15「KISS2」
前後編の後編です。
現れた謎の艦隊と、ファイとプランジの話です。
ネコは、ホシへの新しい来訪者をずっと見ていた。
助けられなかった老女のことで落ち込んでいたプランジの側で、あの小さな光の
プランジ…『ヒュー』も、ずっと消えずに哀しげな顔で浮いていた。いつもは一つ
のことが終わりを告げると消えてしまうのにーー今回は何かが違うのだろうか、と
ネコは不思議に思っていた。そしてプランジがネコと共にホシの反対側の遺跡に向
かった時、『ヒュー』もフラッと付いて来ていた。『ヒュー』は幼い顔立ちながら、
少し大人びた表情もするようになっていた。
そして遺跡でプランジが眠りに落ちた時。ネコはまたホシがビュワッと揺れるの
を感じた。ネコは『ヒュー』の方を見たが、『ヒュー』も少し興味深げに辺りを見
回していた。その時、 あの女の子ーーファイが現れた。それは突然のことで、ネ
コは驚いた。『ヒュー』も目を丸くして見つめていた。ファイは屈託無い感じでプ
ランジに近づいた。二人は相性が良い様だった。プランジがホシに来た人間に名前
をつけたのは初めてだったと思う。二人は絵を描き、話をしてどんどん近づいてい
った。あぁ、恋愛というのはこういうものだったのだな、とネコは思った。チクリ
と胸が痛んだ気がしたが、同時に仕方ないことだとも思っていた。
夜中に突然ファイが叫び出した時、ネコはすぐに『ファントム』の気配を探した。
だが今回は例のゾワッとする様な感覚が、どこか微妙に違っていた。側の『ヒュー』
もそれは分かっている様で、辺りをじっと窺っていた。ファイは死にかけた様だっ
たが、何とか戻って来た。プランジは泣いていた。ネコは何度かファイと目を合わ
せたが、その全てガ分かっている様な瞳の深淵に、思い出しそうで思い出せない何
かを感じていた。
ウィズたちと合流してイエに帰って来た晩も、ファイはまたおかしくなり、絶叫
した。ネコはやはり辺りを探ったが、『ファントム』の様なそうでない様な奇妙な
感覚があるだけだった。そしてそこに舞い降りた、あの黄色い光の柱。今まで何度
となくこのホシに現れた、緑の光とも『ファントム』とも違う、何か。プランジは
激発し、それに触れようとしたが敵わなかった。『ヒュー』は、その姿を哀しげに
じっと見つめていた。
ファイは徐々に何かの邪気に犯されていく様だった。絵のタッチも変わった。そ
の様子を、ホシの全員が心配していた。ネコも『ヒュー』も、何かが起こりそうな
予感を感じていた。そしてその晩、ホシはまたビュワッと揺れた。ホシの外で、何
かが確かに起こっていた。突如、あの黄色い光の柱が何本も降り立った。ホシの外
には、謎の物体ーーウィズにはそれが艦隊に見えていたがーーが現れ、黄色い柱は
そこから発せられていた。そのせいか、ファイはまたおかしくなりつつあったが必
死に押さえていた。そして最後に、二人はキスをしてーーその瞬間、『ヒュー』は
あの口笛を吹く様な口をしてヒュッ、とやった。それで、プランジとファイは『飛
んだ』。だが、同時に小さな光のプランジ『ヒュー』も一緒に消えてしまった。
ネコは唖然とした。……取り残された、絶望的な気分だった。そして思った。や
はりあの黄色の光はーーかつて感じた様に、「外からの力」みたいなものだったの
ではないか?それが、今軌道上にいるあの物体なのではないか?今までは時に気分
を変えるもの、的な感じであったのが、今回はより強い力でやってきたのではない
だろうか?そしてホシを、プランジを劇的に揺さぶったのではないだろうか?
* *
ネコは、イエの3階のバルコニーから『ヒュー』と一緒に一同の姿を見つめてい
た。
よく晴れた天気で、外はミステリーサークルの穴があちこちに開いた稲穂が広が
っていた。
その日の午後、プランジは無限の部屋に居た。
その顔や手には、まだ黒いペンキの跡が残っていた。目は赤く晴れ上がっている。
「………」
プランジは雑然とした部屋を眺める。今日は最初に開けた部屋がそうだった。い
つもなら何も無い部屋が続いたりすることもあるのだが、今日は運が良いらしかっ
た。
外は、素晴らしく晴れた青空と稲穂が広がっていた。だがその風景は、何処か空
虚に見えた。
プランジは窓から少しその風景を眺めると、部屋の中に目を移した。特別に探す
ものなど無かった。もし水や食料や日々の生活に役立つものがあれば、といういつ
もの感じだった。
その部屋は木工用具や絵画用具などが雑然と積んである部屋だった。プランジに
は魅力的な品々である筈だが、今は特に食指が動かない。
「………」
プランジはそっとため息を吐いた。
一体、何の為に描いていたのだろう?
何の為に彫っていたのだろう?
今のプランジには分からなかった。
ウィズはいつの間にか現れたミチの側で、波の様に揺れる稲穂の収穫をしていた。
今のイエの中は少々空気が重すぎた。
「フッッ」
以前無限の部屋で見つけて来た大型の鎌が唸る。次々に刈られていく稲穂。既に
ミチは稲穂の束が山になっていた。
…これをどうするというのだろう?
