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二体目 覚醒

目の前には錆びついた重量感溢れる鉄の扉。

すなわち屋上と校内の境界線。その前に俺は立っている。

しかし、向こう側からは何も聞こえてこない。やっぱ間違いだったのか。


まあ、確認だけでもしておくかな。

そう思い、ずいぶん古めかしいドアノブを捻る。

錆びついて重くなった扉が音と共に開いていく。


人間誰しも非日常の場面に遭遇した時には、

一瞬思考が停止して決められたテンプレート通りの言葉を出す筈だ。

「何……これ」とか「どういうこと?」なんてそんな感じの言葉を。


「何だよ……これ」


そういう俺もその一人。

扉を開くと、そこには……ありえない光景があった。

それは一言で表すなら「地獄絵図」


コンクリートで出来ている筈の地面は所々が重機を使ったかのように砕かれ、

転落防止用のフェンスは一部だけだがその姿をあり得ない姿に変えている。

極めつけは辺り一面血の海。

そしてその血液の根源であろう人物が自分の身体の形通りに歪んだフェンスに磔状態にされていた。

しかも、その人物は身体の大きさなどから見ても明らかに少女にしか見えない。


「……っ!」


あまりの残虐さに思わず目を逸らしてしまう。

一体この光景は何なんだよ!

なんでこんなことが普通の高校の屋上で起こってるんだ…。


「んだよ、誰か来たのかよ?」

「!?」


いきなり屋上の奥の方から声が聞こえる。

恐る恐る扉を盾に覗いてみると。

さっきは扉が死角になって見えなかったがどうやら人がいるようだ。


「おい! そこにいんだろ! 出てこいよ! 出て来ねーなら……殺すぞ」


ヤバい! 本能がそう訴えてくる。

だが、恐怖で身体がすくんで動かない。でも出て行かないと……。


「…………」


無言で身体を露見させる。心臓の鼓動が尋常じゃない早さで刻まれていく。

そこにいたのは、銀髪で長身の少し痩せ形で、年齢も俺と大して変わらないぐらいに見える男がいた。

ただ一つ、決定的に違っていたのは自分の身長の半分はあろうかという1m程の鎖が付いた巨大な鉄球を手に持っていた事だ。

しかも服が返り血を浴びている。恐らく……いや確実にこの男が少女をやったに違いない。


「お前が……やったのか?」


少女の方を向いて男に問いかけてみる。


「ああ。それがどうかしたのかよ? お前もあんな風になりたいのか?」


そう言って鉄球をまるで風船を持ち上げるかのように軽々と片手で持ち上げる。

一体どういう原理だったらあんな事が可能になるんだよ……。


「どうして、あんな小さな女の子をあそこまでする必要があったんだ?」

「んだよお前……んなことはお前には関係ないことだ。あまり詮索が過ぎると……死ぬぞ」


狂気に満ちた眼でこっちを睨んでくる。どうやら冗談ではなさそうだ……。


だけど……


「確かに関係はないかもしれないが、この状況を見過ごせるほど出来た人間じゃないんでね」

「いいのかお前? さっきの言葉俺への挑戦と受け取るぞ?」


口調はさっきまでと変わりないが、明らかに自分の身体が震えているのが分かる。

今なら、泣いて土下座でもして許しを請えば、助かるかもしれない。

でも、例え死ぬとしても、意味がなかったとしても、『あの少女を助けたい』、そう思ったんだ。

それに、これはあくまで俺の推測……というかほとんど想像に近いんだけど、さっき校内で聞いた声。

あれはこの娘が言った言葉じゃないかと思っている。

だったら期待には添えないかもしれないけど、俺は目の前の男に立ち向かってみようと思った。

だから……持てる限りの勇気を持って


「好きにしろ」


自分で決戦の火蓋を切り落とす。


「いい返事だ。覚悟……しとけよ」


*****************************


割れる地面。舞い散る砂埃。飛び交う鉄球。

そんな状況の中、なんとか俺は生きていた。

いや、実際には生かされていると言った方が正しいかもしれない。

明らかにあの男は攻撃をわざと外してきてる。自分が楽しむ為に。


「おいおい! さっきまでの威勢はどこいったんだよ?

