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9「Flower」

今回、ホシは花が咲き乱れた状態です。一同は花見などもします。

そこにやってくるのは赤ちゃん。プランジたちはそれぞれに赤ちゃんと出会います。



「あん時は大変だったんだからね」

 その日、青年プランジとネコと女性リジーと男性ウィズは、とあるホシのとある

塔ーー通称イエで、軽いディナーの最中だった。

 と言ってもメニューはいつもの缶詰に少々手を加えた程度だったが、少しながら

アルコールも入り、一同はリラックスしていた。

「ウィズがいなきゃ10回は死んでたね」

 とリジーが言っているのは、前日このホシが無数の鉄骨に覆われていた時の話だ

った。

 鉄骨が次々と倒れる中、ウィズとリジーは逃げ惑い、時に鉄骨を破壊しながらよ

うやくイエにたどり着いたのだった。

「うん、遠くで大変そうなのはチラリと見た」

 ケロッとした顔で言うプランジ。

 プランジも、その時はネコともう一人の男を連れて、降り掛かる鉄骨の中を走っ

ていたのだ。

 ネコはそんな一同の様子を見ながら、一度アクビをした。


 前日、ネコはほぼプランジと一緒にいて、『ヒュー』ーーネコにしか見えない小

さな光のプランジの挙動を見ていた。

 久しぶりにプランジの言う『ヒュー』…緑色の光を伴った隕石がホシに落ちた。

それと一緒に、あの男性はやってきた。鉄骨がアチコチ突き建っているドンヨリと

した世界の中で、幼児の姿をした小さな光の『ヒュー』は不思議そうにその男性を

見ていた。少しすねた様な20台後半の男。独特のアナキズムな感じは今までやっ

てきた人間たちとは少し違っていた。

 ゴーグルを探す。それでもそう言って皆と探している時は、ネコには割と普通な

姿を見せていた様に思う。それよりも、前回はホシの挙動がドラスティックだった。

次々に降る鉄骨の中、プランジとネコと男性は上へ上へと逃げ続けた。側の『ヒュ

ー』もまるでジェットコースターを楽しんでいる幼児の様にはしゃいでいた。そし

てネコたちが危機に陥った時、『ヒュー』はいつもの様に口をヒュッとやって、そ

れでプランジはネコと男性を連れて『飛んだ』。ネコも一緒に『飛んだ』のは久し

ぶりで、その感覚にネコは驚いて身震いした。それは一瞬のことの様だったが、そ

の時ネコは恐らくプランジと同じ様に、この男性の人となりや生い立ちーー思いを

体全体で感じた。生まれた街のこと、橋のこと、友人のこと、ゴーグルのこと。そ

して『飛び降りる』こと。その後男性が感情を爆発させ咆哮した時、側の『ヒュー』

もプランジもその奥深くにある何かを優しく感じ取っている様だった。

 更に鉄骨の頂上へと向かう時、その先にプランジの言う『ヒュー』の緑色の光が

見えた。それはプランジたちを高みへと導く光の様だった。ネコがふと見ると、側

の『ヒュー』もその緑の光を興味深げに眺めて微笑んでいた。ネコは、その『ヒュ

ー』とあの光の間には、どういう関係があるのだろうと思った。そして鉄骨の上で、

ネコは見た。ようやくゴーグルを見つけた男性とプランジ。分かり合えた二人の姿

を。『ヒュー』もそれを満足げに見ていた。

 そして、男性は『飛び降りた』。プランジは立ち尽くし、男性が霧の中に消えた

辺りをジッと見つめていた。ネコにも分かっていた。死んだ、のではなく帰った、

ということなのだろう。その先は知らないがーーやはり『飛んだ』のだ。プランジ

のそれとはいささか違うが、意味する所は恐らく同じだった。

 だからネコは今日も思うのだ。このホシは、そして『ヒュー』とは、一体何なの

だ?


