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第二話 プロローグ その二

〔――同調接続バイパスの切り離しを開始致します〕

〔……コンプリート。データのバックアップを保存します〕

〔――肉体的損傷の有無を確認スキャン致します〕

〔……健康状態であると確認されました。お疲れ様です、静かに外部装着具を外して下さい。なお……〕


 女性を模した合成音のアナウンスが告げ終わる前に、頭部に装着されているヘルメットを外す。

 ゴテゴテとしたフルフェイスのメット。横に付属されているボタンを押せば「カシュッ」と、何とも言えない空気が抜ける音を発し、メットが縦の亀裂に沿って開く。


「ふぅ……」


 それを手で広げれば思わず溜息が零れる。別にフルフェイス型のメットを長時間装着することで汗を欠いたとか、息苦しかった訳ではない。

 簡易の空調設備が取り付けられているし、空気変換の静音ファンも標準装備されている。それでも人間てやつは狭苦しいところに居ると息苦しく、そして圧迫感を感じるものだ。

 今回のもその人間らしい反応とそういう事。これはなにも俺だけの反応ではない。これを使う者の多くの同胞が抱える共通の悩みだろう。

 


「もうこんな時間なのか」



 ベッドの頭に掛けてあるアンティークの柱時計。それに記された時刻が午後十六時過ぎを指していた。同時に空腹を訴える腹の虫。

 思い出せば今日は朝食しか取っていない。なるほど、これはお腹が空いたとしても当然の結果だ。

 時間的には微妙だが、何か食べようと一先ずメットを脇にどける。後部で髪の毛のようにコードが束になっており結構邪魔臭い。

 更に首の後ろに指を沿え、そこから伸びている“擬似神経子ぎじしんけいし”。通称“ニューロジャック”をそっと引き抜く。

 瞬間、全身に微弱な静電気にも似た独特の痺れと脱力感が襲う。擬似神経子ニューロジャックを抜いた事で発生する幻痛だ。

 既に何千回とも繰り返していることだが、それでもこの擬似神経子ニューロジャック挿入ジャックイン引き抜き(ジャックアウト)は慣れない。

 なんせ嫌な例えだがこの感覚は“癖”になりやすい。それも快楽的な意味でだ。これは別に擬似神経子ニューロジャックのせいという訳ではないが。



 実際の所は首筋にある接続の為の溝。そこに物体が触れる事で発生する現象である。非常に敏感な部分と言うのが理由。

 お陰でハマッたやつらがそこに指を突っ込み損傷。一応は生態部品だからこそ起きる“炎症”や、特有の擬似神経症と呼ばれる病気を引き起こす馬鹿が絶えない。

 現在色々解決策が探られている状態だが、なんせこの技術自体がかなりオーバーテクノロジー染みた部分がある上に、開発から既に十数年経つ癖に未だその体系は先に発展せずに“第一世代ファースト”。

 治療法は簡単に分かったものの、精々発生する感覚を抑制するのが限界で、逆に感覚の増大をさとす技術とのイタチゴッコがいまだ続けられている。

 電脳麻薬サイバードラッグに並ぶ違法技術だが、手を出す奴が多いのだから救いようがない。



「フッ……つつ!」



 長時間ベッドに横になっていた影響か、身体がこってしょうがない。伸びをしたらバキバキと嫌な音が聞こえた。

 一応ちょっとした目的の為に“鍛えて”はいるのだが、この時に感じる肉体の鈍り具合はお世辞にも気持ちの良いものではない。

 先程までプレイしていたとあるゲームのオープンベータ最後の日、そして一大イベントのラグナロク。魔物と人の最後の戦争は実に心が躍った。

 多くの人が倒れいく中、俺達はほぼ最後まで抗い、そして多くの魔物が消え行く途中で無念にもキルアウトしてしまう。その先どうなったかは分からない。

 一応俺達以外にも僅かに残っていたギルドがあったし、案外魔物の掃討が叶ったかもしれないし、そのまま城下町が蹂躙されたのかもしれない。

 考えても詮無い事だろう。どうせ一ヶ月ちょい先、正式稼動するんだ、仲間と再会したら聞けばいい。


「さてと。何か食えるものなんかあっただろうか」


 無駄に広い中世時代を現代風にアレンジしたようなアンティーク調の部屋を出、そのままこれまたそれなりに広い飴色の板張りの床に、毛足の長い絨毯を敷き詰めた廊下を歩きつつ口にする。

