五体目 決意
「ああ……とんでもない目にあった……」
「あんたが悪いんだからね。しっかり反省しなさい」
咲から罰という名の暴力を身体に叩きこまれ、身も心もボロボロになった。
たしかにあれは俺が悪かったけどさ、何もあそこまで殴らなくても……
怯えながらも勇気を出して助けてくれた鈴に感謝だ。鈴がいなかったら間違いなく屍になっていただろう。
「俊二さん……大丈夫ですか? 私のせいでこんなに……」
「気にすんなって、俺がお前に気付けなかったのが悪かったんだからさ」
「でも……」
「あ、じゃあさ食器の後片付け手伝ってくれよ。それでお互いに許すってことで」
「はい! わかりました!」
満面の笑みで返事をしてくれる鈴。お前だけが俺の癒しだ。
ちなみに今は晩飯も食べ終わって後片付け。料理は豪勢にハンバーグにしてみた。
どこが豪勢なのかって? 結構いい肉使ってるんだよ。今日は奮発してみた。
これがなかなか鈴には好評だったみたいで食べながら何度も「おいしいですっ! おいしいですっ!」ってまるで子供みたいに。
咲からの感想は特になし。あるとすれば「今回のは何か違うわね」ぐらいのモンだ。
まああいつは食べ慣れてるからな。結構向こうのおばさんが用事で居ない時とか食いにくるし。
「ん、それじゃ私帰るね」
「お、そうか。今日はありがとな、色々と。本当助かった」
「別にいいわよ、また何か困った事あったらいつでも言って」
「ああ、そうする」
「じゃ鈴ちゃん、また一緒に遊びに行こうね!」
「はい! 楽しみにしてます! 今日はありがとうございました」
玄関の扉が閉じる音が聞こえる。
やっと今日が終わったか……何か色々ありすぎて疲れた。
でも、咲が味方についてくれたのは結構でかい収穫だったな。
あいつ何だかんだで行動力とか度胸とか俺よりもあるし。たまに性別逆なんじゃないのかって思う時がある。
そんなこと言ったら即刻、地獄行き確定だから死んでも言わないけど。
「そういや、鈴今日咲とどこ行ってた?」
「ふえっ? そうですね……まず服を選んでもらって、それから……あ、変な男の人達に声かけられました」
「なにっ!? どんな奴らだった!?」
もし、銀達の仲間だったら大変だ! ……あ、でも今こうして普通にしてるってことはその心配はないってことか。
「ええと……「そこの可愛い子猫ちゃん達一緒にお茶しないか?」でした」
うわー……これは痛い。いくらナンパとはいえこの誘い文句は下手すぎるだろ……
しかし、家の鈴に手を出そうとするとはいい度胸だ。ちょっと今度お礼参りにでも行ってみるか……
まあ実際、そんなことしなくても咲の奴が。
「それでどうしたんだ?」
「咲さんが「死ねッ!」って言ったら帰って行きました」
だろうな。そいつらご愁傷様。次からは誘う相手をもっと選べ。
見た目に騙されたら負けだ。綺麗なバラには棘があるって言うぐらいだし。
「さて、こんなもんでいいかな?」
「もう終わりですか?」
猫の様なくりくりとした瞳でこっちを見つめてくる鈴。可愛いな、よしナデナデしてやろう。
「ふわわっ! 俊二さんいきなり何するんですか!?」
「気にするな。何となくだ」
「ふえ……何となくですか」
鈴もまんざらではない様子だ。目を閉じて両手を顔の前でぎゅっと握っている。
本当に猫みたいな奴だな。
「よし、終わり。さあもう鈴は寝ろ、今日は疲れただろ」
「確かに……そうですね。じゃあ私はもう寝ます。おやすみなさい」
「ああ、おやすみ」
俺もあとちょっとゆっくりしたら寝るかな。
そう考えていると……
――波風広場に来い
!?
またきたか……頭に直接語りかけてくる声。恐らく銀の仲間だろうな。
鈴もさっき寝たことだし、ちょうどいい。あいつはもう戦いには巻き込みたくない。
誰かわかんねえけど、その勝負乗ってやるよ。
鈴が夜中に起きたらどうするかな。そんな事を考えながら波風広場に向かった。
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夜の帳が降りた広場。昼間なら子供連れの家族やカップルで賑わっている。
だが今は真夜中。人の気配など全くなく、そんな姿はすっかりと身を潜めている。
街灯と月明かりに照らされ不気味だが美しくもある不思議な風景だ。
しかし、そんな風景に溶け込むにはいささか無理がありそうな影が二つ。
動く事も無く、ただただじっと佇んで何かが来るのを待っている。
まあ、その待っているってのは俺だろうな。
「お前らか? 俺の頭に話しかけてくるような奴は」
少し、挑発を交えて嫌みっぽく声をかける。
「いかにも、私が主を呼んだのだ」
「へえ、そうかい……って!?」
出て来たのは身長2mはありそうな大男。身体のがたいもしっかりしている。
着ている服も道着だし、いかにも武道の人間といった感じだ。
「なになに~? もう来たの?」
陽気な声をあげながら大男の後ろからひょこひょこと女が出てくる。
見た感じ今時の女子だな。でも、かなり美人だ。
派手な金髪、女性にしてはかなりの高身長、薄めのメイクですら十分に綺麗な顔。
モデルを彷彿させる容姿だ。ただ、この人どこかで見た事ある気がするんだが……デジャブか?
