13「Gun Rainbow」
今回、ホシは冬の山岳地帯です。
レールガンを手にした老女がやってきて、戦闘になる話です。
チュイン!
一発の銃弾が目の前の岩で爆ぜた。
「!!」
ウィズはハッと側の岩に身を隠した。
予想外に口径の大きな弾丸だった。
そして、何処から撃って来ているのか分からないーー。
本来のウィズならば方向や距離は瞬時に解析出来るのだがーーその発射先はとあ
る空間だったり岩壁の中からだったりと、要領を得なかった。
そこは、冬の山岳地帯だった。切り立った崖がいくつも連なる中、吹雪が舞って
いた。
ウィズの全身の機器が効きにくいのは、吹雪のせいだけではなさそうだった。
ホシか、それとも『ファントム』なのかーー。
「リジー!プランジ!」
叫ぶ声は、吹雪にかき消された。
リジーとはついさっきまで一緒だったが、銃弾をかいくぐる中で逸れてしまって
いた。
一応心得はあるとは言え、リボルバー一丁では心許ないだろう。
プランジはとにかく敵の正体を探ろうと走り回っているハズだ。
何故こんなコトにーーウィズは、ライフルを握り直しつつ唇を噛んだ。
* *
数日前、ホシの風景は切り立った山に変わっていた。
イエはとある丘陵に立ち、その周りは見た目数千メートル級の険しい山々が取り
囲んでいた。
空はドンヨリと曇っている。
「どゆこと?」
「さぁな」
前回の塩の大地で採取した岩塩で味付けしたオニギリを頬張りながらウィズは答
えた。中々美味だった。
「塩が効いてる」
「ソレはどうも」
リジーは少し誇らしげに微笑んだ。
二人は、いつもの3階バルコニーに出て来て周りの山肌を見上げていた。
「塩、まだ残ってるんだっけ?」
「まぁ割とね」
前回の塩の砂漠の帰りに、岩塩はある程度持ち帰っていた。
その時、上方から声がした。
「何か、ずっと続いてるみたい」
一番近い山の頂上まで登ってきたらしいプランジが降りて来ていた。
肩にはネコを乗せている。この間の一件以来、ネコはプランジの側によくいた。
「ずっと、とはー?」
「うん、ず~っと山が続いてた」
「平地は無い訳だ」
「それって海抜とかどうなってんの…?」
「さぁな」
それは、いつものことだった。
一晩寝ると、景色が変わっている。
そして、物理法則に合わないコトも度々起こる。
この小さなホシ自体がそもそもそうだ。
「……ミチは?」
「これじゃあね……」
バルコニーに降りて来たプランジは、山に囲まれた景色を眺めて一息ついた。
ーー『ミチ』。この星をグルッと一周している、イエの側の一本道のことだ。今
は見えなくなっているが。
そして前回、そのミチのすぐ下を通っている地下の廊下が見つかった。あれから
何度か、プランジはその廊下を一周してみていた。それはミチと同じくホシを一周
している、割と普通の地下道だった。
とは言え、何時閉じ込められるか分かったものではないし、何処か違う場所へ行
きそうな気もするーーと言うのがプランジの率直な感想だった。しかも、ミチから
の入り口は特に見つからなかったので入る時は地面を砕いて降りていたのだが、数
日経つとその穴は消えていた。それはホシでは普通のことではあったがーーそうい
った地下の密閉空間、と言うのが少々不安を誘うところではあった。
「永遠の廊下」ーーそれが、とりあえずの名称だった。
そして、前回来て帰った謎のピアノマンがもたらした、「いつかは、ホシを出る」
という新しい概念。
それが少なからず、3人に影響を与えていた。
「ホシを出た先は、どうなる?」
その解釈はそれぞれだった。
元々このホシにいたプランジはともかく、ウィズとリジーの行く先は?
それは、元居た世界では無いのかーー?
「まぁ、とりあえず」
ウィズは言った。
「様子見だな」
前回のこともあるので、迂闊に外に出ると何が起こるか分かったものではなかっ
た。
「………」
プランジは、山の向こうを眺めていた。
何かが、起こりそうな気がしていたからだ。
「プランジ?」
イエに入ろうとしてリジーは声をかけた。
「あ、うん」
プランジは、後ろ髪を引かれる感じでイエの方に向かった。
* *
プランジはその日ランチを済ませると、イエの中に籠るのも何なので3階のバル
コニーで彫刻の続きをしていた。
最近スランプと言うか、ある程度の固まりまでは行くがその後何が出来上がるの
かは分からなくなっていた。
ーー前は、途中でスッと何かのイメージが現れたのに。
辺りには、途中で放り出した岩の固まりが二・三個転がっていた。
「……ふぅ」
プランジは手を止めて寝転がった。
普段ならそびえ立つイエ以外は空が広がっているのだが、今回は周りを切り立っ
た崖がすぐ側まで迫っていた。
何だろう、この圧迫感は?それは、物理的なモノだけでは無さそうだった。
ネコはやはり側に居たが、少し心配そうに見ていた。
「ん~っっ」
プランジはネックスプリングで跳ね起きた。
何故か気分は晴れなかった。
「よしっと」
プランジは壁に向かって走り出した。
その出っ張りや岩を利用してパパッと身を翻す。パルクールと呼ばれる移動術だ
った。
プランジはいつもココで練習をしていたが、思い返せば最近は少しゴブサタだっ
た。
ネコは目を細めて、アゴを手に乗せた。
あの様子なら大丈夫だろう。そう思って、目を閉じた。
「フッ!」
息が上がって来た。
プランジは、久々に身体を動かした気がした。
永遠の部屋から大荷物を運んだり等は色々とやってはいたがーーやっぱり、自分
はこうやって動いているのが好きなのだ。そう思った。
だが、まだ何処かに残る閉塞感は中々消えなかった。それは、近くにそびえ立つ
山々だけではなくそれが象徴する何かのせいかも知れなかった。
「……フンっ!」
