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007 「漆黒剣に気づいたのは伊達じゃない」

 場所は戻って第二訓練会場。毒弾を発射してくる装置を破壊するという、何ともシンプルなミッションなのだが、シンプルなのは名前だけでしかなかった。飛んでくる毒弾と毒弾の間には雨のように隙間がなく、当たるのが当たり前、といったような作りになっていた。今は雄也も寝込んでいるし、俺だけで何とかしろ……という状況になっている。

 全力でスタート地点に戻ってきた俺。何ともチキンな行動である。

 とりあえずスタート地点に戻ったが、さすがに毒弾はここまでは届かなかった。なら、今ここでゆっくりと対策を練るべきだ。むやみに突っ込んで死んでしまったら、全く意味がない。――俺は一応、選ばれた人間なんだ。

 俺は壁にもたれ、頭を回転させた。雄也みたいに、剣に特別な力があるわけでもない。かといって俺に爆発的な力があるわけでもない。それなら……言いなりに生きてきた俺に頑張れること――考える。それを活かすしかない。

 ざっと考えて、毒弾を防いでいく方法は結構ある。これが雨なら……傘で防げばいい話だ。雨を避けるためには傘を使用。当たり前のことである。ただ、傘はない。代わりになるものもない。俺の手にあるのは、漆黒剣、ただ一つ。

 なら切り裂いて行くか? いや、そんなこと俺に出来るはずがない。じゃあ……どうする?

 自問自答を繰り返す。どうにも案が出てこない。

 時間は刻一刻と過ぎていく。それと共に、かなりまずいことに気づいてしまった。

 地面にはられた少量の水。これがだんだん紫色になっていっている。そう、あの毒が溶けて混ざっているのだ。このままでは……体が毒に浸食されてしまう。

 ――くそっ! 回れ! 俺の頭!

 何も思いつかぬまま、ただその場に突っ立っていた。今度は俺の番なのに……何一つ浮かんでこない。こんなんじゃ、勉強しかしてなかった意味ないじゃないか!

 焦っても仕方ない。観察するんだ。しっかりと、観察するんだ。毒の軌道を。毒が発射され、地面に当たり、すぐ溶ける……。

「すぐ……?」

 確かに、毒は水にすぐ浸透した。ここが紫色になっているのは、プール自体が大きく、ここまでたどり着くのに時間がかかった。そう思われる。その証拠に、まだ端の方は透き通っている。

「やらないよりは……マシだよな!」

 バシャバシャと音を立てながらプールの端へと歩を進める。そして端に来たところで四つん這いになり、綺麗な水を口に含んだ。飲み込まずに。

「ちょっ! あいつ何やってんの!?」

 セイラもこの行動には仰天したようで、ガタンと大きな音を立てて椅子から立ち上がった。無理もないと、自分でも思う。いきなり毒塗れのプールの綺麗な部分の水を口に含むなんて誰も考えないだろう。

 俺は決心して、毒弾が飛び交う戦場へと駆けだした。


 ◆

 ◆

 ◆


『今日のニュースをお伝えします』

 朝日の昇らない朝。それがこの世界の普通。僕は暗黒界から支給されるパンにかぶりつきながらテレビを見ていた。もちろん、新たな情報があれば魔界にすぐ連絡しないといけないから。

 ついこの前、進行先が日本だと明かされた。まぁ、妥当と言えば妥当である。それなりに財力を持っていて打たれ弱い。こんな都合のよい国、他にはないはずだ。

 だけど、日本に侵攻するのはこちら側としてもラッキーではある。魔界に連れてこられた人間は日本出身。外国よりは自由に動けるだろう。

「ん~、何か良い情報はないかな?」

 時刻は朝の五時。暗黒界の新聞は八時に来るのが基本と、結構遅めである。その分出勤時刻も遅かったりするけど。


『では、今朝の大きなニュースとなっている、キファルガス様の侵攻先について報道します』


「お! 来た!」

 僕が待っていたようなニュースが報道された。いちいち報道してくれるなんて、多少親切なのかもしれない。暗黒界は。

『先日、現界の日本に侵攻を決定されたキファルガス様。それについて更に詳しい情報が入りました』

「ふむふむ!」

『侵攻先は日本の首都、東京。キファルガス様は中心部から侵略するとお考えになりました』

「東京か……」

 僕も一度東京には行ったことがある。ルメナさんと一緒に、漆黒剣に気づく者を探しに行ったのが目的で。

 東京は大きなビルやお店がたくさん立ち並んでいた。近未来かと錯覚するくらいに。

 しかし、人口が多い分、侵攻も出来やすいんじゃないかと思ったりもする。凄い過密地域だ。逃げ場が少ないのが当然である。

「ま、とりあえず、連絡するか」

 僕は通話魔法をルメナさんに向けて精一杯放った。ルメナさんが気づけば連絡が取れる。

 僕はひたすら、電波を放っていた――。


 ◆

 ◆

 ◆


 俺はただ走った。ルメナのいる毒弾装置付近へ向かって。水が含まれた頬が大きく揺れる。正直走りにくい。

 走ってしばらくすると、毒弾が自分の体より奥に落下するようになってきた。ここからが本番だ。成功するか……はたまた失敗するか。実行しないよりはマシ、という作戦をやってみる。

 毒弾のスピードはそこそこに早い。といっても人間である俺が反応できるレベル。何もかもぶっ飛んだ魔界にしては普通である。言うならば、クラスの野球部のドッジボールの球の速さくらい。いつも避けることしかしない俺にとっては悪い状況ではなかった。

 とりあえずは必至で躱して行く。この口に含まれた水を無駄にしたくないからだ。

 しかし、限界というものはいずれ来る。毒弾の数はだんだん増していき、躱すことが困難になってきた。やがて、俺の目の前に飛んできた毒弾。躱すことは出来ない。横にはまた他の毒弾が飛んでいた。つまり、今横に避けると毒弾に直撃。俺は訓練でゴートゥーヘブンになってしまう。


 そういうときのための――水だ!


