005 「これは、俺だけに与えられた試練かもしれない」
電流が流れている鉄格子からの脱出。それが今回の第一訓練。さっき、俺に電気が流れ込んできたことから分かるとおり、その大きさは半端ではない。
剣では簡単に切り裂けないということも分かり、頭脳戦に持ち込むことしかできなかった。
「……といってもどうするかな……」
雄也は先程からずっと考えている。鉄格子からの脱出方法を。
俺もそれを必死に考えている。しかし、いい案が浮かばない、それが事実だ。
この場に電気を通さないものがあればやりやすくはなるが、生憎そんなものない。地面の鉄部分には電気は流れていない。漆黒剣の威力を持ってすれば、切ることも容易ではないが出来る。しかし、鉄は電気を通してしまう物質だ。今の状況ではとても使えない。
「……どうしろって言うんだよ」
あるのは漆黒剣と地面に電流の通っていない鉄、更には雄也の剣。それだけで脱出なんて不可能だ。
何かいい考えはないものか……。
「いいこと教えてあげよっか?」
懸命に考えていると、観客席で足を組んでいるセイラが見下ろしながら言った。
「その鉄格子から脱出するのに頭脳なんかいらないよ。だってこれは紛れなく、力をつける訓練だから」
『は!?』
思わず雄也もそう言ってしまうほど衝撃だった。この鉄格子を力で破る? さっきもやったとおり、俺が漆黒剣を振るったとき、電気が体内へと流れ込み、しばらく動けなくなったのを忘れているのだろうか。
そんなことできるはずがない。少なくとも人間があの電撃に触れ、一〇秒もしたら感電死だろう。人間の反射能力が発生してもあんなに痺れたんだ。
「そういうことか……」
「雄也?」
さっきから下を向いていたばかりの雄也がようやく話したと思ったら、何かを理解した言葉を発した。
それから雄也は視線をセイラに移し、珍しく大きな声で叫んだ。
「お前の言っていたこと、信じていいんだな!?」
「そうだから言ってるんでしょ!」
何やら訳の分からない会話が繰り広げられているが……雄也は脱出方法を見つけた、と考えていいのだろうか?
「剣哉。これは、俺だけに与えられた試練かもしれない。だが、万が一のことがあったら、すぐサポートに回ってくれ」
「……分かった」
色々と急展開だが、雄也はいちかばちかの方法をとろうとしているようだ。さっきからの言葉から分かるように、簡単にできるものではないのだろう。だったら、おとなしく待って、サポートするのが今の俺の使命だ。
雄也は手に持っていたコバルトブルーの剣を高く振り上げ、鉄格子へと振り下ろした――。
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「……ねぇ、セイラ」
「ん? 何だ?」
二人の訓練の様子を観客席から見ているルメナとセイラ。突然ルメナがセイラを呼びかけたのだ。
「サファイアボルトの説明……というか、能力話したの?」
「話したけど……何かまずかったか?」
サファイアボルトというのは、雄也が手に持っている青色の剣のことだ。
ルメナがこんな疑問を抱いたのは、剣哉に漆黒剣の能力を説明していないからだ。
さきほどの会話から、雄也はサファイアボルトの能力を教えてもらっているようだった。だからセイラが、力で破る訓練だ、と言ったことをすぐに理解できたのだろう。
ルメナは少し頬に汗を流した。というのも、ルメナは剣哉に漆黒剣の説明を全くしていないのだ。
「まさか……説明してないのか!?」
「…………」
黙ってルメナは頷いた。
それと同時に、セイラの顔が驚きの表情へと変えていく。何も言わなくてもルメナは理解した。それはまずい、と。
この訓練は休憩時間がないのも特徴であり、訓練中の者との会話は厳禁である。それから分かるとおり、剣哉は漆黒剣の能力を理解していないまま訓練を進めていくことになる。
「どうするんだ~? 能力なしで人間がクリアできるほどあまくないぜ~」
「そうだよね……死ななければいいんだけど……というか、セイラさっき雄也と話さなかった?」
「あ……」
