12 胸騒ぎ
男女で寝床を仕切っていた襖が大きな音を立てて倒れた。
雪崩のようにして狛犬達と狛犬達に乗った鬼兄弟が転がって来た。
私達の会話をこっそり盗み聞きしてたみたいだ。
狛犬達はいとも簡単に鬼兄弟を踏みつけ、吼えてめちゃくちゃに暴れだす。
「いってえ!おい雪緒!この音なんなんだよ!」
「何かが来る…!志乃、逃げよう!」
「に、逃げるって言っても…!」
「どこに逃げるってんだよ!」
激しい揺れと轟音のせいで、眠っていた他の妖怪達が次々と起き出し、あちらこちらへと飛び回っている。
一際身体の大きい二匹は背中の毛を総立ちにさせてあらゆる物をなぎ倒している。
(怖い…!)
「落ち着き!まだいける、ここは大丈夫や。志摩がなんとかしてくれる」
「えっ、志摩さんが…?」
雪緒さんが私を胸に抱きしめて、安心させるように頭を撫でてくれる。
でも私は安心するどころか余計に怖くなった。
志摩さんがなんとかしてくれる…?
一体どういうこと?
また彼は私達を守ろうとしてくれているの?
瞬時に甦った。
昨夜の彼の言ったこと。
『必ず元に戻してみせる』
その言葉と一緒に見せてくれた、彼の苦しそうな、何かに耐えているような顔――…
「雪緒さん!だめ、私行かなきゃ!」
「志乃はん!?何を言ってるん、あんたはここでおらんと。ここなら私が守ってあげれる…」
雪緒さんはいっそう私を強く抱きしめた。
女の人なのに、何でこんなに力があるんだろうって言うくらいきつく。離さない様に。
そうか。見た目は人間の女の人だけど、本当は妖怪なんだ。雪緒さんも、ここにいる皆も。
皆人間に近い形を取っているけれど、人間じゃない。
ただの人間みたいに簡単にやられる訳じゃないんだ。
そんなこと、頭では分かっている。分かっているんだけど、それでも…!
「だって、私が行けばこんな揺れだって収まるんでしょ!?よく分からないけどあいつらは私が目的なんでしょ!?なら私…!」
『そうしてくれると有り難いのですけどねぇ。一人の小娘の贄で私達は助かるのですから』
突然、目の前に四つの影が現れた。
それぞれ色の違う煙の様なものが集まっていき、姿を形どる。
背に牛車の車輪、青白い火の玉、ぬめりけのある粘液、艶やかな着物。
「狐火、あんた何を言うんや…!」
『あら、彼は事実を言ったまでですわ。私達妖怪大一族四天王は皆少なからずそう思っていましてよ?』
『だが人間の小娘に守って貰う程に我等は落ちぶれてなどおらんからな』
『俺達は自力ででも奴等を倒しに行くぞ』
私達に背を向けて現れたのは、妖怪大一族の四天王である、火車さんと狐火さん、そして水蜥蜴さんと猫又さんだった。
『少しばかり志摩坊の手伝いをしてやらねばならんがな』
『それがまた面倒なんですけどね。阿呆らしい。まあ私はどうでもいいですけど』
火車さんと狐火さんの言う事にひっかかるものがあった。
志摩さんの手伝いって…?
「あのっ、志摩さんって今どこにいるんですか?」
火車さんと狐火さんの鋭い眼差しが突き刺さる。
『それは云えませんわ。貴女に云わぬ様、口止めされているんですもの』
猫又さんに意味ありげな笑顔でぴしゃりと言われてしまった。
蕩ける様な美貌の彼女の底知れない笑顔に尻込みしてしまう。恐ろしくなる。
口止め。
やっぱり志摩さんは私に何も言わないまま行ってしまったんだ。
必ず元に戻すとか何とか言って、私を遠ざけて。
おいてけぼりで。
どうして、どうして彼は私を利用しないの!?
「おい、だんだん音が大きくなってるぜ!」
「揺れも激しくなってるよ。…そろそろ来るね」
四天王が総じて構えの姿勢をとった。
その後ろにいる私達もそれぞれに緊張を走らせる。
赤鬼青鬼は武器を構え、三つ目君は数珠を握り締め、狛犬達は暴れるのをやめ、雪緒さんは私を庇う様に後ろに隠した。
突然、本当に突然、ピタリと揺れが止まった。
と思うと、いきなり目の前に人の影が現れた。
急展開過ぎて私が付いていけない…(笑)