 ネコは黙って外を見た。

 今現在のホシはというとーーノーマル、というか最もソレであるコトの多い、草

原の状態だった。

 一晩寝て起きると、あれだけあった鉄骨は全く無くなっていた。

 その時々で、全く景色が変わっている。このホシは、そういう場所だった。

 そして、前回プランジと鉄骨の中走っていたもう一人の男の様にーー自分の名前

も出身星も分からない人間が、このホシには時々やって来る。

 その度にホシに何かが起きて、その人は帰って行く。

 ソレ以外のプランジとネコーー元々このホシにいた二人はともかく、後からやっ

てきたリジーとウィズも、何故か今の所このホシを出ることは出来ないでいた。

 そして、一同はそれに慣れつつあった。


「で、アイツはどんなだった?」

 とウィズが言ったのは、その時の飛び降りた男の話だ。

「どうって?」

「何か外の情報とか無かったワケ」

 前回やって来た男性が「帰る」ところを観たのは、プランジとネコだけだった。

 プランジは側のネコを撫でながら少し考える。

 ネコはゴロゴロ言っているだけだった。もはやアルコールの香りには慣れてしま

ったらしい。

「いや~特に無いかな」

「なんだよ」

「役に立たないの」

 呆れてリジーとウィズはグラスを開ける。

 プランジは屈託無く笑んだ。

「ただ……」

「何?」

「こないだのリジーとの時みたいに、一度『飛んだ』よ」

 と言ったのは、プランジが時々出来る、瞬間移動みたいなモノのコトだった。最

も、どういう理屈なのか分からないし、自分の意思でコントロールも出来てはいな

い。

「…へぇ!」

「どうだったよ」

「う~ん……飛んでる途中、何か光ってたかな」

 ウィズとリジーは顔を見合わせる。

「それってーー」

「『ヒュー』の光、とか?」

「さぁ、それはどうかな」

 プランジの言う『ヒュー』ーーそれはネコが自分で名付けた小さな光の『ヒュー』

とは違う、

時々、このホシに現れる緑の光のことだ。

 このホシに人がやってくる時は、大抵この光と共にだった。

 それはただの光の様でもあり、時に導くモノの様でもある。

 プランジが初めて『飛んだ』時も、この光に触れた時だったと思う。

 その不思議な感覚に、プランジは何処か惹かれていた。

「でも……多分、違うと思う」

 ゆっくり言ってから、プランジはグラスにウォッカを注いだ。

「………」

 ウィズもリジーも、それ以上何も言わなかった。

 静かに、夜は更けて行った。


「やけに温かいな」

 翌朝起きて来たウィズたちは、リビングスペースの窓の外を眺めているプランジ

に気づいた。

「……アレ」

「?」

 外を指し示すプランジ。

 窓の側に近づいた二人は目を丸くした。

 そこは草原ではなく、一面にキレイに花の咲いた空間に変わっていた。

 素晴らしく晴れた青空に、色彩が散らばっていた。

「うぉ」

「キレイ」

「でしょ?」

 プランジは笑顔を作った。


 一同は外に出た。

 そこは、アジサイだったりタンポポだったり、ヒマワリだったりパンジーだった

りと、ありとあらゆる花が咲き乱れている空間だった。

「………」

 一同はゆっくりと歩き出した。ネコもついて来ていた。

 特に道は無く、少しずつ花を避けて歩く位だった。

 しばらく殺風景な景色が続いていたせいか、リジーはだんだん笑顔になっていっ

た。

「……ナメられてるな」

 ウィズは苦笑していた。

「誰に」

「このホシにさ」

「……でもこういうのなら、いんじゃない?」

 プランジも、この空間を楽しんでいる様だった。


 ひとしきり観た後で、

「お花見にしよう!」

 プランジが言い出した。

「ほぉ」

「いいかも」

「ね?」

「…ただ」

 ウィズが軽く言った。

「アルコールが切れてる」

「ソレは問題ね」

「えぇ~」

 結局、ウィズは無限の部屋ーーこのイエの中にある、永遠に部屋の続く場所ーー

から花見グッズ系を取りに行くことになった。

 リジーはちょっとしたお弁当作り、プランジは早速外に出かけていた。


 ネコと外に出たプランジは、まず一通りイエの周りを走って様子を観た。

 花ばかりなのを確かめると、今度はイエの近くの一本道ーー最近は「ミチ」と呼

んでいたがーーまで行って、イエを見上げた。

 ミチだけは何故か花が咲いていなかった。

「……キレイだ」

 パレットの様な地面と青空の中に浮かぶ、白亜の塔ーー。

 プランジは、昔何かの絵でも観た時の様な、身体の何処かで何かを感じる、独特

の雰囲気を味わっていた。

 あぁ、また彫刻とか始めなきゃーーそう思った。

 側ではネコが花の匂いを嗅いではフレーメン顔を繰り返していた。

 ミチの上でふと振り返ったプランジは、少し離れた場所にあるコンモリとしたピ

ンク色の固まりに気付いた。

「……あれは……!」


 数時間後、一同はそのピンク色の固まりーー群れて生えていた十数本の桜の木の

下にいた。

「ホントに花見だな」

「よく生えてたねぇ」

「え、本来はコレじゃないと花見じゃないの?」

 プランジには良く分かっていなかった様だ。

「元々は一惑星の一地方の風習だったらしいけどな」

「やっぱこうじゃないとね~」

 運良くシャンパンも見つかって、リジーが用意したサンドイッチと共に一同はゆ