プランジは突然方向を変えて壁に向かい、、そのままグングンとイエの外壁を登
り始めた。
ネコは寝ていて気付かなかった。
「………」
そう、こうやってイエを登るのも久しぶりだった。
何度か頂上まで行こうとして挫折してーーあの日、ウィズやリジーが来る前にた
だ一度だけ、頂上に『飛んだ』っけ。いやいや、あれは『飛んだ』と言うより目が
覚めたら居たのか。
…あれは夢だったのだろうか。
プランジはアチコチでジャンプしながら、常人離れしたスピードで一気に登って
いった。
もし出っ張りを一つでも掴み損ねたら、落下する。分かってはいた。
何度か、実際に落ちたこともある。
でも、今はーー。
後少し、後少しで周りを囲んでいるあの山々から解放されるーーそう思った時だ
った。
「!!」
プランジはとある外壁の出っ張りの上で止まった。
この感覚はーー。
空を振り仰ぐ。
これは、久々の流星だ!そして、『ヒュー』の緑色の光を伴ったヤツ。
どっちから来るーー。
「ウィズー!」
空からの声に、ちょうどプランジを探しに3階に来てネコに目を留めたところだ
ったウィズは、一早く反応していた。
イエの周りを覆っていた山々に声が反射したということもあっただろうか。
「!!」
外に出たウィズは、すぐに流星のデータを感じ取った。この角度ならーー山の向
こう側に落ちる感じだった。ギリギリで落下コースはイエを外れている。
ウィズが壁上のプランジを見やると、もうかなり上方にいるのが分かった。
「おい、大丈夫かーー!」
と声をかけたトコロで、激突の衝撃が辺りを襲った。
「クッ!」
フーッと唸っているネコを抱き上げたウィズは、壁に手を突きながら山の向こう
に吹き上がる噴煙を見上げた。
「……!」
いつになく、巨大なモノだった。あれが直撃したら、イエでもひとたまりも無か
っただろう。
「結構凄かったね」
やがて揺れが収まり、リジーが出て来た。
「大丈夫だったか」
「うん……プランジは?」
「見えない……上の方に居たんだが」
ウィズは見上げながら言った。
イエの上方に動体反応は無かった。
「多分ーー、山の方に飛ばされた、とか」
「え~?!」
微かに尾根の向こうに生体反応はあった。だがそれは弱っているのか、距離が遠
くなのかは反応が僅か過ぎてよく分からなかった。
「探しに行くかーー」
「そうだね」
二人とも、この時点ではプランジのことだから大丈夫だろうとは思っていた。
数時間後、飛ばされたならこの辺りーーと見当をつけて、ウィズとリジーは山登
りを開始した。相変わらず生命反応は弱く、方向もはっきりしなかった。
何週間か前に登山用のピッケルやトレッキングステッキ等は無限の部屋で発見し
ていた。
ウィズは久しぶりの山中行軍な感じでグイグイと進んだ。リジーは、初めて使う
トレッキングステッキに最初戸惑ったが、やがてソレが実は素で歩くよりも楽な事
に気付いた。
ネコは、ウィズのリュックに乗って揺られていた。
二人は、小一時間で一番近い山頂にたどり着いた。
「えーっと?」
「あの辺りか……」
連なっていた山々は先程の流星で抉られ、深い谷になっている部分もあった。
ウィズはその縁辺りを指差した。
「意外と距離あるね」
「あぁ……」
その時、乾いた銃声の様な音が谷に響いた。
ネコもピクリと顔を上げた。
「!!」
「急ごう」
ウィズは思った。
ーー何だ?
あのタイプの銃声……はーー?
* *
プランジは、最初何が起こったのか分からなかった。
そこは、イエから山を一つ越えた谷を望む崖の上だった。イエは山の稜線の向こ
うに見えている。
「……?」
確かバランスを崩した時に爆風を浴びてーー?
だが、こんなに飛ばされて生きていられるだろうか。
ひょっとしたらまた『飛んだ』のではないか?
朦朧とする意識の中で、プランジはそんなことを考えた。
フラフラとしながらようやく立ち上がった時ーー爆竹の様なバネの様な妙に乾い
た音声がして、プランジは左手に焼ける様な痛みを感じた。
「!?」
プランジは左手を押さえ、ガクと膝を付いた。
これはーー?
今まで、感じたことの無い痛みだった。
いや、痛さだけなら隕石を食らったこともあるが、この感触は…!
気がつくと、押さえた右手が濡れていた。
「ーー?」
恐る恐るその手の方を見ると、赤黒い液体が見えた。
更にその先に目をやるとーー左の二の腕から血が溢れ出していた。
「ーー!!!」
プランジは目眩を覚え、前のめりに倒れた。
側で足音がした。
「………」
いつの間にか霧が出始めていてーーその中から、ゆっくりと近づいて来る誰かの
足元を、プランジは視認した。
何だーーヒトではあるようだがーーそして何処か恐れている様な足取りーー。
だがその上にある正体を見ること無く、プランジは気を失った。
* *
霧の中、ウィズとリジーとネコは進んでいた。
「?!」
「どした?」
立ち止まったウィズにリジーは尋ねた。
「……反応が増えた」
「ん?」
「やっぱり誰か、来たってコトか」
「プランジは無事なの?」
「一応」
先ほどよりもやや反応が弱くなっていたが、ウィズは黙っていた。
ーー随分脈が落ちている。
ケガか?
やはり、撃たれたのはーー。
そして、撃ったのはーー?
あの銃声は、そう口径の大きくはないハンドガンの様ではあった。
すぐに生命を左右する感じではなさそうだが、放っておけばーー。
「………」
リジーは、そんな様子を察した様だった。
「急ごうか」
「あぁ」
霧はドンドン深くなってきていた。
その霧のせいか、二人の生命反応は徐々に弱くなっていった。
* *
「………!」
プランジは、ゆっくりと目を開けた。まだ頭がボウッとしていた。
あれーーここはどこだ?
そこは、洞穴の中だった。
側に小さなたき火があった。
ーーどうしたんだっけーー?
