12「Salt Memory」
今回ホシは塩の砂漠で、ピアノと共にやって来た男との話です。
割と綺麗な風景の回です。
そこは、塩の砂漠だった。
真っ白な丘が続いたその先にしばらく塩の平原が続き、そして更に行くと、とあ
る湖があっ
た。完全な凪が支配している場所で、その水面には空がキレイに映り込んでいた。
波打ち際に、古ぼけたピアノが一台、佇んでいた。
その座席には古びたスーツの男が居て、鍵盤に突っ伏していた。
ーーやがてその男は、目を覚ました。
ゆっくりと身体を起こしたその男は、フシギそうに辺りを見回した。
立ち上がろうとして手をついた鍵盤が不協和音を奏で、男はビクッとして後ずさ
り、突いた足元が水辺だったので更に驚いて尻餅を突いた。
「………?」
男は、訳が分からなかった。
冷たい感触が、尻を覆う。
ココは、何処だ?
何故自分はココに?
ただーー誰かに会う為に来た、ということだけは、何故か分かっていた。
* *
「……調味料みたい」
イエの前でいつもの様に今回の地面の土…塩を入れた試験管を眺めながらリジー
は呟いた。
側では、プランジが子供の様にはしゃいでいた。
「ホントだ、しょっぱーい」
「舐めるなよ、何が入ってるか分からないぞ」
屈託無く笑うプランジにウィズは顔をしかめた。
既にプランジの手首の骨折は治っていた。
ネコもクンクンと地面を嗅いではフレーメン顔を繰り返していた。
ーーいつもの様に、ホシは朝起きると変化していた。雪の様に白い地面が、寒々
とした風景を形作っていた。だが外に出るとソコまで寒い訳でもなく、サクサクと
した独特の感触の大地が広がっていた。
「何か、気持ちいいね」
プランジはノビなどしながら笑った。
「まぁね……」
リジーは試験管をポケットに入れると、軽く腕を組んだ。
ウィズはそんな様子を何となく眺めていた。
「………」
この間のイエに閉じ込められた時の話は、少しずつする様になっていた。
3人はそれぞれ別れ、リジーとウィズは過去の亡霊を見た。
そこで二人は、このホシで何度か見た緑色の光ーー『ヒュー』とプランジが名付
けたその光に、かつて出会っていたというイメージを見た。
このホシに来る前に、『ヒュー』に会っている?!
それは二人にとって少々驚きの出来事だった。ーー本当なのか、幻なのかは分か
らないが。
二人が来たこの謎のホシ。そして謎の光、『ヒュー』。今まではその理由らしき
モノが全く分からなかったが、もしも過去に出会っているとなるとーー少々話は変
わってくる。
そしてもう一つの謎の存在、『ファントム』…自分たちも何度か見たあのモヤモ
ヤに、プランジは前回イエの中で出会って少々手合わせしたらしい。
あまり多くは語らないが、ウィズが思うに多分死にかけたのではないか。
ーーあれから、少しだけプランジは変わった気がする。
何処がと言われても分からないが。
「ウィズ!ちょっと来て」
いつの間にやら丘の上まで走って行っていたプランジが声を上げた。
「ん~?」
「何だろ」
ネコもピクリと顔を上げた。
「……ほぉ」
プランジの所まで上がってみたウィズは目を見張った。
塩の砂漠は広がっていたが、その先の水平線にキラキラしたモノが見えていた。
「海?」
「と言うより湖か」
プランジも目をキラキラさせて言った。
「行ってみよう!」
そこら辺はまだまだ相変わらず若い感じなのだな、とウィズは苦笑した。
* *
数時間後、装備を整えた一同は、ランチがてら塩湖の側まで来ていた。
早速プランジは湖に飛び込んだ。
「わ~しょっぱい!そして浮かぶ~~!」
「……ガキ?」
呆れつつリジーも気になって湖に入ってみた。
「ホントだ~フシギ」
「でしょでしょ?」
確かに、今までの海や湖とは違う、特殊な浮力だった。
「………」
ウィズは前に戦場で経験があるので特に騒ぎもせず、荷解きをしていた。
ネコは最初チョイチョイと水をつついて匂いを嗅ぎ、諦めてウィズの元に戻って
来た。
ーーと、ウィズの手がしばし止まった。
「……?」
それは、当初はウィズの耳だけに聞き取れる、微かな音だった。
ネコも同じ様に耳をピンと立てて聞き入っていた。
「ん?」
「どうしたの?」
ウィズは二人を手で制して空を見上げ、耳を澄ませた。
「……ピアノだ」
同じく耳を澄ませる二人。
確かに、微かに曲が流れて来ていた。
それは、このホシでは久しく無かったことだった。
「……行こう!」
「あぁ!」
プランジはシブキを上げつつ立ち上がった。
塩湖は以外と広かった。
ピアノの音が流れてくる方へ、一同は歩みを進めていた。
「ピアノなんて久しぶり」
「そう言えば音楽自体、あまり無かったよな」
イエにディスクプレイヤーはあったが、専ら映像系に偏っていた。
ソフトもそう大して見つからなかったということもあるのだが。
「あの向こうだ」
今ではハッキリと聞き取れる。
それは静かな、優しい曲だった。
* *
男は、ピアノを弾いていた。
自分が何者なのかは分からない。
だが、この大きな楽器の操作方法は何故か分かっていた。
そして、指がひとりでに動いていた。
ーー美しい曲だ。
身体の中から音楽が流れ出る様な感じ。
