第十四話 双子来襲 その一
「ほぉ。まさかこんなに持ってくるなんてな。一応これなら十四回分の報酬と引き換えられるが、どうする?」
「頼む」
「分かった。少し待っててくれ」
そう言って依頼斡旋組織の受付の一人。中年の男性がカウンターの奥へと消えていく。周囲を見渡すと俺以外にも数名、プレイヤーだと思わしき者達が居る。と言っても思う、で、確実じゃない。会話をしてもその返答が自然過ぎて見た目じゃ判断が難しいのだが、なんとなく雰囲気に差異を感じる。
リアルで言えばそろそろ零時をとうに過ぎ、一時か二時頃の筈。こんな時間までプレイしてる輩は。この先の廃人候補と言っていい。
俺はもう廃人確定コースだ。因みにテレサとフェアリーは街の入り口でログアウトしてる。フレンドカードの交換も済ませてある為、次にログインする時は居場所なども分かるだろう。
テスト時にはそう深い仲ではなかったが、今回は長い付き合いになりそうだ。
「待たせたな。これが依頼“魔法素材の収集その一”、その十四回分の報酬だ」
〔クエストを達成しました。該当クエストを確認して下さい〕
男の声と同時、クエスト達成のアナウンスが脳内に響く。声音は妙に人間臭いのに、システム面を理解しているのか、言葉だけで何も渡して来ないのが少し怖いと、そう思ってしまうのは俺だけだろうか。
黙って頷き、そのまま近くの来客席に座り込むと、メニューから即座に該当クエストを選ぶ。と言っても先程ボスのドロップが対象のクエは報告した為、後は今報告したクエストが俺の受けている全てだ。
因みにボスクエの報酬はスキルポイント上昇薬。今はまだしも、後半以降確実に差が出る重要アイテムである。
〔クエスト:魔法素材の収集その一 ランク6〕
内容:世界でも幅広く扱われている魔法素材の一つ、スライムソルジャーの粘液が在庫不足だ。五つの瓶をこちらから提供すらから、中に詰めて持ってきて欲しい。
無論、報酬は相応に用意させてもらうつもりだ。もしこのクエストを受けてくれるなら、君の名はギルドで広まることだろう。
クリア条件:スライムソルジャーの粘液5/5
報酬:経験値1550 金5S 依頼斡旋所名声30
となっている。これを計十四回完了させる。レベル九から十になるのに必要な経験値はざっと五千、十一になるのに必要な分はざっと七千五百、十分にお釣りがくるだろう。
所持金にしても一気に七十シルバー、つまり、一G二十S。日本円で言えば七万円弱と言ったところか。ギルドの名声だけなら、下手したら現状トップかもしれない。
どうでもいいかもしれないが、ランクは受けられるレベルを示している。なんてことを無事レベルが十一になったのを確認し、俺はメニューからログアウトボタンを押す。
このまま一日中プレイするのも構わないのだが、あまりテレサ達とレベルを引き離すのは得策ではないだろう。
毎回PTを組む事になるとは思わないが、それでもこうして気にしておくのは円滑な関係を築く上で重要だ。
今は恐らくほぼトップのレベルも、明日には抜かれているだろうことを思い、思わず可笑しな笑みが零れたまま、俺の意識は徐々に薄れていった……
――ピーンポーン、ピピピ、ピーンポーン。
『お客様がインターホンを押しています。現在、時刻午前八時四十六分、土曜日です。設定によりアナウンスを流します』
疲れていたのか、夢さえ見ない深い眠りの先。なにやら聞き覚えのある音が微かに聞こえてくる。
『再生します。「この時間帯で反応がないなら恐らく寝ている。後日出直すか、インターホン付属のメッセージ機能を使う――か。不本意ではあるが、もう一つの急用ボタンを押してくれ」以上です』
「あれ? まだ寝てる?」
「え? でも私達が来るのって、前に伝えてたよね?」
「うーん……少なくとも私は知らないよ? お姉ちゃんが伝え忘れた、とか……」