そうだ!撃たれたーーー
プランジはガバッと起き上がった。
途端に左手に激痛が走った。
「あうっっ!」
撃たれた箇所は、一応包帯が巻いてあった。
顔を歪めたプランジの目の前に、黒い固まりが突き出された。
拳銃だった。
「あ……?」
プランジが見上げると、そこには見たことの無い拳銃を構えた初老の女性がいた。
シャツにチノパンにブーツに古びたトレンチコートの、苦労を経てはいるが線は
細くない、ガッシリとした感じのイデタチだった。側にはつばの広い帽子が置いて
あった。
「お前……」
老女はしわがれた声で言った。
「誰だ?ここは何処だ」
「え、えっとーー」
それは、初めてこのホシに来た人間には当然の疑問だった。何時もの感じならば
自分の名前も元いた星の状況も当然覚えてはいないだろう。驚くのも無理はない。
だがどう言えば?
「おい!」
老女はオモムロにハンドガンの先を巻かれた包帯に押し付けた。
「うあああ!」
プランジは激痛に身体を振るわせた。
「聞いてるんだよ」
老女は微動だにしなかった。
「あ……?」
まだ痛みが続く中、プランジは老女を見つめた。
老女は、激高している訳でも狂気に満ちている訳でも無かった。
ただ冷たく、プランジを見下ろしていた。
「………」
あぁ、このヒトはーー?
決定的に、何かが違うー!
プランジは、ゾワッとした。
そうか、映画の中には色んなヒトがいたっけーーこの手の、恐い人たちもーーた
またま、今までこのホシに来なかっただけでーー。
そしてまた、プランジは気を失った。
遠くで、銃声が聴こえた様な気がした。
それは夢の中の様にエコーがかかりーー。
ーー次に目を覚ますと、辺りにはいい匂いが漂っていた。
ちょっとしたスープが出来上がっていた。
「……食べな」
プランジは、少し警戒していた。
老女は少し眉根を上げた。
「食わないならいい」
カップを下げようとするのでプランジは慌てて受け取って口をつけた。
「アチッッ」
少し舌をヤケドした様だった。
「………」
老女は動じず、ごく微かに笑んだ様だった。
「…悪かったね」
少し落ち着いてから、老女は話し出した。
「最初あたしを撃ったやつかその仲間かと思った」
「え……」
「どうやら違うね」
その時プランジは気付いた。左手の包帯は、一応ではなくちゃんと手当てしてあ
って、もうそんなに痛みは感じなかった。
「あ……コレ、ありがとうございます」
「………」
老女は頷いた。
「で、ここは一体?」
「あ、皆フシギに思うと思います。確かにフシギなホシなんで」
そうして、プランジはこのホシについて話し出した。
気がついたらこのホシにいたこと、ネコと暮らしてたこと、流星のこと、『ヒュ
ー』のこと、ウィズやリジーのこと。
中でも、老女が気にしていたのは『ファントム』のことだった。
老女は、例によって元居たホシのコトや自分の名前やこのホシに来た経緯は覚え
ていなかった。
ただ、「仇」を伐とうとしていた、という。そして撃たれた、と。
老女はトレンチコートを広げてみせた。見ると、脇腹辺りを弾が貫通していた。
運良く身体には当たらなかったらしい。
「………」
プランジはフシギに思った。
こちら側から誰かが撃つとは思えないーーやはりソレは、『ファントム』なのか
ーー?
その時、老女がバッと立ち上がって荷物に立てかけてあったライフルを取り、洞
穴の入り口の壁に背を付いた。
「何ですか?」
「しっ」
プランジを制した老女はそっと外の様子を窺い、そっとライフルを構えた。
「……?」
微かに、声がした。
「………ジ」
プランジはハッとした。
が、ソレより早く老女がトリガーを引いていた。
ガンッッ!
奇妙な銃声がした。
「ちょっと!」
駆け寄ったプランジに老女は覆いかぶさった。
「危ない!」
老女が避けた壁で銃弾が弾けた。
恐らくウィズが瞬時に撃ち返したのだろう。
「待って!あれウィズです」
「……あ?」
* *
ウィズたちとの邂逅は、かなり不穏だった。
両者ともライフルを突きつけ合い、しばらく睨み合いが続いて、プランジは説明
するのに苦労した。
「だから誤解だって」
「撃たれたことに変わりはないだろ」
「だからそれもひょっとしてーー」
「あたしは撃った。だから何だ」
「あぁ?」
「だから止めようって」
「ちょっとアンタたち」
リジーまでが間に入っていた。
ネコはその後ろに隠れてソウッと様子を窺っていたがやがてリュックに潜り込ん
だ。
霧は晴れつつあった。気温は急速に下がっていた。
「わぁ、あれ!」
突然プランジが声を上げた。
ネコもピクッと顔をあげる。
霧が晴れつつある谷に、薄く虹がかかっていた。
「あ、キレイ」
「虹って見上げるモンだと思ってた」
確かに、虹は一同が谷を見下ろす感じで見えていた。
「………」
老女とウィズは、やがてゆっくりとマズルを下げた。
少し毒気を抜かれた感じだった。
4人は先ほどの洞穴で座って話をした。
本来ならイエを目指すべきなのだが、細い山道をどちらが先に行くかでウィズと
老女が揉めたのだ。両者とも相手に背を見せたくないので先に行こうとしなかった。
「え~、間に俺とリジーが居ればいいんじゃないの?」
プランジは言ったが、二人とも譲らなかった。
「何このコドモみたいなケンカ」
リジーも呆れてタメ息を吐いた。
洞穴に入っても両者はより入り口に近い方を陣取ろうとしたので、穴の脇にお互
い向き合ってライフルを構えたまま話をする形になった。
プランジとリジーは穴の奥でユッタリと座った。勿論ネコもそちら側だ。
「ダメだねコレは」
「まぁしばらくはこのママかな」
リジーは持って来た荷物を開いて珈琲を入れた。
「……うまい」
出された珈琲をトリガーから指を離さずに一口飲んだ老女は少し驚いた様子だっ