特に考えてはいなかった。ウィズはただ、一心に鎌を振るっていた。
このホシから帰るーーそのチャンスを、自分たちは逃したのだ。
そのことが思ったよりも衝撃だったことに、ウィズは今更ながら気がついた。
長いホシでの生活の中で、いつしかこの場所でずっと過ごすことさえ考え始めて
いたというのに。
「………」
ウィズは一息ついて、稲穂の山の向こうにある丘を眺めた。そこには、墓標が一
つ立っていた。
リジーは、永遠のコインランドリーにいた。
辺りは静かで、ブーンというマシンの振動以外は何も聴こえなかった。
「………」
リジーは回るドラムをボウッと眺めていた。中では、黒い服たちがミストと共に
踊っている。
…何故だろう。あの時、帰ろうと思えば、帰れたのかもしれないのに。
でも自分は、ココーーというより今のこの稲穂から、離れたくなかった。
あの子に、また会えるかもしれないから。
我ながら自分勝手だとは思う。ウィズには悪いことをしたなーー心から、そう思
っていた。
今回のことは、それが引き起こしたものなのかも知れないのだ。
リジーは唇を軽く噛んだ。
いつの間にかマシンは止まっていた。リジーは気がついてフタを開け、黒い服た
ちーー喪服を取り出し始めた。
その何日か前、ファイの葬式があった。
以前にホシに来た老女の時と違い、間違い無く、このホシで誰かが死んだ。それ
は、一体どういうことになるのだろうか。元の世界でファイの存在は、どうなるの
だ?一同には分からなかった。いくら考えても答えなど出はしない。
プランジはいつか生き返るのだと言って数日ファイの側を離れようとしなかった。
ウィズが何度もスキャンしてもうダメなことを繰り返し説明して、ようやく引き離
したのだった。
ファイの遺体は、稲穂の中の少し地面が盛り上がった場所に埋められた。ウィズ
が有り合わせの木々でキャスケットを作った。プランジも石で墓標を作って来た。
キャスケットの中には花の代わりに稲穂を少々、後は一緒に描いた絵などが入れら
れた。リジーは黒っぽい服を探して来て、喪服代わりにした。プランジは紺色っぽ
い服を渡されたが、色が気に入らなくて服ごと全身黒のペンキで塗りつぶした。顔
や手まで塗りつぶして全身真っ黒になったが、それでも足りないと思っていた。
それは静かな式だった。ファイの表情は安らかだった。プランジは嗚咽を止める
ことが出来なかった。リジーがようやく抱き上げて、ウィズが蓋を閉じ土をかけた。
全員、特定の宗教など知らなかった。それぞれ思い思いの方法で、ファイの為に
祈った。
…果たしてこの墓は、いつまであるのだろうか。この稲穂がホシから消えた時、
まだ此処にあるだろうか。その漠然とした不安は、一同にまとわりついて離れなか
った。
ネコは、哀しげな表情で一同を見守っていた。
* *
ーーあれから数日。
一同は何となく離れて過ごしていた。プランジは目を泣きはらせたままだったし、
ウィズは不機嫌そうに車をいじっていることが多かった。リジーも普段の生活を始
めようとはするものの、何もやる気が起きなかった。ようやく今日になって洗濯を
始めた位だったのだ。
「………フゥ」
喪服やシーツなどを広いリビングスペースに干し終えたリジーはそっとタメ息を
吐いた。
三人が揃わないリビングは火が消えた様だった。やけに天井が高く広いイエの部
屋たちが、より広く空虚に感じられた。だからフネとかの部屋はあんなにも狭く作
られているのか、とリジーは思った。
「………」
リジーはリビングの四角い大きなベンチに腰掛けた。
ボンヤリと天井を眺めているうちに、あの時のことが思い出されていた。
あの時ーープランジとフェイが消えたあの稲穂の海で、ウィズとリジーは取り残
されていた。
相変わらず黄色い光の柱は無数にホシに突き立っている。ホシも微妙に揺れてい
た。
「あぁ……」
リジーは恐怖に震えた。
ウィズは、側で必死に軌道上の艦隊と連絡を取ろうと試みていた。だが、中々う
まくいかない様だった。
リジーは辺りを見回した。黄色い光に照らされた稲穂の向こうで、チラリと麦わ
ら帽子を観た様な気がした。
「!!」
見間違いなのか?いやーー。
リジーはフラリと歩き出した。
「おい!」
ウィズはリジーの手を取った。リジーは力無く振り向く。
「どうした」
「………」
リジーは思った。この状況は確かにヤバい。何かが起こっている。だけどーー。
本当にあの子なのかは分からない。『ファントム』が見せた幻なのかも知れない。
でも、アタシはーー
「……行かなきゃ」
「おいーー何処へ?!」
リジーは、ゆっくりとウィズの手を振り払った。そして稲穂の奥へと歩き出して
ーー
「チッ!」
ウィズは苛つきながらも、軌道上のフネに向けて連絡を取ろうとしていた。一瞬、
何かが繋がろうとしたその時、頭上に緑色の光が煌めき、プランジとファイが現れ
た。
「!!」
その時、プランジとファイは一瞬何が起こったのか分からなかった。二人してホ
シから『飛んだ』筈。その後、自分たちはーー?
確かに、何かに出会った。何かを観た。かけがえの無い、何かをーーしかし!