 逃げてるだけじゃ俺は殺せないぜ、さっさと反撃してみな!」


地面が揺れると同時に俺の身体スレスレに鉄球が叩きつけられる。


「うわっ!」


こいつはさっきからこうやって紙一重の所で攻撃を外してくる。

ただ、無傷で済んでいるかといえばそんな事はない。


「はあはあ……はあ」


地を砕く程の威力だから当然砕けた破片が飛ぶ。

それが身体に突き刺さり、じわじわと痛みが体中に広がる。

それとともに体力もどんどん削られる。

精神的疲労も大きいな。いつ攻撃が当たるか分からない中ただ逃げ惑う。

今の俺の状態は言うなれば満身創痍。


正直、力量がありすぎた。一度も攻撃にまわることができない。

しかもあいつあんな鉄球振りまわして、息一つ切らしてねえ。

ホントに同じ人間なのかよ?


それにもう一つ疑問が

「なんで……こんなことになってるのに俺以外に誰もここに来ないんだよ」


そうなぜかいくら地面が砕けようと轟音がしようと全く人が来る気配がしない。


「それはな、俺らの能力みたいなもんだ。聞きたいことはそれだけか?

 だったら……そろそろ飽きてきたな。……おい、今から殺すわ」


淡々と殺人予告をした男が鉄球に触れる。

すると、鉄球がみるみる間に膨らんでいく。

おいおい、冗談だろ……なんだあのバカでかい鉄球は。

3m超に膨れ上がった鉄球を引きずりながらこっちへと走ってくる。

鉄球が引きずられる度に地面が抉り取られていく。

今までのは完全にお遊びだったってことか……


あーなんかかっこ悪いな俺。

最初だけカッコつけてあの娘守る、みたいなこと言ってさ。

いざ戦いになるとただただビビって逃げるだけ。

だったら最初からそんなこと言うなって言いたいよな、数十分前の俺に。

あいつ倒せなくてもせめて、あの娘だけは助けたかったな。


隣のフェンスで未だに意識を失くしている少女に向かって謝る。

「ごめんな、偉そうに助けるとか言って。ホントは助けたかったんだけど。

 俺の完全な力不足で……だから罪滅ぼしって訳じゃないけどさ……君を一人では逝かせない。俺も一緒に……」


謝罪の途中から涙で視界が滲む。死ぬことに対してというよりは少女を守れなかった事に対してだ。

俺に力があれば……この娘を助けることが出来たかもしれない。

でもそんな漫画みたいなことはそうそう無い。

だから、もう一度。今度は少女の頬を両手で包みこみ、面と向かって


「ごめんな……」


涙で歪んだ顔で謝罪する。


「おい、もうお涙頂戴の展開は終わりか? 待ってやった俺に感謝しろよ」


男が腕を思い切り振りかぶると腕に巻きつけられた鎖が伸びる。


「だが、俺はここで見逃す程甘くはない。仲良くそのガキと死にな!」


そのまま腕を振り下ろすと鉄球が宙を舞って俺たちの頭上に降ってくる。

ああ、ここで終わりか……。


ドクンッ! ドクンッ!


!!


なんだ!? 変な感覚が身体を支配してくる。

身体が熱い。だが、不思議と感覚が研ぎ澄まされる。

周りの風景が止まったように見える。まるで世界が停止したかのように。


「これもあいつの能力なのか?」


そう思って男の方を見てみるも男も停止している。じゃあ一体だれが?

いや、今は考えるのはやめよう。


それよりさっきから頭に変な知識が流れ込んでくる。

戦いの知識、何かの能力についての知識。

これは俺の能力……なのか?

