6 四天王
―――私の事、嫌いなんでしょう。
怯えの混じった瞳。微かに震えた声。
それでも目を逸らさずに真っ直ぐ自分の目を覗き込んでくる。
問われた内容自体かそれともその姿に対してか、遠い昔に閉じ込め凍てついた筈の『感情』というものが性懲りもなく揺れた。
『嫌い』に見えているなら。
自分がやってきたことは正しかったという事。
これで、このままでいいのだ。
何も言わず遠ざけ、終には忘れさせる。
彼女にとっても自分にとってもそれが最良なのだ。だから。
抑えが聞かなくなる前に――
復讐を遂げてやる。
*******
妖怪達の怨念で暗闇となった部屋に入る。
「火車、狐火、水蜥蜴、猫又。…ここに」
暗闇の中で8つの眼がぎらりと光ったと思えば、四体の身体が姿を現した。
左から右にずらっと四天王が並ぶ。
左から火車、狐火、水蜥蜴、猫又。
火車は、背に炎燃え盛る牛車の車輪を背負う高齢の男妖怪。
狐火は、柔和な雰囲気を醸し出しながらも凍てつく様な眼をした狩衣の男。
水蜥蜴は、爬虫類特有の眼と滑った身体を持つ。四体の中では比較的大人しい。
猫又は、猫の耳と眼を持つ妖艶な女妖怪。頭の良さは狐火と並ぶ。
『志摩坊か。我等に何の用だ』
『どうせ私達を説得させに来たんでしょう?…阿呆らしい』
『落ち着けと言われて落ち着けるものではない。いくらお前の頼みでも受け入れかねる』
『貴方が何を云ってもわたくし達は決めた事を実行するのみですのよ』
「…そう言うだろうと思っていた。しかし私はそれでもお前達に頼みたい」
『お前の頼みは大王の頼みでもある。よって我等がお前に従うのは当然の事。だがそれは普段の話だ。今はちと事情が違うんでな』
背負う車輪の炎がぼおおっと激しさを増す。頬は上気し眼の赤が爛々と恨みに燃え、剥き出しの身体からは蒸気が上がった。
『私も冷静になれとは言ってあげたんですよ、火車さんと彼の部下達にね。でも聞く耳持ちませんし、何より僕も好い加減頭に来ているものでね。人間風情がこの僕の自由を奪うだなんて、許せる筈がないでしょう?』
狐火の辺りに幾つもの青い火の玉がぼうっと灯る。人型を模した顔がみるみる内に狐のそれへと変わり、口が裂けんばかりに妖しく笑う。
『俺の部下達も冷静を欠いている。しかし中には妻や子を置いて来た奴もいるのだ。その様な状況であいつ等人間を恨むななどと、俺はそんな酷は言えない』
静かに眼を閉じた水蜥蜴の身体からぬめぬめの液体が、まるで涙の様に流れ出て行った。
『人間さんは馬鹿ですわね。もう一寸賢いモノだと思っていましたわ。…わたくし達は妖怪大一族を守らなければ』
大幅に肌蹴た着物を着た妖艶な女は完全に化け猫の姿となり、毛を逆立てて威嚇する。
「はやる気持ちは分かる。だが私はお前達の邪魔をするつもりはない」
四体は互いに顔を見合わせた。
自分達を思い留まらせる為にここへ来たのだと、そうならば力ずくでも志摩を黙らせようと、そう目論んでいたのに。
志摩はあっさりと自分達の行うことを認めたのだ。
「ただ、聞いて貰いたい話があるのだ」
*******
帰って来た雪緒さんは私に雪で作ったうさぎの置物をひとつ手渡して、またどこかへと姿を消した。
雪緒さんはよくこういった置物を雪で作ってプレゼントしてくれる。それがいつも決まって可愛いくて、なのに溶けてしまうからいつも辛いのだ。雪なのだから仕方が無いにしても。
お皿に受けたその可愛らしい小さなうさぎを枕元に置いて、破れた障子から漏れた月明かりに照らされながら、布団にくるまって考える。
相手の動向を見る。
目的は何なのか。
それが分かったら。
――分かったら、どうするの?
―――私は何をすればいい?
志摩さんはこの城は階を降りるごとに結界が強くなっていってる、って言っていた。
その『結界』っていうのが、『妖怪を撥ね退ける為』のものであるのなら。
妖怪じゃない私は通る事が出来る、と言う事ではないだろうか…?
妖怪一族に関わるもの全てを閉じ込める為の結界、という事ならば、その考えは通用しない。
相手の人間がこちらに私という『人間』が居ることを知らないとすれば、そんな面倒な事はせずただ『妖怪を撥ね退ける為』の結界を張っている事だろう。
敵が私の存在に気づいているかいないか。
でももし気づいていたとしても。
たった一人の、それもただの小娘に一体何が出来るのかと、敵はせせら笑ったに違いない。
その場面を想像するとひどく悔しくなった。
でも現実はそうなのだ。
皆みたいに特別な力がある訳でもない。力があっても今は結界のせいで効果はないと言うのに、何もない私は―…
…それでも。
何かがあるかもしれない。
私にしか出来ない事。
今はないと言うのなら、これから切り開いて行けばいい。
赤鬼青鬼と狛犬達が寝静まったのを見計らって、私は地図を持って部屋を出た。
四天王っていう響きが大好きなわけです。