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023 「どうして世界侵攻を、か……」

 身体能力が格段に上がる――自分の体がそれを深く理解していた。

 これがキファルガスが恐れていたこと。スピードは速く、力も強い。それに漆黒剣のポジティブ思考が加われば、足し算は掛け算へと変化する。

 おそらく、キファルガスはルメナの魔法に加えて、俺の心の反応にも気づいていたのだろう。そうでなければ、身体能力が上がっただけの人間に恐れるはずがない。彼は世界を支配しかねない力を保持しているのだから。


 ずっと不安に追われ続けてきた暗黒界。俺のような人間に何が出来る。身体能力がまるで違う。そんな負のものにずっと押されてきた。だけど、ここで俺に、初めての自信が身についた。


 ――キファルガスを倒せる。


 静かにそう、心の中で言った。


 剣を構えて、今度は俺の方から先制した。ただいつもどおりに駈け出しただけなのに、速さがまるで違う。もしかしたら俺って新幹線なんじゃ……と思うくらいに。

 あっという間にキファルガスの前に辿り着くと、漆黒剣を一振りした。速さで上回ろうとしたが、さすがにそう簡単には斬らせてくれなかった。

「図に乗るなよ……人間風情が!」

 先ほどよりも更に気迫は凄まじいものになっている。でも、押しつぶされることはなかった。

 頑丈な漆黒剣に加えて、絶大な力を手に入れた。それに、キファルガスでも耐えることは出来ない。

 キファルガスの剣の真ん中くらいに、漆黒剣は食い込んでいた。そしてそれからじわじわとキファルガスの剣を斬っていき――やがてその剣を破壊した。

 銀色に光る刀身が、俺の足元に転がる。そして、大量の血がキファルガスから噴き出した。……こんなにリアルな出血は初めて見るので、少し吐き気がする。

 漆黒剣は彼に深く刺さった。その証拠に、あのキファルガスでさえ、苦しんで膝をついている。


『やるじゃん剣哉。意外と残酷な人間ね』

「その言い方やめてくれ」

 何か人殺しみたいで嫌だ。俺はピュアな高校生だ。……きっと。


 最初から殺すつもりなんてないのは、きっとルメナも一緒だろう。殺して世界の侵略を防いで平和――なんて釈然としない。

 問題は、ここでキファルガスが侵攻をやめると言ってくれるかどうかだ。

 俺とルメナは一旦、憑依を解除し、苦しんだまま立ち上がれないキファルガスの元へと歩いて行った。

 キファルガスはひどく震えていた。恐れからの――敗北からの震えだろう。今まで絶対的権力を持ち、手に入れたいものを全て手に入れてきた支配者。敗北なんて久しぶりか……初めてか。


「……キファルガス」

 そう呟くように言うと、キファルガスの体がビクンッと跳ね上がった。

「……何だ」

 それでも威厳を保とうとする低い声で聞き返してきた。

「どうして世界侵攻なんかするんだ? 得るものは世界っていう大きいものだけど、支える小さなものが全てなくなっていくじゃないか」

 そう、得るものは大きい。でもなくなるものも大きい。それなりの反作用は自分に返ってくる。まぁ、富とか権力とかそんなものが欲しいのなら話は別かもしれないけど。

「どうして世界侵攻を、か……」

 その問いかけに、どこか寂しそうな目をした。

 そして一旦スッと目を閉じると、口を開いて話を始めた――。


 ◆

 ◆

 ◆


 それはキファルガスがまだまだ小さい頃。少年として暗黒界に住んでいた時のこと。

 彼は特別大きな家に住んでいるわけでもなければ、小さすぎることもないごく一般の家庭に産まれた。

 その頃はほとんどの住人が―ほとんどが大人だが―テレビにかじりつけになっていた。見ている番組は全国ニュース。話題となっているのは魔界と巡る領土争い。当時はどちらかというと魔界の方が悪質で、何もかもを自分の物にし、自分の世界を作るといったものだった。ゆえに、暗黒界の住人は怯え続けていたのである。


 そんな状況下ではあったものの、キファルガスは幼い少年。ニュースという子供にとってつまらない番組は見ずに、友達と遊んでいた。外に出ては走り回り、光さえ感じるかのように楽しく。

 世界っていいな、と思っていた。広くて知らない人もいっぱいだけど、きっと何かで繋がっている。そしてそれが巡り合いという奇跡を生んでいる。こんなに素晴らしいことはなかったはずだ。


 しかし、その光も、やがて闇へと塗り替えられた。


 魔界の軍はついに彼の住む地域までやってきた。瞬く間に強い魔法を放ち、全てを破壊していく。友達と遊んだ公園も、家族で過ごした家も。色んな人と触れ合った町も。全て、灰になる。

 今でも耳から離れない、町の人の泣き声。子供の泣き声。そして、自分の泣き声。

 大好きだった町が壊れていく。盗まれていく。

 そして人も血を流し始める。

 子供だけでも逃がそうと思った彼の母は、最後にこうだけ言って戦火に巻き込まれた。


『世界を変えて』と。


 最後の最後、母と会話をすることはなく、彼は頷いた。それはもう本気で、首が引き千切れるくらい。

 その言葉は、母の涙と――母の姿とともに空へ消えた。


 ◆

 ◆

 ◆


「今でも忘れられない……。あの時の憎しみと悲しみは」

「…………」

 キファルガスもまた――被害者だった。この侵略戦争に巻き込まれた、被害者で。そして加害者。


「だから……そこの女を見ているといつも思い出すんだよ……っ!」

「そこの女……?」


「あの時の首謀者の青い目。薄紅色の髪の毛。全てを破壊する魔法――」

 その視線の向く先は――。


「セキマ・キルウ。セキマ・ルメナの祖父だ」

 ――完全にルメナだった。

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