「ああ、彼が契約者のようだ」
「ふーん、普通ね。イジリがいの無さそうな子。……あれ? あの娘は?」
「ん? 確かに姿が見えんな。主よもう一人はどうした?」
もう一人――鈴のことだろう。
男の方は特に気にしている程でもないが、女の方は気になって仕方がないっ! といった様子でソワソワしている。
向こうには悪いが、さすがに昨日の今日で鈴を危険に晒すわけにはいかない。
「もう一人はここには来ない」
あえて、鈴とは呼ばずにもう一人と返す。実際、名前で呼んだところで相手には伝わらないから呼ばないけど。
「何!? いないの!? はあー……」
女が綺麗な顔を崩し鬼の形相をこちらに向けてくる。が、すぐに治まったかと思うと今度は溜息をついた。
「ねえ、私帰ってもいい? あの娘いないんだったら興味ないわ」
「ふむ………」
遂に女の方は呆れたようだ。お目当ての鈴がいないのがそんなに残念だったのか帰りたがっている。
それに対して男の方は困った様子は無く、少し考えているようだ。やがて、結論が出たのか口を開く。
「構わない。ただ、もう一人の方には手出しをするな」
「はいはい、分かってるって。あんたを怒らすような真似はしないわよ」
――それじゃあね、ジミー君。
そういって女は夜の街に姿を溶け込ませて消えた。てか、ジミー君って俺の事か?
分かってはいるものの内心少し傷ついた。
それよりもあの二人、大男と美女なんて正に美女と野獣といった感じだが、案外お似合いかもしれない。
といった無駄な考えを巡らせていると男から声がかかる。
「主よ、先ほどは家のリリアが失礼をした。だが悪い奴ではないのだ」
へえ、さっきの女はリリアって言うのか。やっぱり外見通り外人みたいだ。
「いや、気にしてないから大丈夫だ。ただ、こっちも一人で来て悪かった」
あれ? 何で敵に謝ってんだ俺。何かこの男の前だといやに礼儀正しくなる。
向こうの方が礼儀がいいから俺も影響されているのかもしれない。
「それは主が気にすることではない。何か理由があっての事だろう」
そう優しく諭すように言う男。この大男、見た目だけじゃなくて心も広い。何でこんな人が鈴狙ってるんだろう?
「戦いの前に少し主から話を聞きたい。構わぬか?」
「ああ、別に構わない」
許可の返事を返すと、男は「すまぬ」と軽く会釈をして会話を始める。
「まずは私の事を軽く話しておこう。主の話だけ聞くのでは不公平だからな。
私の名は雨宮 末次。主で言うところの敵。――ドールズという組織に所属している。
そして、リリアはあくまでドールズの仕事上でのパートナーだ。銀とも仕事をすることがある。
何故、主と戦うか。――それは主も薄々気付いているはずだ。そうあの娘だ。
……さて、私からの情報はこれくらいにしておこう。では、聞かせてもらえるか?」
――雨宮 末次。やっぱり銀とは同じ所にいたか。ドールズって組織……。
そこには何か鈴に関係があるんだろう。ただ、情報が少ない。どうにか聞きだしてみるか。
俺の返事を待っている末次に肯定の証として頷く。
「では……まずは主の名前でも聞かせてもらおうか。いつまでも主呼ばわりでは気分が悪いだろう」
「俺の名前は青柳 俊二だ」
「そうか、いい名だ。では俊二よ、単刀直入に問おう。――あの娘をこれから先もずっと守っていくつもりか?」
「何だ、またその質問か。それなら少し前に銀の奴にも聞かれたよ」
「ほう……それで俊二は何と?」
「当然守るって答えたよ」
「何故、当然なのだ? 別に俊二が守る必要はどこにも無い」
確かに無いかもしれないな。そりゃ、鈴を守るって事は命の危険が常に付きまとうということだ。
俺は今まで当然のように普通の生活を送ってきた。でも鈴は違う。
記憶を失っていきなり気がついたときには殺されかけていた。あいつは普通の生活をまだ送れていない。
だから、俺があいつを守る理由はあれだな……
「俺があいつを助けたから……。それにあいつにはこんな血生臭そうな世界じゃなくて、これからは普通の世界で生きてほしい」
「それだけだ」
「…………主の信念、しかと受け止めた。ならばその信念……本物か否か。これから確かめさせてもらおう」
そう言うやいなや末次は自分の拳の2倍はありそうな籠手を装備する。
その瞬間いきなり周囲の空気が変わった。
末次の方も今までの温和な雰囲気は無くなり、冷酷な顔つきになっていた。
どうやら完全に戦闘する態勢に入ったみたいだな……
「雨宮 末次 いざ参る!」