流れ込んでくる知識を元に推測する。

仮にこの能力が俺の物だとしたら、もしかしたら……少女を助けられるかもしれない!

流れてきた知識によるとこの今の停止状態。これもどうやら俺の能力の一つらしい。

これは時間の流れを極端に遅くしているらしい。

ようするに停止というよりは超スローモーションの状態ということだ。

ただし、このスローモーション状態、一分しか持たないみたいだ。


既にこの状態になって30秒は経っている。

だったら残りの時間でまずはこの娘を安全な場所に。

フェンスから少女を助け出し優しく抱き抱える。

もう一度だけ最後の謝罪をする。


「助けるのが遅くなってゴメンな。でも今度は絶対に助ける。約束する」


そう言って足で地面を蹴る。すると身体が風のように軽く風のように速く移動する。

これが俺の能力の、身体能力と感覚の一時飛躍的上昇だ。

少女を屋上の離れた隅の方に寝かせる。


「すぐ終わらせてくるから、待ってろ」


そう言い残し、地面を蹴ってさながら瞬間移動のように男の元へ向かう。

轟音が響く。時間が来てスローモーションが切れたようだ。

男は今となっては到底的外れの場所に鉄球を叩きつける。


「ふんっ、俺に刃向かうからこういう事になるんだよ」


満足げに呟く男の背中に向かって言ってやる。


「それは誰に向かって言ってるんだ?」


男がビクッと一瞬身体を震わせこちらを向く。

「なっ!? どういうことだ!? お前は確かにあのガキと一緒に殺したはず……」

「ああ、俺もそのつもりだったんだが何故かこうして生きている。もちろんあの娘もだ」

「…………なるほどな、そういうことか。」

「何がだ?」


男は一人納得したように呟く。


「お前には関係ねえよ。ただし、こうなった以上お前も完全に生かしておけなくなった」

「どういうことだ? ……うっ!」


急に身体が物凄い衝撃に襲われる。

鉄球が身体全体を覆うようにのしかかる。


「うああぁあ!!」


そのまま思い切り屋上の向こう端まで吹き飛ばされ、壁に身体が叩きつけられた。


「ぐあっ! はあはあ、今のは一体……」


痛みが残る身体を引きずって立ち上がる。

能力のおかげでなんとか生きているが無かったら確実に死んでいた。

しかも能力があったとはいえ無防備だったところを突かれた。

それだけ今回は本気ということか。


「考え事なんてしてるとあっという間に死ぬぞ」

「!!」


耳元で奴の声が響く。反射的に足を前に蹴りだす。

鉄球は俺の身体がさっきまであった所をすりぬけフェンスに直撃した。

グシャ!、フェンスが歪むどころか突き破られている。

奴の身体能力もさっきより格段に向上している!?


