レディ・グレイスのお気に入り
ウェクスフォード侯爵家のコメディです。
本編のアルバート卿が女男爵を初訪問する前後に起きていたことです(特に28話、29話関係)。
本編から泣く泣く削除した侯爵家の近況や背景をノーカットで詰め込んでいます。
ヘンリー卿が言及しているのは、バッハの「2つのバイオリンのための協奏曲」です。お聞きいただけると彼の言わんとすることを実感していただけるかもしれません。
1911年、6月のある日――。
その日、ウェクスフォード侯爵家の次男ヘンリー卿は自らが運転する自動車でロンドンの侯爵邸<ウェクスフォード・ハウス>に向かっていた。
ロンドン滞在中の彼は、普段は他の家族と共に<ウェクスフォード・ハウス>で暮らしている――彼はにぎやかな生活が好きなのだ――が、自身の芸術活動や恋愛が忙しい時期は、ブルームスベリーに与えられている自邸<ウィロー・ロッジ>に籠ることにしている。
ここ最近彼は自邸に籠っていたが、その理由は誰にもはっきりとはわからなかった。
近々さる公爵夫人のサロンで新作詩を披露することになっているからか、さる恩義のある侯爵から彼の娘の結婚祝いに応接間に飾る絵を描いてほしいと依頼されたからか、はたまた、さる伯爵未亡人との恋愛が重大な局面を迎えているからか――そのどれか、もしくは、その全てかもしれない。
いずれにしても、今日、彼は何を措いても父の屋敷<ウェクスフォード・ハウス>に戻らねばならなかった。
そのきっかけは、先週、妹のレディ・グレイスが<ウィロー・ロッジ>に急に彼を訪ねてきたことだった。
普段<ウィロー・ロッジ>では約束のない来客は固く断るが、レディ・グレイスだけは別だった。
彼の唯一の妹はいつだって歓迎された。
ヘンリー卿はそのときに彼女に頼まれたことを思い出し、思わず微笑んだ。
レディ・グレイスの頼みごとは、「自分の不在中、アルバートの恋愛の面倒を見てやってほしい」というものだった。
先日からレディ・グレイスは、父のウェクスフォード侯爵と共に、領地での社交イベントに出席するためロンドンを離れている。
彼女は侯爵家のレディたちが<ウェクスフォード・ハウス>を不在にしている間――長男ロスマー子爵の夫人キャサリンも、今はとある理由で領地に滞在している――三男アルバート卿の恋愛の成り行きを案じているようだった。
ちょうどそこで自動車は馬車を通してやるために少し停車することになった。
ヘンリー卿は運転用のゴーグル越しに、彼の顔が朧げに映るフロントガラスを一瞥した。
優美なアッシュブロンドの髪と高貴に輝く青みがかった灰色の瞳は彼の自慢だった。
もっとも、それら二つはウェクスフォード侯爵家の四人兄妹の共通の特徴でもある――ただ、髪に関しては彼と末の妹のレディ・グレイスだけが巻き毛だ。
その兄妹の中でも、ヘンリー卿とレディ・グレイスの美しさは、社交界のどんな男女にも劣らないと評判だった。
――結局、兄弟の中で一番美しく多才な私がグレイスのお気に入りの兄だからな。
――特に恋愛に関しては私を頼るんだ。
続いて彼は先日レディ・グレイスと共にバッハのヴァイオリン協奏曲を奏でたことを思い出した。
やはり、彼女の鮮やかな感性と完璧に調和できる兄は彼しかいない――。
今回、彼はそんな妹の期待に応えるために抜かりなかった。
手はじめに、レディ・グレイスの訪問を受けてすぐ、当初自邸に連れていた腹心、侯爵家の第一フットマン、チャーリーを敢えて<ウェクスフォード・ハウス>に戻した。
ちなみに、かつてヘンリー卿には従者のミスター・ドーソンがいた。
しかし、数年前に、ヘンリー卿が彼を伴ってある美しい男爵夫人を訪ねたときに事件が起きた。
前々から彼と夫人の関係を警戒していた夫の男爵が予想外に帰宅し、ヘンリー卿の馬車が屋敷の前に止まっているのを見つけて怒りを顕わに応接間に乗り込んできたのだ。
(念のため言っておくと、わざわざ従者を連れて昼間に訪問したことからわかる通り、このときの彼には微塵もやましい意図はなかった。ただし、「このときはまだ」というだけではある。)
