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妖怪大脱獄劇  作者: 花畑
7/16

7 決意と嘘

妖怪に関する説明は完全にフィクションです。私の想像で勝手に色づけしています。


(誰もいないよね…?)


張れる限りの気を張り、身体が通る最低限だけ引いた襖をまた元通りに戻す。

襖を背にすると、そこは暗い廊下。頼りなのは手に持つロウソクの灯火だけ。

裸足に床は冷たい。失敗した。足袋でもなんでも履いてくれば良かったのに。

冷たいだけならまだしも、裸足だとぺちぺちと音が響くから心臓に悪い。


赤鬼と青鬼は寝言を言っているくらいだったから大丈夫。

三つ目君は神出鬼没で、今は部屋に居ない。

問題は狛犬達。


狛犬とは聴覚嗅覚視覚いずれも人間のそれを遥かに凌ぐものを持っている。もちろん普通の犬よりも。

だから、本来ならいくら私が忍び足でこそこそしても直ちにその動きはバレてしまう。

でもあの二匹はまだ幼犬だ。身体こそ土佐犬並みの大きさだけど、中身はまだまだ赤ちゃん。

喋り方もまだカタコトで、大人の妖怪達の様に普通には喋れない。とは言っても人間の赤ちゃん言葉みたいに「ばぶー」とかそういうんじゃなくて、人間の言葉を流暢に喋れないと言う事。

そしてよく眠る。特にこの数日、つまりこの城に閉じ込められてからと言うもの、起きている時は暴れているから、その疲れで眠りも深い。

だから二匹が熟睡している今しかない。



――確かめに行く。


――結界が『私』を通すか、通さないか。




(私達は敵がどんな奴なのかすら分からない。そんなの不公平だよ。こんなの汚い…)


滲みそうになる涙を無理やり押さえ込んで、下へと降りる階段を探す。




「何処へ行くつもりですか」



「!!!…しっ、しま、さ…」




突然後ろから声がした。

振り返ると、腕を組んで壁に寄りかかって立っている志摩さんがいた。


見つかった。しかも事もあろうが一番見つかりたくない人に…。




「何をするつもりだったのですか?」


「え…えっと、その…眠れなくて。ちょっと気分転換に探検しようかなって…思って…」


「そうですか。…志乃様」



廊下の暗闇にも勝る黒を尖らせて、私の目をじっと見た。

咄嗟に嘘を吐いた事と言いつけを無視した事を思うと気まずくなって、ふいと目を逸らしてしまう。

長い沈黙が流れた。実際は10秒もないくらいだったと思うけれど、悪いコトをした私には叱られている時みたいに長く感じられた。

ふと志摩さんが私の手から地図を取り上げた。取られた事に暫く気づかなかった程鮮やかに。



「これは?」


「それは…!ここの、地図…です」


「…成る程。しかしあまり正確ではないですね。これから調べに行こうとしていたのですか」


「それはついでです。メインは気晴らしです」


「そうですか。申し訳ありません。貴女がそれ程まで退屈なさっていたとは知る由もなく…」


そう言いながらも無表情なまま、そして地図は返してくれない。

声はいつも以上に棘棘しい。

自分の中で、溜まっていたものがふつふつと湧き上がって来るのが分かった。

ロウソクの灯火だけで視界が悪いという事もあって、私はすっかり冷静を失っていた。



「…退屈、なんじゃないです。私に何か出来る事があるならなんでもしたい。そう思ってるだけ。それはいけない事ですか?志摩さんの邪魔はしない。私はただ皆の役に立ちたいの」



ロウソクの火が揺れる。

暫くお互いに目を離さないまま時間が過ぎた。

先に口を開いたのは志摩さんだった。



「邪魔をしない、と仰るのなら、お察し下さい。貴女に出来る事など何一つない」



冷たく、吐き捨てるようにそう言って、私を一瞥した。




「…なら、一つだけ教えて下さい。何で志摩さんは一人で全部やろうって決めてしまうんですか」




身を翻して何処かへと帰ろうとしていた志摩さんの腕を掴んで、振り返らせた。


背の高い彼の長い前髪が揺れて、切れ長の黒い目が覗く。


その瞳を真っ直ぐに射抜いて問う。ずっと気にかかっていたこと。




「それが私の仕事ですから」


「仕事…大王の命令、っていう事ですか」


「そうです。それ以外に私が何かするとしたらそれも我が君がため」


「…大王に信頼されている志摩さんだから、大王が貴方を頼るのは分かります。大王はこっちに来れないから尚更。でも…私は貴方がいつ休んでいるのか、いつ寝ているのか分からない。少し休んで欲しい」



その時私は少し目を伏せたから、彼の目が見開いたのを見ることはなかった。



「…私の身を案じて下さっているのですか」


「いくら貴方が妖怪だからって休まない訳には行かないと思います。私達の為に一生懸命動いてくれているせいで休めないのに、私なんかが何言ってるんだって、私自身も思います。でも、それでも…」


黒い背広の袖をぎゅっと握って俯いてしまう。

そうだ。この温もりの主に無理をさせているのは、他でもない人間。私と同じ種族。

そして彼を、一族を苦しめている人間と同じ種を、大王の気まぐれで拾ったというだけで守らなければならない。

大変な足手まといだ。いや、足手まとい以上のやっかいもの。

そんな私が彼に「休め」なんて、何をくそ生意気に言っているんだろう。流石の志摩さんでも怒りに身を震わせてしまうかもしれない。

それでも――…  それなら。



「貴方の力になりたい。皆を助けたい」





それは一か八かの鎌掛けだった。



「本当は、私に出来る事…あるんですよね?」






ふいにロウソクの火が掻き消えた。


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