「はは、そんな事ない――と、思う……な、なによぉ! そんな目で見ないでよ!」
「だ、だって! 折角兄様に会いにこれたのに、このままじゃ会えないんだもん!」
「大丈夫だって! じゃじゃーん!! これなーんだ」
「もしかして。合鍵?」
「ふふーん。その通り!」
「でもそれって、急用以外に使うなって……」
「リカは兄様に会いたくないのかなぁー?」
「そ、それは……」
「会いたくないならいいんだよ? 別に、このまま帰っても。あーでも、きっと帰ったらまた五月蝿い事言われて、習い事いっぱい待ってるんだろうなぁ」
「うっ」
「でも、しょうがないわよね。兄様に迷惑掛けれないもの、それじゃ帰り――」
「お姉ちゃん待って!」
「んっ、何かな?」
「あ、会いたい。会いたいから、鍵、使ってもいいと思う……それくらいじゃ、兄様怒らないと思うし」
まどろむ意識の彼方。インターフォンに付属されている音声出力機が声を拾い、眠り中の自分に届けてくれる。
どうやら誰かが来たらしいことは理解したが、そもそもログアウト後に寝たのは午前の三時過ぎ。基本的な睡眠時間八時間以上を科している身としては、感覚から未だその時間に程遠いと分かる。
水鳥の羽毛に科学技術の粋を集めて作られたベットに掛け布団。その魅惑の魔力は睡眠と言う、ただでさえ抗いがたい魅力を極限にまで高めてしまう。
まぁ、なんだ。つまり何が言いたいのかと言うと、俺はまだ寝ていたいのだ。わざわざ訪ねて来た客人には悪いが、後日出直してもらうとしよう。
では、今度は楽しき夢の果てにでも…………
「えいっ!」
とお姉ちゃんが磁気カードを差し込むと、ガチャリと音が鳴りロックが外れる。
「あれ? 開かない」
ガチャガチャとドアを引っ張るけど開くことはなく、私とお姉ちゃんは首を傾げてしまう。今までは大抵兄様が起きていたし、そうじゃない日もあらかじめロックを解除しててくれたから、思わず戸惑ってしまう。
『指紋認証及び、網膜スキャンを行って下さい』
「だって、お姉ちゃん」
「もぉー! 兄様、前に鍵だけだって言ってたのに!」
頬を膨らませてお怒りなお姉ちゃんだけど、本当は全然、ちっとも怒ってないのを知っている。私だって同じだし、何より私とお姉ちゃんは双子なんだもの。
昔から双子は特別な絆で気持ちが双方分かるって言うけど、私達もなんとなく大雑把な感情を理解しあえる。だから本当は怒ってなくて、嬉しい気持ちが一番強いんだってのは分かってるんだから。
「えっと。これでいいのかな?」
お姉ちゃんが一人芝居を披露している間に、インターフォン下部のガラス状の部分に一指し指をすっと走らせる。
『指紋認証――完了しました。網膜スキャン開始……認証。生体情報を取得、カメラより画像情報取得。二名共情報登録されていることを確認しました。ロックを解除します。ようこそ鬼無里邸へ、歓迎致します』
柔らかな女性の合成音声と共に、再度ガチャリと音が響く。それを聞き届けると、思わず私の頬は緩んでしまう。隣を見ればお姉ちゃんも似た表情だった。
「開いたみたいだよ、お姉ちゃん」
「じゃあ兄様を起こしに行きましょう。まだ寝ているみたいだしね」
私達との約束を忘れていたのはちょっと残念だけど。寝顔が見れるかもしれないと思えば、悪くないと私は思う。
お姉ちゃんも同じ気持ちなのか、その顔には悪戯っ子のような笑みが浮かんでいる。思わず私達の声が弾んでしまうのも許して欲しい。
お、怒らないよね兄様? うん大丈夫、多分。兄様はそんなことじゃ怒らない。きっと……
後書き
企画絵の参加や、当作品に出てくるキャラのキャラ絵の下書き用意したりと時間がなく、更新が遅れました。
一段落ついたので、更新開始します。
ついで、ずっと凍結していた人類は速やかに消滅しましたと言う小説も、一時間後くらいに更新予定。
今回日常編はサラッと終了し、すぐにゲームに戻ります。