13 守られる
大地が割れているのかと思う程揺れていた先程までの騒々しさは一転、冷たい静けさに包まれた。一時停止されたかのように音が消え、皆の視線がその姿に注がれた。
煙が影を成し現れたのは、烏帽子を被り正装をした黒髪の男。
涼しげな目でにこにこと微笑んでいる。
しかしその目が全く笑っていないのが分かる。何もかもを無効化する様な、凍てつく暗黒の瞳。
志摩さんの漆黒の瞳と同じ色の様で違う。
塗りつぶした黒。なんの光も無く、余地もない。
「初めまして、妖怪大一族の御方々。少々御挨拶が遅れてしまい申し訳無く存じます。この様な狭き城によくぞお越し下さいました」
大袈裟に深々と頭を下げて私達を敬ってみせる。
この一場面だけを切り取って見たなら何の違和感もなく、彼に好印象さえ持つだろうと思う。それに声だけ聞くと快活で陽気な好青年だ。
でもそれは私達にとっては有り得ないこと。
この人は敵だ。
背後に強力な妖力を携えた、人間の陰陽師か。
被った面の厚さと妖力の底が暗闇で探られない様掻き消されている。
此処にいる皆がこの人の妖力を探っただろうけど無理だった。
『人間風情が。我等を侮辱した罪は重きに重い』
『わたくし達は貴殿方を殺そうと思っておりますの。当然ですわよね?』
火車さんが背負っていた車輪に手を伸ばした瞬間、燃え盛る炎の渦が巻き起こった。歳なんてまるで感じさせない機敏な動きでその名の通り猛々しく燃え盛る火車を男に飛ばした。
同時に猫叉さんがぶつぶつと何か呟いたと思うと、男の頭上に艶やかな鞠が現れ、物凄いスピードでそれは大きく膨らみ、張り裂けん程になると猫叉さんが吹矢でその鞠を射た。破裂音と共に大量の毒々しい色の虫が男に降り注ぐ。
それでも男は涼しげな笑顔を保ったまま、身動き一つしない。
「志乃はん、暫くの間喋らんといてや」
「(ふごっ…!)」
雪緒さんに口を塞がれ、彼女の着物の袖にすっぽりと隠された。
後ろから雪緒さんの術を唱える声が耳元でこだまする。
「これであんたの姿は見えん。ただ声だけは聞こえてしまうから、喋らんようにな」
「おい雪緒、逃げるんなら早く俺に……あ…」
三つ目君の顔がみるみる蒼白くなっていく。
何がどうなっているのか、妖力のない私には分からない。
でも三つ目君の能力は瞬間移動で、この状況でそれがもし出来るならきっと彼はすぐ試しているに違いない。
でも最後まで彼がその能力を使う事はなかった。
使わなかったんじゃない。…“使えなくされていた”んだ。
「…御可哀想に。かの大妖怪四天王の御二方がここまで疲弊なさっていたとは。真に胸が痛みます」
「…っ!」
「(喋ったらあかん!)」
火車さんが…
猫叉さんが…
二人の技が、二人に倍となって返されている。
『…我等の力を半減させた上に呪詛返しか』
『屑の人間風情が。舐めた真似を!』
狐火さんの周りに幾十もの青い火の玉が燃え、隕石の様に男に降り注がんとした。それを水蜥蜴の粘液が掻き消す。
『何をする蜥蜴野郎!』
『口調が変わる程に取り乱していてはあいつは倒せん。俺達は只でさえ本調子ではないんだからな。ここはあいつの陣地なのだから』
『…くっ。そうだ。…水蜥蜴、狐火、お前達はあれを…』
『わ…たくし達は、四天王の名に懸け、あの任を遂行するのみ…』
私は彼ら四天王がここまで力で押されているのを見たことがない。
普段穏やかなのだ、彼らは。花を愛でたり月を仰いだり、もうずっと昔の事だけど、4人は私に字や歌を教えてくれた。火車さんは意外にも歌を詠むのがうまい。狐火さんは前からつんとしている所はあったが本当は優しい。水蜥蜴さんは責任感が強くて、でも涙もろい。猫叉さんはひたすら綺麗で憧れていたけど彼女も存外に優しくて、あとお裁縫がすごく上手だった。
皆、私が人間でも優しく接してくれた。
この城に閉じ込められてから彼らが変わったのは、私は仕方がないと思うのだ。
それでも私は彼らが好き。
彼らにしてみれば迷惑かもしれないけど、私にとっては家族だもの。
これからもずっと。
「交換条件を云いましょう。これを貴殿方が呑んで頂けるのであれば、貴殿方をここから解放致します」
雪緒さんの体越しに突き刺さるような視線。
私をぎゅっと抱き締めてくれていた雪緒さんの腕が緩む。
細やかに痙攣している指先が、ぽたぽたと解け落ちていく。
ごめん、という掠れた冷気が首筋を掠り、離れていく。
「その雪女が隠している少女をこちらに引き渡して頂きたいのです」
前回からなんと5ヶ月も開いてしまいました。本当に申し訳ありません(T_T)
やっと敵さんが一族とご対面ですがあまり描写できず。
次ぐらいで志乃と敵さん喋るんじゃないかと(^-^;)
お待たせしましてほんとーーーーーうに申し訳ありませんでした!
そして読んでくださりありがとうございます(涙)