た。
「何この豆」
「さぁ、例の部屋から持って来たヤツなんで」
「あぁ……」
無限の部屋のことはプランジから聞いていた老女は、頷いた。
「……で?」
ウィズが警戒を解かないまま言った。
老女はさっと表情を戻す。
「で、とは」
「何故このホシに?」
「それは知らない。あんたと同じ様に」
ウィズは少し眉根を上げただけだった。
「……」
ウィズは老女のライフルを見た。
見たことが無いモノだった。軽くスキャンしただけで知らない技術が幾つかあっ
た。
ーー自分の知らない銃がこの世にあったのだろうか。出来れば調べさせてもらい
たいがーーこの状況ではムリか。
一つ思いつくのは、ここ最近のホシの状況からなのだがーー『この女性は、未来
から来た』。
恐らく年代など覚えていない以上、確かめる術は無いがーー。
「………」
ウィズは、ライフルを置いた。
「?!」
老女は、警戒を解かなかった。
実際、格闘になればウィズは勝てる自信があった。
唯一気になるのは、自分の知らない武器ーー老女が他にも持っているかもしれな
い、ということだった。
だが、向こうもこの左手のレーザーのコトはーー
「左手」
ウィズはハッとした。
「大人しくさせときな」
「ーー!」
読まれている。この武器を知っているのか、それとも察したのか。
ーーそうだ。ウィズは思い出した。老いた兵の老獪さは、侮ってはいけなかった。
「………」
ウィズは肩をすくめて、珈琲に口をつけた。
一口飲んで、ウィズは言った。
「で、アンタは」
「あんたじゃない、あたしはーー」
と言って老女は口をつぐんだ。名前は思い出せなかったのだ。
「…恐らく、アンタは軍人か警官か何かだったのかもな」
「………」
「仇と言うのは、この3人の誰かか、それとも他の何かか」
老女はほぉ、とウィズを見た。
ただの兵隊崩れでは無いらしい。
「とにかく、撃ったヤツはココにはいない」
「じゃあ誰が」
「分からない。だがこのホシじゃーー」
「奇妙なことがよく起こる、ってんだろ」
「その通り」
「鵜呑みにはしないね」
「………」
手強いな、と言った感じだった。
プランジとリジーは様子を見ていたが、先ほどよりは安心して見ていた。少なく
ともこのまま撃ち合いとかにはならなそうだ。
結局ウィズが折れ、ウィズが先頭でリジー、プランジで最後尾を老女が行くこと
でイエを目指すことになった。
外は嫌な雲が出始めていた。
「急ごう」
歩き始めて、老女はすぐに気がついた。
「………」
ウィズは先導ーーポイントマンとしても優秀だった。そしてプランジもケガをモ
ノともせず歩いているし、リジーも老女が嫌いなよくいる騒ぐだけで何も出来ない
タイプの女ーーでは無く、文句も言わずサクサクと行動している。
実際良く出来たチームなのだなーーと老女は思った。
プランジは時折後ろを振り返る。
ついでにウィズに渡されて背負っているリュックに乗ったネコも一緒に向いたり
していた。
「…そこまでババアじゃない」
「あ、ハイ」
プランジは首をすくめて見せた。屈託の無い感じだった。
撃たれたと言うのに、あのネジレナサはどうだーー
老女はフッと笑んだ。
あたしの息子が生きていたら、あんな感じーー
「?!」
老女はハッと立ち止まった。
『息、子?』
それはーー?
「どうした」
老女は我に返った。
前の3人が立ち止まって振り向いて見ていた。
「ーーいや」
老女は目を逸らした。
プランジが覗き込む様に声をかける。
「大丈夫?」
ウィズとリジーは顔を見合わせた。
「多分ーー」
「何か思い出した?」
「ーーー」
老女は、言葉が出なかった。何か、何かが引っかかっていてーー
「……行くか」
ウィズが促して、一同が再び歩を進めようとした時だった。
「!?」
ウィズは気付いた。
尾根の向こうの雲に隠れていた筈のイエがーー無くなっていた。
「ーーマジかよ」
「また?」
リジーも呆れて側に来た。
尾根の向こうは、同じ様な山々が連なっていた。ここ最近では珍しいことでは無
いとは言えーー。
「さて、どうするーー」
ウィズが振り向いて言った時だった。
ホシを、揺れが襲った。
「!!」
「うあっ」
「危ない!」
「ニャッ」
プランジが老女を抱えて後ろに飛んだ。
ネコも何とかリュックにしがみついていた。
ウィズもリジーを引っ張って後ずさりした。
ちょうど二組の間、さっきまで居た辺りが地滑りを起こしていた。
「ーー!」
地滑りは更に幅を増していき、一同はその度に下がっていった。
やがて収まった時には、老女&プランジ&ネコとウィズ&リジーの間は数十メー
トルは離れていた。
「危なっ」
「大丈夫か!」
「うん!」
ウィズは辺りを見回した。
「あの尾根の向こうまで行けるか!」
「やってみる!」
「気をつけてね~!」
一同は、崩れた面を回り込んで向こう側で落ち合うことにした。
「………」
歩き出した老女は、黙っていた。
さっきの『息子』話が気になっていたからだ。
やがてポツリポツリと雪が落ち始めた。
「大丈夫、こういうコトはよくあるんで」
プランジは気にはしていたが明るく振る舞っていた。
ネコも、地滑りに巻き込まれそうになったのに素知らぬ顔でリュックの上で揺れ
ている。
進んでいくその背中を見ながら、老女は考えていた。
先ほどのフト出た考え。
『息子』ーーこのホシが、プランジの言う様に自分の世界とかけ離れた場所だと
言うのなら。
この目の前の青年が、育った息子、ということはあるだろうか。
いや、あのいけ好かない兵隊上がりの男の方ってことも。ーーまぁ、あの旧イン
ド系の女ってことは無いだろうが。
ならば、『仇』とは何なのだ?
そもそも、そんなものはいなかったりするのか?
ーーだが、このホシで撃って来たやつはいるのだ。
それはーー?
