第十三話 初めてのボス戦
「あら? シャノンさん、あれってもしかしてフィールドボスじゃないでしょうか?」
合流場所で休憩しつつ、ドロップを確認しながら槍を渡して十数分。そろそろ狩りに戻ろうかと言う頃、テレサが薄い靄に包まれた湿地帯の一角を指差した。
俺も視線を向ければ、スライムソルジャーを倍にしたような体躯のシルエットが見える。テストでも見かけた事もあるし、間違いないだろう。
「本当です。今まで見なかったけど、ポップしてなかったんですかね先輩」
確かに今までずっとこの場で狩りをしていたのに、一向にフィールドボスが湧かなかった。
フィールドボスってのはその名のとおり、一定の広さ毎のフィールドで出現するボスモンスターだ。別個にレイドモンスター呼ばれるボスも居るが、基本はフィールドボスの方が格下扱いになる。
レイドモンスターは単一種、ようはその一体だけしか存在しない事がほとんどだが、フィールドボスは大抵そのエリアに出現するモンスター、その中のどれかが肥大化した姿だ。
「無視してもいいんだが、確かあのボスが落とすドロップってサブクエの対象だった筈だし、狩るか?」
PT全員にドロップ確定のクエストアイテム。サブクエの名前は忘れたが、報酬は経験値と金だ。湧く時間がランダムのフィールドボスが対象なだけあり、経験値も金も通常の報酬より破格である。
「けちょんけちょんにしてやるですよ。なんたって、先輩からもらった槍もあるんです! 肩慣らしには丁度いい相手かな」
そう言うやいなや、準備体操を始めるフェアリー。なんだかじっとしている事が少ない。身体を動かすのが好きなのかもしれない。
「テレサはどうだ?」
「私も特に問題ありません。折角の機会ですし、逃すことはないでしょう」
「そっか、じゃあ決定だな。雑魚とは違って仮にもボスだ、能力値もスライムソルジャーより高い。それにボスは総じてタフだからな、油断せず行こう。基本は俺がダメージを加えつつタゲを維持、俺のダメを上回らない程度に二人は攻撃してくれ」
一次職になるまではヘイト増加系のスキルは覚えれない。だからこその俺の発言だが、かなり難しい。ウィンドウを見れば履歴としてダメージが数字化されるが、激しい戦闘の場合、それを見る余裕はあまりないだろう。
幸いフィールドボスは雑魚召還などの厄介な特殊スキルを持たないから、俺さえしっかりすれば二人はのんびりウィンドウを確認する事も出来る筈だ。
まぁ、問題があるとすれば……
「でも先輩。それじゃあ先輩に負担かかりませんか? 手持ちのPOTだって殆ど課金ですよね」
「フェアリーさんの言うとおりです。流石にそれは気が引けるのですけれども」
フェアリーの常ならばテンションの高い声音が今はなんだか沈んでいる。テレサもそのややおっとりした声音を変え、申し訳無いと言う想いが篭ってる。
そう。今の俺のレベルは八、二人は九。ボスの適正はそのエリアの平均レベル+五辺りだから、ここなら約十。装備も貧弱だし、いくら防御メインのステータス振りをしている俺でも、相手の一撃はそれなりにヒットポイントを削ってくれるだろう。
それでも問題はない。回復職が居ない場合のPOT負担は盾役なら当たり前。バッファーが居ないときのブースト系アイテムを用意しておくのも、優秀な盾なら基本だ。
二人が引け目を感じる必要はない。それを承知で俺は盾役を目指すのだから。
「と言っても、恐らく二人じゃ一撃もらっただけでもかなり不味いだろう。下手すれば即死の危険性もある。それに盾役が雑貨で金を食うのは優秀な盾の証だからな、何も気にする必要はないさ」
二人共テストでは良い盾とはめぐり合えなかったのかもしれない。俺もテストではそこまでPOTを消費しなかった。回復職もバッファーも居たし、そもそも課金はまだ導入されていなかったからな。
