019 「檻壊しちゃう?」
暗闇が視界を支配する。そこに時々流れてくる赤。
体が言うことを聞いてくれない。動こうとしてもすぐに体が抵抗してしまう。
むやみにキファルガスに向かって剣を振り向けた後、当り前のように俺が斬られてしまった。彼が持っていた黒い剣で簡単に一斬り。暗黒城兵士から受けた強さとは全く威力が違う。月とすっぽんだ。
それでもまだ生きていられる。それを疑問に思う。普通の人間が暗黒界の者から大きく受けた攻撃に耐えていられるのか。暗黒界の者と限らず、人間は刃物で切られたら普通に死んでしまう。それなのに、どうして俺はここでゴキブリ並みに残っているのか。
「噂どおりですね、剣哉君」
余裕のキファルガスが優雅に歩いて近づいてくる。
「漆黒剣。やはりユニークな剣だ。君にはもったいないくらいに、ね」
漆黒剣が俺にはもったいない? 一体どういうことなのか。これは色こそ黒いが、特徴はそれだけのただの剣である。サファイアボルトのような能力もなければ威力もない。魔法などを見てきた今となってはそんなに凄いものとは思えなかった。
「……まさか、どこがユニークか気づいていないとか? 本当に君にはもったいない剣だ」
「こんな剣、ユニークなところなんてねぇよ」
「はぁ……これじゃあ相手にならない」
呆れたキファルガスは腰の剣を振り上げた。
「もう終わりです。あなたみたいな人間には用はない」
言い終わったと同時に、刃は剣哉へと接近していった。
◆
◆
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もの凄い爆音が鳴り響く。先ほどまで聞こえていた微かなものではなくて、もっともっと大きな音。
「今のって……」
「うん」
明らかに、あれ――漆黒剣の音だ。
毒弾訓練のときと同じあの音。漆黒剣が人の心に反応し、状況に応じて形を変える音。ということはあの部屋に――剣哉がいる。
「選択肢間違えたな、ルメナ」
「……そうね」
自分でも分かってしまうくらい、顔がだんだん笑みになってしまう。恥ずかしいから戻したいけど戻らない。そうだ。あの人は、そういう人だった。
「……馬鹿だね、私」
「ああ、大馬鹿」
ナイツがケラケラと笑ってくる。それには笑い返して対応する。
☆
初めて出会った時もそんな人だった。今とは全然形は違うけど。
電車の中。私は早くパートナーを見つけ出すために都心へ移動することになっていた。その頃の私にはワープ魔法なんて使えなかったし、交通手段として電車はよく使用していた。日本の中心へ行く電車なんて初めてだったけど。
席に座った向かい側。一人の黒髪の少年が立っていた。ちょうど同い年くらいの、可愛い男の子。
その子が立った理由は、席を譲ったから。
誰が見ても足に不自由を抱えている老人に、いち早く――いや、彼だけが席を譲ろうと出た。まだ子供なのにだ。
まだまだ身長の低い少年。吊革に手が届くはずもなく、必死で席の端に付いている某にしがみついていた。揺れて何度も転びそうになりながら、ずっとしっかり握っていた。
そう、この辺りが今と一緒。
自分には不利な状況しか返ってこないのに、人のためなら不利に走りこんでいく。あの純粋な少年は今も真面目に純粋だ。
――優しい子だな。
☆
「ここで這いつくばっていてもしょうがないよね?」
「ふぇ?」
ナイツが情けない声で返事をする。
剣哉がここまで来てくれたのだ。自分の危険などゴミ箱に捨てて、私たちを救うために――世界を救うために。
パートナーがそこまでしてがんばっているのに、魔法が使えないからなんて理由で行動しないのもおかしな話だ。いっそのことなら脱出方法を練った方がいい。
「というわけで、何かいい方法ない?」
「悪いが、俺に人の心は読めないぞ?」
「ここから脱出する良い方法はないかって聞いてるの」
「…………なくね?」
「だよね」
魔法が使えない魔界人なんて通話できない携帯電話のようなものだ。役立たずと言っても過言ではない。
「じゃあ、いっそのことさ」
「いっそのこと?」
「檻壊しちゃう?」
我ながらとんでもない発言をしたとは思っている。でも、それしか方法はない気がするのも事実だ。魔法が使えなければどんなに試行錯誤しても発動はしない。ならば自分の拳を信じてやるしかない。
「そんなとんでも発言して大丈夫なのか? 檻は檻でもあのキファルガスが作ったものだぞ? 例えお前が素手に長けていたとしても難しくないか?」
「やってみないと分からないじゃない」
私は檻を目の前にした。パッと見、割れそうなのだが、ナイツの言うとおりそう上手くはいかないのだろうか。
腰を低くし、拳を突き出す。
しかし牢屋街に鈍い音が響いただけで、檻と接触した右手が赤く腫れただけだった。
「……っ!」
「ほら言わんこっちゃない」
必死で声を抑えたつもりだったのだけれど、やはり少し漏れてしまった。それほどに痛かったのが事実なのだけれど……。
「さぁ、どうしたもんかね~」
「何か脱出方法ないのかしら」
考え続けたけれど、結局脱出方法は見つからなかった。