第十五話 双子来襲 その二
「あっ! 兄様兄様、これ兄様に似合うと思うけど、どう?」
そう言ってリーリカの姉、エールカが二十一世紀より以前で使われていた軍帽をどこからか持ち出してきた。記憶が正しければ、第二次世界大戦時、ドイツが使用していた規格のにやや似ている。
黒に近い深緑に金糸の装飾。それをキラキラとした瞳でエールカが差し出してくる。
「早く着けて見てよ兄様!」
テンションも高く興奮した様子で捲くし立てられる。どうしたものかと困っている俺を尻目に、懸命にその帽子を俺に被せようとするも、その身長は残念ながら百四十に届くか届かないかの瀬戸際だ。
四十センチ以上も差がある為に、どうしても自力では頭にまで腕は届かない。俺の周りをグルグル回りながら、腕を伸ばす度に。その薄いブロンドの髪、右上で縛られた尻尾もとい、サイドテールがひょこひょこと可愛らしく踊る。
「はぁ……ほれ、貸してみろ」
このままじゃこの小さな親戚の少女が転んで怪我をしかねない。しょうがなくその手から帽子を取り上げ頭に被る。
サイズは少しだけ大きいようだが、特に問題もなく頭部に収まった。そのまま視線を前に向ければ男性にしてはやけに長い長髪――後ろ髪は背中にまで達している――は常ならば縛るのだが、今は流され、前髪も全て後ろに流されている、言わばオールバックの状態で軍帽を被った長身痩躯の男が鏡に映っていた。
「わぁー……似合うかなって思ったけど、兄様、予想以上に似合ってるわ!」
「ええ、本当にお似合いですよお客様」
カウンターに居た女性店員が、にこやかにエールカの言葉に賛同する。
確かに目の前に映る男性は、その彫りの深い顔立ちながら、どこか東洋をも感じさせる切れ長の瞳。更にバランスよく配置された高めの鼻や、瞳に薄い唇、細めの眉。
色白ながら女々しさを感じさせない雰囲気に理知的ながら、どこか鋭さを合わせた容貌。これがあの父親から譲り受けた容姿でなければ、素直に自画自賛でもしたかもしれない。
「そう言えば、さっきからリカの姿が見えないが、どこに行ったんだ?」
「リカなら……あっ、いたいた。リーカー! 兄様が呼んでるわよ!!」
いくらここが広い店内で、周りは“衣装”ばかりとは言え、まさか大声を張り上げるとは思わなかった。すわ、店員に怒られやしないかと思うものの、傍に居る女性店員は微笑ましそうに見守るだけだ。
まぁ、確かにリーリカもエールカも容姿は見事な金髪美少女と言えるし、年齢も十三とまだまだ子供と言っても過言ではない。これぐらいの事なら、思わず見逃してしまいたくなるのは俺としてもよく分かる。
エールカが手を振っている先に目をやれば、なにやら衣服を抱え込んだリーリカがこちらに笑顔で走ってくるのが見えた。明らかに己の身長より大きな衣服のせいか、何度か転びそうになるが無事俺達の元まで辿り着く。
「あ、あの兄様。その、これ、似合うと思うんです。着てみませんか?」
姉と違い、左上でサイドテールにした女の子。エールカと瓜二つな容姿ながら、姉よりややおどおどした様子で、それでも期待に満ちた顔をして持っている衣服をそっと差し出す。
「あっ、それってもしかして私が兄様に渡した帽子とセットのじゃない?」
「えっ? 本当だ……お姉ちゃんのとセットだったんだ」
「流石リカだわ。好みが似てるのは伊達じゃないのね」
そう言うと二人の期待の視線が俺に突き刺さる。まぁ、元よりいきなり我が家に来襲してきて、すわ何事かと思えばなんのことはない。
俺がすっかり彼女達との約束を忘れていただけだった。結局今日一日、と言っても日が暮れるまでだが、二人に付き合うこととなってしまった。
日が暮れるまでとは言え、今は既に六月。真夏に突入する入り口であり、日が沈む時間も遅い。気温もここ最近は三十度近くを記録しているし、外からここまで歩いて来たものだから、その猛威を身をもって体験したものだ。
北極南極の温暖化防止の代わりに、それ以外での進行は二十一世紀から進み続け、遂には一ヶ月程季節はズレてしまってから既に百年以上である。
砂漠化こそ、強力な緑化計画でむしろ緑を取り戻すくらいだが、生態系に対するダメージは避けようもなく、絶滅した種は数え切れない。海洋汚染も今では浄化技術が進み昔を取り戻す綺麗さだが、過程で幾種もの魚類が姿を消した。
