4 花と思い出
肩につくか付かないかの黒髪に、真っ黒なスーツ。
黒っていう色は彼の為にあるんじゃないかと思う程に全身真っ黒で、そしてそれがこの上なく様になっているのだ。
でも長い前髪のせいで表情は読み取りにくく、鋭い切れ長の目の黒い瞳が覗くだけ。
その前髪をかき上げると、きっとかなりの美形なんだろうなって思う。
見た目は人間そのもので、だからこそ一体彼が何の妖怪なのか、さっぱり見当も付かない。
私が皆の所へ連れてこられて、しばらくたった時くらい。7歳くらいだったかもしれない。
一度、皆に聞いてみたことがある。
今と何も変わらない美貌の雪緒さんや、悪戯っこの赤鬼青鬼。狛犬たちはまだ生まれていなくて、あの子達のお母さんが居た頃。
幼い時の記憶はそのあたりからしかない。7歳以前の記憶は何もないからそれ以降だと思う。
いつも大王の傍に控えていた、13、4歳くらいの黒髪黒装束の男の子。なんの色もない能面の様な顔の彼は、時々私の子守をしてくれていた。
でもその時からああいう調子だったから、私は怖くて彼に直接聞けなかったのだ。
聞いてしまうと、彼はきっともっと私を拒絶するんじゃないかと思ったから。
まだ拙い言葉で喋る私に、雪緒さんが丁寧に教えてくれた。
「『しま』さんは、なに?くろいのって、なにがあるんだっけ?」
「志乃はん、志摩はな、『特別』なんよ」
「とくべつ?じゃあ、わたしみたいににんげんなの?」
「それも違うけどなぁ。まあ、仲良くしてやってや、な?」
「うん!わたし、『しま』さんこわいけど、きらいじゃないの」
「ほんまにぃ。それ志摩が聞いたら喜ぶわぁ…」
確かこんな話をしていた様な気がする…。
結局彼が何であるのかははぐらかされた感があったけど、私はそれよりも雪緒さんが言った『志摩が聞いたら喜ぶ』の言葉が、ずっと胸に引っかかっていた。
あの志摩さんが、きっと(というか絶対に)私を嫌っている志摩さんが、私に「嫌いじゃない」とか上から目線で言われているのを聞いて腹が立たない訳が無いし。
無表情のままだとしても、心の中では多分「この糞餓鬼」と思うはずだ…。
雪緒さんが本当に志摩さんに言っちゃったかどうかは分からないけど、志摩さんは私が大きくなるにつれて冷たくなっていった。
会う機会も減った。
だから余計に何を話していいのか分からない。
「おい、シノ。おいってば!」
「ひゃっ!な、なに??」
襖の奥の部屋から出てぼうっとしていたせいで、誰かに呼ばれているのが全然聞こえなかった。
突然後ろから肩を叩かれて、ひどく驚いてしまった。
振り返ると、正座している私と同じくらいの目線で、三つ目君が仁王立ちして私を見ていた。
「何ぼけっとしてんだよ。何回呼んでやったと思ってんだ」
「ごめん…。ちょっと考え事してて」
「ったく。世話がやけるぜ」
三つ目君は、その名の通り三つ目小僧だ。
実際の歳は分からないけれど、見た目では8歳くらいの小さな男の子。
なのにすごく大人びていて、色んな事を知っているしかなり頼りになる子だ。私が8歳くらいの時は絶対こんなに大人じゃなかったし…。
「……これ、やるよ」
「えっ?…お花?」
三つ目君の右手で無造作に握られた3輪程の花。
一体この城の何処で手折って来たのか。控えめを象徴するような野に咲く花だ。
「これ、くれるの?」
「だからそう言ってるだろ。…でも別にお前のためとかじゃないぜ。お前があんまり暗い顔してるから、こっちまで辛気臭くなるのは嫌だからな」
目を逸らして言いながら、受け取れ、と言わんばかりに私の前に花を押し出した。
「…三つ目君。ありがとう」
「だからお前のためじゃないってば」
「そうでもいいよ。…私、確かに暗い顔してたね。ごめん」
人間の仕業で何の罪も無い彼等が辛い思いをしている事。
人間の私を嫌な顔一つせず迎えてくれた皆。
優しい皆に恩返ししたいのに、現状は何も出来てない。
そんな自分が悔しすぎて情けなくて。
それが逆に皆に心配をかけてしまっていたんだ。
こんな時でも皆は自分達の事より私の事を心配してくれている。
なんて優しいんだろう………
「三つ目君、ありがとう!!元気出たよ!!私、頑張るよ!!」
「っおわぁーっ!!おっ、おい!くっつくなぁーっ!」
「いやだー!離さないから~~!!」
私の腕の中でじたばた暴れる三つ目君。
愛しさでいっぱいで、心の底から、大事にしたいと思った。
志摩さんには動くなと言われたけれど。
きっと私にも何か出来ることはあるはず。
考えるんだ。何か、必ず穴はある。
結界の、敵の思惑の穴が―…
次に敵さん側がちらっと出てくるかも。かも。