殺し屋が二人
「来たか……」
「お前の命をもらいに来た」
「組織を裏切った末路……か……」
誰もいない夜の波止場で、二人の殺し屋が向かい合った。
「どうして組織を裏切った?」
「理由なんてない、自分の人生に虚しさを感じたきゃらしゃ……」
噛んだ。
「お前は俺を殺しに来たんだろ? なら俺に殺されるかもしれないっていう覚悟はあるんだよな?」
噛んだ殺し屋はかまわず続けた。
「ああ、そうだ。正直、伝説の殺し屋を前にして足が震えるよ。組織としても、誰もアンタの過去は詳しく知らない謎の存在だからな」
殺しに来た殺し屋は眉一つ動かさずに返事をした。
優しい殺し屋だった。
「過去……か……お前は今、何を考えている」
「昔の女の事さ。命のやりとりをする時はいつも考える」
「奇遇だな、俺も昔の女の事を考える……。気取ったところで男なんてそんなもんだ」
「そうかもしれないな、俺達二人、どっちの勝利の女神が微笑むかな」
「女に望みを託すのか、そんな最後も悪くない。今から、このコインを弾く、コインが地面に落ちたと同時にお互いの勝利の女神の名前を読んで、自分の勝利を願おうじゃないか」
「意外だよ、伝説の殺し屋がこんなにもロマンチストだったとはな」
「ロマンを忘れたら、それはもう男じゃないさ。いくぜ……」
男がコインを弾く。
電灯の淡いゆらめきがを回転するコインがはね返す。
その煌きは二人の女神を呼ぶための後光のようにも見え――――
「卑弥呼!」「クレオパトラ!」
お互いが、昔の女の名前を叫び。
二つの乾いた銃声が波止場に響いた。
「伝説の終わりだ……」
「当然さ……伝説は終わるから伝説……なんだからな。あんたタバコ……持ってるか?」
「申し訳ないが、俺はタバコは禁煙中でな」
「じゃあ……俺の背広の右の内ポケットに……入ってる。取ってくれないか……?」
「自分で持ってるんだな」
「俺は別に……禁煙してないからな……」
「確かにそうだな」
殺し屋はポケットからタバコを取り出してやると、口に加えさせた。
「火ぃ……つけてくれや……」
死にゆく伝説の殺し屋に頼まれるまま、火をつける。
「うまいか?」
「ああ……うまい……こんな最期を迎えるなら……親父の後を継いどきゃ良かった……親父はうどん屋でな……これが上手いんだよ……。故郷に帰って……最後にもう一度食いたかったなぁ……親父の作った……」
肺から出る煙はなくなり、タバコの先からあがる煙が震える男の唇にあわせて揺らめく。
「ざるうどん……ぶっかけうどん……素うどん……釜揚げうどん……おかめうどん……きつねうどん……きざみうどん……月見うどん……とじうどん……天ぷらうどん……たぬきうどん……カレーうどん……冷やしカレーうどん……肉うどん……力うどん……卓袱うどん……あんかけうどん……おだまきうどん……鍋焼きうど……ん……」
煙草の廃が事切れた男の背広にポトリと落ちる。
殺し屋は力を失った瞳を隠すように、優しくそっと瞼に手をかけた。
「俺だ、仕事は終わった。伝説は伝説になったよ。それと帰る前に少しこの伝説の故郷に寄ってから帰る。最期まで謎の男だが、これだけはわかった。奴の出身は香川県だ」
新たな伝説の頭の中はすでにうどんだった。