「クッ!」
また一本、黄色い光の柱が近くを掠めてホシに降り立った。
プランジは咄嗟にファイを抱えて身を翻して着地した。だがファイの体が僅かに
その黄色い光に触れてしまった様だった。
「う……!」
「ファイ!大丈夫?!」
プランジはファイを覗き込んだ。ファイは、少し苦しそうにしていたが、『飛ぶ』
前とは見違える様に凛としていた。
「プランジ……」
「喋らなくていいよーー必ず助ける」
「お願い…」
「え」
ファイは力の入らない手でプランジの手を握った。
「あたしはもう、大丈夫」
「大丈夫じゃないよ……」
プランジは焦っていた。握っているファイの手から、どんどん力が抜けていくの
が分かった。
「プランジ!」
「無事か!」
ウィズやリジーが走ってくるのが分かった。だがプランジはファイをずっと見つ
めていた。
一瞬でも目を離したら、ファイが何処かへ行ってしまいそうな気がしたからだ。
「だから、プランジ…」
ファイが静かに、だが力強く言った。
「最期にもう一度、キスして」
ウィズは黄色い光の柱の中を走っていた。
自身のセンサーで、ファイの生命力が衰えていくのが分かった。何だーー何が起
こっているのだ?相変わらず、軌道上の艦隊はウィズの呼びかけには答えない。そ
の中に誰がいるのかーー何かのコーティングでも施されているのか、艦の内部はう
まくスキャン出来なかった。
「プランジ!」
走るその視線の先で、プランジがファイに唇を重ねるのが見えた。
「ん」
「何?!」
遅れて走っていたリジーも怪訝な顔を見せていた。
と、ウィズは別の反応を感じた。
「!!」
ウィズは足を止めた。
「何?どうしたの?」
ウィズは答えずにどんよりとした空を見上げた。その目には、艦隊が放っていた
光が次々に消えていく光景が映っていた。辺りを見回すと、地上の黄色い光の柱も
どんどん薄くなっていく。
「何だーー」
そして、軌道上では旗艦が向きを変えようとしていた。
「待て……待てよ!」
ウィズは叫んだ。リジーが側に来て言った。
「ウィズ!今はそれどころじゃ…」
「それって何だ!今じゃなきゃ、いつなんだ!」
ウィズはカッと振り向いて珍しく怒鳴った。ビクッとなるリジー。…だが、リジ
ーは黙ってウィズを見返した。
「………」
その瞳の色で、ウィズは理解した。リジーはーー帰りたくないのだ。このホシで、
恐らく子供の思い出と共にーー。
しばらく、二人は見つめ合っていた。
艦隊の反応は静かに消えていった。ウィズは、力を無くして立ち尽くした。
その時、ホシが再び大きく揺れた。
「!!」
「あっ!」
「………」
プランジは揺れの中ファイから唇を離し、その顔を見つめた。ファイは微笑んで
いた。そして、空の上の何かを伺うように見上げた。辺りにはもう黄色い光の柱は
無くなっていた。
そしてファイは、プランジの頬を両手で触れてまっすぐ見つめて言った。
「ありがとう…」
「ーー?」
ファイは頬の手をプランジの胸に持っていき、最後の力で突いて後ずさった。
「ファイ?」
その時、ファイのいる辺りの地面が黄色く光り、黄色い光の柱が立った。それは
空から降って来たものではなく、ホシから撃ち上げられている様だった。
「!!」
ファイはその光の中で笑いかけた様だった。
「ファイ!」
プランジは咄嗟にその光に飛び込もうとしたが、何かのフィールドで跳ね返され
た。
「クッ!!……」
プランジは何度か突撃したが、その度に突き返された。
「ファイーー」
プランジは為す術無く、光の手前でファイを見つめた。
ファイは光の中でフワリと浮きながら、優しく微笑んだ。
「約束…、忘れないで」
そしてーー光の柱は消えた。ファイの体は力が抜けた様にその場に倒れていき、
それを飛び込んで来たプランジが抱きかかえた。
「ファイ!!」
ファイは、既に息をしていなかった。
* *
「………」
プランジは無限の部屋で立ち尽くしていた。
あれは、何だったのだろう?約束って何だ?自分は、また何もかも覚えていない
のか?
プランジはフラリとよろめいて側の棚に倒れかかった。棚の荷物が音を立てて崩
れた。
「つ……」
プランジは木箱やイーゼルが散らばった部屋で、力なくしゃがみ込んだ。
ダメだ、しばらくはーープランジは絶望にドップリと浸かっていた。今まで何度
となくこんなことはあった気がするが、今回はその比ではなかった。
プランジはそっと天井を見上げた。勿論、イエも無限の部屋も何も答えてはくれ
ない。
ファイは、最後に何を言おうとしていたのだろうか……約束とは?
プランジは思った。やはりこのホシでは、全てが自分の思い通りにはならないの
だーー。
「………」
そうしてしばらく佇んでから、プランジはゆっくりと立ち上がった。ふらつきな
がらドアの方へ向かおうとして蹴躓いた木箱に、プランジは何となく目をやった。
少し開いたフタの中に見えていたのは、丸く平たい石が二つ積み上った物体だっ
た。
「これは……?」
ウィズは、イエの周りの稲穂を刈りつつ進んでいた。既に数ヘクタール分は刈り
取っていたが、勿論それはホシのほんの一部に過ぎない。
「ふぅ……」
ウィズは手を止めてイエを見上げた。白亜の塔は紺碧の空に映え、堂々とした姿
を見せてはいたが、ここ数日は何処か空虚に見えた。
……この先、自分たちはやっていけるだろうか?ふと、そんなことを思った。
あの時、自分だけでも帰れるなら帰れば良かったのか?