考えながらも、老女は警戒を怠っていなかった。
「!!」
そしてゾワッとする気配を感じ取った。
何かが、いるーー。
雪はどんどん強くなっていた。
「『ファントム』ーーかな」
プランジも、何か感じている様だ。
リュックの上のネコも空を不審そうに見上げていた。
二人は足を止めた。
話には聞いたが、これが例のーー老女は用心深く辺りを見回した。
* *
「プランジたち、いる?」
「……よく分からない」
風も出始め、センサー類がまた効きにくくなっていた。
「またハグれたりはやだね」
「あぁ」
本来はビバークの用意をすべきだったが、二人はとりあえず集合地点に向かって
いた。
「あのさ」
「ん?」
「さっき……あの人が撃って来てたら、どうしてた?」
「……」
「撃った?」
「ーー多分」
「そっか……」
ウィズはそっとリジーを窺った。
リジーは黙って歩いていた。
「正直」
「え」
「アッチの武器が分からない以上勝算は分からなかったが」
ウィズは歩きながら言った。
「出来るだけ守ろうとはした」
「……そう」
リジーは少しだけ笑顔を作った。
その時、銃声が響いた。
「!?」
ウィズはハッと上空を見やった。
それは、尾根の向こうーープランジたちが歩いていった辺りだった。
そして、それはウィズが初めて聞く音声だった。
先ほどの老女のモノでは無い、どこかゾワッとする響きだった。
* *
「フーッッッ」
ネコが毛を逆立たせた。
確かに、撃たれたーー。
それは突然だった。二人をギリギリで掠め、側で着弾した、悪意あるモノ。
そして次弾。
プランジが突然飛びかかって避けた地面で石が爆ぜた。
「ーーどきなっ」
老女は、すばやくプランジを撥ね除けるとライフルを構えた。
辺りは既に吹雪いていた。
敵の姿は見えない。
『ファントム』とやらーーそれはそうそう見えるはずは無いがーーその気配は、
今は全く感じ取れなかった。
「ーー」
老女は用心深く辺りを見回した。
「いなくなったみたい……かな」
プランジは空を見上げながら言った。
ネコはいつの間にか背中から降り、側の岩の下に潜り込んでいた。
「分かるのか」
老女がライフルを構えたまま聞いた。
「あいつの位置が」
あいつ、とは誰だーーと自分でも思ったが、それどころではなかった。
「多分ーー何となく」
「でも」
老女は警戒を解かなかった。
「こうして撃ってきた事はないんだろ」
「ええ」
「………」
老女はそれじゃあな、と思ったが言葉にはせず、先ほど取り落としたつばの広い
帽子を取って再び被った。
だがーーこの青年はとりあえずこのホシで今まで死なずにきているのだ。
あいつ、ーー『ファントム』に出会った事もあるだろうに。
そういう感覚は大事だった。老女は、長年の経験から分かっていた。
「……ビバークしよう」
老女は荷物を拾い上げて言った。
* *
雪は積もり始めていた。
プランジは岩のヘコミに雪を付けて、ちょっとした雪洞を作った。慣れたものだ、
と老女は目を細めた。まるで自分の息子の成長した姿を見る様だーーと思いついて、
また老女は少し考え込んだ。
仇を追って来た、ということはーー自分は息子を失いでもしたのだろうか。
そしてその仇とはーー?
だが、今自分はこうして息子にーー息子の様な存在に、出会ってしまっている。
これ以上本当にいるかどうか定かではない『仇』に囚われていてもーー。
「珈琲」
老女は顔を上げた。
プランジがサッサと荷物からバーナーを取り出して用意していたのだ。
「あ、あぁ」
老女は口をつけた。
前回と同じく、素晴らしい豆の香りだった。
「………」
「いいでしょ」
プランジは屈託の無い笑顔を見せる。
老女は少し笑んだ。
ネコは丸くなって既に眠りについていた。
プランジはビスケットも出して、軽い食事になった。
しばらく、暖かい時間が続いた。
「ーー」
老女は、懐から先程の拳銃を出してプランジの方へ差し出した。
「え」
「持ってな。一応」
「………」
受け取ったプランジは、しばらくソレを眺めてーー老女の方へ返した。
「いい」
「ん?」
「何だかーー多分、俺使えないよ」
「教える」
「そうじゃなくてーー多分合わない」
そっか、と老女はそれ以上言わなかった。
もしも自分の息子ならそういうのもある、という感覚があった。
プランジは外を見ながら言った。
「ウィズたち、どうしてるかなーー」
外は吹雪いていた。
* *
ウィズたちはあれからひとしきり辺りを探したが、プランジたちの気配は無かっ
た。
気温はどんどん下がり、ボタ雪になり、やがて吹雪になった。
二人は岩が屋根になっている所にツェルトを建てて休んでいた。
「プランジたちの反応は?」
「全く無い」
「そっか……」
リジーはまた珈琲を入れていた。
ウィズはライフルを話さず、注意深く辺りを探っていた。
あの銃声はーー確かに、プランジたちの方で聴こえた。
老女のライフルの音は……前に聞いたのは、火薬の様なレールガンの様な、フシ
ギな音響だった。……やはり、知らない武器ーー?
そしてついさっき聞いた銃声はーーいや、そもそも銃声なのかどうかすらよく分
からないがーーそれは老女のモノとは全く違う、ゾワッとするような不協和音だっ
た。
それも、あの老女の別の武器なのか?
それとも、また別の何かーーやはり『ファントム』かーー?
「また、違う世界に行ってたりしてね」
リジーが独りごちた。
「ん?」
「プランジたち」
「あぁ……」
ウィズはまた外に目をやる。そう言うコトも、あるだろうか。
リジーがやがてポツリと言った。
「あの人が言ってた仇、って誰なんだろうね」
「………」
もし3人の中で居るとすればオレだ、とウィズは思った。
戦場で奪った幾多の命の中に、紛れていたとしてもおかしくは無い。
だからと言って、殺されてやる義理はないのだがーー。少し悪いとは、思うかも
知れない。
と考えたところでウィズは少し自嘲気味に笑んだ。
少し前までは、そんな感覚なんて無かったというのにーー。
「もしアタシだったら、どうするだろう…」
ウィズは顔を上げてリジーを見た。
『もしも、自分の子供をさらった人間が見つかったら、どうする?』
それは、ある種の人間が時に突きつけられる、根源的な質問だった。
リジーは何時の間にかリボルバーを握っていた。
「………」
ウィズは、既に温くなった珈琲をグイと飲み干した。
その時、吹雪の向こう側からまた銃声が聞こえて来た。
「!!」
ウィズはライフルをザッと構える。
相変わらずプランジたちや『ファントム』の反応は無い。
その銃声は、先程と同じ様な違う様な、またしてもフシギなゾワッとする反響音
を伴っていた。
「ーー様子を見て来る」
ウィズはツェルトを出ようとした。
「ウィズ」
「ん」
リジーはリボルバーを握ったまま言った。
「気をつけてね」
「あぁ」
覚悟の表情、と言った感じだった。
リジーは時にスッとそういう感覚にもなれる。
そう言えば強かったのだな、とウィズは思った。
* *
銃声は、プランジたちも聞いていた。
老女はザッと出て辺りを窺った。
「またヤツーー『ファントム』なのか」
「うん。でも遠い気がする」
「………」
老女には気配は感じ取れなかった。
適当に撃っているのだろうか?