ヘンリー卿は男爵の隙を突いて応接間から抜け出し、馬車に飛び乗って逃げ帰るしかなかった――ミスター・ドーソンを置き去りにして。
この一件はすぐに父と兄の知るところになり、彼らの怒りを買ったヘンリー卿は従者を取り上げられてしまった。
這々の体で男爵邸から戻ってきたかわいそうなミスター・ドーソンには、勤続年数の割に多すぎる退職金が支給された上で、堅実で安全かつ修羅場のない職場が紹介された。
その点チャーリーは、一昔前のフットマンのように機敏かつ俊足で、しかもスリルを好むため、ミスター・ドーソンよりはずっと適性があった。
ここ数日、そのチャーリーは、ヘンリー卿のスパイとして<ウェクスフォード・ハウス>で勤務しながら日々アルバート卿の様子を観察していた。
そして、遂に、彼がアルバート卿がその想い人であるレディ・メラヴェルを急遽訪問することになったという情報を<ウィロー・ロッジ>まで走って伝えに来たのは、つい昨日のことだった。
――さて、いよいよ私の出番というわけだ。
ヘンリー卿の運転する自動車は滑らかに<ウェクスフォード・ハウス>の門を通過した。
***
「アルバート、今日の午後レディ・メラヴェルを訪ねるのだろう?」
何の前触れもなく<ウェクスフォード・ハウス>に帰って来た兄ヘンリー卿にそう尋ねられて、アルバート卿は眉を寄せた。
彼は今の今まで自室の書き物机に向かって、とある教養雑誌の再来月号に掲載予定のギリシャ古典に関するコラムを執筆していたのだが、ヘンリー卿はそれに構わず入室してきた。
先ほどまで窓辺で昼寝をしていたアルバート卿の愛犬ペネロープも、この闖入者を警戒しているようで、今は主人を守るように彼の足元に座っていた。
――グレイスの差し金だ。
アルバート卿は直感し、椅子に座ったまま足元の愛犬の背中を一度撫でた。
彼が今日レディ・メラヴェルを訪問することは妹のレディ・グレイスですら知らないはずだが、そうとしか考えられなかった。
――結局、兄弟の中で一番知的で冷静な私がグレイスのお気に入りの兄だからな。
――交際関係のことまで面倒を見たがるんだ。
そう考えたアルバート卿は深くため息をついたが、同時に、その口元には笑みが浮かんだ。
彼は先日レディ・グレイスと今後の英国社会のあり方について議論したことを思い出していた。
二人の見解が一致しようとしまいと、やはり、彼女の思考の本質を理解してやれる兄は彼だけだ――。
「それで?どの自動車で行くつもりだ?」
ヘンリー卿はアルバート卿の反応など全く意に返さず尋ねた。
「ハンバーを準備させようと思ってる。ネイピアでもいいが……できるだけ大げさにしたくないんだ」
アルバート卿は今更隠し立てをしても仕方がないと悟り、渋々事実を述べた。
ハンバーというのはウェクスフォード侯爵家所有の自動車の中で三番目に格の高いハンバー社製の自動車で、家族が気軽に外出するときや兄弟が自ら運転する際に使われる。
一方、ネイピア社製の自動車は二番目に格が高く、アルバート卿がレディ・グレイスの付き添いで出かけるときに、妹の体面を慮って選ぶことが多かった。
今回アルバート卿がレディ・メラヴェルを訪ねるのは、正式な求婚者としてというよりは、彼女が今取り組んでいる事件捜査への協力が主な目的だ。
そのため、ネイピアだと滑稽に見えかねないとアルバート卿は考えていた。
しかし――ヘンリー卿は首を振った。
「アルバート、真面目な話、ハンバーはやめておけ」
「……なぜ?」
アルバート卿は訝しげに問いかけた。
「"幽霊"にしろよ」
ヘンリー卿が妙に厳かな口調で告げると、アルバート卿はゆっくりと一度瞬きをした。
"幽霊"というのは、ウェクスフォード侯爵家で一番格の高い自動車――ロールスロイス社製の当代随一の高級車<シルバー・ゴースト>――のことだ。
通常は、侯爵家の当主である父ウェクスフォード侯爵か後継者である長兄ロスマー子爵しか使わない。
どう考えても大げさすぎる。
「いや、それは――」