「………」
ウィズは少し苦笑した。いかん、あれ以来どうも湿っぽいーー。
そうしてまた鎌を持ち上げて次へと進もうとした時だった。
「…!」
少し先の、大き目のミステリーサークルが目に入った。
「………」
ウィズは鎌を置いて歩いていった。
そうだ、これはーー最後にあの艦隊からではなく、このホシからあの黄色い光が
撃ち上げられた時に出来たものだ。
ウィズはしゃがんで、その倒れた稲穂面に触れた。やはり原因は分からなかった
が、円状に倒れた稲穂の巻き方向は逆になっていた。
「………」
ウィズはしばし考え込んだ。
ーー結局あの艦隊は、何だったのだろうか。今までこのホシで、あの黄色い光は
何度も見たことがある。そして自分たちがこのホシに来る前にも、あの黄色い柱は
ホシに降り立っていたのをプランジとネコは見たらしい。プランジが名付けた『ヒ
ュー』…時に誰かを連れて来るあの緑色の光とは違う、あの黄色い光。それは時に
自分たちを助ける様でもあり、破壊する様でもありーーそれはあの艦隊が、意志を
持って放っていたというのか?そしてそれをこのホシが撃ち返した?分からないこ
とだらけだーー。いや、このホシではそれはいつものことかーー。
ウィズは倒れた稲穂を数本千切って眺めた。
何故か、倒れても枯れること無く瑞々しい麦が詰まっていた。
リジーはリビングの四角いベンチで目を覚ました。
いつの間にか眠ってしまっていたらしい。起きると、側でネコが手足を投げ出し
て熟睡中だった。
「………」
そう言えばネコはあの騒動の中、どうしていたのだろうか。「つ」の字に伸びた
姿に微笑みながらリジーは思った。
「さて、と」
日は既に傾きつつあった。
リジーは先程干した洗濯物が乾いているかどうか確かめてから、ゆっくりと取り
込み始めた。
やがて黒い服たちの列になって、しばし手が止まった。…もうこの喪服、使うこ
とが無いと良いけど。そう思った。
葬式以来、リジーは外には出ていなかった。外は未だ稲穂が広がっている。ウィ
ズが収穫をしている様だが、ホシ全体を刈ることは出来ないだろう。今行けば、ま
た子供に会えるのかも知れない。でもーー今はそんな気分にはなれなかった。自分
のそんな感傷が一人の人間を死なせ、ホシからの脱出を無にしたのではないか?そ
んな後悔が、リジーを包んでいた。
「リジー…」
気がつくと、プランジが遺跡の帰りに持って来た稲穂の束を背負い、大きめの木
箱を持って入り口に立っていた。
「あ…プランジ」
久しぶりに言葉を交わす気がした。プランジは無表情のままリビングに入って来
て束と木箱を置いた。木箱はドスンと音を立て、重いものであることを感じさせた。
「何?」
「これーー」
木箱を開けると、中には石臼が入っていた。
「小麦を挽くヤツ、だよね」
「そうだねーー多分」
リジーは珍しそうに覗き込んだ。そっとプランジの様子を窺ったが、まだ表情は
晴れず何処か落ち込んではいるようだ。
「じゃあ、悪いけどこれ、よろしく」
「よろしく?」
「またちょっと、遺跡に行って来る」
「…今から?」
「うん…」
プランジは目を合わせなかった。リジーはやがて言った。
「……まぁ、気をつけな。こっちは何とかしとくよ」
「パンとか出来たら、食べちゃってていいから」
プランジはフラッと出て行った。
「………」
リジーはそれを見送った。気がつくとネコも「つ」の字のまま目を開けて見てい
た。
「………」
ウィズは、フラリとイエを出て歩いていくプランジを遠くから見ていた。
恐らくまた遺跡へと向かうのだろう。そこは、プランジにとって救済地。だが同
時にファイと出会った場所でもある。…また余計に思い出して辛くなったりはしな
いのだろうか。
ウィズはその弱々しく歩く様子に少し不安を覚えた。そう言えばファイと出会う
前にも、こうやってプランジを見送ったっけ。
そうしてホシは稲穂に変わり、あの艦隊が現れーーそんなことを考えていると、
後ろから声がかかった。
「ウィズ」
リジーの声に向くと、夕日の中でリジーが立っていた。
「………」
目を合わせるのは、久しぶりだった。お互い、何となく話かけづらい気分だった。
「プランジ…、だけど」
「あぁ、遺跡に行くのを見た」
「うん、で行く前に臼を見つけててさ」
「ウス?」
「小麦を挽いて粉にするヤツ」
「あぁ…」
「悪いんだけど、動かしてくれない?アタシじゃ持ち上がらなくて」
「……了解」
ウィズは大型の鎌を置いて、側の稲穂の山を持ち上げた。
* *
プランジは一人で夕日の中稲穂の海を歩いていた。
前は見えなかったミチーーイエの側からぐるっとホシを一周している道ーーは、
いつの間にか現れていた。また、このホシも変わりつつあるーープランジはそう感
じざるを得なかった。
プランジはトボトボと、ミチの上を歩いていく。
「………」
また感傷が、プランジを襲った。
ファイーーいなくなってしまった。初めて、あそこまで繋がれる存在だったのに。
何故なのだーー。
視界がまた涙でぼやけそうになるのを、プランジは必死で押さえた。
「………あぁーー!」
プランジは叫んで、そして走り出した。それはしばらくぶりの疾走だった。
辺りがどんどん暗くなっていく中、プランジは走り続けた。
* *
その夜、リジーは夕食を作り、ウィズは石臼をベンチの脇に据え付けて小麦を挽
いていた。
何処か穏やかさが支配した空間に、お互い戸惑っている感じだった。以前はそれ
が常であったというのに、もはや遠い昔のことの様だった。
やがて、リジーが口を開いた。
「…プランジ、どうしたかな」
「無事着けてるといいが…」
「が?」