外はずっと吹雪いていた。
いつの間にか夜になっていたらしい。
気温もドンドン下がり、ネコは荷物に潜り込んで外に出ようとはしなかった。
その時、またあの銃声がした。
近い!
ハッと老女が振り返る間もなく、帽子の先を銃弾が掠めた。
「!!」
老女はバッと地面に伏せた。
確かな位置は分からないが、ゾワッとする感覚だけは分かった。
「大丈夫?!」
プランジも顔を出した。
「出るな!」
と言うが早いか、プランジの側の地面に着弾があった。
「うあっ!」
のけぞるプランジ。
「ーー!」
老女は、ヒリヒリとする感覚に全身を振るわせた。
間違い無く、見えているーー
老女は、ライフルを構えた。
「……」
両目を開けてスコープ内と肉眼で観察したが、全く何も見えなかった。
ーーダメか。そう老女が呟いた時、
「そこ!」
プランジが後ろから声をかけた。
「ちょっと右!」
「!…本当だろうね」
老女はマズルを滑らせてトリガーを絞った。
レールガンがうなり、光の筋が虚空に消えた。
「………」
やがて老女はスコープから目を離した。
「いなくなった、……だろ?」
「うん」
「よくあそこだと分かったな」
「何となく、だったんだけどさ」
ほぉ?、と老女は眉を上げた。
「……とりあえず、助かった」
そうか、息子に助けられるというのはこんな感じかーーと老女は暖かいものを感
じていた。
* *
空に伸びる火線は、ウィズにも見えていた。
それは一瞬だったが、距離と方向を計るには十分だった。あの老女のレールガン
だろう。それまでのあの妙な銃声とは違っていた。だがその火線の先には、何の反
応も無かった。
何を狙って撃ったのだろうか。
「……」
しかし次弾は無かった。手応えが無かったのか、それとも有ったのか。
ウィズは一度引き返そうか、と考えたが止めておいた。また何が起こるか分から
ない。キケンは避けておいた方が良いだろう。
ウィズは火線の上がった方へと歩みを進めた。
その頃、リジーはツェルトから顔を出して外を窺っていた。
リジーにはレールガンの音は聴こえなかったが、確かに何かが起こっているのは
分かった。
この、妙な胸騒ぎは何だろうかーー。
「ウィズ!」
リジーは叫んでみたが、声は吹雪にかき消された。
いや、吹雪と言うよりはホシーーだったのかもしれない。普段のウィズならば、
この程度の声は聴くだろう。
「………」
リジーはしばし逡巡した。
手の中のリボルバーのシリンダーを開けてみる。
見慣れた特殊弾が6発。
「ーー行くか」
リジーは、そっと吹雪の中をはい出した。
遠くで、ゴゴゴという地鳴りの様な音が聴こえた様な気がした。
* *
「プランジ!」
老女は、絶叫していた。
ついさっきまで側に居たプランジが、雪崩に巻き込まれて一瞬で目の前から消え
たからだった。
とは言え、雪崩が起こった時にプランジは老女を突き飛ばし、回避行動を取ろう
としていた。老女を押した勢いで反対側に飛び、側の枯れ木の上を器用に2・3段
飛んだまでは見えたのだが、それ以降は白い雪煙に巻き込まれて何も見えなくなっ
た。
「あぁ……」
老女を、目眩が襲った。
また、失うのか。
息子を。
『仇』ーーそんなこと、今はどうでも良かった。
老女は流れの落ち着いた雪の斜面に出て、必死にプランジを探した。
だがーー何も見えなかった。
「どうするーー」
老女はフラフラと辺りを彷徨った。
「あぁーー」
と、足に何かの感触があった。
「!!」
老女はしゃがみ込んで、必死にそこの雪をかき出した。
まず手が出て、そして宙でモガいて老女の腕にしがみついたがーー
「ん?」
プランジにしては細い腕だった。
「ぷあっっ」
雪から顔を出したその顔はーーリジーだった。
「あんた!」
「あれ、どうもーーげほっっ」
リジーは少し咳き込んだ。
そして、自分をジッと見つめている老女に気がついた。
「……?」
リジーは、あの時ツェルトから出て少し歩いたところで雪崩にあったのだった。
ーーその直前に、何か見た様な気がしたがーー何だっけ?
「あんたーー」
老女はフラッと近づいて来た。
「あの子は」
「え、えーっとウィズ?いやプランジ?」
「あの子は、何処へ行ったの!?」
「え?」
老女はリジーの胸ぐらを掴んで揺さぶった。
「ちょっっ!」
「あの子は!……!!」
老女は突然、フラッとして倒れ込んだ。
「!!!」
それをガシと支えたリジーは、何かを感じて目を見開いた。
「!!!」
ーーそして、思い出した。
それは、雪崩に合う直前に見たイメージ。
あのゾワッとする銃声がして、リジーを何かが掠めてーーその時に見た、微かな
イメージ。
リジーは元の世界に戻っていて、ある日あのトレンチコートとツバの広い帽子を
買いーーやがてあのレールガンを手にしてーーー
そして今、自分と同じ様に老女は目眩をーー!
リジーは感じた。
この人は、ーーアタシ?
イツカこのホシを出て、別の未来を歩んだアタシーー?