男は、いつの間にか笑んでいた。
目を閉じて、光を浴びながら鍵盤に指を走らせてーー
「あの……」
突然掛けられた声に男は驚いてビクッと立ち上がり、よろけてまた尻餅を突いた。
ーーあぁ、また尻が濡れてーー
「あ、ゴメンなさい」
見ると、側に若い白人系の男が来て覗き込んでいた。
後ろにはもう少し年上の男女とネコがいる。
ーー何だ?誰ーー。
手前の若い方の男は、すまなそうに笑って手を出した。
ーーキケンではない様だ。
男は、しばらく眺めてからユックリとその手を取った。
* *
ピアノの側の岸辺で缶詰等の食事を済ませた一同は、男を囲んで話を聞いていた。
歳の頃は40代といったトコロだろうか。古びたスーツ姿だった。
男は割と無口な方らしく、少々緊張しながらもカタコトで自分のことを語った。
元いたホシの痕跡や記憶が無いのは何時ものことだったので、プランジたちは特
に気にはしなかった。
しかしただ一点、「誰かに会いにココに来た」ということだけは覚えているとい
う点が新しいと思った。
「なんでソレだけ記憶があるんだろうね」
「妄想じゃ?」
「でもまぁ何となく覚えてる、っていうのは今までもあったけどね」
「ソレとはちょっと違う様な?」
「まぁ、ともかくーー」
「それが誰か、ってことか」
ウィズたちはそれぞれ顔を見合わせる。
勿論誰も覚えがなかった。
一応3人はネコも見てみる。
「ニャ?」
ネコはフシギそうに首を傾げた。
「ーーまさかな」
「だよね」
3人は再び男の方を向いた。
「それがこの中の誰か、は分からない?」
「………」
男はスマナソウに頷いた。
やがて日が傾いてきた。
「そろそろ、イエに帰るか」
「そだね」
だが、男は動こうとしなかった。
どうやら一緒に来た(?)ピアノが気になる様だ。
「確かに、満潮とかあるかもか……?」
「その前に、明日になったらコレ消えてるかもだしね」
「っていうかそもそも水とか塩とか大丈夫なのココで」
ピアノはプランジとウィズが居ればイエまで運べそうだ、と言うことは説明した
が、男は聞かなかった。岸辺まで移動させることすら拒んだ。必死にピアノに張り
付いて、守ろうとしていた。
「……どうする?」
「ココで一泊?」
「まぁツェルト位はあるが」
「食料は?」
「ちょっと少ない」
「じゃあーー」
ウィズとリジーは普通にプランジを眺めた。
「ちょっと行って見繕って来て」
「え~~」
プランジは早速走って行った。
あの体力なら深夜までに戻って来るだろう。
リジーとウィズはとりあえず残りの食料で軽食など用意しようと準備を始めた。
ーー深夜になっても、プランジは戻って来なかった。
「アイツ……」
「またホシが何かしたのかもしれないけどね」
一同は、たき火を囲んで休んでいた。
ネコはトックに丸くなって寝ている。
男も、いつの間にか眠りに落ちていた。
「………」
痩せこけてはいるが、健康なら割といい男だ。
元の世界ではモテただろうなーーなどとリジーは思った。
ただ、先ほどもウィズと話したが、会いに来た人間というのは一体誰なのだろう
か?
一つウィズが言い出したのは、かつてウィズが出会った、このホシの何処かに居
たプランジの両親ーーではないか、というコトだった。
「それって、時間とかもう関係無くなってない?」
「まぁ、そういうコトだけど」
「大きく出たね」
「まぁな……」
ウィズは苦笑して寝ている男の方を見た。それはただのアイデアで、確信があっ
た訳では無い。
それにしてもこの男ーー。ウィズはその寝顔を眺めていた。
今まで来た誰とも違う、この違和感は何だろう…。ウィズは思った。恐らくソレ
は、自分がこのホシに慣れてしまったから?そして今まで来た人間たちが、実はソ
レなりの、何処か人とは違うタイプ、反応だったからーーではないだろうか?もし
普通の人間が、ある時気がついたら記憶喪失で全く知らない場所にいたらーーこの
男の反応の方がむしろ普通なのではないか?
「………」
ウィズはしばし黙った。
「…ひょっとしてさ」
やがて焚き火を眺めながら、リジーが呟く様に言った。
「あぁ」
「覚えてないだけで、ヤッパリアタシ達のドッチかと関わりのある人間だったりし
てね」
ウィズはソッと笑った。
「まぁな……」
ウィズは頭の後ろで腕を組んで仰向けになった。
何時の間にやら、ネコが移動して来て側にいた。
「じゃあ、例えばーー」
ウィズは星空を見上げたママ言った。
「リジーの元恋人とか?」
「え?」
リジーはイタズラっぽく笑んだ。
「なら……ウィズの兵隊仲間」
「ERの医者」
「その身体を、手術した医者」
「……実はその医者、同一人物だったりして?」
ーー二人はひとしきり笑った。
前回のイエの中でのフラッシュは、お互いにイヤな過去を少し思い出した感じだ
った。
でもまぁ、今は普通に話せる。
この二人で良かったーーお互い、そう思っていた。
「じゃあーー『ヒュー』が実体化したモノ」
ウィズは少し考えた。
「ソレは、誰に会いたくて来たんだ?」
「さぁ」
ーーだが、二人ともかつて、『ヒュー』の緑の光に出会っているかも知れない。
そしてソレが、自分たちが今ココに居る理由なのでは?