あんまりMMO経験が豊富とも見えないし、折角フレンドデータがリセットされた中でも再び再開したんだ、出来るだけ盾の偉大さを刻み込んでやるとしよう。
俺が最終的に目指すのはPTを組んだプレイヤー達に、「盾で組むなら~~~だよね」と、陰で囁かれることだ。それは盾役にとっては非常に名誉なことである。
下らないことかもしれない。現実にはなんの役に立たない名誉だろう。だがいまや仮想は現実を侵食する時代、近い将来仮想の栄誉は現実にすら影響を及ぼすに違いない。
「よし。行くか――――」
二人共頷く。俺たちは正式稼動から初の、ボス退治に向かった……
薄まったシルエットに向かって先頭を走る。後ろからフェアリー、その後ろにテレサ。ぬかるむ足場にバランスを崩さないよう重心を出来るだけ崩さない。
リアルでは難しいことも、肉体運用のスキルがそれを容易にしてくれる。
「見えた。先制する!」
靄が役に立たない距離まで詰め、抑えていた速度をトップにまで引き上げる。そのニメートル程もあるヘドロ色の肉体に接近。強撃を発動し腰を捻りクルリと身体を回転、そのまま漫画もかくやと言う回し蹴りをその肉体に叩き込む。
着地の瞬間、慣性に引かれるように肉体が水を含んで滑りのよい地を、まるで引きずられるように移動する。それを前傾姿勢で堪え、こちらに気づいた“スライムソルジャーロード”が一本と言わず、複数の触手を俺に向かって振り回してきた!
「チィッ! 小賢しい真似を!!」
こちらに向かって胴薙ぎに振るわれた触手を右腕でガード。強い痺れと共にヒットポイントが削られる。さらに続く袈裟懸けの一撃を拳で相殺。ほぼタイムラグ無しで振るわれた唐竹割の一撃、拳を急いで引き戻し、速撃を用いて無理やり弾く。
速撃による前へ引く力、相殺した際の反発の力が均衡し上手くその場に踏み止まれた。
「脇ががら空きです!!」
脇なんてあるのか? と言う疑問は置いておく。回り込むように近づいたフェアリーの横薙ぎが胴体に命中。更に逆から近づいたテレサが手に持った短剣を振るう。
「不味い!!」
筋力値の差でスキル使用した一撃と、フェアリーのただの攻撃が同程度のヘイトを生んでしまったらしく、ボスの肉体がフェアリーに向く。
「そんな一撃喰らわないよッ!」
振るわれる脅威の三連撃をバックステップで距離を保ちつつ、素人とは思えない槍捌きで次々触手を叩き落していく。
槍の才能に関する成長スキルでも保有しているのかもしれない。そんな考えを即座にリセット、今はその時間を有効に活用する!
「相手は悪いが俺に固定してもらうぞッ!」
触手が威力を発揮しにくい懐に潜り込み、ローキックや膝蹴り、更にはジャブや円を描くように拳を振るい、そのデカイ的を滅多打ちにする。
振るう、振るう。今俺は全身凶器となり、白熱した思考に従い凶器《肉体》を振るう!
「おおおぉぉおおぉおおッ!!」
拳の利点はその身軽さから来る手数! クールタイムが回復する度に惜しみなく強撃や速撃を使用。スキルポイントで強化した為、MPがゴリゴリと減るが、課金のMP回復POTを思考使用で回復し補う。
同時に俺の肉体に触手が雨霰と降り注ぐが、密着もありその一撃は通常の半分の威力すら発揮しない!!
なら構わないッ! 幸い知能が低いスライム種、退くと言う思考はないらしく、大人しく俺とのインファイトと洒落込んでくれている。
身を蝕む軽く殴られる程度の痛みも問題などないッ! 拳を振るう。触手が身に衝撃を叩き込む、それを無視して速撃を叩き込み、その反発の衝撃で後ろに僅かに下がる。
そのまま一瞬で軽く腰を落とし強撃――パワーアタック――を発動。渾身の“正拳突き”がそのゲル状の肉体に突き刺さるッ!