ったりとしたブランチタイムを過ごしていた。

 ネコもひとしきりゴハンを食べると、丸くなって寝てしまった。

 リジーも横になってつぶやく様に言った。

「……ねぇ、この花はどうやって咲いたんだろうね」

「さぁ、このホシだからな」

「………」

 もう一人の声がしないのでリジーが起き上がって観ると、プランジはネコの側で

同じ様に丸くなって寝ていた。

「……ガキ?」

「まぁな……」

 ウィズは軽く笑って、桜を見上げた。

 それは、空いっぱいに広がった見事な桜だった。


「こないださ……」

「ん?」

 少し落ち着いた声で、リジーが話し始めた。

「ありがとね」

「?どうした」

 ウィズは桜を観たまま答えた。

「何かさーーあの絵本の時から、少しヘンだったじゃん?」

 とリジーが言ったのは、永遠の部屋で見つけた、子供の頃のプランジを描いたか

の様なフシギな古い絵本のコトだ。

「……オレが?」

「ん~…アタシがかな」

 ウィズは少し笑った。

「まぁ…オレもか」

「でしょ?」

 リジーは酔いも手伝ってか、少しだけジョウゼツだった。

「だから、こないだの鉄骨の時はーーまぁ、良かったかなって」

「………」

 二人は、黙ってグラスをチンと当てた。


 突然、プランジがガバッと起き上がった。

「ん」

「どうした」

 プランジは、何かの気配を感じ取ろうとするかの様に、辺りをうかがっていた。

「どっかに落ちる」

 プランジはザッと駆け出して桜の林の外れまで行って、空を見回した。

「何?」

「多分例の隕石だとは思うが」

 ウィズは軽くスキャンしたが、周辺にはそんな形跡は感じられなかった。

 ネコもリジーも目を丸くして見ていた。

「間違い無いのか?」

「うん!」

 プランジはしばらく辺りを見回していた。


 その時、ごく僅かな振動を一同は感じた。

「これはーー」

「多分、裏側に落ちたんだと思う。ちょっと行ってくる」

「え」

 プランジは駆け出した。

 相変わらずな猛スピードでミチを目指し、後は一直線に走る。

「気をつけなよ~」

 リジーは声をかけたが、多分聴こえてはいないだろう。

「裏側って言うのは、ホントなの?」

「あぁ、この振動だと遺跡の近くだな」

 ウィズの全身の機器の反応は、そう伝えていた。

「じゃあまた誰かーー?」

「プランジがあれだけ反応するってことは、な」

 リジーは少し目を細めた。

「そっかーーアタシ達はどうする?」

「まぁボチボチ追いかけるか」

「どうせ追いつかないしね」

 二人は、ユックリと立ち上がった。

 ネコは二人を見比べていたが、イエに戻るコトにしたようだ。


 ホシを覆う花々は、ずっと続いていた。

 全開で走るプランジ。

 もう数時間走っているが、スピートを緩めようとはしなかった。

 このホシで育った彼は、何故か体力はかなりあった。

 そして、隕石とともに『ヒュー』が連れてくる誰か、何かーーが、彼に何かをモ

タらす。

 そう思っていた。

「!?」

 走りながら、プランジは気付いた。

 行く先に、何か見え始めている。 

 このホシは直径30キロ程度だったので、地平線の向こうはダイブ回り込んでい

る感じだった。地平線自体が、錯覚なのか僅かに湾曲して見えるくらいだ。

「……!」

 ダンダン見えて来たソレはーー大きな大きな、桜の木だった。

 イエの反対側に有るストーンヘンジの様な遺跡。

 それを根元辺りに巻き込んだ、あり得ない程の大きさの桜だった。

 勿論そうなるまでには本来なら数百年かかるのだろうが、このホシでは一夜のう

ちにソレが起こるコトはよくあった。


「………」

 遺跡に到着したプランジはしばらく絶句していたが、思い直してまずは隕石の落

下地点を探した。

 それはすぐに見つかった。遺跡の裏辺りに、数十メートルのクレーターが出来て

いた。既に土煙は収まっている。

 プランジは辺りを見回した。

 クレーター以外は特に何も無さそうだった。

 だがプランジは確信していた。

 隕石は見えなかったが、恐らく緑色の光ーーーー『ヒュー』の光を伴ったモノで

あったこと。

 そしてこのホシに、また誰かが来たのだということ。

 プランジはまっすぐ遺跡の中に向かった。

 遺跡は、もう長い年月そうであったかの様に桜の巨大な幹に飲み込まれていた。

「……スゴイな」

 プランジはつぶやく様に言った。

 ついこないだも遺跡の真ん中で寝転がったのに、その場所は太い根に覆われてい

た。

「………」

 感傷に浸る時間はそう多くは無かった。

 誰かいるならーー探さなきゃ。

 手っ取り早く探す為に、プランジは大きな桜の木を登り始めた。

 その木は30メートル程あったか。図鑑でしか見たことがないが、桜としてはか

なり巨大なものの筈だった。

 そのピンクの花々の間を、プランジはパルクール(プランジが得意とする周りの

モノを利用した移動方)でヒュンヒュンと抜けていった。

「……!」

 と、プランジは、妙な感覚…胸騒ぎと言うか確信と言うか…に襲われて、枝の上

で止まった。

 誰か、何かいるーー。

 と、突然辺りをツンザクような鳴き声がした。

「おぉっと」

 鳴き声の様な悲鳴の様なーープランジはビックリして、あやうく枝から落ちかけ

た。

「?!」

 プランジは辺りを見回した。

 これはーー?