ウィズは石臼をゴロゴロと回しながら言った。
「あそこだと、余計寂しくなるかもな」
「そうだね……」
リジーもそれは気になっていた。
「とりあえず、ゴハン」
リジーが缶詰料理を持って来た。ネコにもカリカリを出してやるとネコは喜んで
がっついた。ウィズも手を洗ってベンチに戻り、残っていたワインを開けた。
「………」
コポコポと注がれる液体を二人して眺めた。そして、グラスを合わせてチンと音
を立てた。
「あの…ごめんね」
「ん?」
「あの時、さ」
「あぁ……」
ウィズは黙ってワインを流し込む。ゆっくりと味わってから言った。
「いいよ……どうせ帰れなかった」
「え」
「あのフネと、結局連絡が取れなかった。生命反応も無い様だったし」
「そうなの?」
「あぁ…それに」
「に?」
「どうせまたいつか、あの黄色い柱は現れるだろうし」
ウィズは少し笑いかけた。リジーも笑った。
「だから、リジーのせいじゃない」
「そっか…」
「そう言えば俺も、ゴメンな」
「え?」
「麦、刈っちゃって」
リジーは少し目を丸くした。
「……いいよ、ホシ全部刈っちゃった訳じゃなし」
「そうか?」
「それに」
リジーはグイとワインを飲み込んで言った。
「もう、いいんだーーこの稲穂もそのうちすぐ無くなるし」
「へぇ」
「いつまでも言ってても、ね」
リジーは自分に言い聞かせる様にグラスをくゆらせ、そして残っていた分を飲み
干した。
「……」
ウィズは黙ってワインのビンを持ち上げて見せた。
「…ありがと」
グラスを差し出すリジー。
ネコは既にゴハンを終えて側でハコを組んで、そんな二人の様子を眺めていた。
* *
プランジは、夜の稲穂の中を歩いていた。
途中で何度か涙が溢れ、また目が腫れていた。
予想通り稲穂はずっと続いていた。今回はホシの反対側のあの遺跡にちゃんと着
けるだろうか。こういう時こそ、あそこは必要なのにーーそう思ってプランジは月
明かりの中地平線に目を凝らした。遺跡の先はまだ見えてはこない。
プランジは歩き続けた。
…あの時、あの黄色い光に触れさせなければ、ファイはあんなことにはならなか
ったのだろうか。だが最期の時、ファイは自分で分かっている様にホシから撃ち上
げられた黄色い光に入って行った。あれはどういうことだったのだろう?そして、
このホシは一体何をしようとしているのだろう?
またプランジの思考は、暗く落ち込みつつあった。
「……!」
ふと、プランジは歩みを止めた。何かの気配が感じられていた。『ファントム』
ではない、それはあの『ヒュー』の気配にも似たーー
「……?」
プランジは辺りを見回した。辺りには何も見えなかった。ただ稲穂が揺れている
だけだった。
これはーー?
ふと、ネコが目を開けた。
リジーもウィズも、確実に何かを感じ取った。
それは『ヒュー』の隕石の気配。ウィズは自身のセンサーよりも早く自分がその
気配に気付いたことに少々驚いていた。
「ウィズーー」
「あぁ、間違い無い」
「こんな感じ、初めてだね」
二人はリビングの窓側に駆け寄った。
「何処?」
「あっちだーーけど、当たらない」
「当たらない?」
「あぁ、ホシの近くを通過するだけだ」
「そう……でも、今までとは何かーー」
「違うな」
二人とも、その感覚にしばし身を任せた。やがて、空に巨大な帚星のラインが描
かれた。それはまっすぐ地平線の方へと伸びていった。近くと言っても距離がそこ
そこあるせいか、妙にゆっくりとして見えた。
そしてその先端に瞬く様な緑の光ーー『ヒュー』の光は、リジーもウィズにも見
えていた。
「ウィズ…あれ」
「あぁーープランジはいつも、あれを見ていたのか」
その光は、地平線の向こうで、一際強く光った様だった。
「あぁ……」
プランジは、空を真っ二つに割った『ヒュー』の隕石の軌跡を見上げていた。
それはキラキラと緑色の光を放ち、ホシに落ちるでも無くゆっくりと通過してい
く。オーロラの様なカーテン状の光も見えていた。稲穂の中で、プランジはその光
景に浸っていた。
その時、通過する隕石の先で『ヒュー』の光が一瞬強く光った。
「!!」
そして、プランジは思い出した。
それは、あの時ファイとキスで『飛んだ』後のこと。
どれほどの時間が経ったのか、二人は気がつくと、とある凍った岩くれの中にい
た。
「え……」
「何?」
二人は辺りを窺った。どうやらそこはホシよりもさらに小さな小惑星の様だった。
空に塵の様な砂煙の様なものがゆっくりと流れていて、その奥は夜空だった。いや、
夜空というよりもーー
「宇宙?!」
それはプランジがいつかイエの頂上に『飛んだ』時に見た風景と似ていた。とい
うことはーー此処はホシの外?!プランジは辺りを探る様に見回した。
「プランジーー」
プランジはハッとして腕の中のファイを見つめた。ファイは力は抜けている様だ
ったが、『飛ぶ』前の様なおかしくなる感じは無かった。それはーーホシを出たか
らなのだろうか。『ファントム』の影響が無くなったから、と言うことなのか?プ
ランジには分からなかった。
「…大丈夫?」
「うん……」
ファイは力なく笑った。とりあえず差し迫った危険は無さそうだった。
プランジは側の岩に寄りかかり、ファイを後ろから抱く様にして自分の上に寝か
せた。二人の上では、ガスの流れと宇宙が奇妙なコントラストを見せていた。
プランジは思った。無限の部屋で見つけた図鑑や映像ディスクでは、こういった
小惑星にはほぼ空気は無い筈だったが、此処はどうなっているのだろうか?リジー
が前に言っていた様に、
『飛んだ』先の此処は別世界ーーあるいはもう二人とも死んでいるとかーー?