アルバート卿は反論しようとしたが、ヘンリー卿は取り合わず、更に話を進めた。
「それから、供も連れて行った方がいい。ウィリアムでいいだろう?彼なら背が高く、見た目も良い」
「いや、だから大げさにしたくないんだ」
ウィリアムというのは侯爵家の第二フットマンの青年だ。
父侯爵と長兄ロスマー子爵には専属の従者がおり、第一フットマンのチャーリーは基本的にヘンリー卿に付くとなると、第二フットマンのウィリアムが自ずとアルバート卿の世話をすることが多かった。
ちなみに、アルバート卿にも数年前まで従者のミスター・ティリーがいたが、彼は半年ほどで退職することになった。
ミスター・ティリーにとって、アルバート卿の従者としての日々は緊張の連続だった。
あるときは、取ってくるよう指示された本がアリストテレスのなのかアリストパネスなのか混乱に陥った(机の上に両者の著作が仲良く並んでいたのだ)。
また、別の日は、本棚に戻すよう指示された本がルクレーティウスなのかルーカーヌスなのかを勘で当てた(その二冊がサイドテーブルにきっちりと重ねられていた)。
ベテラン従者の彼は再確認して主人を煩わせることもできず、この重圧に一人で耐えた。
そして半年後、彼は従者としての自信を失ったのと引き換えに何故かコメディに目覚め、喜劇役者に転身してしまったのだ。
一方、割り切って実をとるウィリアム(「ご子息様、旅行鞄にお入れするのはキケロの"De――"?"De Fini――"……?いえ、昨日お読みになっていた青い表紙の本でよろしいですね?一昨日お読みになっていた茶色のものではなく」)は自己認識の危機に陥ることはなく、日々着実に職務をこなしていた。
「よし。では、行こう」
ヘンリー卿はアルバート卿の言葉を少しも取り合わずに言った。
「……どこへ?」
アルバート卿はあからさまに眉を寄せたが、ヘンリー卿が傍らの椅子に置かれていた彼の上着を放って寄越したので、受け取らざるを得なかった。
「決まっているだろう?ジョンのところだよ。"幽霊"を貸してもらおう」
***
弟たちが訪ねて来たとき、ロスマー子爵は自身のドレッシング・ルームで従者のミスター・ホーキンズと外出の準備をしていた。
子爵は姿見の中の自分の装いを確認してから、その姿見越しに背後に立っている自分と全く同じアッシュブロンドの髪の二人の弟たちを一瞥した。
彼らの様子はどこかおかしかった。
次男のヘンリー卿が何らかの使命感に燃えている一方、三男のアルバート卿は何だか気が進まないように見えた。
「ジョン、アルバートに"幽霊"を貸してやってくれないか」
「いや、ジョン、私は別に……」
重なった弟たちの言葉に、子爵は姿見の中の自分が自然と眉を上げたのを見た。
彼は当然"幽霊"というのが侯爵家の最上級の自動車のことであると理解していたが、弟たちがそれを貸してほしいなどと言ったのは初めてのことだった。
「悪いがそれは無理な相談だ。見ての通り、私は今から出かけないといけない」
子爵はそう答えながらミスター・ホーキンズが整えたタイを見て満足そうに頷いた。
庶民院議員である彼は間もなく彼と同じ保守党議員が集まる昼食会に出かける予定だが、その場では議会法案への対応――先日庶民院で可決されてしまい、今後は貴族院での防戦になる――を巡って議論になることが予想される。
まだまだ若手のロスマー子爵が自分の意見を通すには、洗練された語り口だけでなく、洗練された態度や装いも必要だ。
そして、洗練された自動車も。
「明日から少し領地に戻る予定だからその間じゃだめなのか?……いや、ヘンリーはだめだぞ。アルバートがどうしても使いたいならという話だ」
真面目なアルバート卿ならまだしも、ヘンリー卿に使わせるのは論外だった。
どこぞの貴族屋敷の前に、明らかにその屋敷の美しいが些か大胆な夫人を訪ねに来たであろう侯爵家の<シルバー・ゴースト>が停まっているのが目撃されて醜聞になる――という未来が容易に想像された。
「嫌だな。私は"幽霊"みたいな仰々しい自動車を使う必要はないさ」
とヘンリー卿はため息交じりに言った。
