9 事実
朝日が昇り出した。
障子から漏れる日の光が眩しくて目を細めてしまう。
あれから、志摩さんが黒い霧の中へ消えてしまってから、ずっと眠れなかった。
ご褒美、と彼は言った。
それはきっと、いつだって感情を見せない彼が少しだけ見せた表情。
『必ず元に戻してみせる』
暗闇にも関わらず、私には見えた気がした。
あの時の志摩さんの顔。
悔しそうな、辛そうな顔。
そして――何かを堪えているような。
「三つ目君」
「……ばれてたか」
「うん」
障子の向こうからひょこっと顔を出したのは、やっぱり三つ目君だった。
神出鬼没の彼は、それが能力なのだ。
いつの間にかそこに居て、いつのまにか居なくなっている。
なんとなく彼の気配が分かる様になったのは、ほんの数年前。
鼻の利く狛犬達や狐火さんや、他の動物妖怪にはすぐに分かるらしい。
私の場合は、なんだろう。慣れかもしれない。
「お前、どうするんだ」
起き上がっている私の布団の横に胡坐をかいた三つ目君は、みっつめの目を閉じて私に聞いた。
8歳の男の子は、いつもいっちょ前に男前なのだ。
実際、見た目が8歳なだけでもっと生きてる筈なんだけどね。
「三つ目君には怒られちゃうかもしれないけど」
私を見つめる二つの目から逃げる様に目を伏せた。
「正直、どうしたらいいのか分からない。私が何かする事でどう影響するのか、もしいらない事をして皆をもっとがんじがらめにしてしまったらどうしようとか、嫌なことばかり考えてしまう」
三つ目君は私の弱音を遮るでなく、ただ黙って聞いてくれている。
「でも、それでもね。何もしないっていうのだけは出来ない。ただ待ってるだけは嫌なの。我侭なんだ、私」
気づいた時には、頬に暖かいものが流れていた。
三つ目君が口を開いた。
「分かってんだよ。お前が我侭だって事くらいな」
小さな拳が私の後頭部を軽く叩いた。
「いたっ」
「…ひとつ、お前に教えてやるよ」
閉じていたみっつめの目が薄く開いた。
「この結界は人間には効果がない。志摩がお前を出させないのはその為だ」
私は自分の手が震えるのを止められなかった。
やっぱり、そうだったんだ。
皆が通ることの出来ない道を、私なら通る事が出来る――!
人間の、敵の元へ行く事が出来る!!
「三つ目君、それ本当?本当なら私…!」
「本当だ」
「じゃあ、やっぱり向こうは私(人間)がここに居るって知らなかったんだね。それなら私が不意を突いて――」
「それは無理だ」
「…え、どうして?確かに私は何も能力は無いけど、ちゃんと作戦を練れば…。もしかして志摩さんに止められてる?それなら私―」
「そうじゃない、違うんだ、シノ」
三つ目君が全ての目を閉じて、重い息に言葉を乗せる。
聞きたくないことが耳に入って来た。
絶対に、そんな事、あってはならないと思っていたこと。
「奴等はお前がいるのを知ってる。――お前を狙ってるんだよ」