちゃんと接しているもので、彼の妄想だけが表現される世

界ではない。常に外界の影響を受け続け、時に傷ついたりしながら、それでも生き

ている世界。そして、そのちょっとした邪念や恐れや希望が、もっとより形を伴っ

て現れる世界ーー。あの緑色の光は、そして『ヒュー』は、そんな世界での、プラ

ンジ自身の翼なのではないだろうか。

 ガレキが消えた時も、イエが見えなくなった時も。あれは、プランジ側の気分が

そうさせたのではないか?それを反映してこの世界が変化したのではないだろうか

?勿論、全てをコントロールなど出来はしない。あの緑色の光が輝いたからと言っ

て、全てがうまくいったりはしない。ただ、どうしようもなくなった時に、もう一

度立ち上がったり顔を上げさせることは出来る。あの緑色の光は、そして『ヒュー』

は、そういう存在なのではないだろうか。

 たき火を中心に三人が寝静まって、ネコもウトウトしていた時。ふと目を開ける

と、『ヒュー』はいつの間にかそこにいた。三人の真ん中にいて、笑っていた。ネ

コはそっとそれを見つめた。『ヒュー』の姿は、前よりも少し幼くなっている様に

見えた。幼児の姿から赤ん坊の様にーーしかしその表情は時折少し大人びて、何か

を思考しているようにも見えた。ネコはジッとその姿を見つめた。そしてネコは気

付いた。何か怪しい雰囲気がする。あの時のドス黒い何かの小さな残りが、辺りを

ーーとりわけ寝ている三人を夢の中で浸食しつつある!何故かネコはそれを感じ取

ることが出来た。それは側にいる『ヒュー』の力なのだろうか。そして『ヒュー』

も、既に気付いている様だった。だがその表情は心配をしている風ではなく、何か

の期待を持ってジッと三人を見つめている感じだった。そして、最後にその赤子の

様な姿の『ヒュー』はまた口笛を吹く様な口になりヒュッ、とやった。三人が飛び

起きたのはその瞬間だった。ネコは驚いたが、三人が微妙な雰囲気なのは分かった。

それぞれの夢の中の内容など分かりはしない。だがこのホシが、一瞬震える様に変

わったのは分かった。

 だが、次に起こったのは、流星群ーー。それは優しく、ホシを包んだ。『ヒュー』

も目をキラキラさせて空を見上げていた。その雰囲気に、ネコは少し安心した。そ

して思った。プランジが二人を連れて帰って来た時から、このホシは変わっていた

のだ。ホシ自体が、言いようのない不安に震えていた。だが、結局それは受け入れ

られたのだ。あの流星群と、三つの流星。あれが同時にぶつかって緑色の光を上げ

た時、ネコは何かがカチッとハマった様な気がした。ずれていた時間軸が戻った気

がした。ーーそして、イエが現れた。少し形は変わったのかもしれないが、またプ

ランジの世界が始まったのだ。

 今度はこの二人と一緒に。


 ーー勿論、その全てはネコが言語ではなくネコなりの感覚で感じたものなので、

それを伝える術は無いのだが。

 仕方がないので、ネコはプランジの足に体を擦り付けてニャンと鳴いた。


   *  *


「あのさ…」

 プランジがイエを見上げながら言った。

「さっきの二つの流星なんだけど」

「あぁ」

「何」

「言いにくいんだけどさ…」

「言えよ」

「もう大抵のコトじゃ驚かないけど?」

 二人は、プランジの言葉を待った。

 プランジは続けた。

「さっきのはきっと、ウィズとリジーが来た流星だと思う」

「……あぁん?」

「ハァ?」

 ウィズとリジーは顔を見合わせた。

 プランジは涼しい顔をしていた。

「ちょ…ちょっと待て」

「来た、って…とっくに来てたけど?」

「んー、それはそうだけど…多分、そうだと思う」

  プランジは確信した風でイエを見上げていた。

「なにそれ、全然納得いかない」

「じゃあ…最初の一つは何だよ」

 プランジは少し考えた。

「分からないーー最初のは、光ってなかったから」

「……」

 しばし考えてから、リジーは、ハッとした。

「まさか…爺さん?!」