「でも、アルバートは絶対に今日の午後"幽霊"が必要なんだ」
「……なぜ?」
確信に満ちたヘンリー卿の口調に、子爵は思わず弟たちを振り返った。
「レディ・メラヴェル」
ヘンリー卿は真剣な顔でただそれだけ言った。
隣のアルバート卿は目を閉じていた。
「……今なんと?」
「レディ・メラヴェルだよ、ジョン。今日の午後、アルバートが彼女を訪問するんだ」
ロスマー子爵は反射的に部屋の隅の自分の書き物机に視線を走らせた。
その一番上の引き出しには、数日前に受け取った彼の最愛の妹レディ・グレイスからの手紙が収められていた。
その手紙の中でレディ・グレイスは、「ヘンリーにアルバートの恋愛の面倒を見てくれるよう頼んだものの、心配なので長兄として彼らを監督してほしい」という趣旨のことを書いていた。
――結局、兄弟の中で一番年長で頼もしい私がグレイスのお気に入りの兄だからな。
――何についても最後は私に頼るんだ。
ロスマー子爵は内心で頷いた。
彼は先日領地でレディ・グレイスと共に乗馬をしたことを思い出していた。
数年前に彼女に騎乗して柵を飛び越える方法を教えた彼こそが、やはり、彼女に自身の能力を確信させてやれる唯一の兄だ――。
自分の"監督者"としての役割を確信したロスマー子爵は、傍らのミスター・ホーキンズに指示した。
「ホーキンズ、私の自動車はネイピアに変更する。アルバートの出発に合わせて"幽霊"を準備させてくれ」
「かしこまりました、旦那様」
ミスター・ホーキンズは礼儀正しく頷いて、主人の要望を叶えるため部屋を出て行った。
ちなみに、ミスター・ホーキンズは5年以上前から彼の従者であり、幸いこの仕事に満足している。
従者が出て行くと、それまで耐えていたらしいアルバート卿が抗議の声を上げた。
「ジョン、私は別に"幽霊"なんていらな――」
「いいか、アルバート。そんなことを言っていたら負けるぞ」
ロスマー子爵はアルバート卿に向き直り、真面目な顔で言った。
ヘンリー卿も深く頷いている。
「負ける?何に?」
アルバート卿だけは、まるでわからないという風に二、三度瞬きをした。
「レディの中の"疑念"にだよ、アルバート」
ロスマー子爵が深刻な調子で言うと、彼は目を見開いた。
「お前が格の落ちる自動車で訪問したとする。そうしたら、彼女はどう思うだろう?『彼は真剣な気持ちじゃなかったのかしら?』――そう思われたら最後、お前の負けだぞ」
「ジョンの言う通りだ、アルバート。レディが一度男に不信感を抱いてしまえば、そこから挽回するのは……まあ無理だな」
と兄に賛同したヘンリー卿の口調にはどこか実感がこもっていた。
二人の兄の迫力に押され、アルバート卿は直す必要のない襟に手を触れてから、自分の額に手を当てて暫し考え込んだ。
そして、遂に――。
「……"幽霊"をお借りします」
アルバート卿は絞り出すように言った。
それを聞いたロスマー子爵はヘンリー卿と目配せして微笑んだ。
これで兄としてレディ・グレイスの願いを叶えてやることができただろう――。
***
それから数日後――。
ウェクスフォード侯爵家のカントリーハウス<ウェクスフォード・ホール>では、ロスマー子爵夫人が私室のシェーズ・ロングにもたれて、午前中に受け取った義妹レディ・グレイスからの手紙に目を通していた。
近く出産を控える彼女の腹は既に膨らみ始めており、動作は気怠げだった。
しかし、その鮮やかな赤毛は美しく結われており、新緑色の瞳は生き生きと輝いていた。
彼女のすぐ近くのソファでは、夫のロスマー子爵が紅茶を飲みながら何か議会のことに関係する手紙を読んでいた。
「グレイスはなんて?」
ロスマー子爵は子爵夫人に顔を向けて明るく問いかけた。
レディ・グレイスはつい数日前まで、領地での社交イベントに出席するため、父侯爵と共にこの<ウェクスフォード・ホール>に滞在していたが、その彼女がロンドンに戻ってすぐに子爵夫人宛に手紙を送ってきたことが気になったのだろう。
「大したことじゃないわ。最近のロンドンの社交界の様子についてよ」