石油や石炭は既に枯渇してからこれまた百年以上経過しており、昔は危険だなんだと言われ、一時は縮小された原子炉などが、今のエネルギーを賄っているのは皮肉としかいいようがない。
その原子炉も今じゃ第七世代に到達し、事実上の完成系であり、安全性は核でも打たなきゃ揺るがないとされている。そんな完成したとさえ言える代七世代も、今じゃ数を減らし、稼動しているのは全国でも両手の指で数えられるだろう。
と言うのも、主流は原子炉から既に核融合炉に転換している為だ。暴走の危険性がない核融合炉は瞬く間に広がっていったが、それも既に百年近い昔の話である。核融合炉も既に第三世代に以降し終わり、その効率も昔に比べたら比較しようもない程と聞く。
宇宙開発も次々と企画が進み、月は旅行の定番。火星すらも今じゃテラフォーミング及び、居住区の建築中と。まさしく宇宙開発時代の先駆けが俺達の時代と言えた。
火星では新たな軽金属重金属が発見され、月でもその内部から新種の鉱石が発見され生活に溶け込んでいる。昔から見れば、さぞ今の時代は明るい未来に照らされた希望の世界に映るに違いない。
俺からすれば、仮想世界、電脳世界と逃避世界が増えたせいで、どいつもこいつも裏で何をしているか分からない表と裏の乖離が激しい、濁りきったヘドロのように汚い世界に見えてしかたがないけどな。
「……さま……兄様!!」
「んっ? あっ、ああ。悪い。少し考え事に没頭していたようだ」
いけないけないと頭を軽く振る。何が切っ掛けになるかは不明だが、どうも時折思考の大海原に飛び立ってしまうのは悪い癖だろう。
俺の言葉に「そうですか」と、はにかむような笑みをリーリカは見せてくれる。姉は少し喧しいと言うか、快活な印象が強いが、妹であるリーリカは陰陽の陰のように一歩引いた大人しめの娘だ。
「で、兄様。もちろん着てくるわよね?」
にやりと意地悪げな笑みを浮かべエールカがずいっと顔を突き出して聞いてくる。容姿が整ってるためにそんな表情も可愛らしい。
身長差もあいまって自然と上目遣いになり、ロリコンの気はないと思う俺でもそんな自己を疑いたくなる気持ちに駆られる。
妹と違い、エールカはその辺り分かってやっている節があるから始末におけない。尤も、そんなことされずとも、今日は無条件で可能な限り無茶を聞いてやる約束だ。
「約束を忘れてた俺が悪いんだしな。ほれ、それを貸してみろ。流石にこの場で着替える訳にもいかないからな」
リーリカの手に持っていた制服状の軍服を受け取り、そのまま鏡の横に設置された試着室に入り込む。なぜかこの試着室は扉式と、カーテンで仕切っている二種類が多い。
曰く、カーテンタイプは昔からの様式美とのことらしいが、無論探知機などが設置されており盗撮防止は基本である。因みに入ったのはその伝統もあらたかなカーテン式だ。
あんまり待たせるのも悪いかと、手早く着ているスーツを脱ぐ。本当はジーンズなどで済ませたかったのだが、双子がどうしてもいうのでこうなってしまった。
嬉しそうに「デート」なんてエールカは口にしていたが、周囲から見ればどう繕っても、精々が近所の姉妹をお守りする成年とされる少女達と言ったところだろう。
「……でも、だよ」
「見たい……だって」
何やらひそひそと話し声が聞こえてきたので、思わず着替えの手を止めて耳をすませてみる。
「兄様の裸見たくないの!?」
「だ、駄目、駄目だってお姉ちゃん! 兄様に怒られちゃうよ!」
「大丈夫だって! 私とリカが上目遣いで謝れば男なんてみんなイチコロだわ。兄様だってきっと例外じゃないわよ!」
「そんな恥ずかしいこと出来ないよっ!」
思わず溜息がこぼれる。何を話してるかと思えば、覗きとは……年頃なのは分かるが、何も俺でなくていいだろうに。せめて同年代か一個二個上の男性にしておけと言いたい。
そんな俺の思いを放り捨てヒートアップしていく二人。最早耳をそばだてる必要もないので、手早く着込んでいく。
幸い基本は制服の類と変わらないのが救いで、なんとか着込むことが出来た。サイズは少しばかり小さいようだがギリギリといったところか。
軍帽と同じ深緑を基調に、階級を示す部位は金糸で縫われ、他の装飾も同様だ。使っている生地も厚く丈夫なものらしく、普通の衣服に比べれば格段に重い。
最後に帽子を被り直す。靴は残念ながら革靴だ、ここまでくれば軍靴の一つでも用意しておけばよかったかもしれない。