 俺は口に含んだ水を目の前の毒弾に向かって思い切り、だが口の中の水がなくならない程度に噴出した。

 すると毒はすぐに水に浸透し、毒だらけの水へ落ちてしまった。やがてその水は下の水の一部になる。

 毒弾がすぐに水に浸透するという特徴を持っている。ならばそれを空中で水に浸透させ、地面に落とせば簡単に躱せる。この方法で端までたどり着こうという作戦だ。

 ――行くぞ!

 俺は先ほどよりもペースを上げて走りだした。バシャバシャと水しぶきが服についたりするがそんなもの関係ない。今はただ、前を見て走るだけ。

 あと少し。あと少し。と自分の体を前に持っていく。

 そしてもうすぐ端――毒弾装置というところで、口の水がなくなってしまったのだった――。


 ◆

 ◆

 ◆


「ん?」

 私は毒弾装置付近から剣哉の訓練を眺めていた。しかしそのとき、誰かから通話電波が微かに感じられた。多分、暗黒界の情報をいつも提供してくれる、テラーバ・ナイツだろう。ちなみにこの前、侵攻先が日本だということを教えてくれたのもナイツである。

 私はその電波に通話魔法で辿り着く。そして暗黒界にいるナイツと繋がった。

『どうも、ルメナさん』

「ナイツ、いつもお疲れ様」

『いえいえ。それより、更に詳しい情報が入ったのでお伝えします』

「は~い」

『侵攻先の日本。一番初めに攻撃するのは……東京だそうです』

「東京……ねぇ」

 東京と言えば、現界日本の首都だったはず。剣哉たちが通う高校は東京からそんなに離れていないはずだから、これまたラッキーな話ではある。

『今回はそれだけです』

「ありがとう、ナイツ」

『いえいえ。それよりどうですか? 人間さんの訓練は?』

「順調と言えば順調なのかもしれないわね。見た目によらず根性あるから」

 そう言ってプールでバシャバシャと音を立てながら走る剣哉を眺める。正直、初め見た時は疑った場面もあった。いかにも……言っては悪いが根性無しに見えた。笑顔も全然見せないし、覇気も感じられない。だからこの光景はかなり以外だった。

「まぁ、これだけは言っておくわ。漆黒剣に気づいたのは伊達じゃない」

『へぇ~、そりゃあ楽しみだ。早く助けてほしいな~』

「もう少し待ちなさい」

『じゃあ僕はそろそろ労働に出るから』

「は~い。ありがとね~」

 そう言って通話を切る。そして再び剣哉のほうへと目をやった。

 ――頑張って、剣哉。

 そう心で応援しながら。


 ◆

 ◆

 ◆


「あと少し……!」

 口の中の水を全て噴出し、やっと喋れるようになった俺はそう呟いた。もうあと二〇メートルくらいである。

 ここまで来れば楽に行けるはずだ。真ん中よりも毒弾の位置は高くなるため、それほどハードに動く必要はなかった。一定の、真ん中よりは少しゆっくりめのペースで走っていた。

 あとは装置を壊すだけと言っても過言ではないだろう。

 俺はありったけの力を剣に込めた。一発で仕留めるために。


 しかし――それが過言だった、と思わざるを得ないことが起きてしまった。

 目の前に飛んできた一つの毒弾。高さは俺の首くらい。ありえなかった。あんなに高く飛んでいる毒弾がこんなところで飛んでいるのは。

 それから分かるのは、不発弾の毒。装置的には失敗なのだが状況的には――大成功である。

 俺はかなり油断していたためか、反応出来なかった。横に避けることもできない。水は含んでいないのでもちろん落とすこともできない。逃げ場は――なかった。

「くそっ……!」

 ここまで来たのに。ここまで来たのに。ここで……終わる。

 終わりたくない。終わりたくない。せっかくここまで来たのだから――。


 ――終わりたくない!


 そう心で強く思った瞬間、俺の視界が真っ暗になってしまった。ああ、もしかして死んだんじゃないのか。

 体がじわじわと痛く――

「――ない?」

 俺は慌てて首を触ってみる。さっきからすると、一番ダメージの大きいところは首のはずだ。触ってみても、触り慣れた俺の肌。全く別状はない。

 手も、顔も、足も、何もかも自然のまま。

 自分の体をジロジロ見回していると、視界が急に明るくなった。先ほどまで暗かったので、なかなか正確に背景が見れない。反射的に目を細めてしまう。

 やがて目が慣れ、情景が目に飛び込んできた。そこは、第二訓練会場のプール。何事もなかったかのように、毒弾は自分の頭上を飛び交っている。

 目の前には毒弾装置。ルメナやセイラ、魔界王の位置は何も変わっていない。変わっているのはその三人の表情だけ。

 って! そんなの考えている場合じゃない!

 ついに毒弾装置が目の前なのだ。破壊するしかない。

 俺は剣を大きく振り上げ、装置に向かって振りおろした。バキッと音を立てながら、火花を散らして装置は動かなくなった。


「第二訓練クリア!」


 その瞬間に、魔界王の大きな声がプールに響き渡った。

次回は作者事情につき二週間後になります。

申し訳ございません。

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