その横で安定したヘイト数を稼ぎ、俺に固定されたターゲットを崩さないよう、二人がボスに次々と攻撃を叩き込んでいく。
「ッッ!?」
ブルブルと身を震わせたかと思った瞬間、その肉体を勢いよく振り回す。同時に触手が暴れるように宙を舞い、俺の肉体は無論、全員の身体を打ち据える。
数歩分無理やり後退させられる中、視界の端で数メートルも吹き飛ばされる二人の姿が一瞬見えた。
一気に三割程削たれた体力、今までと合わせればレッドゾーン間近だ。急いでショートカットに設定している課金のPOTを使用。通常のクールタイムより短く、回復量もヒットポイントの十パーセントを毎秒回復、それが十回と優秀だ。
「二人共大丈夫か!?」
一旦倒れ込んだ二人から引き離すよう身を引きつつ声を上げる。身に走る痛覚の割合は、その受けるダメージ量で変化する。
二人が喰らった痛みは俺よりも幾分高い筈だ。それも覚悟もなしの不意打ちなら、その衝撃は増す。
こちらに合わせ移動してきたボスに拳を振るいつつ返事を待つがこない。僅かな不安が過ぎる、即死は免れたようだが、それでも最大での痛覚は打撲にも匹敵すると言う。継続しない痛みだが、それでも不安になる。
「ごほっごほっ……いたたた……お腹に入ったから息出来なかったけれど、もう大丈夫!」
「ええ、早く戻らないとシャノンさんにご迷惑をおかけしてしまいます」
どうやら無事だったようだ。内心でホッとため息を零し、割いていた集中を眼前のぶよぶよとした出来損ないのプリン野郎に全力で注ぐ。
「ハァアァアァアアァアアッ!!」
己を鼓舞するよう気合を発し、そのまま再びインファイトに持ち込む。先程の攻撃は予備動作で肉体を震わせるのだろう。なら次はもう喰らいはしない!
「螺旋槍!!」
突撃するように接近してきたフェアリーが全力の力で槍を突き込んだ! 逆巻く風のようなエフェクトを伴い、火力系の槍スキルが炸裂する!!
更に振るわれ続ける高速の突きにウィンドウを一瞬見れば、どんどんとボスの体力が削られていく。
「私も居ます! 五連撃ッ!」
今まで振るうだけだった一撃、それが流れるような五連の連撃に変化する。まるで水流のように淀みのない高速の連撃は、高確率で発生する貫通効果で相手のHPを削っていく。
このままじゃ二人にターゲットを剥がされてしまうかもしれない。俺はそう判断し、もとより無視していた防御を捨てて捨て身の特攻をかます。
「オラッオラッオラッオラッオラッオラッ!!」
現実であれば間違いなく筋肉痛確定の激しい動き。ジャブのような牽制を込めた攻撃など既に無い。
あるのは相手を打倒するための破壊の一撃。懇親の拳が外円をなぞるように飛来し、その触手を叩き落し、横殴りの速撃から慣性を利用し回し蹴り。
意識するのは嵐のような猛攻でありながら、次に繋がる流れ! 攻撃とは次に繋げるものこそ真価を持つ。現実では修練の居る動きも、理想をすら超えられる“電脳世界”なら可能!!
――――激しい。十分近くにも渡る攻防の末、終にスライムソルジャーロードが不気味に震え、そのまま地面に消えていく。
同時に俺のレベルは九に上昇し、ドロップが分配される。ボスは必ず装備を落とす、しかも緑以上をだ。判定の運が良かったのか、ウィンドウにはクエスト用のアイテムが全員へと分配され、落とした“緑ネームの装備”が二つ分配された。
「流石に疲れた……にしても、やっぱAIが強化されてるっぽいな。あんな身体を振り回して触手を乱暴に叩き付けるなんて技、あいつは持ってなかった筈だ」
そう一人呟くと、顔色を疲労で染め上げた二人がこちらに向かって歩いてくる。
「せんぱーい……流石にフェアリーも疲れたですよぉ」
「そうですね。激しい戦闘でした。あの回転の一撃の時、HPが残ったのは運が良かったのでしょう」
「まっ、なにはともあれお疲れさん。とりあえずそろそろ街に戻るとしよう。これならクエの報告で十までは行くはずだ」
俺の言葉に頷き、二人とも立ち上がる。結局この狩場では十時間以上居た計算になる。現実での時刻も当に深夜だ。俺はともかく二人ともログアウトしないと不味いだろう。
「さて。それじゃ戻ろうか――――」
後書き
ちょい予約で投稿。諸事情で見直ししてないので、誤字脱字など多い筈。
帰ってきたら見直しします。