二人は、何処かでそう感じていた。
* *
プランジは、水と食料を背負って歩いていた。
それは、常人からするとかなり大きな荷物ではあった。
そしてもうかなりの時間ーーホシを半周する位は走ったハズなのだが。
「ヘンだな……」
プランジは途方に暮れて辺りを見回した。辺りは起伏のある塩の砂漠が広がって
いた。
あの塩湖は、ドコへ行ったのだ?
「………」
プランジは振り返った。
恐らくもうかなり離れただろう、イエはもはや見えなかった。
ーー方向は合っているハズなのに。
って言うか、これだけ来るともうホシの反対側の遺跡辺りだ。
ウィズたちはお腹をすかせているかもなーー。
プランジは少し腰を下ろして一息ついた。
ーープランジは、この間の閉ざされたイエの中で観たフラッシュに、思いを馳せ
る。
あれから、そのことについてはリジーたちと少し話をした。
ただーー何故かただ一点、「リジーとウィズの過去を見た」コトだけは言えてい
なかった。
何故だろうーー何処か、怖いのかな。
それを言ってどう反応されるのか。
やっぱり、ずっと最初からこのホシにいた自分と、後から来た二人には、何処か
違いがあるかも。表面上は特に問題はないが、やっぱ何処か凄く深いトコロまでは、
入って行けないのかなーーという部分はまだ少しあるのだった。
プランジは少し水を飲んで、星空を見上げた。
あぁーーそう言えば今はネコもいないんだっけ。
ちょっと、寂しいかな。
ネコと二人の時は、寂しいなんて知らなかったのに。
そんなことを思いながら、プランジは、荷物に寄りかかってそっと目を閉じた。
* *
朝方、ウィズはピアノの音で目を覚ました。
最もそれは曲がかなり流れた後で、歴戦の兵士としてはかなり遅い反応で自分で
も驚いていた。とは言えこのホシでは、こうして驚かされることばかりではあった
のだが。
「………」
側のリジーは、まだ気持ち良さそうに寝ている。起こさない様に気をつけて、ウ
ィズは立ち上がった。
習慣で側にあるライフルを取るのも忘れなかった。
「…おはよ」
男は、ピアノを弾きながら軽く会釈した。
優しい、朝にピッタリな曲が辺りを包んでいた。
ウィズは辺りを見回してみる。
朝焼けが塩湖に写り、素晴らしい景色だった。
「ところで……何か、思い出した?」
男は寂しそうに笑んで首を振った。
ーー無口な男だ。本当に必要なことしか話さない。
今は気持ち良さそうにピアノを弾いてはいるが。
「本当は、誰なんだろうな……」
朝焼けを見ながら、何となくウィズはつぶやいた。
ネコがトコトコやってきて、「ゴハン」とでも言うかの様にゴンと頭をウィズの
足にブツけた。
『ダレデモアッテ、ダレデモナイ』
「?!」
男とは違う声がして、ウィズは驚いて振り返った。
確かに男の方から聴こえたが、男は「?」と弾きながらコッチを見ていた。
「……?」
ウィズは少し気になったが、尚もネコがゴンとやるので、後ろ髪を引かれつつソ
レを抱き上げて荷物の方へ向かった。
「んあ~おはよ」
リジーはようやく起きた様だ。
「プランジ来た?」
「いや」
「朝ゴハンは…」
「ビスケットくらいかな」
「今日中に来なかったらーー」
「イエを目指すしか無いな」
ウィズは振り返って、遠くに微かに先の方が見えるイエを見やった。ーーったく、
あの距離なのに、プランジはどうしているのだろうか。
だが、ココでこれ以上人数を裂くのはチト危険な気もする。
何しろこのホシだ。
また別れ別れにならないとも限らない。
さて、どうするかーー。
* *
その頃プランジは大荷物を背負って、とりあえず例の遺跡を探して辺りを彷徨っ
ていた。
「……おかしいな」
この辺りなら遺跡の先端位は見えるハズなのだが。
そして、いつもソコへ向かうのに使用していたイエの前から伸びる一本道、通称
ミチーーも、全く見当たらなかった。ミチ沿いに歩けば、少なくともイエか遺跡か
どちらかに着くのだが。
唯一の救いは、水と食料はとりあえずあるというコトだった。
ーー多めに持って来て良かった。プランジは心からそう思った。
ーーでも。なるべく減らさない様に、ウィズたちに届けなきゃ。
その日も、良く晴れた塩の砂漠が広がっていた。
プランジはもうイチイチ寂しがっては居なかった。
夜のウチにそれは済ませたということもある。
そして夜が明ければ、例え独りであろうとも、どんな姿であろうとも、そこはホ
シなのだった。その切り替えの絶妙さが、プランジがこのホシで今までちゃんと生
き残れた秘訣だったのかも知れない。
「よしっと」
プランジは、一際力強く足を踏み出した。
* *
男は、何かを思い出そうとしていた。
だが漠然と、そしてボンヤリとしたその何かは、何らかの形を為す前に頭から消
える。
「ーーー」
誰かに会いにココに来たのだ、という確信はある。
だが、それが誰なのだーー。