なんて。後の祭りなことを考えている間にも着替えは終了。さて、聞いている方が恥ずかしくなる内容を口にしている二人を止めるとしよう。
「はい、そこまでだリカ、エル」
「あ痛っ!?」
「っっ!?」
カーテンを開け放ち様、目の前に居た二人の頭に拳骨を落とす。加減したつもりだがそれなりに痛かったのか、涙目で恨めしそうに見上げてくるが無視。
「何を覗く覗かないなんて口にしてるんだ。ここは一般客も居るんだぞ? 前途有望な未来の淑女がそんなんでどうする」
「あっ…そうだったわ……」
「わ、忘れてました」
今更自分達の口にしていた事の恥ずかしさを理解したのか、二人の顔が熟れたリンゴのように赤くなっていく。
まったく。恥ずかしがるくらいなら最初から口にするなと言いたいくらいだ。姉はともかく、熱くなると周りが見えなくなるところまで、リ-リカも似なくていいだろうに。
「あ。兄様着てくれたんですね。とても似合ってます」
最初に再起動を果たしたリーリカことリカが、心からと言った気持ちの篭った声音で口にする。
「本当だわ。やっぱり私達の見立てに間違いなかったのね」
続いて復活したエールカも手を叩いて嬉しそうに続く。最近少々悪戯がすぎる感じもある二人、とくにエールカだが。見た目は精巧な西洋人形にも劣らぬ容姿だ。
そんな二人に似合うと言われれば流石に嬉しくもなる。それが社交辞令ではないと分かるだけに尚更だろう。
確かに客観的に鏡の前に立ち見れ見れば、長身に細身ながらしっかりとした筋肉。理知的な容姿もあいまってエリートの上官と言った風情だろうか。
戦線で戦うより、後方で指示を出す立場が似合いそうな雰囲気に見える。口々に感想を言い合う二人だが、何やら雲行きが怪しくなっていく。
「今度は何がいいと思う、リカ」
「えっと……貴族服とか、ちょっと見てみたいかも」
「あー、それいいわね。それなら私達もプリンセスドレスとか着てみない?」
「私も着るの? は、恥ずかしいよ」
「何言ってるのよ。社交界に出る時、何時も似たようなものじゃない」
「で、でも……」
何やらこちらをチラチラ見てくるリカ。話の内容から察するに、俺が居るから余計に恥ずかしいのかもしれない。一応俺は気にしないとか、きっと似合うだろうとか、辺り触りない言葉を口にしつつ周囲を改めて見回す。
見える衣装はどれも言わばコスプレと言われるようなものばかり。そう、ここはその手の衣服を扱う専門店の中でも特に大きな店だ。
何をどう間違えたのか、双子はコスプレに数年程前から嵌ってしまい、更に言えばアニメなどにも詳しくなっていった。昔風に言えばオタクと言う奴だろうか、それも二次元と言うタイプ。
今じゃアニメや二次元は立派な文化だし、既にオタクと言う言葉は蔑称を含まないが……そもそもの切っ掛けは仮想世界にある。
アレのせいで所謂厨二病とか言うのが叶い、それに合わせその患者が増大。同時にアニメオタクなども急増。以下紆余曲折あり、と言う感じである。
厨二病も既に蔑称を含んでおらず、今じゃ一種のステータスだ。VRゲームなどではそれを発症していた方が、何かと心強い場合が多いからである。
「じゃあ兄様。今度はこれをお願いするわね」
ふと思考の海原から戻れば、エールカがこれまた重たげな衣服を渡してくる。先程話していた貴族服だろう。それを溜息を吐きながらも受け取る。
どうやらもう暫くは彼女達の着せ替え人形を勤めないといけないようだ。今日はアウターワールドへのログインは、どうも遅くなりそうだと、今日何度目かも分からない溜息を俺は零した――――
後書き
ここ一週間近く、登場キャラの案や下書きなど描いてました(汗
数ヶ月前から絵も描くようになりまして、七面八苦しながら上達せんと足掻いてます。
昨日、内一枚が出来上がりました。と、言いつつ諸事情で主人公や登場済みキャラ外ではありますが。
後、次回からまたゲームに戻ります。それでは、感想や評価、お気に入りなどお待ちしております。
と言うか、実はまさかこの作品が評価千超えるとは予想外でした……
http://1596.mitemin.net/i27153/ →リーティア紹介用
http://1596.mitemin.net/i27154/ →背景有りver
ある程度キャラ画が増えたらキャラ紹介でも作って、そっちに全部載せようと思ってます。
ただ、マウス描きなので、一枚一枚時間掛かるので、いつになるやら。