だが、そこは静かで暑くも寒くもない、不思議に穏やかな空間だった。
「キレイだね…」
ファイが呟く様に言った。
「アタシ、ずっとこんな景色を見たかったんだ……それを共有出来る相手と」
「そう……」
「叶っちゃった」
ファイはプランジの方を下から覗き込んで静かに笑った。プランジも少し笑みを
返した。
「うん……」
またファイは宇宙に目をやった。
「ずっと前にね……オヤに酷いこと言って一人ぼっちになって、凄く心細かった時
に、助けてくれた人がいたんだ」
「うん」
「その時も、こうやって夜空を見上げてて…それ以来かな……」
「そう……」
プランジは少し嫉妬を覚えた。そんな小さい頃から、ずっと一緒にいられたら良
かったのにな……。
「あ、恋愛とかじゃないからね」
ファイはイタズラっぽく笑った。そうして頭を横にしてプランジの胸に顔を埋め
た。
「それからかな…時々、おかしくなっちゃう」
「………」
「でもホシに来て、分かったの」
「……何が?」
「ホシは、気持ちいい……でも、時々気持ち良すぎるかも」
「うんーー」
それは、プランジも何処かで感じていたことだった。
「だから、いつか、ちょっとずつでもいいーーコントロールして。しようとして」
ファイは頬を押し付けたままプランジを見上げた。
「うん……」
「約束だよ」
ファイは下から両手をプランジの首に絡ませて、プランジの唇を近づけていった。
プランジもファイの体に回した手に少し力を込めた。
「ファイ……」
ファイは、鼻が触れる程近くで言った。
「もう、ちゃんと思い出した?」
「え?」
「キスの仕方」
「あぁ……うん」
考えてみるとそれは、いつの記憶だろうか。自分も忘れている何処かで、色々と
経験しているということなのか?でもそれはーーファイとだと、良いのになーー。
そして、唇が触れた。
「!!」
二人の体は光り、『飛んだ』。
プランジとファイには、その飛んでいる間の景色が見えていた。緑色の光の中の
様だったが、周りに映像が無数に流れていたーーと言うより、脳内にイメージが次
々に流れ込んで来る感じだった。
そう、それはーーあのピアノマンが見せてくれた映像に似ている!
「わぁ……」
「これはーー」
プランジはそのそれぞれのイメージを認識しようとしたが、うまくいかなかった。
唯一、チラリと先程いたのと同じ氷の岩くれの上にいる自分たちの俯瞰の姿が見え
た様な気がした。
「!?」
プランジは気付いた。ということはーーさっきのも、未来のイメージとしてずっ
と前からあったのか?いや、それよりもーー自分たちがいたのは、『ヒュー』の流
星の上だったのではないか??
そのイメージは、ファイにも見えている様だった。二人は光の中で顔を見合わせ
た。
「プランジーー」
「ファイーー」
その時、周りの流れる光が一層強くなり、その他の無限のイメージが入って来た。
「!!」
「あうっ!」
プランジは見たーー過去と未来の、ホシの姿を。
そして、そのもっと大きな視点ーー周りを流れる光は、それぞれが違うホシの姿
だった。それぞれが大きさも場所も全く違う、そしてそこにいるのも自分とは違う
誰かーー
プランジは思った。これが、ーー世界なのか?
「プランジ……」
プランジはハッと目の前のファイを見つめた。いや、二人自体が既に光となって
いたのだがーーお互いの顔は何故か認識出来た。その顔は、深く笑んでいた。
「ファイ……」
「ありがとう……忘れないよ」
周りの光はどんどん強くなりーーそうして、二人は気がつくとホシにいた。
そこは『飛んだ』時とほぼ同じ夜の稲穂に黄色い光の柱が無数に降り立った場所
の上空だったのだ。
「あぁ………!」
緑色に光った稲穂の海で、プランジは全てを思い出した。
約束。キス。無数のフラッシュ。
そしてーーー。
「!!」
プランジは走り出した。行かなければ。あの遺跡に行かなければ!
辺りの緑色の光は消える気配がなかった。
プランジは力の限り、走り続けた。
* *
イエのリビングでは、そんなプランジの姿をウィズとリジーが見ていた。
ネコも目を丸くしている。
「これはーー」
「プランジの!?」
プランジの感じたことを、何故かウィズとリジーも感じ取っていた。それは、ホ
シを覆う『ヒュー』の光のせいなのかも知れなかった。
「……行こう」
「あぁ!」
ウィズとリジーは顔を見合わせて頷いた。
ネコは、そそくさとリビングを出ていった。恐らく3階のバルコニーへと向かう
のであろう。
* *
プランジは、遺跡に到達していた。
辺りは幾分収まったものの、チラチラした緑色の光がまだ微かに漂っている。空
の帚星の軌跡も薄くなりつつあった。
「………!」
プランジは辺りを探した。何かある筈、何かがーー。
確信があった訳ではない。ただ、あの時見たイメージの一つがもし本当ならば、
そしてホシがいつもの通りなら、無限の部屋か此処に、そして恐らく此処に、何か
ある筈ーー。
だが、遺跡はいつも通りの姿を見せていた。
「……?」
此処じゃないーー?
