三体目 一夜明けて
「んっ……」
部屋の窓から差し込む日差しを身体に受け目覚める。
目覚めるまではよかった。
――突如、体中に針が刺さるような鋭い痛みを感じる。
「っ……!」
叫びたくなる気持ちを必死で抑え……ようとしたが。
「いっ、痛ってええーー!!」
結局、痛みを堪え切れずに朝っぱらから近所迷惑な叫び声を上げることになった。
「ど、どうしましたー!? 俊二さん!」
俺の叫び声を聞いたのか件の少女が、こっちがどうしたと聞きたくなるほどの
騒音をあげながら、部屋へと走ってくる。
「お、落ち着け! 俺はとりあえず大丈夫だ!」
このままだと向こうの方が酷い事になりそうな危機感を感じ、急いで自分の無事を知らせる。
「へ? 大丈夫なんですか? ……はあぁーびっくりしました。
俊二さんの身に何かあったのかと思って私……」
「さっきも言ったが大丈夫だ。心配するほどの事じゃない。……ほ、本当だ! とりあえず涙目やめろ!」
涙目の少女を全力で宥める。女子の涙はいつみても苦手だ……。
……でも、こいつも俺の事を本気で心配してくれている。それは今のこいつの姿を見れば一目瞭然だ。
今さっき起きたと言わんばかりの爆発した髪型、なぜか身体に擦り傷が出来ている。多分さっきの騒音はこのせいだろう。
まあそれも急いできてくれた証拠だ。息も切れ切れだし。原因があまり大した事ないだけに少し悪い事をした気分になる。
……なるんだが。
「なあ……一つ聞いてもいいか?」
頭を抱えたくなる気持ちを必死に堪え、ぴくぴく動くこめかみに手を当て問いかける。
「ふえっ!? なんですか?」
一方原因の方はなぜ、質問などされるのかといった感じでこっちをまじまじと見つめてくる。
正直、今その行為はとてつもなくやめてもらいたいんだが……
「お前はその……世間一般で言う裸族……という奴なのか?」
直接的な表現を避け、間接的に自分に出来る最高の伝え方をする。
が、しかし
「……? ら…ぞく…ってなんですか? 何かの能力ですか?」
ああーそっか……こいつ今記憶飛んでるから何も覚えてないんだっけか。
でも普通の記憶喪失は、記憶だけ飛んで知識は残ってるはずなんだけど。
まあさすがに最低限の知識はあるみたいだ。
でも戦いの能力に関する事ばかり覚えてるってのも変な話だよな実際。
まあまず、能力って言葉が当たり前になりそうな俺が一番変だけどな!
このままいくと疑問が尽きなさそうだったため無理やり考えを終わらせて、少女の質問の答えを教えてやる。
「えー、まああれだな。答え聞く前に一回鏡かどっかで自分の身体見てこい。
それでも分かんなかったら教えてやる」
「? はあ……分かりました…。いってきます」
あまり納得してない様子でとぼとぼと部屋を出て行く。
まあ、さすがにあれで気づくだろう。てかそっちの方がいい。
俺の口から答えを聞かせるよりよっぽどマシだ。
さて、これからあいつには世間の常識というものをきちんと教えてやらないとな。
はあ……少しだけ子を持つ親の心が分かった気がする。
と、いっちょ前に悟ったような事を言ってみる。
本日2度目の近所迷惑が起こるのはそれからすぐだった。
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少女と共に朝食をとる。聞きたいことは色々あるがとりあえず今は無理そうだ。
「……うぅ、恥ずかしすぎて死にたいです…」
顔をトマトの様に真っ赤に赤面させ、涙目で俯く少女。
原因は言わずもがなさっきのあれだ。
ちなみに今は俺のTシャツを着せている。大きすぎてかなりブカブカだ。
「昨日来てた服はどうしたんだ?」
あえて、直接連想させるようなことはないよう言葉を選んで会話する。
「あれは……もうボロボロだったし、血で汚れてたので…」
「そっか……」
少女はさっきとは表情を一変させ少し、暗く陰った表情になる。
そう、思い起こせばつい昨日俺は銀と名乗る男と命を賭けた戦いを繰り広げた。
そこで少女はその銀に殺される寸前だった。思い出したくもないだろう。
嫌な記憶を蘇らせてしまったかもしれない。
「ごめんな……もう忘れたいよな」
「い、いえいえ! 俊二さんが助けてくれたので全然気にしてません!」
あんなことがあったのにもう笑顔で笑い飛ばせるほどになっている。
強い娘だ。……例えそれが彼女の空元気だったとしても。
なんとかしてやりたいな……この娘にはもっと笑顔でいてほしい。
笑顔がよく似合う女の子だ。これからの人生は幸せにしてあげたい。
なにか俺に出来る事は……
そうだ!