男はピアノ越しに片付けなどしている男女を見やった。
ーー聞く所に寄ると、彼らは自分と同じ様にこのフシギなホシに来た。
だが今の自分とは違い、ココにいる理由は分からないと言う。
そして、同じ様に次々にやって来る人間たちは帰って行くのに、自分たちだけは
帰れない。
ココにやって来る人たちは一様に自分の名前も出身星も忘れて、何となくの自分
の存在のみでココに来ると言う。自分も同じだ。
だがこの男女だけは、ある程度は覚えているのだ。
ーー自分だったら、辛いだろうな。
そしてこ時々姿を変えると言うこのホシで、ずっとネコと居たと言うあの青年は。
あれこそ最大の謎だった。こんなホシにずっと独りーーネコがいるとは言えーーそ
して、今の自分と同じ様に、昔の記憶は無いと言う。
それは、どんな感じなんだろうか。男には想像出来なかった。
「……!」
気がつくと、いつの間にかピアノにネコが乗っていた。
ネコは、ハコを組んで男と目線の高さを同じくしてまっすぐ男の方を見つめてい
た。
「………?」
一瞬、あの男女が冗談で言っていた「ネコに、会いに来た?」という話を思い出
して、真顔で覗き込んで見た。
「………」
ネコは、しばらく目を合わせてからアクビをして目を閉じた。
……まぁ、可能性はゼロでは無い。
しかし…?
分からないことだらけだった。
先程の長身の男も、旧インド系の女性も。誰かしら影があり、それぞれの事情が
ある。
その何処かに、自分が関わっていたらーー。
「キレイな曲だね」
男が顔を上げると、何時の間にかリジーが側に来ていた。
男は、軽く笑んだ。
リジーは水際に入って来て足で水を弄んだ。
ビキニにパレオなその姿に、男は音を奏でながら少し見とれた。
「そういうの、このホシじゃしばらく聞いたコトが無くてさ」
「……?」
「音楽」
あぁ、という風に男は頷いた。
「アンタが誰でも」
「?」
「ココに居る間は、ユックリしてていいよ」
「………」
男は笑んで違う曲に移った。
リジーはしばらくその曲に身を任せていた。
「ただーー」
「?」
「やっぱピアノ運んじゃダメ?ずっとココだと、食料がね」
スマなそうに言うリジー。
「………」
そこで男は初めて、自分がずっと気を使われていたことに気づいた。
このホシにはこのホシの事情があるだろうにーー。
じゃあ明日、と男は言った。
もしもリジーが愛する人で、それに会いに来たのだったらイイなーーなどと思い
ながら。
* *
次の朝、ピアノが消えた。
ウィズとリジーにはある程度予想済みのコトではあったが、男にはーー。
水際の二人は、恐る恐る男の方を見る。
男はーー分かりやすくガクゼンとしていた。膝をついて、力が抜けていた。震え
が止まらず、両手で肩を掴んだ。
ーーそこまで確信があった訳では無い。
だがあのピアノは、何も分からないこのホシで自分が唯一頼れる、何も覚えてい
ない自分が何故かそれだけは分かる、大事な存在だった。
「……何か、ゴメンね」
「実はこうなるのを恐れてた」
「ーーー」
男は、何も言えなかった。確かにこの男女のせいでは無かったがーー。この衝撃
感、喪失感はーー。
「あれーーウィズ」
「ん」
「……イエが」
「ん?」
見ると、塩湖の先に見えていた筈のイエの先が、見えなくなっていた。
「ーーマジかよ」
「どうすんの?」
今朝からはウィズと男でピアノを担いでイエを目指すハズだったのだ。
これでは、出発しようにも方向が分からない。
「プランジは何してんのよ」
「さぁ、またホシに弄ばれてるかな」
二人は、顔を見合わせた。
最悪、水は湖の塩水から作り出せる。
だがそれだけでは何日もは持たないだろう。
出来るだけ水を持って、出発すべきか。
それともプランジが戻ってくる方に賭けるべきか。
「ーーイコウ」
男は、ハッキリと言った。
「?!」
「ピアノもナイ。ココにイテモ」
まだ落ち着いては居ない様だったが、男はユックリと立ち上がった。
「……それなら」
「準備しよっか」
リジーとウィズは、頷いた。
* *
プランジは、ずっと歩いていた。
走れる体力はまだ微かにあったが、それは何かを見つけた時ーーそう思っていた。
もはや方向もよく分からなかった。最初は太陽や星の方向を見ていたが、それも
刻一刻と変化している様だ。
だからとにかくまっすぐーープランジは歩いていた。
昔見つけた本には、「人はまっすぐ歩けない。利き足の方が強いので最終的には
凄く大きな円を描く」と書いてあったっけ。
…でも。
そこでオタオタしたり、不安に駆られてアチコチ方向を変えるのはイヤだった。
だからプランジは、出来るだけまっすぐに歩いていた。
『コッチダ』
誰かが優しく、語りかけた様な気がした。
「?!」
プランジは足を止めて振り返った。
ーー誰もいない。
だが、何処かで聞き覚えのある声だった気もする。
誰だっけ?