「オイオイ」

 と言ってみたモノの、ウィズにもそれはもっともらしい仮説に思えた。

 ーーチャリン。

 ふと音がして、側の砂地に何かが落ちた。

「ん」

「何?」

「これは……」

 ウィズがしゃがんで手に取るとーーそれは、焼けこげた金属片だった。

「何?」

「いやーー」

 ウィズは軽く解析してハッとなった。

 それは、かなりの熱で焼けこげ、変形していたがーーウィズがかつて老人に送った

チタンのドッグタグだった。

「……!」

「ひょっとしてまさかーー爺さんの?!」

 ウィズは膝をついたまま黙って頷いた。

「……そっか」

 リジーは、それ以上何も言えなくなった。

 死んだ一人と、生きている二人。 

 全て納得はいかないが、このホシではありそうなことだった。このホシは、そうい

うホシだったのだ。

「……」

 ウィズとリジーは、空を見上げた。勿論何も見えはしない。既に土煙は消えつつあ

った。白亜の塔ーー通称イエが、ずっと空の先まで伸びているだけだった。

 ーーただ。何かが引っかかっていた。

「……!」

 ウィズはふと思いついて、焼けこげたドッグタグを更に解析してみた。

 もう名前の刻印は見えなくなっていたがーー見覚えのある部隊名が見て取れた。

更に突入時のモノとは違う、かなり古い傷痕も確認出来た。

「これは……」

 ウィズは、自分のドッグタグを取り出して並べて確認してから言った。

「これは、俺のだ」

「え?」

「爺さんのじゃない」

「だって……」

 爺さんにドッグタグを送った場面はリジーも見ている筈だった。

 あっけに取られるリジー。

「じゃあーー」

 ウィズとリジーは顔を見合わせた。お互い、不確かな記憶が交錯していた。

「爺さんは、いない!?」

 そんな、まさか。二人ともそう思った。そんなことがあるのだろうか。自分たち

は随分と前からこの星系の中にいて、ずっと影響を受けていてーー?

 更にウィズは思った。爺さんはーー年老いた自分のイメージ?

 突拍子もない仮説だが、今は妙に納得感があった。

「じゃあ、ひょっとしてーー」

 プランジが呟いた。

「最初の一つは、俺のだったりして?」 

 二人は、立ったままのプランジを見る。

 プランジはやはり、最初にあった時と同じく、屈託の無い笑顔を浮かべていた。

「……」

 二人はもはや、何も言えなかった。

「……フッ」

 やがてウィズは笑い出した。

「何だよ、このホシは…」

 リジーも笑った。

「もう、メチャメチャーー」

「ゴメン、こんな感じなんだ、ココ」

 プランジも笑っていた。


 ネコは、プランジが感覚で正解に近い答えを導き出したのにさもありなん、と言

う顔で舌ををペロリとやった。

 側の『ヒュー』に目をやると、ちょうどいたずらっぽく微笑みながら、消えてい

くところだった。ネコはそれを名残惜しそうに見つめた。

 プランジはまだ、何も知らない。あの緑色の光のことも、『ヒュー』のことも。

実は薄々感じ取っているのかも知れないが…この青年が、『ヒュー』のことを本当

に認識するのはいつのことだろう。またその時、彼はどうするのだろうか?

 ……でも、もしそうなっても、やはりプランジは同じ様に笑っている気がした。

 ネコはそのキラキラとしたまっすぐな緑色の瞳を見て、そう思った。


「……さて」

 プランジはイエの方を見上げて微笑んだ。

「じゃあ、行きますか」

 一声張り上げて、プランジは振り向いた。

「………」

 ウィズとリジーはやがて、お互いヤレヤレという顔になった。

「……あぁ」

「まぁ、ね」

「ニャン」

 ネコも一声鳴いた。


 そして三人と一匹は、イエに向けてゆっくりと、だがしっかりと歩き出した。 



                                     


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