確実に力は増し、移動力も俺と同じくらいになっている。

けど、俺もいつまでもやられてるわけにはいかない。

まずはあえて奴との距離を縮める。鎖しかない部分に潜り込めば、一発お見舞いしてやれる。


この勝負、お互いに一発で決まるに違いない。

俺はさっきの一撃がかなり負担になってる。

それに奴も本気を出してからか目で見えるほどに疲れてきている。

先に当てた方の勝ちだ。


「ふうー」


息を吐いて落ち着く。

奴もそれが分かっているのか動きを止めて息を整えている。

お互いに体制が整ったのか相手を睨みつける。

ここからはスピード勝負。どちらがより速く攻撃に転じるか。


…………


額に汗が滲む。どれくらい経っただろう。

まだ1分ぐらいしか経っていないだろうにもう数分たったように感じる。

――刹那

視界から奴の姿が消えた。


「しまった! 出遅れた!」


急いで地を蹴る。身体が前に思い切り進む。

しかし、既に目の前には黒い鉄の塊が押し寄せていた。


「これで、終わりだな! 死ね!」


また守れないのか? ――いや今度は絶対に守るって約束した。


「俺は……負けられない」


右足を軸に横へ方向転換して左足を思い切り蹴りだす。

鉄球はそのまま空を切り鎖は虚空へと伸び続ける。


「なんだと!? あの距離でこの攻撃を避けただと!?」


さらに方向転換。今度は奴に向かって。

地面を蹴る。何度も何度も。速く、もっと速く。

身体を捻り、拳を後ろに引き戻す。


「これで決まりだ!」


走り続けたままスピードを落とさずに拳を振るう。

拳が何かにぶつかる感触。そのまま腕を目一杯伸ばす。

風を切る音とともに奴の身体は皮肉にも自分が少女を叩きつけたフェンスへと叩きつけられる。


「ぐっ! くそがぁ! やるじゃねえかよ……はあはあ」

「はあ……はあ」


返事をしようにも疲れきって言葉が出せない。

お互いに、そのままの状態で息を整える。

しばらくして、落ち着いたのか男が


「おい、お前。名前教えろ」


と礼儀も何も関係無しに名前を聞いてくる。


「……青柳俊二だ。お前は?」

「銀だ。今回は俺の負けだが、次はこうはいかねえ」


そう言うと銀と名乗った男はそのまま自分でフェンスから抜け出し屋上から飛び降りた。

普通なら驚くところだろうけどさっきあんな死闘をした後だ。あいつがあれぐらいで死ぬはずない。


「はあーやっと終わった。身体中が痛え」


力を使い果たし今は只の高校生に戻った俺は、ふと少女のことを思い出す。


「あ、そういえばあの娘大丈夫か!? 病院とか連れて行かないと!」

「あ、あのー……」

「ってよく考えたら俺も怪我してるし! って……ん?」

「あ、あのー大丈夫ですか?」


声のする方へ振り返ると……あの少女がいた。しかも無傷で。


改めて見てみるととても整った顔立ちをしている。

子供らしく二つに結った髪、雪のように綺麗な肌、もじもじとさせている指も細くしなやかだ。

ってそんなことより!


「なんで君、無傷なの!? さっきまで瀕死の重傷だったはず!」

「あ、はい。そうだったんですけど、私回復の能力があるんです。

 だから意識を取り戻してからはずっと治癒してました」


ほら。と言って俺の傷口に手をかざす。するとみるみる内に傷がふさがっていく。


「おおっ!! すげえって、そういえば何で君こんな所にいたの?」


兼ねてからの疑問を少女に対してぶつけてみる。


「それが……私記憶が全くないんです。今までの。残っている記憶は能力の使い方だけで」


返って来た返答は予想を遥かに超えていた。


「え!? 何も? 全く?」

「はい、名前すら……」


それはまた難儀な……。とここで重要な事に気づく。


「あれ? ってことはもしかして帰る家も……」

「はいぃ……」


今にも泣きそうな声で返答する少女。これは大変だな……

あいつに頼んでみるか?

いやでもこの娘連れてったら、見た目まだ中学生だから確実に変な眼で見られるよな……


「うーん」


必死にこの娘をどうするか考える。

夕の所は? ……いや駄目だあいつにだけは任せられない。

ちらっと少女の方へ目を追いやると涙目でこっちを見つめていた。

くっ! あんな目で見られたら……仕方がない。最終手段を使うか。


「なあ」

「は、はい? なんでしょうか?」

「もし、もしもよかったらだ。俺の家に来ないか?」

「ふえっ?」

「俺さ一人暮らしだから他に誰もいないし、俺も全然構わないからさ」

「ホントに……ホントにいいんですか?」

「ああ、構わない」

「ふええっ!! ありがとうございますー!!」


遂に涙が溢れてしまった少女はそのまま俺の所へと飛びついてきた。


「のわあっ!」


やれやれ、これから騒がしくなりそうだ……

そう言いつつも俺の顔は綻んでいた。

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