『コッチだ』
今度は確かに聴こえた。
「え?!」
プランジは、確かに聴いた。
今度は方角もハッキリと分かった。
だが、ソコには誰もいない。
「ーー!?」
プランジは、ユックリとその方向へ踏み出した。
確信は無い。だが、あの声はーー
もし、初めて聴く『ヒュー』の声だったら?
ソワソワした。
ドキドキした。
まさかな。ーーでも。
もし、そうだったならーー
疲れた身体ではあったが、プランジは声がした方へ力強く歩いていった。
* *
ウィズとリジー、そして男とネコは、とりあえず塩湖を半周してピアノが無いこ
とを一応確かめた。予想通り、辺りにピアノはない様だった。
「じゃあ、あっち方向で」
ウィズが元イエがあった方を指差した。
こうなると、例によってホシ上の方位はもはやハッキリとはしない。
とりあえず、前にイエがあった方へ向かうしかーー。
「………」
リジーに向かって、男が手を差し出した。
「……?ありがと」
歩きながら荷物の一つを手渡すリジー。
「……」
ウィズはそんな様子を眺めながら、さてどれ位歩くコトになるだろうか、今の装
備では持って数日だがーーなどと考えていた。
そして今回、このホシはどう動くのかーー。
* *
プランジは、ミチに出会っていた。
イエの前からホシの反対側の遺跡を通って一周する一本道。それは、塩の丘をい
くつか越えると、突然現れた。
「やっぱり!」
あの声は、間違っていなかった。
ーー誰なんだろう。
確かに、何処かで聴いたコトがあるようなーー。
「………」
プランジはミチに立った。
いつもの長く伸びた一本道だった。
……どちらがイエ方向なのかは分からない。
が、プランジは迷わなかった。
「こっち!」
こういう時は、片方に決めてさっさと行動ーープランジは、今までそうしてきた。
かなり体力は消耗していたが、踏み出す足は軽やかだった。
やがて、プランジはゆっくりと走り出した。
* *
ーーあれから、随分と来た。
リジーとウィズ、ネコと男は塩の砂漠を歩いていた。
何処か時間の感覚が鈍っていた。
既に一日以上歩いている気がするが、まだ日が上がったままだった。
「大丈夫?」
リジーは男に声をかけた。
「………」
男はうつむいていたが、少し笑顔を作った。体力が無い訳ではなさそうだ。
一応丘陵の影部分を選んで歩いてはいたが、常に日陰ばかりとはいかない。ネコ
が真っ先に疲れ、ヨボヨボ歩きになったところで男が拾いあげて肩から下げたバッ
グに入れてやった。
「休もう」
ウィズは丘陵の影に軽く穴を掘って一同を入れた。
「このまま夜を待ってそれから歩き出した方がいい」
むしろ、もっと早くそうすべきだった。
食料は後ビスケットが数枚残っているだけだった。
「………」
リジーはネコの様子を気遣っている男をそっと見た。
ピアノが無くなった時は取り乱していたがーー今でもどこか不安げではあるが、
それを極力見せない様にしている。好感が持てる感じだった。
あーーとリジーは思った。
そう言えばプランジもウィズも、そうか。
ーーやっぱり、自分は恵まれているのかも。リジーはそう思って少しにっこりと
した。
ウィズはそんな様子を見ながら、 男と自分との関係ーーについて何か思い出そう
としていたていたが、結局何も出てこなさそうだった。
「………」
ーー今まで来た人間たちとは、一体何が違うのだろうか。
それは、膠着していた「自分やリジーが帰る」ことの突破口になりはしないだろ
うか。
ふと、男が顔を上げた。
「……!」
ネコも、何故か目をマン丸にしていた。
「ーーん」
「どうした?」
男は答えず、耳を澄ませる様に目を閉じた。
何か、胸騒ぎがしていた。
「ナニカーーー」
「思い出した?」
男はネコをユックリと側に置いて、立ち上がった。
ハッキリとは分からないが、何かを感じとっていた。
* *
「!?」
プランジは、足を止めた。
ミチを走り出して、しばらく経っていた。
「………」
辺りはほぼ平地に近い塩の砂漠だった。
肩を上下させながら、プランジは何かを感じ取っていた。
ーー予感。何かが起こるような。
『ココだ』
声がした。
プランジはハッとした。
聞き間違いじゃない。確かに聴こえた。
ーーやはり、何処かで聴いたコトがある声ーー?
プランジは何と無く身体を起こし、歩幅を広げた。
その時だった。
「!?」
その足の感触ーーと地面からの微かな感覚に、プランジは驚いた。
この音はーー?
下が、空洞ーーー?