「おい!」
「え? なんですか?」
朝食のベーコンエッグを何故かナイフとフォークで綺麗に切り分けてとても美味しそうに食べている少女。
なんだその食べ方は、てか何でナイフとフォークの使い方は知ってるんだ……
……それよりナイフとフォークどっから持ってきた。俺ですらある場所知らんのに。
まあ、今はその事は置いておこう。そんな事よりもっと大事な事がある。
「お前の名前を決めないか?」
「名前……ですか?」
「ああ、そうだ。無いと色々と不便だろ。俺も呼び方に困るし」
「はい……それは確かにそうですね」
「問題無いか? 名前は俺とお前で考えるんだけど」
「ふふっ! はいっ! 大丈夫です!」
「どうした? そんなに嬉しいのか?」
「いえ……何か俊二さん、お父さんみたいだなって」
「なっ! ……んんっ、それじゃ名前決めるぞ」
「はい!」
さっきの笑顔は反則だろ。ますますこの娘を喜ばせたくなった。
やっぱり世のお父さんはこんな気持ちなのか?
だとしたら父親も悪くないな。
「それで名前だがどんなのがいい?」
自分の名前を自分で考えさせるという前代未聞のやり方で決めにかかる。
実際は中々いい案が浮かばず俺がこの娘に丸投げしたというのが正しい。
さすがに少女もこの無茶ぶりには顔をしかめ、
「うーん、私は自分では決められないです。やっぱり名前は他の誰かに付けてもらいたいです。
だから、俊二さん。私の勝手なわがままで申し訳ないんですけど、名前決めてくれませんか?」
そこまで、そこまで真剣にお願いされたら断るわけにはいかないな。
「よし、わかった。実は最初からお前見ててこれいいなって思った名前あるんだよ」
「えっ! 何ですか!? すごい聞きたいです!」
そこまで食いつかれるとは思わなかった……
もう少し気楽に聞いてほしいんだけどな。
「あんまり期待すんなよ。嫌だったら嫌って言っていいからな」
「わかりました」
「お前さ、小さくて可愛い感じが鈴に似てるから「鈴」ってどうだ? あんま自信ないんだけど」
「鈴……鈴、鈴、私は鈴。……いいですね!私気に入りました!」
「そ、そうか、ならよかった。……ってことでこれからよろしくな鈴」
「はい! こちらこそ宜しくお願いします! 俊二さん」
ふう、名前も無事に決まってよかった。
鈴も喜んでるみたいだしひとまずは成功か。
これで一つ目の計画が完了。さて次の計画に移るか。
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朝食も食べ終わり部屋でくつろぐ。
鈴は後片付けをしてくれている。俺がやるからいいって言ったのに
「いえいえ! こうして普通の生活を出来ているのは俊二さんのおかげですから
それに名前までもらって……恩返しの意味も込めてこれぐらいはやらせてください!」
って真剣に言ってくるもんだから、とりあえず食器の後片付けのやり方を教えて任せてきた。
少し心配だが今のところ食器の割れる音は聞こえてこないので大丈夫だろう。
「鈴か……」
突然の出会いを経て、今では家族の一員となった少女の名前をぼそりと呟く。
昨日あの後、俺は鈴と共に文字通り逃げるように屋上を出た。
途中で、教室によって鈴を俺の体操服に着替えさせる。
さすがにあの血まみれの服じゃ補導されかねなかったからな。
学校を出て街中に出るとあんなことがあったのに誰もそんなことには気づかずに普通の日常を送っていた。
あれも銀が言ってた「俺達の能力」って奴のせいだったんだろう。
銀……と名乗る男。あいつとはまた会いそうな気がする。
それに仲間もいるみたいだしな。ただ、あいつの目的が分からない。
鈴が狙いなのは昨日の事で分かっているが、何故鈴を狙うのか、そこが分からない。
まあ、今は聞く相手もいないことだし、このことはここまでにしとくか。
~♪
「ん?」
携帯が無機質な音楽を流しメールの受信を知らせる。
夕か? こんな朝っぱらから迷惑な奴だ。まったく……
そんなことを思い、携帯を開き新着受信メールの所を確認する。
しかし、送信者はある意味、夕より面倒な相手だった。
「今からそっち行くから」
必要最低限の言葉だけ伝えるメール。
隣りに住む幼馴染、五十嵐咲からだ。
どうやら今から来るらしい。何かの用事か?