 と言うか、この家自体が贅沢な事に木製と合成建築材の混合であり、全体的なつくりがアンティークとなっていた。

 今の時代、自然の木材は高級な建築材であり、少なくとも中流家庭層が手を出せるものじゃない。

 別に俺の部屋だけがそう言う訳ではない。そもそもが自分の趣味と言う事でもなく、“譲られた”家がこれだったと言うのが正解だろう。


「あー。やっぱ何も入ってないな……」


 僅か一センチ程度の厚さのドアを引いた中には飲み物、卵、その他数点の意味の無さそうな材料や、合成食材が鎮座していた。

 科学の進歩によって小型化しつつも最大限スペースを利用出来るようになった冷蔵庫だが、中身が乏しければその有用性も発揮できない。

 仕方なくリビングにあるソファーに座り込み、そのまま横長の五千ピクセル長の大きなテレビの電源を入れる。

 ホログラフ式のテレビもあるが、あれは半透明な事もあってどうも画像が見難い。個人的には液晶が気に入っている。

 後ろに黒の不透明の何かでも置けばいいのだろうが、先入観とでも言えばいいのか、食わず嫌いと言えばいいのか。


『……~市、未明。今月になって十八人目になる電脳処理を受けた者の植物状態が確認されました。これは先月に比べて二名の増加であり、市長はこれに対して――――』


 大きな家だが、住んでいるのは自分一人ともあってBGM代わりにテレビを付ければ丁度ニュースが流れる。

 内容はよくあるものだ。この間なんて“電脳侵攻ブレインハック”されて死亡した者が居たと、ニュースで流れていた筈である。

 電脳処理を受ける時、リスクの発生に関する書面には記入しているのだ、今更騒ぎ立てるのも馬鹿らしい。

 保険も利くが、かなり高額だし、かならずしも治療が成功する訳でもないからメリットと比しても未だ電脳化は危険が伴う。

 それでもその恩恵は魅力的であり、いわゆる“新人類”的な意味合いもあって中流階級以上ではもっぱらステータスとなっている。

 成功率七十パーセント。失敗率二十九パーセント以上。残りが障害発生率。これは電脳化時における成功と失敗の目安だ。

  


「そうは言ってもパーセント的には下手な病気より余程確率は低いが」


 そう口に出すも、それも気休めでしかないと理解している。奇病なんて掛かる率は低いが、電脳化に関しては申請の増加傾向にあるのだから、必然、失敗に合う人も増えていく。

 実際、俺も一度失敗して、再度電脳化処理でようやく今の肉体となった身だから人事ではなかった。


「よし。とりあえずデリバリーで今日はいいか……」


 ニュースが終わる頃合を見計らい、ジーンズに仕舞ってあった小型の長方形の軽金属塊を取り出す。 厚さ一センチ程度、色はつや消しの黒の物体。その右横に付いているコードを引っ張り出す。

 そのまま首の後ろの常は人肌と変わらないスライド式の開閉部分を開き、そのまま溝に擬似神経子ニューロジャックを差し込む。

 一瞬身体を走りぬける痺れ。一応感覚の鈍化処理を施してこれだ、ハマル奴の気持ちも分からないではない。


「この辺で美味い飯なら……そう言えばカラミスとか言う店があったな」


 パスタ系から肉系まで、今時珍しい天然物を使った店を思い出す。その分値段は高く、高級志向の店だが問題はないだろう。


「あそこの接続コードは確か……」


 記憶の海に沈んだアクセスコードを思い出し、そう言えばまだ端末の電源を入れてない事を思い出した。

 指紋認証部分に指を走らせるとその手の平サイズの携帯機器の上部、機器の半分を占める液晶に淡い光が灯る。

 同時に俺の思考に反応し、空中に仮想スクリーンが展開されていく。電脳化処理を施した“第一世代ファースト”には欠かせない必需品。

 俗に“サイバーコネクト”を略し、サイコネと呼ばれている携帯情報機器だ。


「繋がったか」



 思い出したアクセスコードは合っていたらしく、第六感とも言えるファースト特有の、相手の電脳端末に自分の意思が繋がる感覚を感じ取る。

 それに同調し、空中に展開された実態を持たない半透明のホログラフスクリーンが内容を変化させていく。

 僅かコンマ秒でスクリーンにはメニュー表が映された。洋風和風中華。中々に節操のない中味だが、いまや国境の壁は昔に比べ遥かに薄いことを考えればどうと言うこともない。

 これから待っている。いや、待ちに待ったというべき“第二世代セカンド式VRMMORPG”へのアクセスを考えれば、ガッツリと腹を満たしておく方がいいだろう。

 そう考え国内産の和牛を使った贅沢なステーキ定食を思考で操作し選んでいく。最後に清算の確認表示がスクリーンに表れ、それに同意するのと同時に自動でネットからキャッシュが引かれる。