「!!」
プランジは気がついて、ファイが現れた時に絵画用具を取り出したスペースへと
向かった。
何故か、胸がドキドキするのを押さえられなかった。もし此処に、何かあるなら
ーー。
「………」
そこにあったのは、キャスケットに入り切らなかった幾つかのファイの絵。そし
てファイを描き入れたプランジの絵。
「………?」
違うーーこれはこれで嬉しいけど、思っていたのはこれじゃーーとプランジが絵
を取り出していくと、その奥にあったのはーー
「あった……」
それは、女性の服。キレイに折り畳まれたジージャンと紺のミニスカート。
「……間違い無い」
それはーーウィズやリジーが来る前、初めてこのホシに来たあの女の子が残して
いったもの。
キレイに洗濯して置いておいたのだが、次々に変わるホシの所作の中でいつしか
姿を消したものだった。
その時は特に気にしなかったが、探してみるとその服のタグには恐らくメーカー
名だろう、「Φ(ファイ)」のマークがあった。プランジはそのマークをジッと見つめ
た。ーーだから自分は、彼女を無意識にファイと名付けたのか?
「やっぱりーー」
そしてあの流星の上で、ファイは「オヤに酷いこと言って」と言った。何故あの
時ーーいや、それよりも何故会った時に分からなかった?
ーーファイは、あの子だ。まだあれから数年も経っていないのに…と言うのはこ
のホシでは通用しないのだろう。あれは、確かにあの子だ。……ファイは、気付い
ていたのだろうか?
「………」
プランジは服をそっと抱きしめた。
恐らく、ファイは何処かで分かったのだろう。だから、ああやって笑っていたの
だ。そして『約束』をとーー。
「ファイ……」
プランジは、ファイの服を抱きしめたまましゃがみ込んだ。涙が溢れてその服を
濡らした。
ファイは、ホシに来て帰った後、どんな世界で、どんな人生を送っていたのだろ
う。「オヤ」とは会えたのか?ちゃんと和解出来たたのだろうか。でも、時々ああ
しておかしくなったりもして…恐らく苦労もしたのだろう。その苦労を、成長を、
自分は見られなかった。
しばらくぶりに会ったファイは、強くたくましく、でも時に弱くてーーちょうど
いい感触の波長を持った女性に成長していた。自分は知らずに恋をしてーーそして、
また失ったのだ。
あぁ、ファイーーまた会いたい。また話をしたい。またキスをしたい。そして約
束通り、いつか少しでもこのホシを、自分をコントロール出来る様になった姿を見
せたいーープランジはそう思いながら嗚咽した。
* *
どれくらい時が経っただろうか。
「プランジ!」
「いるの?」
遠くで声がしていた。
「……?」
プランジは目を覚ました。いつの間にか眠ってしまっていたらしい。
「……!」
プランジはハッとした。手の中に抱いていたファイの服は無くなっていて、代わ
りに絵がーー自分が描いた、稲穂の中のファイの絵があった。
「これはーー」
多分、いつものホシのあれだろう。ただーー。プランジはじっと絵を見つめた。
夕日を浴びて絵を描いているファイは、自信に満ちた表情をしていた。
プランジは自然に笑んでいた。
「ウィズ!リジー!」
遺跡のフチに出て、プランジは手を振った。
「返事しろよ」
「大丈夫なの?」
「うん、もう」
ウィズとリジーが遺跡に上がった時だった。
ホシは一瞬緑色の光を放った。いや、ホシというよりは稲穂が光り、そして何度
か見た様に緑色の光の塵になって空に散っていった。それは遺跡が中心となって広
がり、ホシ全体に広がっていく様だった。
「!!」
「おいおい」
「キレイ……」
三人はそれぞれの反応を見せつつ、お互いの顔を見合わせた。みんな、何も言わ
なくても分かっている様だった。地面は既にいつもの草地に戻っていたが、まだ辺
りには緑色の光の粒が舞っていた。
「………」
やがて、リジーが口を開いた。
「そうそう、パンだけどさ」
「あ、出来た?」
「まだだよ、一晩寝かせて焼かないとさ」
「そうなんだ…」
「大変だったんだぞ、あれだけ挽くの」
「ゴメン、帰ったら手伝うよ」
「刈ったやつがまだ残ってたらな」
「だから、明日には帰らなきゃだよ」
皆、いつもの会話に戻っていた。
三人は立ち尽くして、消えつつある光の塵を眺めていた。
その頃、イエのバルコニーではネコと小さな光のプランジ『ヒュー』がようやく
イエ付近に到達した稲穂の散った光の中で、プランジたちの姿を感じていた。
今回もネコは、ホシで起こった全てを見ていた。
プランジとファイが『ヒュー』と一緒に何処かへ『飛んだ』後のことは、ネコに
は分からなかった。辺りは『ファントム』のせいなのか何なのか、とにかく不安定
な気配に満ちていた。リジーは自分の子供を稲穂の中に見ていた様だったし、ウィ
ズは軌道上の謎のフネの姿を見ていた。あぁ、このホシが何かに犯されつつあるー
ーネコがそう思った時、ホシはビュワッと揺れ、プランジとファイが『飛んで』帰
って来た。それは突然のことでネコは驚いた。それはほんの少しの時間であった筈
