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第三話 プロローグ その三

ちょっと少ない。

基本一話の量は少ない予定なので、これよりやや多いくらいが本来のデフォルト。




 サイバーフェイスを掴み、横の出っ張り。アナログ的にも、全時代的にも思えるボタン式のスイッチを押し込む。「カシュッ」と音を立て、真上から罅のようなものが走り横に開閉される。

 それを顔に押し当て、もう一度ボタンを押せば自動で閉まっていく。瞳に映る景色はやや黒いフィルターを通したような、色褪せた灰色の世界へと転じた。

 額から鼻先まで覆う特殊な黒のバイザーの効果だ。そのままメットの横に仕舞われたケーブル、ニューロジャックを引っ張り長さを調節。そのまま首筋のスライドを開き、先端の端子を差し込む。

 

「ッ……」


 一瞬身体に流れる微弱な快楽とも似た痺れ。長い間正座した後のあの痺れに近いが、それより性的な快感が強い。

 同時に肉体が“繋がった”と言う第一世代ファースト特有の、何とも言えない奇妙な感覚に包まれる。

 世界に溶け込み、一つでありながらも個であるような、そんな奇妙な感覚。


「……ふぅ」


 息をゆっくりと吐き出し、そのままベッドに横たわる。本来は専用の筐体の中でサイバーフェイスを使用するのだが、俺はあの閉じ込められているような狭い空間が好きじゃない。

 しかも身を横たえる椅子は快適とは言い辛く、長時間の使用には向いていなかった。結果本来は歓迎されない事だが、本体とサイバーフェイスを筐体から取り外し、ベッドの脇に保管している。

 見た目は普通のベッドだが、肉体の形に合わせ沈み込む骨格に優しい素材、スプリング。これなら長時間使用したって、早々肉体に影響を及ぼさない。

 そのまま電源を押し。ファースト特有の感覚で電脳へと意識を向ける。サイコネを使用するのと同じだ。

 するとバイザーに高速で英文字が流れ出す。暫くすると画面は検索ポイントで停止した。ここから通常のネットのように文字の検索も可能だが、今回はアクセスコードを使う。


「確か……」


 アウターワールドの公式ホームページのアクセスコードを思い出し意識のみで打ち込む。バイザーに映る区画の中にそれらが表示され、完了と同時に公式に飛ぶ。

 ゲームの説明や画像が飛び交う画面の中、ログインと書かれた部分に意識を向けた。すると矢印がそこに向かい、クリック。

 画面は再び変化し、〔アクセスコードを入力して下さい〕と表示される。一週間前に通知された九七三八―三三六五―四〇九四と言う、一二桁からなるコードを意識のみで再び打ち込んでいく。


「よしッ」


 思わず右拳を勢いよく握りこんでしまう。画面には認証完了の文字。その後画面には大きくNow loading……と表示され、末尾のパーセンテージが百に近づいていく。

 僅か一分足らずで完了すると〔ようこそOuter World Onlineへ。当ゲームは――――〕と、その先には所謂同意事項が纏められていた。

 それを電脳化による高速処理で脳に叩き込み、同意のボタンを意識上でクリック。画面は変化し〔これよりOuter World Onlineへログインします、よろしいですか? yes/no〕と選択肢が分かれている。

 意識を肉体に向けるが異常なし。電脳化した肉体は、己の肉体のバイタリティもある程度把握することすら可能にした。


「それじゃあ第二世代セカンドと目されるその内容、楽しませて貰おう!」


 気合一声、yesと書かれた項目をクリック。同時に画面は再び英文字が高速で流れ出す。それを横目に瞳を瞑れば、心地よい睡魔が肉体を蝕む。

 データが電気信号にニューロジャックで変換され、そのまま脳内チップを通し脳を流れる。そこに眠りをさとす信号が追加された結果だ。

 見る見るうちに意識は沈んでいく。僅か数十秒程で俺の意識は暗い水底へと沈んでいった……




 