「リジー?」
ウィズの声に、リジーはハッとした。
「何故ココにーーソイツはどうした」
老女は、リジーに抱きとめられたまま気を失なっていた。
「あ、あぁ…、ちょっと休ませよっか」
老女を寝かせてからウィズの方をよく見るとーーその肩には、グッタリとしたプ
ランジが担がれていた。
「ん~?」
「あぁ、さっき見つけた」
「う…」
プランジはようやく目を覚ましかけた様だった。
「プランジ?」
「お前どうした」
「ん、んー…?」
プランジはよく覚えていない様だった。
「確か、雪崩が来てーー?」
「その後は?」
「んーー……」
やはり要領を得なかった。その時、
「……ちょっと!」
ふと振り返ったリジーが気付いた。
後ろに寝かせたハズの老女が消えていた。
「コレはーー?」
「マジかよ」
それは意識を取り戻して立ち上がったと言うよりは、忽然と消えた感じだった。
「………」
リジーは思った。
あの人はーー幻だったのか?いや、ウィズもプランジも見ているし。でも、この
ホシならその程度のことはーー
その時、プランジがピクリと反応した。忘れもしない、『ファントム』の感覚。
ウィズも空を見上げる。
「何かーーヤバイ」
「き、来たよ」
ようやくアタマがハッキリとして来たらしいプランジは言った。
「あぁー!」
ウィズはプランジを降ろしてライフルを構えた。
プランジはブルブル頭を振って意識を整えようとしていた。
吹雪は依然強いママだった。
その向こうに、チラリと何かの影が見えた。
「散れ!」
ウィズが叫んで、一同はバッと別れた。
サスガにウィズにも分かる銃撃だった。
別れた場所にはそこそこ大口径の着弾があった。
「プランジ!」
「ダイジョウブ!気配が分かったら叫ぶ!」
「よし!リジー!」
「アタシも大丈夫!」
「隠れていろ。離れ過ぎないよう離れてろ!」
それってドンナだよ、と思ったがリジーは岩陰に隠れてリボルバーを握りしめた。
プランジは走り出した。
相変わらずその回復力は驚異的だった。
ドンッ。
チュインッ。
銃撃は断続的にあった。
着弾は時に正確で、時に当てずっぽうでとハッキリしなかった。
だがその攻撃はやがて一方向からでは無く、空間や岩の中からも撃って来るよう
になった。
「!!……プランジ!リジー!」
しばらくあってウィズは吹雪に向かって怒鳴ったが、返答は無かった。
* *
ーーこうして、一同は離れ離れになり、『ファントム』と思しき存在から銃撃を
受けていたのだった。
そして、雪の中に時々見え隠れする影は、煙の様に消えたり現れたりを繰り返し
ていた。
「ドッペルゲンガー?!」
しかし、それは本来は霧に写った自分の影の筈。目の前のそれはーー正に幻影(フ
ァントム)だった。
「ーーー!」
だが、やがてウィズは気付いた。
他方向からと言っても、同時には来ない。
一体が、どういう訳か空間を移動しているのだーー。
さて、どうするーー?
ウィズは、弾倉を特殊流体弾に替えた。
もし、居場所が特定出来さえすれば、あのレールガン程では無いにしろ打撃力で
は勝るかもしれない。
だが、今はその特定こそ至難の技だった。
「……」
プランジは、どうしたのかーー。
ダンッッッ!
ウィズの上方に着弾が有り、岩が崩れて来た。
「!!」
避ければ身体を晒す事になるのは分かっていたが、ウィズは迷わず飛び出した。
間一髪で岩は避けたモノの、銃撃は連続でやって来た。
だが、それこそがウィズの狙いだった。スピードや方向を凄まじく変えながらギ
リギリで銃撃を躱し、更に連続で撃って来る軌道から本体の位置を特定しようと試
みていた。
身体を掠めつつの数発を何とかやり過ごし、ウィズはそのミッションをやり遂げ
た。
「……ソコ!」
ウィズは前方の岩の影に飛び込みザマ、その空間に向けて一撃を放った。
その銃撃は虚空を切り裂き、そしてーー
「!!」
何も見えなかったが、自分が外したというコトだけは分かった。
というコトはーー。
ウィズの全身が逆立った。
殺られるーー?!
「おい!」
聞き覚えのあるシャガれた声が後ろから聞こえ、同時にあのレールガンが放たれ
た。
「!!」
その咆哮はウィズを掠めーー先程とは違う、ウィズの横手の虚空を直撃した。
ガウーーーーーーーン!
機械の様な電子音の様な、およそ生物の声とは思えないような音が響き、辺りを
光が包んだ。ソレは、吹雪の向こうで黄色い光を放ちーーまるで以前見た黄色い柱
が降り立ったようにも見えた。
「ーー!」
その光は吹雪を、そしてその上の厚い雲を吹き飛ばしーースカッと雲に穴が空き、
青空が見え始めた。
いつの間にか、夜が明けていたのだ。
「………」
ウィズが振り向くと、恐らく最大出力で撃ったであろう焼き付いたレールガンを
構えた老女と、その身体を支えているプランジがいた。
「……やったな」
ウィズは立ち上がった。
「大丈夫だった?」
リジーもやってきた。
結局、リジーは一発も撃たずに済んでいた。
「あっ」
プランジが真剣な声を出した。
ウィズが向くと、ライフルを取り落として老女がガクッと倒れ込んだ所だった。
「!?」
「何?」
プランジが老女を寝かせた。
二人が駆け寄ると、老女の腹には小さな穴が開いていて、血がゆっくりと溢れ出
していた。
「撃たれてたのか」
ウィズは急いで老女のジャケットとシャツを開き、傷口を確認した。
弾(?)は貫通していた。ギリギリで動脈には当たっていないものの、内蔵をかな
り傷つけていた。
「大丈夫なの」
「分からん」
ウィズは老女を横にして、射入口と射出口に戦場で使う大き目のパッドを貼った。
「せめてイエに戻れれば……」
辺りは既に紺碧の空が広がっていて、キレイに雲が流れていた。
振り返ると、尾根の二つ向こうにいつの間にかイエの先が見えていた。
ーーだが、運んでいては間に合わない。
ウィズは、唇を噛んだ。
その時、老女が薄目を開けて言った。
「いいんだ」
「無理して喋るな」
「黙れ小僧」
「………」
老女は、ウッスラと笑ってからプランジを見て言った。
「もう、仇は伐った」
「ーーダメです」
プランジは涙を浮かべていた。
老女は微笑んだ。
その時、遠くで微かな音がした。
ターーーーーーーーン。
それは、老女にしか聴こえない音だった。
銃声ーーではなく、何かが、繋がった音。
「………!」
その時、老女は見た。
プランジの向こうの風景ーーそれは山岳ではなく、同じ様に頭上にそびえ立つビ
ル群ーーー
これは、元いたホシの風景ーー?