だが、プランジもファイも見違える様に険の取れた表情をしていた。そして勿論、
あの小さな光のプランジ『ヒュー』もまた、一緒にホシに現れていた。
ホシに降り立った黄色い光の柱は軌道上にある物体から発されていた様だが、そ
れは攻撃する為のものと言うよりはむしろ交信を求めている様な、そして時に誘導
ビームの様なモノであったのだろう。ネコには何故かそう感じられた。だがホシは、
プランジの世界は、それをうまく受け止められていない様だった。それは『ファン
トム』のせいだったのかーーその拒否反応の様なものが、ホシから撃ち返されたあ
の黄色い光だったのだ。撃ち下ろされた時とはどこか違った感じに変換されていた
その光はファイに触れ、その命を奪った。だがファイは、その全てを何となく理解
している様だった。その覚悟の強さは、どこから来るものなのだろうーーネコは不
思議に思った。ファイを失ったプランジは絶叫していた。ネコがプランジの隣に漂
っている『ヒュー』を見ると、プランジと同じ様に号泣していた。赤ん坊の様に涙
を流していた。これは…今起こっているのは、どこまでがこの小さな『ヒュー』の
力で、どこからが抗いようのないホシの、この世界の所作なのだ?ーーネコには分
からなかった。
その後、プランジも一同もしばらく沈んでいた。あれだけ暖かかったイエの雰囲
気は様変わりした。それも『ファントム』の力に寄るものなのだろうか?いやそも
そも、『ファントム』というのはそれ自体が悪意を持っている訳ではなく、むしろ
プランジやウィズやリジーたちの不安や怖れが実体化したものではなかっただろう
か?それは、何処へ行くのだ?ネコは『ヒュー』と共にイエをじっと見守っていた。
だが『ヒュー』はもう不安そうな顔はしていなかった。ネコはそれを何故だろうと
思っていた。やがてプランジが遺跡に向かった辺りで、何かが少しずつ氷塊してい
く様な感覚をネコは覚えた。ホシの力なのか、それともプランジなのかそれとも別
の何かなのかーー?ネコは不思議に思った。そしてあのホシの側を通過した流星ー
ープランジが言う『ヒュー』の隕石の光で、ホシの一同は全てを知った。ネコもウ
ィズもリジーも、あの時『飛んだ』プランジとファイが『ヒュー』の隕石の上で話
したこと、感じたこと、そしてそこから再び『飛んだ』時に見た全てを、まるで自
分のことの様に感じ取った。
ただ一つ、プランジとファイの側にはネコにしか見えない小さな光のプランジ『
ヒュー』もいたのだが、その姿だけはウィズたちには見えていない様だった。
ネコだけは見ていた。『ヒュー』の隕石の上で、小さな光の『ヒュー』はプラン
ジたちと一緒にホシの外の世界に思いを馳せ、ファイの記憶に触れた。そしてその
キスの時に再び口笛を吹く様にヒュッ、とやって二人を『飛ばした』。そして帰っ
てくる途中の光の中で、あの無数のイメージを、ホシの瞬くもっと広い世界の姿を、
二人に見せたのだ。
ファイは、ウィズやリジーが来る前に外から最初にホシに来た女の子だった。あ
ぁ、それであんなにプランジとしっくりと来たのかーーとネコは思った。ネコが隣
を見ると、『ヒュー』…小さな光のプランジは納得したようにキャキャッと笑い、
パンと手をたたいた。その時ホシは緑色に光り、稲穂を光の塵に変えて散らせたの
だった。それはまるでこのホシに溜まっていた邪気を全て取り払うかの様だった。
その光はホシを覆い、緑色の世界に変えていった。
あぁ、また一つの風景が終わるのだな、とネコは思った。
同時に、あのイメージはーーここの様なホシがたくさんある、という新しいイメ
ージは、何なのだろうと思っていた。そのホシたちの中のそれぞれのプランジの側
には、同じ様に自分の様なネコが寄り添っているのだろうか。それはプランジに、
どのような影響を与えるのだろうか。
そしてプランジは、この先どう生きていくのだろうかーー。
そうしているうちに、ネコの隣の小さな光のプランジ『ヒュー』は消えていった。
ネコは、フゥとため息を吐いてアゴを手の上に乗せ、気持ち良さそうに目を閉じ
た。
遺跡では、散っていく光を見ながら、プランジもウィズもリジーも、満足げに笑
んでいた。
「さて」
「とりあえずお茶とディナー?」
「で早めに寝て明日は早朝に戻るぞ」
「うん」
遺跡では夕飯の支度が始まった。
プランジはファイの絵をそっと近くに置いて眺めた。
ひょっとしたら、またいつかファイは違った姿で現れるのではないか?このホシ
で死んだからと言って、ファイの元いた世界がどうなっているかは、分からないの
ではないか?死んだとしても、また別世界でファイは現れ、そしてまた此処にーー
そんなことも、あるのではないか?プランジはふと、そんなことを思った。
「プランジ」
リジーたちが既にキャンプセットを広げていた。
「あぁ、うん」
プランジは暖かい火の方へと向かっていった。
そこは、小さいとはいえイエ、なのだなーーそうプランジは感じていた。




