14 青の炎と紅い跡
「雪緒さん…!?待って、やだ、」
「ああ、いけるいける。死にはせん。暫く水になってしまうだけや。…でもあんたを守れん様になってしもた」
「ごめん…ごめんなさい。…私行きます。ここに居て」
「はい?何を言うてはるの志乃は…」
「何故だか分からないけど、あの人は私が必要って言ってます。私が行けば皆を解放してくれるって。私が行けば、これ以上誰も傷つかない」
「あかん!それだけはあかんのや志乃はん!…ちょっと、待ってや、志乃はん…!」
私は水と融けていく雪緒さんの腕からぴしゃんと音を立てて出ていった。
「シノ!やめろ!」
一歩一歩、前に踏み出す。
「おいで。…志乃」
深い暗黒の瞳がほんの僅か揺れたと思えば、目の前の男は志乃にだけ見せるように唇を歪ませて笑った。わざとらしいうやうやしさで手を差し伸べる。
その時、差し伸べられた手がねっとりとした液体で弾かれた。
その途端、男の足元から青白い炎が燃え上がり、見る間に男の体は炎に包まれた。ねっとりとした液体はまるで着火剤のように炎を色濃くする。
『そうはさせん。こちらも約束があるからな』
『不本意ではありますが私もそう馬鹿ではありませんからね』
水蜥蜴さんに抱き抱えられ、狐火さんに手首を捕まれて、炎の渦中から離される。
身体全てを煉獄に覆い尽くされた男は青白い炎の中、それでも不穏に笑っていた。
まさか、また呪詛返しをされる…!?
「水蜥蜴さん!狐火さん!やめてください!じゃないとお二人が…っ」
『その心配はいらない』
水蜥蜴さんのその言葉に無理をしているようには感じられず、どういう事ですか、と問いかけようと口を開きかけた時、燃え盛る炎の色が薄くなっていくのに気づいて息を飲む。
「今回は初の顔合わせをとこちらに来させて頂きましたが…。成程、良い収穫がありました。では本日はこの辺りで」
歪んだ微笑みは私には向けられず、ここにいる全員を見渡して陰陽師は消えた。一瞬で。
『やはり偽物…式神でしたか』
『ああ。だが式神であれ程の力を持つのだ。それこそ俺達もそれが分かっただけで大きな収穫だ』
『そうですね。…あれもどうやら事実のようですから。まあ、それも損害に値する対価だとは思えませんがね』
「火車さん!猫又さん!…雪緒さん!」
目に熱いものが込み上げて、3人に駆け寄ると水になった雪緒さんは水のまま元の姿を形取り微笑んでくれた。でも、二人の返事がない。
「志乃、大丈夫だよ。脈はあるし」
「そうだ、四天王だぜ?こんな簡単にやられる訳ねえよ」
青鬼と赤鬼が二人の状態を看てくれていた。
身体のあちこちから血を流している火車さんの車輪はバラバラに朽ちていて、猫又さんは人間の姿ではなく元の化け猫の姿で項垂れたように丸まっている。
二人の鬼は私に責任を感じさせまいとそう言ってくれたのだと思う。でもその優しさは、目の前の惨状に薄く消えそうになってしまう。
「ごめんなさい…」
涙が次々と溢れて落ちる。
「…っごめ、なさ…」
泣いたってどうしたって、私の罪が償える訳ではないのに。
『やはり貴女は小生意気な人ですね』
「おい!狐火、そんな言い方ないだろ」
『確かに貴女の所為と言いたい所ですがそうではありません。これは私達の力不足から生じた惨劇。貴女に謝って貰う程情けない話はありません』
『こいつは言い方が悪いが、本当に今回はお前の所為ではない。…むしろ助けられたくらいだ』
え…?
私が助け、た?
そんなはずはない。私は何もしていないのだから。
何もせずまた守られただけなのに。
『…お…い、それは言うなという話…だろう、が…』
「ひっ、火車さん!?」
『ふっ…蜥蜴は御口がお軽いですわね…?』
「猫又さん!お二人とも!」
その場にいた皆がほっと胸を撫で降ろした。
私は安心でまた涙が溢れた。良かった、二人が生きていた…!
「シノ、こうなった以上はやっぱりお前に話さなきゃいけねえと思うんだよ。四天王様達は奴に口止めされてるらしいが俺は別にされてねえしな」
三つ目君の真剣な眼差しが私の涙を溜めた目を捉える。
それは、この騒動が起きる前に彼が言わんとしていたことなのだろうか。
何故口止めをしたの、志摩さん。
私の事なのに私が知ってはいけないの。
知りたい。
ごめんなさい、志摩さん。
「教えて、三つ目君」