「ようこそOuter World Onlineへ!! ようこそOuter World Onlineへっ!!」


 何か声が聞こえる。甲高い、恐らくは少女だと思われる女性の声。


「よっうっこっそッOuter World Onlineへッ!!」

「ッッ!?」


 いきなり音量の上がった声に思わず“飛び起きる”。慌てて回りを見渡せば三百六十度闇に包まれた世界。

 その中で腰に手を当てた“トンガリ耳の少女”がぷんすか頬を膨らませ、怒り心頭といった様子だった。言葉に詰まる、俺は夢でも見ているのだろうか。

 

「だからッ! Outer World Onlineへようこそって言ってるでしょッ! 返事くらいしたらどうなのよ!!」

「あっ、ああ……」

「まったくもぉ。人間てみんなそんなんなの? チュートリアルを説明する私の身にもなって欲しいのだけれども」


 まて、今聞き逃せない言葉が聞こえたぞ。“チュートリアル”だと? それにアウターワールドオンライン……

 それらが脳内で混ざり合った瞬間。背中にジットリと汗が浮かぶような感覚を覚える。実際にはそんなことはない。

 なにせ今の俺はここが予想通り“中継点”なら、肉体を持たない俗に言う“仮想体”、もしくは“電脳体”と呼ばれる非実体存在の筈だからだ。

 何やら一人で喚いている少女を横に、腕を翳せば予想通りの真っ白で質感も質量も感じさせない手が視界に映る。これが今の俺の身体データと言う事だ。

 そう、夢じゃない。ここは間違いなく電脳世界。そして他のサーバへと移動する為の入り口、もしくは中継点。

 では、そう、ではだ。目の前の少女はその言動からチュートリアル用のNPC。つまりはノンプレイヤーキャラクターである筈。



 視線を少女に向ける。身長百五十未満。スレンダーな肉体と引き換えに胸を犠牲にしてしまったのか、非常にその胸部装甲は慎ましい。

 服装はドレスに皮製のアーマーを所々当てたような、現代ではまず見られないものだし、背中には矢筒に弓が見える。

 金色の髪はツインテールで結ばれ、大きな瞳は勝気な釣り目を描き、見事な海の色を孕んでいる。最大の特徴であるトンガリ耳は長く、明らかに十センチ程はあるだろうか。

 真っ白な肌は日本人どころか、外国人ですらそう見られないレベル。あれだ。俗に言う“エルフ”とか呼ばれる種族。

 無論、地球にそんな種は居ない。空想の産物だ。そんな存在がどうみても“人と変わらない”様子で喋っている。

 その服装に耳がなければ、きっと俺は彼女をプレイヤーか雇われのスタッフだと信じ込んだだろう。それくらい目の前で何やらきゃんきゃん喚く少女は、感情豊かで人と変わらないように見えた。



(これが、これが“自己進化ロジック”の齎した影響だって言うのか……マキナ教授、貴方は一体何者なんだ……)


 そう戦慄を覚えてしまうくらい、怖気を感じるくらいにその効果は予想を超えている。正直に言って、ここまでとは思っていなかったし、可能だとも思っていなかった。

 過去の偉人と比べても、恐らくトップレベルの偉業をマキナ教授は行ったが。今回のコレもそれに負けずと劣らない。


「ぅー……リリ、何か悪い事したかしら?」


 茫然自失としている耳に届くどこか恨めしげな声。抑揚に溢れた、合成音声では中々出来ない人間味に溢れた“感情”ある声音。

 その目尻に涙を浮かべる少女。小粒の雫。それが見る見る内に大きくなり、表面張力を突破しようとした瞬間―――― 


「あー、悪かった。すまない。少しログインの影響か、ぼぉっとしてたようだ」


 勝手に口にしていた。年下の女性に、特に女の子と言ってよい年齢の娘に泣かれるのは困る。親戚にあたる本家筋の双子を思い出してしまうからだ。

 そして口にしてから気づく。


(何をNPCに言っているんだ俺は)


 溜息が零れる。相手はいくら人間と変わらないように見えたとしても、命を持たない。所詮はプログラムで動くNPC。

 それをまるで人間を相手にするように、慰めるかのような、言い訳するかのような言葉を口にするとは、なんて滑稽。


「ふーん。まぁいいわ。それじゃあ早速チュートリア――」

「それなら必要ない。オープンベータと内容は変わらないなら、これから行うキャラクターのメイキングや世界観に関してだろう? 俺は一応アルファーからの参加者だからな、その辺は熟知している」