 泣き叫ぶ様なネコの様な声以外は何も起きる気配が無いので、恐る恐る顔を出す

プランジ。

 そこには、小さな赤ん坊がいた。

「……えぇーー?」

 1歳くらいだろうか。

 白い肌に栗毛の可愛いハズの赤ちゃん……だったが、今は泣き叫んでいて動物の

様だった。

「え、えっと…よ~し、よし」

 プランジはそっと抱きかかえて見よう見まねでアヤしてみた。勿論直接観るのも

触るのも初めてだ。映画のディスクで何度か見た事がある位だった。

 すると赤ちゃんはすっと泣き止んだ。

「あれ?!」

 プランジは驚いて胸元の赤ちゃんを凝視した。

 赤ちゃんはーーフシギそうな顔でプランジを見上げていた。その黒く澄んだ瞳は

ーー何処か懐かしさを感じさせた。

 あまりにうまくいったコトに少々拍子抜けではあったが、プランジはそっと微笑

んだ。


 夕方になって到着したリジーとウィズは、アッケにとられた。

 プランジが赤ん坊を抱いて遺跡に絡み付いた桜の根元でスヤスヤ寝ていたからだ。

「マジかよ」

「今度は赤ちゃん?!」

「何も聞けそうにないな」

 リジーはそっと近づいて赤ん坊を眺める。

 赤ちゃんは、栗毛の白人系で天使の様な寝顔だった。

 触ろうと手を伸ばしかけた時、

「う、~ん」

 プランジが目を覚ました。

 薄目を開けた所でハッとして赤ん坊を抱きかかえる。

「ちょっと」

「あ……リジーか」

 プランジは眠そうに目をコスった。

「どうしたのその子」

「この木の上にいた」

 頭上を指し示すプランジ。

 ウィズとリジーは見事な桜を見上げる。

「……母親はいない様だな」

「早く返してあげないと」

「そうだね」

 言いながらプランジは立ち上がった。

「で、どうしよっか」

「う~ん」

「イエに帰るべきだが……とりあえずココで一泊、かな」

 ウィズが夕焼けの方を眺めながら言った。


 ウィズはこうなる事を予測して、軽いキャンプセットを持って来ていた。

 まだ根が来ていない遺跡の一角で、一同はタキ火を囲んでいた。

 ウィズが缶詰セットでちょっとしたベビーフードを作っている横で、プランジは

自分のTシャツを裂いてオムツを作ろうとしていた。

「こんなんで良いかな」

「………」

 リジーはその様子を観ながら、妙な気分で赤ん坊を抱いていた。

 久しぶり、と言う感覚と、まだ自分の息子が見つかっていないのにーーそして、

またこの子もいなくなったらーーという、微妙な気持ちがあった。

「リジー」

「え?」

 リジーはハッと顔を上げた。

「どう?」

 プランジを観ると、単にTシャツを小さなT字状にしただけの布切れが幾つかあ

るだけだった。

 リジーはフッと力を抜いた。

「雑だなぁ」

「え、そうかな」

「彫刻とかはあんなに器用なのにね…」

 リジーは笑ったが、何処かまだ引っかかるモノがある感じだった。

「………」

 ウィズはそっと様子を窺っていたが、特に何も言わなかった。


 軽い食事を済ませて、一同は就寝し始めた。

 赤ん坊はすぐに眠りに落ちた。

「静かなモンだな」

「大人しいみたいだけどねーーでも、いつもこうとは限らないよ」

 リジーは静かに言った。

 一応赤ん坊はリジーの側に寝かせてある。

「……大丈夫か?」

 ウィズの声に、リジーはそっとプランジの様子を盗み見た。

 プランジも早々に寝てしまっている様だった。

「うん、まぁ」

「無理しなくていいぞーーと言っても、オレやプランジじゃ赤ん坊の相手はイマイ

チ危なっかしいけど」

「フフ……そうだよね」

「………」

 ウィズは上空を見上げた。

 見事な桜の枝が、たき火の光を受け夜空に映えていた。

「…アタシってさ、何か変わった?」

「ん」

 ウィズは目をパチクリとさせた。

「その……フネにいた頃とさ」

「いやーーどうだろう」

 ウィズは少し考えたが、よく分からなかった。

 前はそれほど他人に興味が無かったからなのかも知れない。

「プランジのさ……『飛ぶ』ってあるじゃない?」

「あぁ」

 今日のリジーは、やはりジョウゼツな感じだった。

「こないだ一緒に飛んでーーその後、アソコは別空間だったんじゃないか、って言

ってたよね?」

 それは、プランジと共に閉じ込められた雪原の下の地下室での出来事だった。

「…確か」

 リジーは、側の赤ん坊の栗毛をそっと触った。

「それで少し思ったんだーーあの時、アタシは変わったんじゃないか、って」

「……?」

 ウィズにはよく分からなかった。

「あの時、ホントはアタシあっちの世界で死んだんじゃないかって。で、それから

プランジと『飛んだ』時に、再構成っていうかーー生まれ変わって、このホシにい

るんじゃないかな」

 つぶやく様に言うリジー。

 ウィズはしばらく目を見開いてーーやっと言葉を発した。

「それは……オレも一度、『飛んだ』けど」

 こちらは、墜落中のフネでプランジと初めて会った時のことだ。

「うん……それもね」

 それも?!

「!………」

 ウィズは、突拍子も無い話にしばし言葉を失った。

 本当は、死んでいる?

 自分たちはあの日あの世界で墜落して死に、今は違う世界にいるーー?

 それが、このホシーー?

「ちょっと、思っただけ」

 リジーは少し笑った。

「ーーでも真相はーー」

「分からないよねぇ」

 ウィズは、リジーの乾いた笑顔に少し息を吐く。

 何処か釈然としない気分は当然残っていた。

 少し風が吹いて、花びらが何枚か落ちて来た。

「……キレイ」

 眺めているリジーに、ウィズは思いついた事を言ってみた。

「さっきの話だけどーーじゃあ、プランジは?」

「……そうなんだよね、結局」

 二人は、赤ん坊の向こうで丸くなっているプランジを眺めた。

 プランジは、既に何度も『飛んで』いる。

 その度に変わっていたとしたらーー?

 だとしたらこのホシは、この世界はーー?

 プランジに記憶が無いのは、それを何度も繰り返したからだと言うのか?

 オヤと離れるコトになったのも、もしかしたらソレが理由?