「注文が届くまで十数分てところか」


 微妙な時間だ。代金は支払っている為、恐らくは玄関に備え付けられた差出口に置いといてもらえるだろうが、それでも時間が経てば冷めて味が悪くなってしまう。

 そう呟き繋いだままのニューロジャックを通してスクリーンを操作。表れた時刻は十七時前。食事に三十分掛かるとして、シャワーを浴びても寝るにはちょい早い。

 アルファからベータテスト、そしてオープンテストと参加してきたとあるゲーム。その正式オープン日はまだ先だ。

 リビングから玄関まで直通の廊下に向かう。玄関に向かって右手の扉を一つ開くと見えるのは脱衣場。一般家庭より広い脱衣場だが、残念ながら一人しか使わない為無駄も甚だしい。



「十五分程で済ませたいところだな」



 風呂に掛かる時間を口にし、パパッとシャツにジーンズ。それに下着を脱ぎ散らかし全自動洗濯機に放り込めば、赤外線が重量と物に反応し勝手に起動する。

 それを横目に風呂場のスライド式すりガラスのドアを開き、そのまま中に踏み込む。

 白いタイル張りの床は広く、洗い場だけでも優に十名は入れる広さ。湯船も同等の大きさである。

 まったくもって一人暮らしの俺の身には不必要なのだが、洋式の中、なぜか湯船は天然石の嵌め込みと和製なのが気に入っていた。

 

 すりガラスの扉を閉め、横の液晶画面に触れて操作。すると一瞬の間の後に、岩肌がむき出しとなった湯船に湯が溜まり始める。

 出所を見れば岩肌の一箇所に小さな穴があり、そこから湯が流れ込んでいるのが見えた。温度は四十三度、この速度ならそう時間も掛からず溜まるだろう。

 曇り防止ガラスが一定間隔毎に嵌められ、椅子とシャワーが設置された一つに座り込み温めの湯を出す。

 電脳化され、演算速度の増した脳が正確に時間の経過を知らせてくれる中、出来るだけ急いで俺は身体と頭を洗い、完全に溜まりきる前の湯船に浸かった………





 時は瞬く間に過ぎ去り、遂に待ちに待ったVRMMORPGの正式稼動の日がやってきた。既に開始時刻の十八時に程近く、今からここ最近お気に入りの“カラミス”で頼んだ飯を取りに行くところだ。

 風呂も済ませており既に準備は万端、夜通しだってプレイ出来る。言わば自宅警備員とも言っていい俺は仕事には就いてないし、そもそもその必要もない。

 両親は既に他界しているが、母も父も正直あまり情を覚える人達ではなかった。と、あまり思い出したくもない記憶が一瞬脳裏を過ぎり、俺は慌ててその思考を振り払う。

 ただでさえ今回はステーキ。冷めてしまうと脂が固まって味が数段落ちてしまう。


 金に困ってないせいか、それなりに裕福な食事が取れる。逆に言えば下手な味では不快に思ってしまうのだから、なんとも微妙な話だ。

 合成品の素材を使った食事も悪くはない。悪くはないのだが、やはり天然物の方が美味しく思うのは固定観念なのか事実なのか。

 パッパッと着替え、そのまま扉から廊下に出る。足首を包む柔らかな絨毯の感触が心地良い。そのまま数人は一度に靴を履ける玄関に出、革靴を履く。

 見た目真鍮製の両開き式のレリーフの美しい扉。実際は表面だけで、内部は少し前の最新セキュリティー搭載の代物だ。

 それをグッと押し開けば内部でカチャリと音が鳴り、そのまま自動で扉が一人でに押し開かれる。



「珍しく今日は曇りか……」


 気象に関してある程度の干渉が出来る現代。曇りと呼べる程の雨雲などが空を覆うのは珍しい。

 更に言えば夕日が随分と大きいようだ。茜色に染まった空と雲が、なんとも言えない雰囲気を作り出している。

 この辺りは言わば高級住宅街で。雑多なビルより一軒家が多い。お陰で夕日も見やすく、それに染まる景観がよく分かる。

 昔から変わらない美しきモノの一つ。百年経とうが、千年経とうがあり続けるモノ。不変とすら思えるベージュの海は、酷く俺の心を刺激する。


「っと。こんな事している暇はなかったな」

 