ま、とりあえず最低限の準備だけしとくか……
「俊二さーん、後片付け終わりましたー」
……あ、鈴がいるの忘れてた。どうする? 鈴を見られるわけにはいかない。
けど、咲の奴が来るまでもう本当に時間がない!
「俊二さん? どうかしたんですか?」
「鈴……えーとだな…「俊二ー? 来たわよー」
「来た、やばい! 鈴とりあえずここ隠れろ!」
「ふえ? ……きゃっ! 俊二さん!? 何するんですか!?」
「すまん、しばらくそこで居てくれ。俺が来るまでそこから出るなよ?」
「えっ? ちょっと俊二さ……」
後ろから鈴の声が聞こえるが部屋を出る。鈴すまん。
すぐ終わらせるから待っててくれ。
そう心の中で懺悔して俺は玄関へと向かった。
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サラリとした長い黒髪に、人形のような顔立ち。
服から溢れんばかりの胸、高身長のスカートから覗くすらりと伸びた長い脚。
これだけなら誰もが振り返る美少女だろう。ただし……
「あんた、女の子連れ込んでるでしょ」
扉を開くなり、開口一番でこんな事を言ってくるおまけ付きだけどな。
「咲、お前……いきなりなんだよ!? てか、なんでそうなるんだよ?」
一瞬ギクッとはしたものの、ここで動揺したら確実に怪しまれると思い少し強く反論する。
「ふんっ、その反応がすでに駄目ね。普通ならもっと冷静に対応するはずよ。
……身に覚えがないならね」
「いや、この場合の普通の対応ってなんだよ! むしろこっちの対応の方が普通だろ」
「なんでそう思うの?」
「誰でもいきなり女連れ込んでるとか聞かれたらそうなるだろうよ」
「じゃあ、絶対ないって断言できる? もし嘘だったらどうすろの?」
「ああ。嘘だったらお前の言う事何でも聞いてやるよ」
ふーん。と全く関心のない返事をする咲。
こいつ、絶対俺の話聞いてねえな……もう俺の事は無視して家の中観察してるし。
すると、しばらく玄関から家の様子を観察していた咲が急に
「俊二がそこまで言うなら信じてあげる。……だから最後に一つ聞いていい?」
「なんだよ?」
「さっきから、というより私が来た時からずっとこっち見てるあの娘は誰?」
「……え?」
言われて恐る恐る後ろを振り返ってみると
「あっ……」
「鈴……お前」
堂々と、もう隠れるどころか完全に身体が見えていた。
何やってんだよ……思いっきりバレてんじゃねえか。
しかも、隠れてろって言ったのに最初から見てたのかよ……
「さて、もちろん説明してくれるんでしょうね?」
「い、いや……はは」
「し・て・く・れ・る・ん・で・し・ょ・う・ね・?」
「……はい」
はあ、まさか咲にバレるとは。
これは夕にバレるのも時間の問題だな……