 いやそもそも、自分たちが既にそういうそんざいであるとしたならーー


 ならば、自分たちは、もう戻るコトはーーー


 ハラリと落ちて来た花びらが、一瞬ブレた様な気がした。

 その時、赤ん坊が泣き出した。

「あ、あぁ、ゴメンゴメン」

 リジーは慣れた手付きで赤ん坊を抱え、アヤした。

 中々泣き止まなかった。

「あれ……」

 リジーが焦る中、小さくなっていたタキ火がフッと消えた。

「あ……ウィズ?」

 そう言えば男達は全く反応していなかった。

「プランジ?」

 辺りを見回すと、ソコにはリジーと赤ちゃん以外誰もいなかった。

 リジーと青毛の赤ちゃんは、遺跡に取り残されていた。

 暗闇の中に、赤ちゃんの鳴き声が響いた。


   *   *


 プランジは鳴き声が聞こえた様な気がして、飛び起きた。

 びっしょりと寝汗をかいていた。

 たき火はいつの間にか消えている。

 ウィズにしては珍しいな、と思いながら辺りを見回すとーーそこには赤ん坊とプ

ランジしかいなかった。

「!?」

 リジーとウィズがいた場所は、荷物を含めて何も無くなっていた。

「え、えーっと?」

 とりあえず泣いている赤ちゃんを抱え上げた。

 赤ちゃんもびっしょり汗をかいていて、栗毛色の髪がビタッと額に張り付いてい

た。

「よ~しよし」

 上半身裸のプランジは立ち上がってアヤしながら、辺りをうかがった。

 桜の根に覆われた遺跡は、リジーとウィズが居なくなった以外は特に変化は無い

様だった。


   *   *


 ウィズは久しぶりに深く眠っていた。

 とは言え、このホシに来てからはそういうコトも増えつつあった。軍人であった

頃にはもっとヒリヒリした生活を送っていたハズだが。

 それが自分にとっていいコトなのかは、分からなかった。

 ただ、居心地が良いのは間違い無かった。

「……!」

 誰かに揺さぶられた様な気がしてウィズはハッと目を覚ました。

 ザッと側のライフルに手を伸ばす。

 ーー誰もいないようだ。

 いやーー側に赤毛の赤ん坊が這ってきていて、まん丸な目でジッとコチラを観て

いた。

 ……何だ?

 いやーーさっきまで赤ん坊とプランジとリジーと居たハズだった。

 辺りには誰もいなかった。

 少し離れた所に赤ん坊が寝かされていたジャケットがあり、その左右にいたプラ

ンジとリジーは……かき消す様にいなくなっていた。

「…マジかよ」

 これはまた、例のホシの所作か?

 ウィズはタメ息をついて赤ん坊を眺めた。

 赤ん坊は澄んだ瞳でコチラをじっと観ている。

「……?」

 ウィズは、何となく違和感に気付いた。

 赤ん坊の髪が少し赤毛っぽく見えるのだが、もっと薄く無かったか?

 後、顔もこんな感じだっけ?

 そんなに興味は無かったのでソコまで意識はしていなかったのだが。

「………」

 ウィズは少しゾッとした。

 歴戦の勇者にしては珍しい反応だった。

 コレは何かーー何かがオカしい。

 だがそれが何なのか、ウィズの身体に張り巡らされたセンサー類は、全く答えを

出せなかった。

 ソレ故に、ウィズは思っていた。

 ヤツかーー『ファントム』?

 それは、『ヒュー』と同じく、このホシに時々現れるーーひょっとしたらフネを

襲ったのもコイツーー?な、実体のないモヤモヤした得体の知れない存在だった。

 ウィズは恐らく、それと似た様なモノとかつて戦場で出会っていた。それは強く

素早く、手応えが無く、それまでほぼ無敵の兵士だったウィズを軽く翻弄していた。

 ソレと同じモノなのかどうかは分からないが、フネを襲った巨大なモヤモヤに対

しても、ウィズは全く為す術が無かった。

 このホシで恐らく何度か出会った時もーー本気で攻撃をしかけて来る訳では無い

だけで、その存在は全く御し様が無い。

 ソレが今、この赤ん坊を使って自分たちを引き離し、そして何かをしようとして

いるーー?

 全て根拠の無い想像でしか無いのだがーーウィズは心の何処かで、それを警戒し

ていた。


   *   *


 リジーは、赤ん坊を抱えて夜の遺跡を歩いていた。

 プランジやウィズの姿は相変わらず見えない。

「………」

 途方に暮れて、リジーは遺跡に戻った。

 赤ん坊は泣きつかれたのか眠っていた。

 夜が明けたら、イエを目指すべきだろうかーーー

 リジーは迷っていた。

 そしてもう一つ、思い出したこと。

 ーー実はリジーは先日、無限の部屋でとある楽譜を見つけていた。

 それは遥か昔の曲の様で…、タイトルが、「Dizzy miss Lizzy」だった。

 ーー本来の意味は違うのかも知れない。

 だがそれを見た瞬間、リジーはゾワッとした恐怖を覚えた。

 自分がずっと恐れていた目眩(Dizzy)と、今のホシでの名前『Lizzy』がココでリ

ンクした様に感じたからだ。

 しかも一字違いーー『L(Life)』と『D(Death)』ーー!

 呼吸が荒くなった。

 赤ん坊がまた泣き出した。

 あぁ、この子は守らなきゃーーでもーーあの子にーー

 リジーは目眩を覚えてフラッとよろめき、その場に倒れた。


   *   *


 プランジは、上半身裸のまま残った荷物を背負って歩いていた。

 イエまで走れば朝には着くハズだったが、赤ん坊を抱えていた。

 なるべく揺らさない様に気をつけてはいたが、実際どう扱っていけばよいのか、

プランジには分からない。

 ただ、ウィズの作った赤ちゃん用の食べ物も残り少ない。

 イエまで行けば、何とかーー。

 相変わらず、ホシは咲き乱れた花でいっぱいだった。

 振り返ると、夜空に映えた巨大な桜は、遠くに見えていた。

 ーープランジも、どこかで気付いていた。

 このホシが、変わりつつあること。

 そして、自分も変わりつつあること。

 ーーそれは、ウィズやリジーが来たから?

 それは確かにあるだろう。

 でもーーその前から、自分はどんどん変わっていたんじゃないだろうか。

 それは成長、と呼ぶべきものなのか?

 あの二人が来てから、それが加速した?

