東に曲がる。
友達が死ぬとか、そんなこと想像したこともなかった。高校は普通に楽しい。部活でテニスをしてる時間が好きだ。夕飯を食べながらテレビのチャンネルを変えたりする時、真面目なテロップには興味なかった。だから学校からメールが来た時は普通に見間違いかと思ったし、しばらく動きが固まった。1回読んだだけじゃ理解できなくて、自分の頭が空回ってるのがよくわかった。
「本日1月17日に本校の生徒が乗用車と接触し────」
同級生の岩岡紘輝が死んだ。
イケメンで頭良かったのに死んだ。同じクラスで、同じ部活で、めっちゃ仲良くて、休みの日にはカラオケとかバッセンとかラーメンとか行ってたのに。面白いやつだったのに。
穏やかな日曜日の夜にこの事実はだいぶしんどかった。誰かと喋ったら消化できるような気がして、画面の上の方にいた友達にLINEを送った。
「学校のメール見た?」
「見た、これやばいやろ」
「ニュースなるかな」
「かなしいわ」
短すぎる会話を終えて、僕はやっぱり送らなきゃよかったと思った。もうちょっと違うことを喋りたかった。うわべだけの悲しさでやり取りしちゃった感があって、紘輝がいなくなったのに真剣じゃない気持ちになってる自分が気持ち悪い。今はこうして画面の前で「友達が死にました」っていう事実を客観的に見てるだけで済んでるけど、みんなは明日の教室でどんな顔するんだろう。仲良かったクラスメイトが明日から来ない、っていう嫌すぎる現実をできるだけ後回しにしたいから、明日は学校を休みたい。でも明日行かなかったら、僕は「友達が死んで病んだ人」として判定されるだろうから行かなきゃいけない。変に気を遣われたら普通に嫌だ。そっちの方が病みそうな気がする。
他の友達からも何件かLINEが来て、いつもは静かなグループも動き出した。でも今日はもう他人と関わる余裕がないからこのまま寝る。僕は友達の死に対して思った以上にダメージを受けてるのかもしれない。でも思った以上にドライな反応しかできなくて、紘輝に向けてじゃなくて自分に向けて泣きたい気持ちになった。布団をかぶって「あーあ」と呟いた。
いつも通りの教室は別に暗い雰囲気じゃなかった。だけど、みんながいつも通りの空気を作ろうとしてて逆にぎこちなかった。それが教室の居心地を悪くしてたし、みんなもその自覚はあったと思う。誰と喋ってもお互いに目が泳いでずっと気まずい。手持ち無沙汰になったタイミングで同じような状態の友達と目が合った。こっちに歩いてきたから、うわ、面倒だな、って思った。
「昨日の夜何してたん?寝てた?」
「あ、うん、普通に寝てた」
「早ない?LINE送ったんだけど」
「ガチ?見とくわ」
「……あー、やっぱ見なくていいかも」
「……そっか」
一瞬、紘輝の名前を出そうとしてやめた。「岩岡紘輝」っていう名前がタブーになってて、話題がそれに近づくとみんな目を逸らして逃げる。昨日の夜のLINEなんか全員が紘輝の話をしてただろうから、今のは完全に相手の失言だった。紘輝の話をできないのはすごくつらい。本当は胸の中のざわざわした気持ちを喋って消化させたい。だけどこうする以外にクラスの空気を守る方法がない。しばらく経てばだんだん慣れてくのかもしれないけど、見る限り教室がいつも通りに戻るのはたぶんすごく先の話だと思った。
授業は適当に受けた。でもいつもよりは真面目だった。今日は机の下でスマホを弄るのをやめた。「クラスがこんな空気なのにあいつは呑気だ」とか思われるのがなんとなく嫌で、変なところを気にした。教室に来た先生たちも誰も紘輝について触れなかった。安心したけど、やっぱり空気は硬かった。触れてくれた方が僕らの心は少し楽になったかもしれない。掃除を早めに切り上げて部活に行く。最後の大会まであと1ヶ月だから、少しずつ調子を上げていかなきゃいけない。でも紘輝はいない。死んじゃったから。顧問に「今日は急遽ミーティングをするから」って言われて急いで着替えた。
ダブルスで紘輝とペアを組むはずだった同級生は泣きそうで泣かなそうな顔をしていた。泣いてもいいのに、必死で我慢している顔だった。お前が泣かなかったら僕らも泣けないよ。部活の時に紘輝といた時間はお前が1番長かったじゃん。見てる僕らが言葉に詰まったし、後輩たちは僕らの学年よりもっと困ってたと思う。そして気まずそうに周りを見回した僕らは、誰より可哀想なのはここにはもういない紘輝だっていう事実に嫌でも辿り着く。メンタルがどんどん弱る。でもこれは紘輝のせいじゃない。紘輝のせいにしちゃいけない気がする。紘輝のせいなんかにしたくない。頭の中の嫌なものを全部掻き出したい。
ダブルスの欠員には代わりに僕が選ばれた。だけど紘輝の「元」相棒とは気まずくて話せなかった。目だけは何回か合って、その度に謝りたくなった。紘輝より下手な僕が代わりになれないことは全員がわかってるのに、誰も口に出さない。「紘輝がいれば」っていう考えに無意識に至ることが「紘輝がもういない」っていう現実を突きつけてきて、息をするのも苦しかった。ミーティングの最後に、顧問に促されて部員の前で軽く喋った。何を言ったかあまり覚えてない。たぶん当たり障りのなくて野暮ったいことを言ったと思う。
陽が落ちた道を自転車に乗って帰る。ミーティングの後の練習には全然身が入らなくてちょっとイライラした。こんな時、紘輝だったらどんな風に振る舞うんだろう。
「今日さ、一緒に予備校行かね?」
今思い出したけど、紘輝とした最後の会話はこんな感じだった。先週の土曜日、紘輝が事故に遭う前日の部活終わりだった。疲れてるから、って僕は誘いを断った。だから、紘輝が僕にかけた最後の言葉は「じゃあね」とか「また月曜日」みたいな別れの言葉だったはずだ。冬の冷たい風が顔に当たって目を細めたら、建物とか信号機の光が滲んだ。ちょっと感傷的になってきた。紘輝にとっても来月は最後の大会だったんだよな。1本隣の道に出て、遠回りして予備校の前を通ってみた。何も起こらなかった。紘輝はもういないのに建物の中はいつも通りで、そうだよな、って思った。そうだよな。紘輝はいないのにな。目をちゃんと開いても、視界は滲んだままだった。
交差点を東に曲がれば、街路樹がライトアップされている駅前の道だ。電車通学をしてた紘輝の通学路だった。紘輝と帰った日はだいたい会話が盛り上がって、僕は遠回りして一緒にこの道を通った。今日もたぶんその予定だった。東に曲がる。