そして、少年が自分を覗き込んで、泣いているーー?
そしてその視点はソコから上がっていってーー倒れた母親を抱きしめて泣いてい
る少年を俯瞰で見ている光景へと変わった。
「ーー?!」
ターーーーーーーーーーーーーン。
そして、老女は思い出した。
ーー仇を追ってたんじゃない。
追われていたのだ。
あたしが、仇だ。
かつて警官だか探偵だかで、心ならずも殺してしまった母親の。
ーーそうか。
そうだったのかーー。
「ダメだよ!」
見ると、プランジの身体が光り始めていた。
「あぁ……」
光り輝いていくその姿を、老女は満ち足りた気分で眺めた。
「ありがとう……もう十分だ」
「ーーー」
ウィズもリジーも、言葉が無かった。
「…………」
リジーは、その姿に自分を重ねていた。
「まだ、ココじゃダメだよ!」
プランジは老女を抱き上げた。
「うっ……」
「プランジ!」
「無茶するな!」
プランジは泣いていた。
その間にも、身体の光は強まっていく。
「イエまで『飛ぶ』。どうすればいい?」
「………」
ウィズは少し考えた。
「無限の部屋を開けていくしかない。運が良ければ、そこにーー」
「分かった!」
ーーそして、プランジと老女は『飛んだ』。
それは、恐らく自分の意志では無かったろう。
何故今それが起こったのかーー。
ウィズとリジーは、立ち尽くして空を見上げていた。
「………イエに着けたかな」
「多分、前のピアノの時みたいにプランジだけ着いたんじゃないか」
「あの人は、帰ったってこと?」
「……だったら良い」
ウィズには分かっていた。
でなければ、ーー恐らく助からないだろう。
「ニャーーーー」
いつの間にかネコが荷物から這い出して来ていて、哀しそうな鳴き声を上げた。
何となく向いたリジーが目を丸くした。
「ねえ、あれ!」
「ん」
二人が見下ろしたその先にあったのはーーまだ雪の残る峡谷に、見事に真円を描
いた巨大な虹だった。
「……ほぉ」
「キレイ……」
二人は、それをしばし眺めた。
それは、絶望的に壮麗で、ある種の墓標にも見えた。
美しく、哀しい風景だった。
ネコも、哀しい気分で虹を眺めていた。
今回、ネコにしか見えない小さな光のプランジ『ヒュー』は、あの隕石と共に現
れた。その日ホシは山岳地帯になっていて、ネコたちがいるイエの向こう側に老女
が来ていた。ちょうどそこにいたプランジは、老女の拳銃で撃たれた。だが『ヒュ
ー』もネコも、老女が先に何者かーー恐らく『ファントム』であろうがーーに撃た
れていることは分かっていた。老女は最初から「復讐」の感情を隠そうとはしなか
った。それ程強い感情につき動かされた人間が来るのは初めてだとネコは思った。
その雰囲気故だろうか、ホシ全体も不穏な空気に包まれてきている様だった。プラ
ンジは傷ついたが、『ヒュー』はそれでも慌てることなく事の成り行きをじっと見
つめていた。
ネコがウィズたちと共に老女とプランジと合流した後も、不穏な空気は続いてい
た。それでもプランジはもう老女の本質が分かったようで、いつもの雰囲気に戻っ
ていた。ネコはそのしなやかさを誇らしく思った。その後不穏な空気のホシは地滑
りを起こしたり山岳地帯を吹雪で覆ったり雪崩など起こしたりもした。そして恐ら
くあのモヤモヤ『ファントム』は一同の怖れ、憎しみを形に変え、何度か霧の中か
ら老女たちに撃ってきた。一同は何度か離れ離れになり、吹雪の中でそれぞれの怖
れを観た。老女は言うに及ばず、ウィズは兵士時代に『恨み』を買っていたであろ
うことを思い出し、リジーは老女に自分の姿を重ねたりもしていた。ネコはそれを
荷物の影で全て感じ取っていた。その後もホシの所作なのか『ファントム』の影響
なのか、時にリジーとプランジの場所が入れ替わったりするのは驚異だった。そし
て老女の姿が消えた時ーーネコは目を見開いた。一瞬ホシが揺れ、老女は別世界に
飛んでそこで撃たれたのだがーーその時『ヒュー』は少しキッと表情を変えた。そ
れはちょうどプランジが走り続けてようやく霧の中の『ファントム』を捕えようと
した瞬間だった。そのせいか再びホシが揺れ、プランジと老女は再会した。お互い
全てを分かっている様で、すぐさまプランジは老女を支えて『ファントム』の方向
にマズルを向け、老女はレールガンをフルパワーで放った。『ファントム』は散っ
た様に見えたが、その時見た光はあの黄色い光の柱の様だった。結局『ファントム』
がどうなったのかは分からないが、とにかくプランジたちは自分たちの力で撃退し
た様だった。『ヒュー』はその連携を、満足そうに眺めていた。その後老女は倒れ、
自らの業の姿を目にしている様だった。その全てを、ネコは『ヒュー』と一緒に目
撃した。
老女は死にかけていたが、ウィズもプランジもどうしようも無かった。その時、
『ヒュー』は真剣な表情でいつもの様に口笛を吹くような口の形になりヒュッとや
った。そしてプランジはただ一度のチャンスにかけてイエに『飛んだ』…が、間に
合わなかった様だった。…恐らくホシで、初めて人が死んだ。それは、どういうこ
とだったのだろうか。ネコも、『ヒュー』もプランジも、分からなかった。ただ、
プランジの絶叫を聞いていた。ネコはそっと『ヒュー』を見た。何時の間にか、『
ヒュー』も泣いていた。壊れたオモチャを前にした赤ん坊の様に、泣きじゃくって
いた。
ネコも全身で一同の哀しみを感じていた。自分も涙を流せれば良いのに、と改め
て思った。
ウィズとリジーとネコは、風に身を委ねていた。
やがて、風に乗って微かにプランジの絶叫が聴こえた様な気がして、一同は振り
返ったがーーーまた視線を戻して、いつまでも虹を見つめ続けた。