 それは、少し前からプランジが漠然と考えていたーーと言うより、感じていたコ

トだ。

「………」

 腕の中で赤ん坊が寝ながら指を咥えた。

 ふっと力が抜ける自分に気付く。

 今のプランジは、オヤのことまでは頭が回らなかった。

 ただ、腕の中にいる赤ん坊を見ていると、自分にもこういう時間があったのだ、

と思わずにはいられなかった。


   *   *


 ウィズは、辺りをスキャンして誰もいないことを確かめたが、油断はしていなか

った。

 オシメを換えられた赤ん坊は相変わらず黙って大人しくしていて、時々クルクル

目を動かしている。周りのモノ全てに興味があるかの様に。

 ウィズはあまり近づかず、そっと様子を窺っていた。

 まるでネコだなーーウィズはそう思った。

 まだ何も分からない頃は、人もそうなのだろう。

 そういえば、イエに残して来たネコはどうしているだろうか。

「………」

 ウィズは赤ん坊を見ながら、リジーのことを考えていた。

 リジーにとって、この状況は辛いだろう。

 いなくなった子供のこともあるし、別れる直前に聞いた『自分が変わっている』

っていう話のこともある。

 ウィズは割と現実主義なのでソコまでではないが、リジーの性格だと、気になる

だろう。

 だが、こう離れていては今はどうすることも出来ない。

 何とかしてくれていればいいがーーー

 ウィズはそう思った。

 その時、赤ん坊が凄い大音響で泣き出した。


   *   *


「?!」

 それはプランジの赤ん坊も同様だった。

 その声は今までで一番大きく、ホシ中に響き渡るかの様だった。

「うわぁ」

 一瞬赤ん坊を落としそうになって慌てたが、何とか踏みとどまるプランジ。


「おいおい」

 その鳴き声ははかなり激しく、ウィズを悩ませた。

 ーーが、その辺は爆音や銃声に慣れた元兵士らしく、冷静さを失うことは無かっ

た。

「……?」

 ウィズは上空を見上げた。

 赤ん坊の泣き声に、桜の花びらや枝が共鳴してビリビリ震えている様だった。 

 何だ、これはーー?


 その時、ホシ全体が揺れた。


「!?」

「マズい!」

 プランジの目の前に、地割れが走った。

 にわかに空が曇り始め、咲き乱れていた花はミルミルしおれていった。


 ウィズは赤ん坊を抱きかかえ、倒れそうな桜の根元から退避した。

 少し離れて振り向いたウィズは、桜の花びらがドンドン黒ずんで散って行くのを

目撃した。

 ーー何か、ヤバいーー。

この急激な変化は、『ヒュー』?それとも『ファントム』?

だが今は……とにかくこの赤ん坊を助ける!

 ウィズもプランジも、違う場所で、同じコトを考えていた。


   *   *


 リジーは、そっと目を覚ました。

 驚いたことに、そこは遺跡では無かった。

「ココはーー?」

 辺りを見回すと、ソコは桜の木が両側にズラッと並んだ花見の場所の様なところ

だった。

 昼間の花見の場所かと思ったが、辺りにイエは見えない。

 とある土の道を挟んで両側にずっと続く桜の列だった。

 これはーーいつものミチなのか?

 ーーそうだ!

 ハッとして赤ん坊を捜したが、辺りには桜しか見えなかった。

 遠くで響く様に、赤ん坊の泣き声は聴こえている気がする。

 リジーは立ち上がり、フラフラと走り出した。

 焦ってアチコチを探す。

 リジーは半ベソをかいていた。

 ーーまた、失うのか?

 あの青い髪の赤ちゃんは、ドコへ行ったーー?

 いつの間にか、空は薄暗く、陰鬱な雰囲気になっていた。

 桜の列は、永遠の部屋の様にずっと先まで続いていた。

 たまに両側の桜の後ろに回ってもみるが、以前赤ん坊の姿は見えなかった。

 やがて、リジーは途方に暮れてしゃがみ込んだ。

 ゆっくりと、自分で自分を抱きしめる。

 そうしないと、自分を保てなさそうだった。

 赤ん坊の泣き声とともに、遠くでゴゴゴという地鳴りの様な音も聞こえて来た。

 リジーにはもはやそれが現実のモノなのか、分かりはしなかった。

 ただ、頭がフラフラとしていて、いつ『目眩』が襲うかも分からないーーそれが、

恐ろしかった。


   *   *


 プランジは、赤ん坊を抱きかかえて走っていた。

 相変わらず赤ん坊は泣き叫んでいる。

 ーーどうしてだろう?

 何故泣き続けるんだろう?

 一応オシメは換えたのに。

 オヤーーそう、ハハオヤがいないからなのか?