 中々にお目に掛かれない光景にどうやら放心してしまっていたらしい。

 少なくとも間が悪ければ月単位でしか拝めない程度には、今の茜色に染まった世界は珍しい。

 サイコネに示された時間が気づけば既に数分過ぎていた。


「柄にもなかったかね、感傷に浸るなんて」


 自分自身をそう皮肉り、今時滅多にはないが封筒などを入れる差込口。その下にある囚人などに差し入れをする時にも使う、引き出しにも似た大きな差し入れ口に乗せられた食器やトレイを取り出す。

 保温に優れた食器を使っており、なかなか冷める事もなく、料理が面倒な時にこのカラミスはここ最近重宝していた。

 なんせこれからは時間こがすべて。昔からVRMMORPG――ヴァーチャルリアリティマッシブリーマルチロールプレイングゲーム――などのオンラインゲームはスタートダッシュ。ようは最初に稼いだプレイ時間がモノを言うと、そう相場が決まっている。

 無論それは絶対ではないし、何事にも例外はつき物だが、それでもプレイ時間が多いほど有利なのは当然の理だ。

 そんな中、自炊は貴重な時間を奪いかねない。予約注文なら時間の都合も出来てそんな心配もないだろうし、ここならある程度の時間は料理が冷める心配もないときた。



「小さいことだが、懸案が一つ消えたな」


 そのままリビングまで戻り、飴色のオーク調の机にトレイを乗せる。

 セット式の椅子に座り込む前に、冷蔵庫からコーカ・コーラを取り出し、リビングと一体化しているキッチンからグラスを取りなみなみと注ぐ。

 かなり昔からある飲み物で、今でも根強い人気を誇る商品だ。かく言う俺も愛飲しているわけだが……


「さってと。手早く食べて、何時でもログイン出来るようにしておかないと……」



 なんせアルファー時代から楽しみにして待っていた、三年も待たされたゲームだ。これでログインに遅れたなんて事、ヴァーチャル式ゲーマーを自称する自分としては許せる筈もない。

 逸早く、それこそ一番乗りを目指す気でログインし、そのままスタートダッシュ――正式稼動時に即座に先にゲームを進め、他者より有利な立場に立つ行為――を決めるつもりだ。

 たかがゲームと侮る奴はそう思っていればいい。今回参加する“Outer World Online”は今までのVRMMORPG。つまりは仮想世界体験式ゲームと一線を画す機能を実装している。

 なにせこのゲームの製作会社には電脳化技術を生み出した研究者、“マキナ教授”が居る。そして今回のアウターワールドオンラインにはそのマキナ教授の最新技術が導入されると言うじゃないか。



 ベーターでもある自分がどうしてそんな疑問系なのか。それはその最新技術の目玉、“自己進化ロジック”がアルファーからオープンベータまでの間に適用されていなかったからだ。

 それでも他のゲームより一歩も二歩も素晴らしいものだったが、これが導入されればまさに世界が変わる。

 今はまだ途中の完全なる電脳世界サイバーワールド構築。その強力な推進剤ともなりえる。

 自己進化ロジック。詳しい事は俺もわからない。なんせその手の専門知識は人より少々齧っている程度だからだ。

 それでも親戚から聞き出した情報から、それが電脳、仮想世界を構築するのに欠かせないAIを根本からぶち壊す代物だってのは理解出来た。

 なにせAIにこれを適用することで、AIは無限の進化を歩むと言うとんでもないものらしい。既にアウターワールドオンラインを統括するAIには三年前よりコレが適用され、噂によれば意思にも近いものを有するレベルにまで進化していると言う。 

 

  

 これが完全に一般企業にまで広まればVRS――ヴァーチャルシステム――技術との融合で、あっと言う間に電脳世界は完成されるだろう。

 親戚からの情報が本当ならば、軍事利用が確定されているらしいから近い将来。“電脳戦争”こそが戦争の要になる日が来るのかもしれない。

 とにかく。この自己進化ロジックが正式では適用されている。それは今までどんなに高性能なAIでも感じた違和感などが減り、更に人間味を増す事を意味していよう。


 それに伴い出現する生物――魔物含め――全てのリアル性の向上。これはネットでも期待されていることだ。俺もその完成度に期待している一人に他ならない。

 更に言えばAIの進化による圧倒的演算は、爆発的な速度でゲーム内を拡張していく効果すら齎す。大規模アップデート以外の小型アップデートは告知無しで、統括AIが自動で随時行うらしいのだから凄まじい。