* *
男は、ザッザッと塩の丘陵を足早に歩いていた。
よく分からないが、突き動かす何かがあった。
「ちょっと!」
リジーは小走りで追いかけて来た。
ネコも、疲れてはいる様だったがトコトコと歩いてきている。
ウィズもとりあえず荷物を置いてライフルのみで後をついてきていた。
ーー何だろう。
前にもこんなことがあったっけ。
そうか、プランジにいつもこうやって振り回されーー
とウィズの表情が少し緩んだ時だった。
「ウィズ、あれ!」
リジーが叫んだ。
ウィズが見ると、男が歩いて行くその先には小さな固まりーー塩の塔と言うかち
ょっとした柱があった。そこの周りだけ丘陵が無く、ちょっとした遺跡か古代の墓
の様でもあった。
「……?」
ウィズは、その何処か聖なる雰囲気に、何かを感じた気がした。
男は、走り出した。
「あ……ちょっと!」
男はまっすぐその塔に近づいていった。
「………」
大きめの墓石程のゴツゴツした塩の柱。
男の胸は高鳴った。
あぁ、ーー自分は、コレを知っているーーー。
男は柱の前でしばし息を落ち着けてからソウッと手を伸ばし、ソレに触れようと
した。
* *
「!!」
プランジはハッとした。
ザッと構え、今正に足元の固い塩の地面をブチ抜こうとしたトコロだった。
ーー今回は声ではない。
何かの、気配がした様な感じだった。
「……?」
プランジは振り向いた。
誰もいなかった。
その時ーー音も立てずに、側の地面に穴が開いた。塩が流砂の様に流れ落ち、サ
ラサラと音を音を立てていた。
「これはーー?」
数メートル下に、廊下の様なモノが見えた。
プランジが頭を入れて覗いてみると、それはミチの下をずっと続いている、石の
道だった。
特に照明らしきモノはなかったが、所々がボウッとヒカリゴケの様になっていて、
真っ暗と言う訳では無かった。
「………」
プランジは理解した。
ココだーー誰かが呼んでいたのは。感覚でそう思った。
ウィズたちの元へ向かわなきゃーーということはあったが、プランジは荷物を持
ってその廊下に降りた。
ーーヒンヤリとした冷たい石の感触。
プランジは辺りを見回して、迷わず先程と同じ方向へ向かって走り出した。
その廊下は、ずっと先まで続いていた。
「……」
ひょっとして、ミチと同じくホシを一周しているのか?
まさか、ずっと前からあった??
ーーココは、塩の砂漠が消えても、残っているだろうかーー。
色んな思いがあった。
だがーー今は。
これがウィズたちに、少なくともイエに近づく最短コースーーそう確信していた。
* *
柱に触れた男は、ユックリと目を閉じた。
何かが見える気がした。
何かを、感じた。
かつて、見たのだーー何かを、ココで。
そして、今ーー。
「どうしたの?」
リジーとウィズとネコが追いついて来た。
「ナニカーー思い出した」
「……?」
「それはーー?」
近づいて来たネコが、何となく男の足にゴンと頭をブツけて身体を擦り付ける様
にした。
その時だった。
男の身体が、一瞬光った。
ネコがユックリと顔を上げた。
「ーー!?」
男は、笑った様に見えた。
身体に帯び始めたその光に、ウィズとリジーは一瞬怯んだ。
だがーーそれは、見覚えのある光だった。
「………」
そうして男は振り返り、ウィズとリジーに微笑みかけーー
「うあっ?!」
光はしばし瞬きを見せてーーそして、男の身体は、消えた。
ウィズとリジーは、その場に取り残された。
「これはーー?」
「まさか、『飛んだ』の?!」
二人は辺りを見回し、念のため柱の裏側も確認してみたりした。
勿論塩の柱以外、ソコには何も無かった。
そして二人は気付いた。
「……ネコは?」
* *
「?!」
プランジは、一瞬気配を感じて止まった。
地下の廊下はまだずっと続いている。
これはーー『ヒュー』の気配?!
いや、『飛ぶ』時のあの感じと似てはいるが、これはーー?
やがて、プランジは微かに聞こえてくる音に気付いた。
廊下に反響してキレイに届く、その音はーーピアノだ!
「あぁ……」
先の方から聴こえて来るその音の方へ、プランジは歩いていった。
近づいていくと、やがて少し開けた空間が現れ、そこにはピアノがーーそしてネ
コと男がいた。
「………」
男は、プランジに気付いて会釈した。
「あ……」
そこは、音楽が溢れる満ち足りた空間だった。
プランジはピアノに近づいて行って、荷物を足元に降ろした。
ピアノの上ではネコが気持ち良さそうにハコを組んでいる。
プランジはその額をそっと撫でた。
「ピアノ、ココに移動したんですね」
「………」
男は弾きながら頷いた。
「あのーー」
プランジは尋ねた。
「ウィズと、リジーは?」
男は微笑んで曲の中でポロンと和音を響かせた。
「!!」
その時、その和音の調べに呼応して一瞬廊下の天井面が光って波紋の様に透け、
直上にいるらしいウィズとリジーの姿が見えた。
だがそのイメージは、天井に映っているのにアオリではなくフカンの絵だった。
「ダイジョウブだ」
「………」
そのフシギな光景に、プランジはしばし見とれた。
ネコも目を丸くして眺めていた。
やがてプランジは、先程の声のことを思い出した。
「さっきの声は、ーーアナタ?」
男は、奏でながらユックリとプランジを見た。
「ーーソウデモアルシ、ソウデモナイ」
「………?」
男は次々に鍵盤に指を走らせ、その度に天井や壁に光と音が溢れ、色々なイメー
ジが浮かんだ。
ソレは、今までプランジが過ごして来た、数々のフラッシュだった。
「これはーー」
中には、プランジが思い出せないでいる様な場面も多々あった。
あぁ、もっとユックリ、一つ一つ見たいモノだがーー。
中には、ウィズやリジーのモノもあった。
「……?!」
自分の知らない場面もイッパイある。
居なかったのかなーーと思ったが、そのうちプランジは気付いた。
ーー未来のコトも流れている?!