 プランジにはよく分からなかった。

 誰も教えてくれる人はいなかった。

 ただ映像で、お話の中で観ただけ。

 現実のソレとは、皮膚感が違った。

 プランジも少し泣きそうになっていた。

 頼む、泣き止んでくれよーーー

 それでもプランジは、なるべく赤ん坊を揺らさない様にしながら、イエを目指し

て走っていた。

 周りはすっかりしおれた花で埋め尽くされ、空はドンヨリと黒い雲が覆っていた。

 不定期に余震が続き、この世の終わりかという風景がホシを覆っていた。


   *   *


「うおっ!」

 ウィズも行動を起こしていた。

 花びらが黒ずんで散った桜の木は、見る間に幹もひび割れていき、徐々に崩れ始

めた。

 ウィズは既に纏めていた荷物と赤ん坊を抱えて、遺跡から距離を取ろうとした。

 赤ん坊は泣いていたが、ザッと抱き上げた時に一瞬泣き止んでウィズを見た。そ

の無垢な表情は、ウィズに焼き付いた。

 一瞬対応が遅れ、そこに大きめの枝が落ちて来た。

「!!」

 ウィズはコトモナゲに赤ん坊を持ち替え、左手の掌の振動波で枝を破壊した。

「……!」

 サッと赤ん坊を見たが、先ほどの表情は消え、また泣く寸前に戻っていた。

「もうちょっと、頑張ってくれ」

 ウィズはイエを目指すことにした。

 走りながら振り返ってみると、あの巨大な桜は地響きを立てながら崩れ落ちてい

た。

「………」

 何だろう。

 今回は、このホシはーー『ヒュー』は、そして『ファントム』はーー何をしよう

としているのだろうか。

 青毛の赤ん坊は再び泣き出したが、ウィズはもう音量は気にしなかった。

 一応スキャンはしていて健康に問題は無い。

 後は…イエに着ければ。

 ウィズは、もう迷わなかった。


   *   *


 長い時間が経って、リジーは目を覚ました。

「……?」

 目の前に、何かが落ちている。

 ぼやけた目を擦りつつ手を伸ばすとーーそれはリュックに入れてあったリボルバ

ーだった。

 リジーはビクッと手を引っ込める。 

 ーーそう言えばしばらく取り出してなかったっけ。

 かつては、自殺用に持っていたモノ。

 でも最近は護身用と言うかーーあのモヤモヤ『ファントム』には通じないし、あ

の鉄骨の時もリボルバー程度じゃどうにもならなかったし、あの時はウィズが守っ

てくれていたしーーー。

「………」

 リジーは、やはり何処かで、何かが変わっている自分を感じていた。

 それが何なのかと言われればよく分からないがーー。

「ーー!」

 赤ん坊!

 リジーはバッと目の前のリボルバーを握り、辺りを見回した。

 ミチの両側の桜は、既に黒く変色しているモノが多かった。 

 赤ん坊の声はーーその先の方から微かに聴こえてくる。まだピンク色の花が残っ

ている辺りだ。

 リジーは走った。

 今は自分のことより、あの赤ん坊を守らなきゃ!

 息が苦しい。

 かなり走ったが、まだ色が残っている花は中々近づかなかった。

 いつの間にか、リボルバーは何処かへ行っていた。

「あぁ……」

 目眩がする。

 お願い、今だけはーー。

 ドス黒く変色して行く木々は、花は、何処か遠ざかっている様にも見えた。

 届かないのかーー

 遠くなって行く赤ん坊の声。

 リジーは、足がもつれて倒れた。

「!!」

 だがリジーは諦めなかった。

 諦めたくなかった。

 ヨロヨロと立ち上がり、また走り始める。

「     !」

 走りながら、赤ん坊の名前を叫んだ気がした。

 何度も何度も、叫んだ。

 そしてその時、緑色の光ーー『ヒュー』が、現れた。

「!!」

 それは突然、空間から現れた流星だった。

 それはリジーの前方からまっすぐ向かって来て、リジーを越えて数百メートル後

方に落ちた。

「あっ!!」

 爆風と地鳴りに耐えるリジー。

 ーー赤ん坊は!大丈夫なのか!?