 人がゲームを作るのではなく。電脳の申し子たるAIがゲームを作り出す。それこそが“Outer(アウター) World(ワールド) Online(オンライン)”に他ならない。



「考え事をしていたせいか、何時の間にかこんな時間か」


 ゲームに関係することを思い出していたら、既に食事が終わっていたようだ。手元で無意識に動かしていたらしい箸の先、食器には一欠けらの肉すら残っていない。

 味を感じる事もお陰でなかったがまあいいかと、サイコネに視線を向ければ時刻は残り十分程で十八時になることを示している。

 

「ふっ……くぅっ!」


 トレイや食器をキッチンの流しにある自動洗い機に置きボタンを押す。そのままグッと伸びをすれば身体からポキポキと小気味のよい音が鳴る。

 部屋を出る時にもやったと言うのに、今度も中々に盛大だ。その内マッサージ専門店にでも顔を出した方がいいだろうか?

 長時間身動きを拘束される電脳へのアクセスは、気を付けないと容易に筋肉の弱体化を招いてしまう。


「よしっ、行くかッ!」



 気合一声。待ちに待った瞬間を前に己を鼓舞し、そのまま自室に引き上げる。古びた木製にも思える両開き式の扉。

 見た目に反し、合成建築材で出来たそれはセキリュティー性及び、強度に優れ、生半可な衝撃では壊す事が出来ない。

 勝手に特殊なセンサーが生体情報を読み込みロックが解除される音が響く。そのまま扉を押し開き、自分の部屋ながら、懐古主義な洋式の古めかしい部屋に苦笑が漏れる。

 置かれている家具は全てアンティーク調。変えてもいいのだが、どれも一級品の調度だから処分するのは少々戸惑ってしまう。

 このご時世、暖炉なんてある部屋、この辺りでは俺の家くらいかもしれない。ベッドなどは生意気に天蓋付きと来た。

 この部屋の調度全てで中流家庭層の一般的な一軒家が買い取れる。金と言うのはある所には有る、そう言うものだ。



「さってと。今回の“ロールプレイ”はどうなるやら――」



 ロールプレイングゲーム。そう、“ロールプレイ”。名前の通り、演じる行為。俺は仮想世界体験式に限らず、オンライン式のゲームでは常にロールプレイを意識してきた。

 幸い奇特な才能もあいまって、自己暗示に近いレベルでソレが可能な俺にとって、今では必要不可欠な要素と言えよう。

 ベッドの横にある簡素ながら純木製の机に置いてあるボックス。そこに手を突っ込み、中に入っている紙切れを一枚素早く取り出すと、中に書かれた内容に目を通す。



「基本冷静かつ、戦隊的ノリで熱いキャラ……?」



 思わず目が点となったことを許して欲しい。まさかこんな内容が出てくるとは思っていなかった。

 確かに直ぐにネタが尽きないよう、色々入れた記憶があるが、こんなものまで昔の自分は入れていたのか。

 クールで熱いと言う時点で、なんだか微妙に矛盾している気がしないでもない。そればかりか、戦隊的ノリときた。

 あれか、○○レンジャー参上ッ! とか、そんな事だろうか?

 正直頬が引きつる思いだが、数年続けてきたマイルール。こんなことで破ろうとは思わない。イマイチ内容が把握し難い為、少々自己アレンジを加えるが構わないだろう。

 冷静に考えてみれば悪くない。熱血系が嫌いな訳ではないし、たまには熱い台詞でロールプレイするのも面白い。



「それじゃあログインするとしよう」


 時刻は十八時前。昔のようにゲーム機を買うのではなく、“アクセス権”と呼ばれる十二桁のコードの書かれたデータを買う事で、ゲームへとアクセスする事が出来る。

 待ちに待った第二世代とも呼べるゲーム。アウターワールドオンライン。それを前に高鳴る心臓の音。

 ごくりと生唾を飲み込む音が響く。隠せない緊張。じわりと手の平に滲む汗。それでも震える手で演算補助を目的とし、生命活動の状態をリアルで読み込む“フルフェイス型メット”。正式名称サイバーフェイスに俺は手を伸ばした……





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