子爵夫人が微笑むと、子爵は「ああ、なるほど」と頷いて自分の手紙に向き直った。
しかし、実際のところは――。
――あらまあ。
――グレイスによると、アルバートの恋愛は「救いがたい状況」に陥ったらしいわ。
手紙を読み終えた子爵夫人は心の中で呟いた。
そして、グレイスが特に感情をこめて書いたと思われる部分を再読した。
"今回のことで、上の二人の兄がいかに頼りにならないかがわかりました。使用人たちに確認したところ、彼らがアルバートにした助言といえば、彼女を訪ねるときの自動車の車種と供についてだけだったそうです。普段の付き合いから、彼女がそんなことを全く気にしないレディであることは明らかでしょうに――"
”それから、アルバートもアルバートです。階級的にも問題なく、お互いに想い合っている女性と結婚するだけなのに、何をもたもたしていたのでしょう?早く求婚しておけばこのようなことにはならなかったと思えてなりません――”
普段のレディ・グレイスからは考えられない辛辣さ――彼女は侯爵令嬢にしては大胆なところがあるが、身内を悪く言うことは稀だ――を面白がるように子爵夫人は片眉を上げた。
そして、まだ熱心に自分の手紙を読んでいる子爵にそっと視線を向けた。
グレイスからの手紙の内容と照らして考えると、彼はアルバートの恋愛が危機に陥るのと入れ違いにロンドンを離れたので、この事態には気づいていないようだ。
それから、彼女はゆっくりと手紙を折りたたみ、義弟アルバートとその想い人レディ・メラヴェルのことに考えを巡らせた。
――グレイスの言う通り、彼女は自動車のことも供のことも全く気にしないわね。
――彼女が気にするのは……そうねえ、やっぱり論理なんでしょうね。
――幸いその点はアルバートも同じね。
――でも、正直、理解不能だわ。
――恋の情熱の前に論理なんて無力じゃないかしら?
子爵夫人はまず、緻密に論理を積み上げる彼らを想像した。
そして、次に、それが情熱の嵐により崩れ去るところも想像しようとした――が、これはやはり彼らには合わないように感じた。
とはいえ、無事に論理が積み上がったとしても、情熱がそれを跡形もなく破壊したとしても、その中間でも、二人は手を取り合わずにはいられない。
その結果は不変であるように思われた。
――後でグレイスに返事を書いて、心配ないと伝えてあげましょう。
――言い回しはどうしようかしら?
――「あなたはただ二人の結婚式でブライズメイド長を務めることを楽しみにしていなさい」
――……ええ、これがいいわ。
彼女が内心で頷いていると、唐突に子爵が言った。
「ああ、愛しい人。私たちの小さな子に会うのが楽しみだね。男の子なら昔の私のようにいずれ王室騎兵連隊で立派に務められるだろうし、女の子なら公爵夫人になってもおかしくないだろうね」
まだ生まれてもいない赤子には重すぎる期待ではないだろうかと子爵夫人は思ったが、顔には出さなかった。
代わりに穏やかに言った。
「ええ、あなた。私たちの子だからきっとそうなるでしょうね」
それを聞いた子爵の青みがかった灰色の瞳が温かく輝くのを見て、子爵夫人の心は夫への愛情でいっぱいになった。
ただ、彼女にはそんな愛しい夫を含めて他の誰にも譲れないことがある。
――グレイスの兄たちは皆、自分こそが彼女のお気に入りだと思っているけれど、彼女の本当のお気に入りは義姉であるこの私。
――彼女に温かな安心を与えてあげられるのは私しかいないのよ。
――でも、アルバートの恋が首尾よく運んで、レディ・メラヴェルが彼の奥方になると少し困るわね。
――グレイスに彼女自身の本当の望みを気づかせてあげられるのは彼女くらいだもの。
――ああ、グレイスのお気に入りの義姉の座だけは譲りたくないものだわ。
とはいえ、秋にはかわいい赤子が加わるこの家族に、来年あたりレディ・メラヴェルまで加わるのなら、きっとより一層楽しくなるだろう。
そんな未来を想像する子爵夫人の口元には、自然と笑みが浮かんでいた。
仮題は「侯爵家の"幽霊"」でした。