 リジーは風が少し収まると、また起き上がって走り出した。

 風に吹き飛ばされたドス黒い花びらは、いつか見た様に、チリジリとした緑色の

砂粒になって消えて行った。

「あぁ……?」

 走りながら振り向くと、花びらだけでなく、桜の木自体が後ろからドンドン光の

塵になって消えつつあった。

 前を向くと、その視線の先にはまだ花が残っている桜の木々があり、、何故かそ

こだけ明るくなっている場所があった。

「あれはーー!」

 その中に、人影が見えた。

 それはーー赤ん坊を抱いたウィズと、側に佇むプランジだった。


   *   *


 その数分前。


 プランジは走っていた。

 そろそろイエのハズだが、相変わらず周りは枯れた花とドンヨリとした空しか見

えなかった。

「?!」

 プランジは立ち止まった。

 抱いている赤ん坊が、いつの間にか泣き止んでいた。

 そしてプランジの方を見て、そっとプランジの胸に手を当てているのだった。

「……?」

 プランジは、栗毛の赤ちゃんの吸い込まれる様な瞳に、しばし見とれた。

 …何だろう。

 何か言いたげな感じだ。

 その時だった。

 突然、『ヒュー』の感覚が全身を貫いた。

「……あっ!?」

 プランジは空を見上げた。

 いつもなら遠くからやってくる『ヒュー』の流星が、イキナリ空間から飛び出す

様に現れた。

「!!」

 その流星はプランジの上を飛び越え、遠くへと向かった。

 プランジがソレを目で追っているとーー

 着弾の瞬間、突然プランジの肩に何かがブツかった。

「うあっ、と」

 よろめいた拍子に思わず宙に浮いた赤ん坊を、プランジは慌ててキャッチしよう

とした。

 が、その前に誰かの手がソレをしっかりと抱きかかえ、同時に倒れ込むプランジ

の手を取っていた。

 その直後、二人と赤ん坊を爆風が襲う。 

「!……?」

 爆風が収まりつつある中、声がした。

「プランジ!?」

「え」

 ーープランジは斜めになったまま見上げた。

 手を取っているのは、片手で赤ん坊を抱えたまま見下ろしているウィズだった。

「あれ、……ウィズ?」

「どうした」

「どうしたって……」

 ウィズが手を引き、立ち上がったプランジは赤ん坊を覗き込んだ。

「コイツ泣いて大変だったんだよ」

「あぁ、確かにな」

「え?」

「……あぁ?」

 二人は顔を見合わせた。

 栗毛の赤ん坊は笑っていた。


「ウィズ!プランジ!」

 そこへ、リジーが走って来た。

「あ、リジー」

「赤ちゃん!」

「あ、そうそう大変だったんだーー」

 プランジが言うより早くリジーはウィズから赤ちゃんをモギ取った。

「あぁ~、大丈夫だった」

 リジーは赤ちゃんを抱きしめて、力が抜けた様に座り込んだ。

「……え?」

 プランジとウィズは再び顔を見合わせる。


「ってことは……」

「もしかして、リジーも一人で赤ん坊連れてた?」

 ようやく事態を理解し始めた二人。 

 ウィズも、プランジと同じ様に走っていて流星に出逢い、見ているとプランジに

ブツかったのだった。

 気がつけば、爆風はとうに収まり、周りは明るくなっていた。

 そこは桜が3本だけ残った場所の中間で、周りは咲き乱れる花が復活していた。

 遠くに有るハズのクレーターなど見えなくなっていた。

 辺りは舞い上がった桜の花びらが見事に舞う空間だった。

「え……どゆこと?」

 ようやく落ち着いたリジーは、涙ぐんだ顔で二人を見上げた。

「いや、まぁーー」

「いつものヤツってことで」

「オギャーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー」

 再び、赤ん坊が泣き出した。

「あぁ、ハイハイ」

 リジーは手慣れた手つきでアヤし始めたが、フト眉根を寄せた。

「”あ?」

「ん?」

「どうした」

 リジーは赤ん坊を寝かせて、オシメを外す。

「ヒドい、この巻き方。誰?」

「………」

 ウィズは黙ってプランジを指差した。

「えぇ~~、ウィズの方かも知れないよ」

 プランジは笑った。


 ーー最後に残っていたオシメをつけた赤ん坊は機嫌を直し、明るく微笑んでいた。

「そう言えば髪の色、違うかも」

「確かにな……」

「え、そうかな」

「お前のはそうだったんだよ」

 一同が言っていると、赤ん坊を中心に一瞬フワッと風が舞い、桜の花びらが舞い

上がった。

「ん」

「あれ!?」

 赤ん坊の身体が、少し光り始めた様に見えた。

「え、…もう?」

「……ようやくか」

 ジロリとウィズを見上げるリジー。

「ーー失礼」

 ウィズは苦笑した。

「……そっかぁ、帰っちゃうんだね」

 リジーはそっと小さな手をつまんで、名残惜しそうに握手っぽく上下に動かした。

「多分、お母さんが待ってるんだよ」

 プランジもしゃがんで、同じ様に赤ん坊の手を取った。

「……そうだね……」

 優しく微笑むリジー。

「……」

 やがて、ウィズもかがんでそっと栗毛の頭を撫でた。

 赤ん坊は相変わらず微笑んでいた。

 ーーそして、桜が舞う中、赤ん坊は消えた。

 三人は咲き乱れた花の中で、じっと佇んでいた。


 その頃、ネコはいつもの様に三階のバルコニーにいた。

 今回も『ヒュー』とネコは、ホシで起こる全てを見ていた。桜の下で花見をして

いた時に落ちた、プランジの言う『ヒュー』の隕石。その時には何がホシに来たの

かは分からなかったが、ネコは何かがまた起こり始めた様な気がしていた。一同が

遺跡に向かった時、ネコはいつものようにバルコニーで見届けようとして別行動を

取った。果たして、バルコニーにはネコが名付けた『ヒュー』…小さな光のプラン

ジがいた。遠くを、そしてホシの全てを見ている様に。ネコは側でハコを組んで、

同じ様に外を見つめた。

 今回来たのは、不思議な赤ん坊だった。桜に包まれた遺跡でのプランジとの出会

いの様子を、ネコは『ヒュー』の側でずっと見ていた。ウィズやリジーが合流した

後も、赤ん坊は無邪気な姿を見せていた。その様子が変わったのは、あの桜がビュ

ワッと揺れた様な気がした時だった。ホシ全体も揺れた様に感じた。ネコと『ヒュ

ー』はその気配を感じた。ハッキリと『ファントム』の気配がある訳ではなかった。

ただ、邪悪な気配ーー。それはまだ何も知らない赤ん坊の不安が、形になったもの

かもしれない。そして、3人はまたそれぞれに同じ遺跡だが別世界にズレていった。

その時の『ヒュー』の真剣な表情を、ネコは覚えている。

 プランジ、ウィズ、リジーそれぞれに預けられた、それぞれの赤ん坊。彼らはそ

れぞれに保護者の内部に触れていく様だった。やはり今回も、一番デリケートだっ

たのはリジーだった。自分の失った子供への思いから、どんどん影の方、陰鬱な方

に落ちていった。男二人はまだそうでもなかった。それはまだ何処かに幼さが残る、

父親にはなっていない部分故……だったのであろうか。まだ自分の意志のない赤ん

坊は、何者かの力で不安を増大させ、ホシの姿を変えていった。

 そんな状況を打破したのは、やはりプランジたちが希望を捨てずに走っていたこ

と、純粋に赤ん坊を守ろうとする思い、そしてあの緑色の光ーープランジの言う『

ヒュー』の力だった。突然空間から現れたあの隕石は、何かのフィールドを打ち破

り、そしてそれぞれの世界を元に戻した様に見えた。3人は再会し、赤ん坊も一つ

になった。

 ネコは、そっと隣の『ヒュー』の姿を見た。今回、『ヒュー』は何かをしたのだ

ろうか?あの緑の光と隕石は、彼がよこしたのか?それとも……?ネコには分から

なかった。そして、赤ん坊が消えるのと同時に『ヒュー』も笑顔のまま消えていっ

た。

 ネコはまた三人に目をやる。微笑んでいる三人を確認する様に見てから、少し笑

う様に口角を上げてフウと目を閉じた。


「あたしさ……」

 ウィズとプランジは、赤ん坊が消えた辺りを見たままのリジーをそっと見つめる。

「今のリジーって名前、少し好きになったかも」

 二人にゆっくりと笑いかけるリジー。

「………?」

 ウィズとプランジはよく分からなかったが、それでもその笑顔を美しいなと思っ

た。


 そして3人は空を見上げ、いつまでもその切なく美しい桜の舞い散る景色を見つ

めていた。



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