セイラは魔界王に訓練場から連れ出され、ガムテープを口にして戻ってきた。セイラの頭には漫画のようなたんこぶが出来ていた。
ルメナは少し俯きながらも、目線を鉄格子に向け、今行われている訓練に再び目をやった。死なないで、と思いながら。
◆
◆
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雄也は強い電気が流れている鉄格子へ剣を振り下ろし、自分の体へ流れてくる電気に耐えながら数秒、同じ体勢で我慢し続けた。
俺はすぐさま止めようとした。だが、雄也を信じることが一番の成功だとも思った。こいつは意味のないことをする奴じゃない、ということは、あいつの家族の次に知ってるつもりだ。
だから俺は何もしなかった。喋ることも、剣を構えることも。
雄也は顔を顰めながら、その電力に耐え続ける。もう剣が鉄格子に触れて5秒くらいが経過しただろう。それでも雄也は鉄格子から剣を離さない。一度くっついたら離れない、接着剤のように、べったりと鉄格子と接している。
そして時間は、6秒、7秒、8秒、9秒と過ぎていく。もうすぐで人間が感電死する時間だ。
それと同時に雄也はようやく鉄格子から剣を離した。雄也の苦しそうな呼吸が自分のものかと勘違いするくらいにしっかりと聞こえた。
まだ雄也が何をしたかったのか全く分からない。今のままでは、ただ電流に触れていただけだ。
そんなことを思っていた俺は、ふと、雄也の剣の方へと目を動かした。というのも、さっきから俺の膝の辺りにバチバチと何かが当たっているのだ。当たっていたのは雄也の剣。紛れもなくそうなのだが、訓練開始時とは大きく異なっていた。
今の雄也の剣には、青色と黄色の電気が流れている。何も知らない俺でも分かる。雄也の剣からはプロミネンスのように電気が飛び交っている。また、その電気を見て、俺はやっと理解した。雄也の剣は電気を吸収したのだ、と。そして次に起こす行動は――放出。
雄也は大きな電気を纏った剣を再び鉄格子へと振った。ブン、と空気が振動された音が聞こえた。その後に、鉄格子と剣が交じり合ったギャイン、という鈍い音が響く。
雄也本人は何も言わなかった。叫びもせず、無言で剣を鉄格子に向かって力を入れていた。
そして雄也は鉄格子を破壊するために、電流放出の作業に移った。グッ、と柄を持つ手に力が入った。血管が浮き出ている。顔は見えないが、きっと苦しそうにしているだろう。なんせ、人間が10秒触れたら死ぬという超電流なのだから。
「うぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!」
そしてついに声を出す。
雄也は横から斬ろうとしていた剣を一旦退き、突く、という行動をとった。
すると剣先から、青色と黄色の電気が放出された。雷よりも遥かに大きい。
やがて俺の視界は真っ白になる。雪のように、紙のように、光で侵食されていく。この光が成功を意味しているのか、失敗を意味しているのかは、まだ分からなかった。本当の光景が映るまでは、まだ俺たちは分からなかった――。
☆
「ん……」
やっと目が慣れ、あの訓練場が映し出された。どこにでもある体育館のような訓練場。しかし、アリーナのような観客席のある訓練場。
俺は目をしっかりと開けた。試験の合格発表の時、自分の番号があったときのように、しっかりと、前を見た。
すると地面に、粉々になった黒い物が落ちていた。それは調べなくても分かる。綺麗に前を見られることから。
――鉄だ。
あの鉄格子は砂のように粉々になり、地面に寝そべっていた。
目の前には笑顔のルメナ、セイラ、魔界王。隣には膝をついている雄也がいた。
「第一訓練。セイラが途中で余計な事をしたが、合格!」
魔界王が、さきほどよりも、もっと明るい表情で言った。
第一訓練は無事合格出来たのだ。……もう雄也はこれだけでクタクタだが。
「じゃあ第二訓練行くぞ!」
「もう!?」
魔界王は高らかに、第二訓練開始を宣言した。……すぐにでも降参したいが、俺は雄也を抱えて、第二訓練の会場へと向かった――。