「これに、アイにキタんだ」
「……え?」
「オソラク」
男は静かに曲を終え、そっと鍵盤を閉じた。
イメージも閉じて、辺りはまた元の薄暗く所々床が光っているだけの空間に戻っ
た。
「………」
プランジは、黙って見ていた。
そして男は側のネコを懐かしそうに撫でた。
ネコはされるがママになっていた。
やがて男は立ち上がり、ネコを抱き上げてプランジに渡した。
ネコはプランジに抱えられたまま二人を見比べていた。
「イツカ、ホシをデル時がクル」
「え?」
男はプランジの肩に手を置いた。
「それまで、ネジれないでイテ」
「……」
プランジは、何と言って良いのか分からなかった。
ただ、肩に置かれた手の感触と先程のフラッシュで、何故か、何となく理解して
いた。
この人は、俺ーー?
そしてウィズであり、リジーでありーーかつてホシにいて、そして出て行ったヒ
トーー?
プランジは、身体が震えるのを感じた。
何かのピースが一つ、ハマった感じだった。
男は微笑んでーーその身体が、光り始めた。
それは男だけではなく、プランジも、ネコもピアノもだった。
『飛ぶ』ーープランジは思った。
「あぁ……」
いつか、行けるだろうか。
ホシの、その先の果てまでーー。
今はまだ、このホシ上の移動でしか無いがーーー
二人の身体がより光を増した。
ネコは二人を見上げーー「ニャン」と鳴いた。
* *
ソレは、突然だった。
塩の柱の少し上に、光り輝くプランジとネコが現れた。
「?!」
いち早く反応したウィズは、プランジを認識して呆れた。
「お前ー!」
「あっと」
光は消え、少しバランスを崩したプランジはギリギリ届く塩の柱を蹴り、身を翻
して着地した。勿論、ネコはシッカリと抱いて離さなかった。
「アンタ何処からーー」
リジーも呆れてプランジの方を見やった。
「ったく、どうしてたんだよ」
「って言うかネコーー?」
「……アレ?」
プランジはハッと我に帰って辺りを見回した。
男とピアノはーー?
一緒に飛んだハズだがーー?
「帰ったんだ……」
「あん?」
ウィズとリジーが近づいて来た。
「で、水と食料は?」
「あ、あぁーー?」
プランジはネコ以外テブラな自分に気がついた。
荷物は、先ほどの地下の廊下だろうか。
プランジはとりあえずカーゴパンツの中に残っていたゼリーパックとソーセージ
を渡した。
その時、微かにピシッと何かが割れるような音がした。
「ん?」
「これはーー」
「柱だ!」
一同が見ると、先程プランジが蹴ったトコロからヒビが走り、柱が二つに裂けた
トコロだった。その大きめの破片は塩の地面に落ち、ソコに穴を開けて下に落ちた。
「……!」
一同が駆け寄ってみると、その下にはさっきまでプランジが男といた空間が見え
ていた。
「コレはーー?」
見ると、プランジが運んで来ていた荷物があった。
「……?」
「…さっきまで」
「ん?」
ウィズとリジーはプランジの方を見つめた。
「アソコで、あの人とピアノと、居たんだ」
「あん?」
「ドユコト」
「あ、後コイツとね」
と抱いたままのネコを上げて見せた。
ネコはニャンと鳴いてスルリと腕を抜け出した。いつの間にかもう元気になった
様だった。
「ーー?!」
「で、アイツはどうした」
「帰ったーー多分」
プランジは一息ついて言った。
「一緒に『飛んだ』んだけど、置いてかれたみたい」
リジーとウィズは絶句した。
「ハァ?」
「『飛んだ』ってーー?!」
「ピアノと一緒にね」
プランジはユックリと笑った。
やがて、プランジは言った。
「あの人は多分、未来の俺らーーとかだったのかな」
「…オイオイ」
「もう今回はメチャメチャーー」
二人はもはや、呆れるしか無かった。
リジーは力が抜けて、穴のフチに腰を下ろした。
「だよね」
プランジはスマなそうに笑った。
そして真剣な顔になって言った。
「こないだも、だったんだけどさ」
「………?」
「イッパイ、イメージを見たんだ」
ウィズとリジーは顔を見合わせる。
「俺のだけじゃ無くて、二人のもね」
「……!」
「ほぉ」
プランジはタタッと下に降りていって荷を解いて二人に水を放りながら言った。
「ゴメン、ずっと話したかったんだけど」
水を受け取るウィズとリジー。
「………」
ウィズとリジーは、事態を飲み込むのに少しかかった。
がーーやがてペットボトルをパシュと開けて、二人は言った。
「ま、いんじゃない」
「聞こうか」
二人は水を口にし始めた。
ネコに水をやるのも忘れなかった。
「……ありがとう」
プランジは、シアワセな気分でずっと続く廊下を見つめた。
ーー色々話さなきゃ。
そして、また会えるーー。
ネコは、穴のフチでリジーたちとプランジを見下ろしながら考えていた。