 そう俺が口にすると、目に見えて少女の眉が釣り上がった。キリリリ――と、擬音が聞こえてきそうだ。

 と言うより、先程の態度はまさか真似だったのか。設定に小悪魔なんてあるんじゃないのかと疑ってしまいそうになる。


「は、初の案内相手がテスト参加者なんて……はぁっ……まぁいいわ。それじゃあデータを照合するから待ってて」


 そう言うと少女は動かなくなる。まるで彫像のようにピタリと停止してしまう。瞳は見開いているのに、瞬き一つしなくなった姿は、先程まで生気に溢れていただけに非常に不気味である。

 あえて表現すれば、データの参照による過負荷が原因のフリーズと言った所だろうか。もしかしたら負荷削減の行動かもしれないが。

 

「あっ、確認が取れたよ! データを投影するから確認してよね」



 少女が人差し指を宙に向けると巨大なホログラフ式スクリーンが展開され、そこに“一人”のキャラクターが映される。

 今のご時世珍しい混じりっけなしの黒の長髪。長いそれは背中の半ばまで伸びている。オールバックにされているのだが、数束だけ前に落ちて額や頬に流れている。

 彫りの深い顔立ちは西洋的ながら、瞳は切れ長でどこか東洋的な感じだ。その色は俺とは違い髪色と同じ黒。鼻筋は西洋的に高く整い、薄い唇は引き結ばれているものの、ニヒルな笑みが似合いそうである。

 全体的に理知的な装いを見せる、客観的に言えば端整と称してなんら疑問を抱かない顔立ち。そもそもが俺の顔だ。

 微妙に弄ってはいるが、基本的にVRMMORPGの半分以上は己の顔をベースに多少弄れるだけで、大幅な変更が利かない仕様となっている。このアウターワールドオンラインもその一つだ。



 その理由までは俺の知るところではないが、それでも色合いやタトゥなどかなり誤魔化しは利くのだから問題はないだろう。

 身長も同じく現実の誤差±十センチ内で設定するようになっている。俺の現実の身長は百八十七センチ。特に変える必要もなかった為そのままだ。

 と言うより、基本的に俺はゲームで使用する分身体アバターの見た目を現実からさほど弄らない。何か理由があるのではなく面倒くさいだけだが……

 ハーフだからか、八頭身で細身の肉体ながらもバランスが取れている。服装は旅人の服と呼ばれる、頑丈な衣服だ。初期装備の防具だった筈だと思い出す。



「へぇー……あんまり元から弄ってないのね。中々悪くないじゃない。私は好きよ?」


 俺の分身体アバターをジロジロ眺めていたリリと自分を呼称した少女だが、どうやら褒められているらしい。

 AI風情に容姿を褒められても言わば社交辞令。今までならそう思ったろうが、彼女ならそう悪い気もしないのは豊かな感情を感じられるからか。


「今時顔の容姿に大きな意味なんてないさ。金さえあればほぼ思うとおりの容姿が手に入るんだからな」


 百年だか前に施行された法律で、整形時の料金は国が定めた規定に沿うようになっている。具体的に言えば、大体過去から比して二倍以上。

 場合によっては数倍以上もの金額。その代わり新たに導入された技術のお陰で、ほぼ理想の容姿フェイスが手に入る。

 誰が言ったのだったか、容姿の整った人物の五割近くは整形だと思えと言われるくらいだ。実際、整った容姿が飽和してしまい、ここ十年近くは容姿を“弄ってない”と言うのが新たなステータスに代わりつつある。


「あなたも金で顔を買ったの?」

「いや、俺の場合は元々だ」

「……まっ、私には関係ないことね。それじゃあ次の設定に移るから、パッパと進むわよ」


 言われて気づく。未だ設定が殆ど進んでいない事に。元より反対する理由もなく、「ああ」と頷き、彼女――リリに言われるがまま次々と設定を終えていく。

 流石に確認やゲーム関連の間は大人しくするよう設定されているのか、真摯な声音で逐一決定事項を確認してくる様は“NPCらしく”どこか安心させてくれる。

 そう思う時点でどうかしていると言えるかもしれないが………

 オープンベータ時のデータを引き継いでいるから大部分をカットしつつ。それでもベータとオープン参加の“特典”やその他一部変更を行うこと約十五分。


「それじゃあ、最終確認に移るわよ。先ず、キャラクター名は『シャノン』でよかったかしら?」

「問題ない」


 シャノンは本名だ。性こそ日本名だが、名は一応横文字。英式で付けられている。


「種族は『動く死体(リビングデット)』。初期職業は全員『放浪者』よ。習得パッシブスキルは『戦闘経験』『肉体運用』『堅牢な肉体』『拳の才能』『脅威のタフネス』の五つ。内二つ、拳の才能と肉体運用はオープンベータの特典での再抽選。以上で間違いはない?」



 種族はそのままキャラクターの属する種。今時珍しくもないが、多種多様に溢れ、中には所謂“人外”と呼ばれる種も多い。

 リビングデットもその一つ。実はオープンベータでも選んでいた種で、“成長種”と呼ばれる少し特殊な種族だ。初期ステータスや制約を持つ代わり、一定の条件でクラスアップ。

 上位種族へと成長することが出来る。言わば大器晩成型の玄人向けと言った所だろうか。因みにリビングデットの制約は取得経験値マイナス十パーセント減少。回復魔法反転――回復せずダメージとなる――。

 他にも日中の間HP――ヒットポイント――の自然回復停止などなど……一応メリットもあるが割愛しておく。



 職業クラスはそのままだ。戦士や弓兵などの他にも、学者、英雄、鍛冶師などこれまた多様に溢れている。

 オープンベータでは二次職業――現在の職業から条件を満たすと上位の職業にクラスアップ出来、最初の初期から何か職に就いたのを一次、その上位を二次と数えていく――までだったが、公式の告知通りなら三次職業が解放されている筈だ。

 パッシブスキル。特に“特殊パッシブ”と呼ばれる、成長に関するスキルは十個まで習得出来、キャラメイク時に選択肢に見合った内容からランダムで選ばれる。

 オープンベータの特典はこれの再抽選権だ。よくよく考えれば運が混じるものの、かなりアドバンテージ性の強い報酬と言えるだろう。

 因みにキャラクターの削除、メイキングによるスキルの選別と言うコンボは出来ない。一応初期では二つのキャラスロットがあるから、片方を食い潰していいのならそれも可能ではある。

 実は俺もその口だったりするが、それでもそこそこの運だったと今でも思う。今回引いたスキルも、名前から大体の効力が察せられるが悪く無さそうだ。



「大丈夫だ、問題ない」

「そ。じゃあ――――」


 その後も次々と確認は続き、主観時間にして実に十分ちょっとも費やされることとなった。全ての確認が終了し、ようやく今度こそ正真正銘アウターワールドへログインするだけのところまで来る。


「お疲れ様。これでキャラクターメイキングは終わりよ。それじゃあ、今からアウターワールドへ接続するから、リラックスしてね」


 リリがそう口にするのと同時、俺の周囲が光だし、光の乱舞が満ち溢れる。見れば身体の末端が光子となって崩れ去っているのが見えた。

 普通なら驚くかもしれないが、これはサーバー間の移動に伴う現象。ファーストなら、特にVR式ゲーマーなら経験していて当たり前。俺にとっても既に幾度となく見慣れた光景である。

 同時に意識が霞んでいく。眠気にも似ているが、実際は自己を構成するデータ群の崩壊が招く減少だ。

 ふと。このまま恐らく二度と会えない彼女、リリにこのまま何も言わないのはどうだろうかと考える。

 AIとは言え、少なくとも人となんら変わらないくらいには見事な思考ルーチンと言えた。だからだろう。気づけば俺の口は勝手に言葉を紡ぎだしていた。


「リリ、ありがとう」


 いよいよ漂白されるように霧散していく意識、視界の中で、リリが驚いたような顔を見せる。やはり仕草一つとっても人間らしい。


「私こそ、最初の案内人が貴方でよかったわ。まっ、精々頑張りなさいよね――――」


 末尾まで聞き取れなかったが、それでも最後に彼女が浮かべた柔らかな笑みを、俺は暫く忘れる事が出来なさそうだった………





後書き


プロローグは二話毎で併合しました。

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