今回隕石は無かったものの、やはりホシはある時ビュワッと揺れた。その時、塩
湖と一緒にあのピアニストとピアノが現れた。イエのリビングで、ネコはそれを感
じ取ることが出来た。と言うことは……とネコはあの小さな光のプランジ『ヒュー』
の姿を探した。そして分かった。『ヒュー』は、既にそのピアニストの側にいる。
彼が奏でる音に抱かれながら。
ネコは一同と一緒に塩湖に向かい、ピアニストと出会った。予想通り、『ヒュー』
はピアノの上で楽しそうに浮いていた。ピアニストは、今までホシに来た人間たち
とは一風変わっていた。何なのだろうとネコは思ったが、直ぐに気がついた。暗い
時のプランジに雰囲気が似ていたのだ。そう思ってみると、ネコが見る風景は奇妙
だった。『ヒュー』にプランジにピアニスト。同じ様な雰囲気の3人が、それぞれ
を知らずに佇んでいた。
ピアニストが「会いに来た」のが何かは、まだ分からなかった。やがて荷物を取
りに戻ったプランジはもう一度揺れたホシによってまた離ればなれになった。やれ
やれ、またなのかーーネコも『ヒュー』も、別世界にいるその姿を感じ取ってはい
た。そして、ピアノもまた消えた。ピアニストの落胆ぶりは見ていて痛々しかった。
多分あの女の子がいなくなった時のプランジ位だろうか、とネコは思った。プラン
ジは一人で寂しさを味わいつつ、それでもいつもの様に自分を見失わずに進んでい
た。『ヒュー』は、その姿をじっと見ていた。
それから、ネコはピアニストたちと塩の砂漠へと踏み出した。やがてピアニスト
の背でネコは気付いた。ピアニストは何かを思い出しつつある様で、しかも別世界
にいるプランジと無意識に会話をしていた。何なのだ、これはーーネコは不思議に
思った。『ヒュー』の方を見ると、彼も何だかワクワクしている感じでそれを見て
いた。そしてピアニストは、あの記憶の塔へと到達した。それは今までホシで観た
ことのないものだったがーー触れたピアニストは何かを思い出し、その時何かが繋
がった様だった。ネコはピアニストと共にミチの下の地下道に『飛び』、同時に別
世界のプランジもそこへやってきた。それは、不思議な空間だった。プランジは気
付かなかった様だが、かつてリジーとプランジが閉じ込められたあの雪原の下の地
下室と同じ様な雰囲気だった。そこでプランジとピアニストは再会し、お互いの存
在を感じ合った。同時にこのホシで今まで起こったこと、そして起こることのヴィ
ジョンを見た。ネコは思った。ピアニストは、今見た幾つかの先の未来の、プラン
ジの姿だったのかも知れない。もしくはリジー、ウィズの姿であったかも。そして、
「いつかホシを出る」という新しい概念。プランジも、いつかそれを選択するのだ
ろうか。その時、自分はどうするのだろうか。
そして、ピアニストとプランジは触れ合い、ネコと共に『飛んだ』。ウィズやリ
ジーがいる地上へネコとプランジが現れた時、既にピアニストはいなかった。だが
そのほんの一瞬の『飛んだ』間に、無限の理解があった様な気がする。だから、ピ
アニストはピアノと共に「帰った」のだと、ネコもプランジも理解していた。ネコ
は、側にいる『ヒュー』の方を見た。今回、『ヒュー』は何をしたのだろうか。プ
ランジを導いていたピアニスト…を導いていたのか?そう思いながら見つめている
ネコに、『ヒュー』はおどけた顔をして消えた。
ネコは何処か暖かい気持ちで水を飲みながら、満ち足りた表情をしているプラン
ジを眺めた。
「トコロで、イエはドッチ?」
一息ついて、リジーが階下に向けて言った。
「この廊下がミチのちょうど下を通ってるハズだからーー」
プランジは振り返った。
「アッチ?」
と指差した方を地上で向いたリジーは、その先に白く光る尖った構造物を見た。
ウィズもソチラを見て呆れた。
イエだった。
「ーー何だよ」
「ヤッパリ、いつもの感じ?」
「え、どしたの」
「………」
ウィズとリジーは顔を見合わせて笑んだ。
「え~、何?……よっと」
プランジは荷物を掴んで上に放った。
荷物は適度なスピードで出て来て穴のフチに転がった。
そしてプランジは何時もの様にパルクールでタタタッと上がって来た。
「あぁ、そゆこと」
イエを視認してプランジは笑った。
ウィズは、ゆっくりとプランジの肩に手を置いて言った。
「……じゃ、行こうか」
「積もる話はイエで」
「……うん」
プランジは、足元に転がっていた荷物をザッと持ち上げた。
ネコもすっかり元気を取り戻した様で側に寄って来た。
塩の砂漠は、もはや寒々しい場所ではなかった。
一同は、白い地面の上を、イエに向かって歩き出した。




